第6章:繁盛の光と影、試練を越える変革
「ローゼンベルク亭」は、瞬く間にヴェルムント辺境伯領の、いや、この地域の美食の聖地となっていった。連日、店内は活気に満ち溢れ、特に週末になると、王都や近隣の他領から馬車を乗り継いでくる客が押し寄せ、長蛇の列を作った。ヴェルムント領は、その名を「美食の地」として知られるようになったのだ。
「もうすぐ開店時間なのに、あんなに人が並んでるわ!」
セリアが目を輝かせて言う。彼女は今やすっかりローゼンベルク亭の看板娘で、明るい笑顔とテキパキとした動きで客を案内していた。ディートリヒもまた、農作業の傍ら、店の仕入れや管理に携わり、ベアトリスの右腕としてその手腕を発揮していた。マリエルも料理の腕を磨き、厨房でベアトリスを献身的に支えていた。
しかし、店の成功は、光だけでなく影も生み出した。既存の商会や、王都に基盤を持つ一部の貴族たちは、ローゼンベルク亭の異常な繁盛を、自分たちの商売の脅威と見なした。
「辺境の小娘ごときが、生意気な!」
そんな声が聞こえてくる中、彼らは様々な嫌がらせを仕掛けてきた。最初は陰湿な悪口やデマの流布だった。
「ローゼンベルク亭の食材は、裏で手に入れた得体のしれないものだぞ!」
「あそこは、追放された悪女が経営しているのだから、どんな悪いことをしているか分からない」
しかし、客足が衰えないのを見ると、彼らはさらに具体的な妨害工作に出た。市場での食材の買い占め、ローゼンベルク亭が使う予定だった農地開発のための水の確保を妨害したり、取引をしていた農家への圧力をかけ、野菜の供給を止めるよう仕向けたりした。ある日には、夜中に店の扉に落書きをされたり、窓ガラスを割られたりといったこともあった。
「なんてことを……!」マリエルが怒りに震えた。ディートリヒもまた、悔しそうに拳を握りしめる。
だが、ベアトリスは冷静だった。彼女は怒りや悲しみに打ちひしがれることなく、真っ直ぐに事態を見据えた。
「彼らの目的は、わたくしを潰すことですわ。ですが、わたくしたちには、彼らにはない“強み”があります」
その強みとは、ベアトリスの前世の知識と、それを基にした革新的な農業技術だった。嫌がらせに対抗するため、ベアトリスは、品質を落とさずに食材を安定供給するための新たな方法に取り組んだ。彼女は、王国の貴族たちが独占している肥沃な土地に頼るのではなく、ヴェルムントの痩せた土地でこそ強みを発揮できる、特定の品種の開発に力を入れた。
例えば、この地方の冬は冷え込みが厳しく、収穫量が落ちがちだった。そこでベアトリスは、耐冷性の強いジャガイモやカブの品種を改良した。また、連作障害を避けるための輪作や、土壌の栄養を回復させるための緑肥の活用など、伝統的な農法にはなかった技術を導入した。さらに、温室栽培の簡易版であるビニールハウスのようなものを考案し、年間を通して安定した供給が可能になる作物の開発にも成功した。
「この種芋は、冷害にも強いから、冬でも収穫量が見込めますわ」
ベアトリスは、村人たちに新しい栽培方法を丁寧に教えた。彼女の指示のもと、村人たちは畑の隅々まで手をかけ、真剣に農業に取り組んだ。結果、悪質な買い占めや供給妨害にも屈することなく、ローゼンベルク亭は安定して高品質な食材を供給し続けることができたのだ。
「あのローゼンベルク亭の野菜は、季節外れでも瑞々しいって評判だ」
「味も格別だし、値段もそこまで高くない」
かえって、この妨害が、ベアトリスたちの技術と信念を証明する形となった。既存の商会は、高品質な食材を安定して生産するベアトリスのノウハウには太刀打ちできなかった。
「ローゼンベルク亭」の成功は、単に一軒のレストランの繁盛に留まらなかった。レストランがあることで、多くの人々がヴェルムントを訪れ、その周辺にできた商店、宿屋、馬車サービスなどが活況を呈し始めた。活気を取り戻した村は、新たな人々を呼び込み、かつては荒地だったヴェルムント領は、経済的に目覚ましい発展を遂げていった。ベアトリスは、自らの知識と努力で、逆境を乗り越え、辺境の地を楽園へと変貌させたのだ。




