第12章:未来への蒔かれた種、食が紡ぐ永久の物語
「食の平和と協力に関する国際会議」は、ベアトリスの功績として歴史に深く刻まれた。彼女は、その後も特定の王国の要職に就くことはなかった。代わりに、彼女は独立した立場で各国を巡り、食糧問題の解決や食文化の交流を推進する道を選んだ。世界各地で飢餓に苦しむ人々がいれば、自らその地に赴き、その土地の状況に合わせた農業指導を行い、現地の住民と共に汗を流した。彼女の情熱は尽きることがなく、その知識と経験は、惜しみなく共有されていった。
「わたくしは、ただ食が豊かな世界を見たいのです。人々が笑顔で食卓を囲める、そんな世界を」
ベアトリスの言葉は、多くの若者たちの心を動かした。彼女の背中を追い、新たな農業技術や食文化を学ぶことを志す者が、各国からヴェルムントへと集まるようになった。ヴェルムント領は、かつての荒地から、世界有数の農業先進地、そして美食の都へと見事に変貌を遂げていた。
ローゼンベルク亭は、今や老舗として世界的な名声を得ていた。その中心には、ディートリヒとセリアがいた。ディートリヒはベアトリスから受け継いだ農業技術と経営手腕を活かし、ヴェルムントの農業共同体を率いる指導者となっていた。彼は常に新しい品種や栽培方法の研究を怠らず、ベアトリスの意志を継ぎ、食の発展に貢献し続けていた。セリアもまた、ローゼンベルク亭の女将として、厨房とホールを切り盛りしていた。彼女が作る料理には、ベアトリスから学んだ繊細な技術と、彼女自身の温かい心が込められており、多くの客を魅了した。
「ベアトリス様は、私たちに、生きる意味と、希望を与えてくださいました」ディートリヒは、収穫の時期に黄金色の畑を見ながら、そう静かに語った。
アルフレッド王子は、ベアトリスの助言を受け入れ、真に民を思いやる賢明な国王として王国の発展に尽力していた。彼はベアトリスが築き上げた「食の平和」の理念を深く理解し、外交の場でも食糧問題の解決を最優先に掲げた。王国は安定し、人々は豊かな暮らしを享受していた。彼は、かつての自分がいかに愚かであったかを決して忘れず、ベアトリスの功績を称え続けた。時折、彼がベアトリスの故郷であるヴェルムントを訪れ、ローゼンベルク亭で静かに食事をする姿が見かけられることもあった。その表情には、国王としての威厳の裏に、一人の人間としての深い敬意と、そして微かな未練が隠されているようだった。しかし、彼はベアトリスの選んだ道を尊重し、ただ彼女が示す未来へと進むことに全力を尽くした。
物語は、ベアトリスの教えや理念が、次世代へと受け継がれていく様子を描いて幕を閉じる。食を通じて、人々の心が繋がり、国境を越えた交流が盛んになり、かつての対立が嘘のように平和が保たれている。戦争や飢餓は過去の遺物となりつつあり、誰もが豊かに暮らせる世界が着実に築かれていた。
ベアトリスは、既にその地位を若き後継者たちに譲り、穏やかな余生を過ごしていた。彼女は時折、自身が育てた広大な農地を訪れる。豊かな土の匂いを嗅ぎ、風にそよぐ麦の穂を眺めながら、静かに微笑む。その顔には、満ち足りた幸福と、深い慈愛の感情が浮かんでいた。
彼女が生み出した「食の女王」という概念、すなわち食が持つ外交力、文化交流の力、そして何よりも人々の生命を繋ぐという本質は、次世代のリーダーたちにも確かに受け継がれていた。世界は、ベアトリスという一人の女性が蒔いた小さな種から、食を通じて持続可能な平和と豊かさを享受していく未来へと向かい、壮大な物語は永遠に語り継がれるかのように幕を閉じた。




