口伝
「おじゃまします…」
「こんにちは!初めまして。私は玲といいます。こっちは翔くん。あなたのお名前は?どこの支部の方ですか?甘いものはお好きですか!?」
「え…?あ、えっと…?」
距離およそ数センチ。こいつ距離感という概念がないのか…?
入ってきたのは、予想通り第一弾最後のメンバー・陸だった。新潟から来たようで、おとなしく優しい性格。玲のくだらない話も相槌を打ちながら聞いている。背丈は俺より少し高く、年齢も俺より上に見えた。
「えっと、つまり、サンドされてるチョコレートは独自にブレンドされたもので、それは今でも改良が進められてる…ってこと?」
「はい!その通りです!」
「とりあえず全員揃ったことだし、支部長のところに行ってきたほうがいいと思うぞ」
「確かに!その通りです!」
「あ、僕、なんとなく場所分かるかも…」
「了解です!向かいましょう!」
貴重品やら最低限の荷物を持ち、家の外へ。こうやって鍵をかけることもなんだか新鮮だ。東京支部にいたときは支部の中に部屋があったからなぁ…。
なぜか先頭を勇ましく玲が歩き、後ろを俺と陸がついていく。俺もよく場所は知らないため、陸のナビゲーションが心強かった。
「…あ」
いきなり玲が右を見て立ち止まる。かと思えば急に走り出した。
「こらー!」
玲が飛び入ったのは公園で、そこには女の子と男の子の集団が。その中で最も背の高いやつがクマのぬいぐるみを持っている。女の子はそれを見て泣いていた。
玲を見るや否や、集団は散り散りとなって逃げ出した。ぬいぐるみも地面に落とされる。玲はそれを拾い上げ、女の子に返すと同時に、その小さな手を握った。
「すごいね、全然気づかなかった…」
「えへへ、玲ちゃん優秀なんです」
「自分で言うのかよ」
「ただ少し、視野が広いんだと思います!なんせ、この私ですから!」
「わ〜…玲すごい…」
「あんま調子乗らせんなよ。って、ここじゃないか?…ん?」
「え?」
「うわぁ、すごい本部〜…ではない…ですね…」
俺たちの目の前にあるもの。それは古びた雑居ビルだった。よくある、「なにをやっているのか分からないビル」といった雰囲気を醸し出している。少なくとも、こんなところに治安維持部隊がいるとは思わないだろうな。
エレベーターもなんだか古く、ミシミシいっているあたりがスリリングだ。紙にある通り4階を目指し、ついに辿り着いた。
見た目は普通。ただの古く重そうなドア。
「開いてるな、入るか」
「これで違う場所だったら私たち不法侵入ですね!」
「怖いこと言わないで…」
覚悟を決めて、ドアを開け放つ。が、そこにはもう一枚のドアが。二重構造だ。こちらのドアは最近建てられたらしく、まだ新しかった。
「おい、こっちも開いてそうだぞ…」
なんというセキュリティーの杜撰さだろう。少し呆れながら開けると、大量の本や漫画が壁となって現れる。積み重ねているだけなのに、俺らの胸くらいの高さに相当していた。
一冊ずつどかして、なんとか壁を崩す。この壁を含めて三重構造と呼ぶべきだろうか。
さあいよいよご対面。一体俺らをまとめるのはどんなやつなのか…
「うおー!いっけー!そこだ!」
床には漫画や本、映画のDVDが転がり、棚には大量のプラモデル。壁もアニメか何かのポスターで埋め尽くされ、照明は何故かオフにされている。カーテンも閉じているし、明かりはテレビのみだ。
そいつはそのテレビでアニメ鑑賞の真っ最中だった。
「…ドッキリでしょうか」
「そう思いたい」
「あ、あのっ!すみません…!」
「ちょっと待って、今いいところだから…って、え!?お前ら誰だ!?あ、俺が呼んだのか!ごめんごめん。そこら辺にでも座って…」
(ゲームの山に座れと?)
「…ちょっと待ってろ!」
そう言うなりそいつはやっと腰を上げ、大まかに掃除を始める。とりあえず玲は電気をつけ、陸はカーテンを開けた。
三十分後、ようやく全貌が分かったソファに座らされ、あることにも気づかなかったローテーブルを置かれる。そいつは唯一最初から変わらないデスクの前に腰掛けたが、なにか思いついたように立ち上がった。
「なにか飲むか?なんでも言っていいぞ」
「水で」
「オレンジジュースがいいです!」
「あるもので大丈夫ですよ…」
「…じゃあ俺のおすすめにしてやろう」
そうして用意されたのは、三本のエナジードリンク。こいつに要望を言うだけ無駄らしい。俺ら三人、誰も缶を開けることなくただ部屋を眺めた。
「俺は源一郎。一応、支部長みたいな感じだ。よろしく」
「はい、質問です!」
「なんだね、玲くん」
「この支部はなんのために立ち上げられたのでしょうか」
「それは…」
デスクに思いっきり足を置き、手を額に当てる謎のポーズ。妙な間の後に、やけにハッキリと言い放たれた。
「俺が、『最強のチーム』を作ろうと思ったからさ!」
「飛行機を予約しないといけませんね」
「先輩に連絡しないと…」
「荷物取りに戻るか」
「おいおいおい!ちょっと待てって!ちゃんと給料も払うし、あんな素敵な寮もあるんだぜ?最高だろ!」
いや、お前なんかの遊戯に付き合ってられるか。東京支部に帰らせろよ。俺はまだできる。こんな終わり方、認めない。
とりあえずこれで美味いものでも食ってこいと金を握らされ、源一郎は漫画漁りを始めた。
「あ、そうだ。君にはこれも」
玲には紙袋が贈呈され、中身は…あのクッキーだった。しかも箱入り。
「地獄の果てまでもついていきます!」
「簡単に買収されてんじゃねえよ」
「まあまあ。とりあえずこのお金でなにか食べましょ?」
陸は押しに弱いタイプだ。玲が詰め寄れば「行く」と言ってしまう。これで残るは俺だけ。玲は獲物を捕まえるように俺の腕を掴み、何度も頼み込んでくる。
「お願いです!お腹も空いてるはずですし!」
「…食べるだけだから」
「ありがとうございます!翔くん大好き!」