第9章:食の凱旋、王国の闇を照らす光
アストライア王国の王都に、ヴェルムント領からの輸送隊が到着したという報が駆け巡った。人々は驚きと期待の目でその光景を見守る。そこには、大量の食糧を満載した馬車が何十台も連なり、その先頭には、見違えるように気高く、そしてどこか柔らかい笑顔を浮かべたベアトリス・フォン・ローゼンベルクの姿があった。彼女は、もはやかつての完璧な「悪役令嬢」の仮面を被ってはいなかった。大地のような包容力と、強い意志を秘めた「食の使者」そのものだった。
王宮。アルフレッド王子は、玉座の間でベアトリスの帰還を待っていた。緊張と後悔、そして一縷の希望がない混ぜになった感情で、彼の胸は締め付けられていた。扉が開き、ベアトリスがその姿を現した瞬間、アルフレッドは息を呑んだ。
「ベアトリス……」
彼の声は震えていた。彼女の凛とした姿は、かつて自分が無慈悲に追放した脆弱な女性とは全く異なっていた。力強く、自信に満ち溢れ、まるでヴェルムントの豊かな大地そのものが歩いてきたようだった。
アルフレッドは玉座を降り、ベアトリスの前まで進み出ると、深く頭を下げた。
「ベアトリス。わたくしの過ちを、心よりお詫び申し上げる。貴女を信じず、一方的に断罪し、辺境へ追いやったこと、深く、深く後悔しております……どうか、この愚かなわたくしに、そして王国に、力を貸していただきたい」
その言葉に、ベアトリスは静かに頷いた。彼女の顔には、恨みや憎しみは一切なかった。過去を乗り越え、今なすべきことに目を向けていた。
そこに、駆け寄ってきたのは聖女リリアーナだった。
「ベアトリス様!お会いしたかったですわ!」
リリアーナは涙ぐみながらベアトリスの手を取り、その成長を心から喜び合った。聖女はベアトリスの真の姿を知り、彼女こそが王国を救う光だと直感していた。
王国の食糧改革は、ベアトリスの主導で動き出した。彼女は単に食糧を配布するだけでなく、根本的な農業改革、食糧管理システムの構築、そして飢饉に強い作物の導入を提言した。
「場当たり的な支援だけでは、一時しのぎにしかなりません。未来を見据えた、持続可能な食糧システムを構築する必要がありますわ」
彼女の提案は、具体的で、これまで誰も考えつかなかったような内容だった。ヴェルムント領で培った知識と経験が、彼女の言葉に説得力を持たせていた。
その週、貴族院でベアトリスの演説が行われることになった。多くの貴族たちが半信半疑の顔で集まる中、ベアトリスは堂々と壇上に立った。
「わたくしは、かつてこの国に追放された者です。ですが、その地で、土に触れ、人々と共に汗を流し、ある真実を知りました。それは、食こそが、国の礎であり、人々の命を繋ぐものである、ということです」
ベアトリスは、ヴェルムント領での成功例を交えながら、痩せた土地がどうすれば肥沃になり、どんな作物なら飢饉に強いのかを、具体的に、そして分かりやすく語った。土壌改良の重要性、水利の整備、品種改良、そして効率的な保存方法や流通システム。彼女の言葉は、貴族たちの凝り固まった常識を打ち破るものだった。
「食糧危機は、国民全体の危機です。これまでの因習に囚われることなく、新しい方法を受け入れる勇気が必要です。わたくしが、その一助となれるのであれば、喜んでこの身を捧げましょう」
彼女の力強く、しかし民を思う心に満ちた演説は、多くの貴族の心を打った。特に、オスカー大臣は、ベアトリスがどれほど成長し、真に国のことを考えているのかを理解した。彼は深く頷き、他の貴族たちも、彼女の実績と説得力ある言葉に、耳を傾けざるを得なかった。かつてベアトリスを断罪した者たちも、その目には驚きと、そして確かな畏敬の念が宿っていた。
王国のベアトリスへの評価は、完全に逆転した。彼女はもはや「悪役令嬢」ではなく、王国を救う「食の救世主」として、その名を轟かせたのだった。




