第98回 とある未知の世界の住人の事情
敵のパイロットによる一種の降服勧告を受け、Chimaeraは現実に引き戻される。
ただそれは、Chimaeraのよく知る現実とは解離していて。
簡単な仕事だと言っていた。
Chimaeraにこの任務を依頼した者は、そう言った。簡単だと。辺境の星の生き物が間違って商品に入り込んでしまったから、そこへ行って、その“生物”を取り除いてきてほしいと。
しかし実際のところ“生物”は、かなり発達した文明をもつ種族だった。それでもまあ下等には違いないと、彼女は作業にとりかかったが、“生物”は予想以上に商品を使いこなしていた。
そして“生物”は持ち出してきた。
剣の形をした、凄まじい威力の武器を。
“生物”が持つには強力すぎる武器。
いくら見よう見まねとはいえ、こんなものまで作り上げる種族だったのか。
Chimaeraに恐怖と嫌悪感が芽生えた。見下していたものに予想以上の知恵があると分かった時、それは怖い。
もし昆虫に知恵があり、群れをなし、統一された指揮のもとに向かってきたら、どれほど人は怯えるだろうか。
そんなChimaeraの恐怖の象徴が、いま目の前にいるアイツ。
こいつがChimaeraの世界でも滅多に見られない「フェイズ5」を発動させたのを見て、その想いは更に強くなった。
越えられた。
下等な筈の生き物が、気づいたら“人間”より強く賢くなってChimaeraを圧倒している。ナントカの惑星のような現実。
ここは000195000の言う通り、撤退して上の指示を仰ぐべきなのだ。
聞いていた話と、状況は、全く違うことになってしまったのだから。
だけどChimaeraは。
憎かった。今、目の前に立つアイツが。
下等生物のくせに停戦を持ちかけるなんて。アイツは、こっちと対等な立場だと思っているんだ。
嫌だった。それを呑んでしまえば、自分が下等生物と同等だと、認めることになってしまう。
この仕事を持ち掛けられたとき嬉しかった。
Chimaeraの暮らす世界。そこは評価による数値で人間の価値が計られる世界。
いわゆる貨幣は、一部を除いて廃れていた。
貨幣の代わりとなるものは、公共のコンピューターに記録されている個々人の評価数(いいね!ポイントとでも言おうか)。
いいね!ポイントは、コンピューターから与えられるものと、人から与えられるものの2種類ある。人から与えられるものでも間にコンピューターが入って、微妙な調整が行われる。
人々は基本的に労働で稼いだ、そのいいね!ポイントを使って経済活動を行う、一見、共産主義みたいな経済体制だが、この世界には資本主義社会のような格差が存在する。いいね!格差だ。
重要な仕事や、注目度の高い仕事に就けば、大量のいいね!ポイントを稼ぐことが出来た。
だったら、一度高い地位のポストや人気者となれば、いくらでもポイントを稼げるかといえば、そうでもない。
与えられるポイントにはコンピューターの調整が入る。それが本当に公共の役にたつものなのか、ごく短い一過性のものなのか、などで色々検討がなされ、最終的に、コンピューターで補正されたポイントが加算される。
大抵の場合、流行り始めたばかりのものは、どんなにポイントを得ようとも調整で差っ引かれるが、長年続いていて社会に根付いていると判断されたものは、加点されるような傾向がある。
何に評価を見出すかは、人間側とコンピューターの間で定期的に話し合いがもたれ都度都度、採点基準が見直される。コンピューターの調整も常時移り変わっていく。
例えば多くの人がやりたがる仕事はポイントが低くなり、その逆かつ公共に資すると判断された仕事は高くなる。
いいね!ポイントを消費して人々は生活を送るが、この世界の全員にベーシックインカムのような定期的に配られる基本ポイントがあり、生活費はそれで賄うことが出来るため、やろうと思えば一切働かなくても十分生きていける。医療教育はポイントを使うことなく受けられる。
ちなみに早々にポイントを使い果たす生活破綻者は、コンピューターにポイントを日払いにされてしまう。
平穏ではあるが退屈な世界。
そんな中でも才能がある者や意欲のある者は、調整されながらも多くのいいね!ポイントを手に入れ、世間から注目されるスターへと成り上れる。
例えば芸能を志す者が配信を始めたとして。世に出た当初はポイントが低めでも、視聴者数などを高いレベルで保ち続ければコンピューターからも認められ、一気に大スターへと駆け上がれる。こともある。
新しいものに、一気にポイントが流れることが起きにくいという点では、文化の成長は遅いかもしれないが、努力は報われやすい構造。
流行り廃りが緩やかなので、地球人から見たら非常にまだるっこしい文化かもしれない。
どんな“人間”でも生きていくことはできる世界。
その上で、そんなゆるい世界に辟易としている人間、とくに若者は一定数存在する。
Chimaeraもそんな一人だった。
スーパースターに憧れながらも、自身には特段の才能も根気もなく、これといってやりたいこともない。
誰でもできるようなバイトで多くもない、いいね!ポイントを稼ぐが、嗜好品や推し活ですぐに使い果たしてしまう。
利己的な権力者によって生活が苦しいというなら、不満の声の上げ甲斐もあろうが。この世界は、あくまで人間のことを何よりも想う、誠実なコンピューターによって作られているのだ。このつまらない世界は。
誰よりも優しく正しい方へ導いてくれる限りなく慈愛に満ちた存在。そんなコンピューターに終生支配される、甘ったるく安全な歩みの遅い世界。
そんな檻の中にうんざりして、外界へ、まだ見ぬ未知の宇宙へと冒険に出る者達もいたが。Chimaeraにそんな勇気はない。
ただ生きて、狭いルートを行き来して、与えられるものを貰う。決められた通りに。
そんな生活にある日変化が生じた。
バイト先の事務室へ呼ばれ。言われた。
この支店でちょっとミスがあってね。ある荷物を取り戻すのに力を貸してくれないかな? お礼といっちゃ何だが前に君がファンだと言ってたあの……
うだつの上がらないバイト生活の中に光が射した気がした。一生このままかと諦めていた自分が選ばれた気がした。ツキが回ってきたかと。ここから逆転人生があるかもと。
それなのにどうしたことか、ここでは下等生物に見下されている自分がいる。
自分は動物以下なのか?
たまたま文明が発達している世界に生まれただけで、個人としての自分は、この辺境の星の生物以下の能力しか持ち合わせていないのか?
自分の価値は動物以下なのか。
『Chimaera。大丈夫ですか? 落ち着いて考えましょう、もう少し、相手は待ってくれるでしょうから…… Chimaera?』
この195の言う通りに、戻って、支店長に報告したらどうなるだろう。
そしたら支店長は「ごめん! 事前のデータと違ってたみたい! えらい迷惑かけちゃったね。待遇よくするから勘弁してね~。あと… 今回のことは他言無用だから。誰かに言ったら君も罪に問われるからね」などと言って。
そしてChimaera以外の別の誰かに、またこの仕事を押し付けるのだ。
そんなことになったらLuke様に会えなくなってしまう。
売り出し中の地下アイドルに過ぎないLuke様だが、Chimaeraにとっては神だ。
ついこないだまで、欠かさず通うライブで毎回会っていたし、時に会話を交わすこともあった。(緊張してろくに喋れなかったが)
それが最近、急にLuke様の所属グループの人気が上がって、ライブのチケットが取れなくなってしまった。
この手のチケットは、コンピューターによる厳正公平な抽選で取り扱われる。現金と言うものが存在しないここでは、金を積んで手に入れようにも金そのものがない。
チケットを獲得した者は大抵が熱烈なファンだから、どんなに頼まれても譲ったりはしない。キャンセル待ちに出てくるのは、本当に雀の涙だ。
地球のようにテンバイヤーの出る幕もない。
いいね!ポイントを授受する際には、必ずコンピューターを間に挟まなくてはならない、いわゆるプレミア的商品の売買にポイントを使おうとすると、コンピューターに補正をかけられて、天文学的なポイントが必要になってくる。一般の人間がそれを出すのは到底不可能だ。
ただ。どこの世界にも抜け道はあるらしく、Chimaeraのバイト先の支店長は、どういう訳かチケットを手に入れられるという。
それだけは、その権利だけは手放すわけにはいかない。
それこそがChimaeraにとっての自由の象徴、心を解き放てる新世界への切符。それを掴む権利だけは手放したくない。
しかし現状は、それを許さない。
「…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… ……」
沈思黙考のChimaera。
000195000はそれを見守ることしかできない。
「うん・・・ そうだね… わかった。ここはアイツの言う通り、がいいかもですね」
『Chimaera…』
000195000の音声は、機械のくせに安堵の響きを帯びていた。
Chimaeraは穏やかな声で。
「そうしましょう。ここは一度帰還して支店長の指示を確認します。195。向こうに伝えて。あなたの意見を聞き入れ退却しますって」
『わかりました。そう言います』
000195000の音声は、心なしか嬉しそうに聞こえた。
--------------------------------------------------------------------------
『そちらの意見は承りました。確かにこれ以上の戦闘は無意味だと当方も考えます。当機は撤退します。その際に停戦が確実に履行されることを信じます。もし…… いつか当方と地球人の間で話し合いが行われる機会があれば、その際には今回の事で犠牲になった人たちについて、話されることがあるかもしれません。これはあくまで私の意見であって保証は出来ませんが』
そんな音声を伝えて、空へ浮上するハビリス。
黙って見送る甲太。
「今の声……」
ハビリスから届いた声。甲太にはそれが、ハビリスのコンピューターが発した音声に思えてならなかった。これまでロボットと過ごしてきた者としての勘。
肉声ではない。
ハビリスに乗っていると思われる、未知の人の声ではなかった。
甲太はそれが引っかかる。
この大事な場面においても、その声を聞かせない未知の人とは、一体どんな心境をしているのだろうか。
今の音声には、死んでいった者たちへの配慮の念が感じられた。
しかし、実際にカールやピーターたちを殺めたハビリスからは、そんな繊細な感情は見られなかった。特に甲太が実際に見たカールの最後の場面では、ハビリスからは憎しみや軽蔑のような、負の感情ばかりが滲みだしていた様に思えてならない。
ただ、本当のところは何も分からない。
今のが誰の声だったのかも、未知の人に地球人のような感情があるかどうかも、未知の人に地球人がどう見えているかも、そして、果たしてハビリスに未知の人が乗っていたのかさえも。
甲太には、一切が謎のままだ。
大空の彼方に小さく消えていくハビリスを見届けながら。
今ならまだ墜とせる、と思ってしまう。油断してそうだから簡単かも。
それで全てが手に入る。全てが丸く収まる。
(でもそれで喜ぶかな…… あいつら…)
カールはまだしも、ピーターは絶対に喜ばない。それは確か、だと思う。
これで一仕事済んだかな、という思いと共に、すぐに準備を始めなくては、という気持ちも湧く。
いつまた未知の人の手のものがやって来るか分からないのだから。
とうとうハビリスは見えなくなった、その空を見上げながら。
甲太は。もう戻ってくるなよ。と願っていた。
次回の更新は25日水曜日の予定です。




