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追放悪役令嬢は、絶品農業料理で辺境開拓!気づけば隣国を動かす「食の女王」になってました  作者: 緋村ルナ


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第2章:荒野の第一歩、希望を灯す種

 馬車はごとりと音を立て、目的のヴェルムント辺境伯領に到着した。窓の外に広がる光景は、王都の華やかさとは対極にあるものだった。痩せこけた土壌、かろうじて生えているかのような草木、傾きかけた粗末な家々。人々は痩せ細り、その目には希望の光がほとんど宿っていなかった。荒涼とした景色は、ベアトリスの心をさらに重くしたが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、ここで何ができるだろう、という静かな決意が、胸の奥で固まっていくのを感じた。


 馬車から降りたベアトリスと、彼女に最後まで付き従った忠実な侍女マリエルは、周囲の村人たちの冷ややかな視線に晒された。彼らの目には、王都から追放されてきた「罪人」に対する不信感と、自分たちの貧しい生活を嘲笑うかのような憐憫の感情が入り混じっていた。


「これが……ヴェルムント辺境伯領ですか……」マリエルが震える声で呟いた。彼女もまた、王都の贅沢な暮らしから一転、こんなにも荒れ果てた地に来ることになろうとは、夢にも思っていなかっただろう。


 そこに、一人の若者が近づいてきた。見るからに質素な服装をまとった彼は、この地の村人の代表らしかった。その男こそ、ディートリヒ・ヴァイスだった。彼は憔悴しきった表情で、ベアトリスにこの地の現状を訥々と語った。


「ようこそ、ベアトリス様……。ここはヴェルムント村。この辺境伯領の中心です」


 ディートリヒの言葉は、この地の絶望的な状況を物語っていた。土壌は酸性で痩せ細り、作物を育てるにはあまりに不毛。雨は少なく、水利は劣悪で、井戸を掘っても満足な水が出ない。わずかに収穫できる作物も病気に弱く、飢えは常だった。数年前から凶作が続き、今年は特にひどく、飢餓が迫っているという。


「王都では、ヴェルムント領の貧しさは知られておりましたが……まさか、これほどとは」


 マリエルは顔色を変えた。まさに絶望的な状況。普通の貴族令嬢であれば、すぐに諦めてしまうだろう。しかし、ベアトリスは違った。彼女の頭の中では、前世の農業知識が猛烈な勢いで巡り始めていた。


 痩せた土壌?ならば、土壌改良が必要だ。堆肥を作り、石灰を撒いて酸度を調整する。水利が悪い?ならば、水源を探し、水路を整備する。病気に強い作物?この世界にはないかもしれないが、前世の知識には、環境に強い作物や、病気を予防する方法がある。


「マリエル、ディートリヒさん。諦めるのはまだ早いですわ」


 ベアトリスは静かに、しかし力強く言った。ディートリヒは驚いたように彼女を見た。貴族の女性が、こんな状況で希望を口にするなど、考えられなかったからだ。


「この土地でも、やり方次第で何かを育てられるはずです。いいえ、育ててみせますわ」


 ベアトリスは、村の片隅にある、荒れ果てた一画を指差した。「まずは、あそこから始めましょう。土壌の調査が必要ですわね。ディートリヒさん、何か土を掘る道具はありますか?」


 その言葉に、ディートリヒは呆然とした。貴族の女性が、自ら土を掘ると言うのか?だが、ベアトリスの瞳には、諦めではなく、確かな光が宿っていた。


 翌日からのベアトリスの行動は、村人たちを驚かせた。彼女は汚れることも厭わず、マリエルと共に鍬を握り、自ら荒れ果てた土地を耕し始めたのだ。貴族然とした豪華なドレスを脱ぎ捨て、動きやすいシンプルな服に着替えたベアトリスの姿は、もう「公爵令嬢」ではなかった。ただひたすらに、土と向き合う一人の人間だった。


 最初は遠巻きに見ていた村人たちも、貴族が自ら汗を流す姿に、次第に興味を抱き始めた。特に、ディートリヒの妹であるセリアは、好奇心旺盛な少女だった。彼女は兄の目を盗んで、ベアトリスの作業をじっと観察していた。


「あのお嬢様、本当に自分で畑を耕してる……」セリアは呟いた。


 ディートリヒもまた、ベアトリスの真剣な姿に心を動かされ始めていた。彼女の指示は、これまでの村の年寄りたちがしてきた農作業とは全く異なっていた。土の質を見極め、石灰を混ぜるタイミング、水の通り道を考える……どれも、これまで誰も気にしなかったことだった。


 数日が経ち、ベアトリスの小さな畑は、少しずつだが着実に姿を変えていった。荒れて硬かった土が、少しずつ柔らかくなり、彼女が作った簡易な水路には、わずかだが水が流れるようになった。その変化は、ほんの些細なものだったが、希望を失っていた村人たちの心に、微かな光を灯し始めた。


 ある日、ベアトリスが重い土嚢を運んでいると、ディートリヒが駆け寄ってきた。


「ベアトリス様、それを一人で運ぶのは大変でしょう。私が手伝います!」


 彼はそう言うと、慣れた手つきで土嚢を運び始めた。その背後には、心配そうにセリアが立っていた。それを皮切りに、最初は手伝いをためらっていた村人たちも、徐々にベアトリスの元に集まるようになった。彼らの目には、もはや冷ややかな視線はなく、困惑と、そしてかすかな期待の光が宿っていた。


「貴女が何を考えているのか、まだよく分かりません。しかし、貴女の目は、本気だと分かります。私たちも、何かできることがあれば……」ディートリヒが、照れたように言った。


「ありがとうございます、ディートリヒさん。皆さんの協力があれば、きっとこの土地は変わりますわ」


 ベアトリスは、満面の笑みで答えた。それは、王都で仮面を被っていた頃には決して見せることのなかった、心からの笑顔だった。荒廃した辺境の地で、彼女は希望という名の小さな種を、確かに蒔いたのだった。

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