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第97回 とある逆転劇の有様


「動き出す前に! 早く!」


『了解。撃てます』


 ハビリスの後頭部が稼働した。




--------------------------------------------------------------------------




「おっと」


 甲太はサンゴーグレートのロケットダッシュで、ハビリスとの距離を詰めると。

 その横っ面を殴りつけた。


「この程度なら停止しないか」


 ショックを受けたようにサンゴーを見るハビリス。それから思い出したように鉤爪を振り上げるが。


「遅いよ」


 サンゴーグレートは鉤爪が降ってくる前に、相手の横腹をぶん殴り、振り下ろされる鉤爪から飛び退(すさ)ると、鉤爪の付いた左腕に回し蹴りをくれる。


「なんであんなもの観せてくれたのか知らないけど」


 ハビリス側は解らない。なんでこんなにサンゴーグレートが、急に攻勢にうって出たのか。


「おかげでスッキリしたかも」


 慌てふためくハビリスは、両の腕を大きく広げて突進し、サンゴーグレートを捕まえようとする。


「礼を言うよ」


 サンゴーグレートは敵の腹のど真ん中に蹴りを入れ、大きく後退させた。

 ハビリスのかかとで押し出された線路のレールが、弾け飛んでいった。

 身構えるハビリス。だが甲太の眼にはえらく遅い動きに見える。


「ありがとう」


 パーンと飛び掛かったサンゴーグレート。

 ハビリスは鉤爪で墜とそうとするが、襲い来るその腕にサンゴーは己の腕を絡ませる。二人が腕を組んで回るフォークダンスのような形になるが、サンゴーグレートは勢いのままに相手の背中に膝蹴りを叩きこんだ。

 巨体が激震した。

 サンゴーグレートが攻撃することが出来ない頭部や胸部などの急所ではないが、背中はハビリスの巨体の重量と運動エネルギーを支え、各種パワーや情報が流れる重要な部位。

 そこに打撃を受けよろめいたハビリスを、組んだ腕にパワーを込めて、サンゴーグレートはぶん投げた。

 飛んでいったハビリスは姿勢制御に混乱を極める。

 なんとか地面との激突の寸前で静止し、急いで敵の方向を見定める。

 その視線の先に、飛んでくるサンゴーグレートの拳があった。



 不思議な光景だった。

 長閑(のどか)な里山で、小さな巨大ロボと大きな巨大ロボが戦っている。

 しかも小さい方が大きい方を、一方的に攻め立てていた。

 そのサイズ感は、人間に置き換えると、2m越えの筋骨隆々フルマッチョの巨漢が、片手に出刃包丁を持っているにもかかわらず、平均身長の人間にフルボッコにされているといった具合だ。

 小さい方が素早くて有利というのは物語の中の話で、正面から戦わば実際そうはいかない。

 小さい方がちょこちょこ削っている間に、大きい方の攻撃がまぐれでも当たったらそれで終わり。だから大抵の格闘技は階級が細かく設定されている。

 だから大きい方が有利な筈だ、ロボット同士の戦いでも。

 なのにこれはどうした事か。

 小さい方のロボは、まるで命などいらないと言わんばかりに激しく攻め続け、大きい方はどこか腰が引けている。

 見れば、大きい方が苦し紛れに突き出した鉤爪が、小さい方の右肩に当たり、装甲が砕け散った。

 ところが小さい方は、これっぽっちも怯む様子がない。

 大きい方の鉤爪がついた腕を掴み引き寄せると、その顔面にジャブの連打を浴びせ、さらにジャンプして回し蹴りをお見舞いした。

 これを受けた大きい方は、せっかくのチャンスだと言うのに、背中を丸めてしまう。

 不思議な光景。それを生み出しているのはロボットの性能ではなく、操縦者のメンタルの部分が大きいのかもしれない。




--------------------------------------------------------------------------




 Chimaeraは奇妙な感覚の中にいた。

 あまりにも現実感がない。

 自分の乗るロボットが敵の猛攻を受けているらしい。だけどそんな危機感がいまいち感じられなかった。

 

 心がどこかへ浮かびあがって、今の状況を感情なく見ている感じ。


 ハビリスは、自らのコックピット内に反重力のようなものを充満させ、パイロットの防護に全霊を注いでいた。パイロットは羊水に浮かぶ胎児のように厳重に守られている。外部の衝撃から空気の振動まで制御されているので、中のパイロットは衝撃で痛い思いをすることも、爆音で怯えることもない。

 しかしそれゆえに、パイロットたるChimaeraはますます奇妙な感覚に捉われてしまう。

 敵の、地球人が乗っているロボットが、こちらに対して縦横無尽に動き回り攻撃している、ようなのだが、それを証明するのは目の前のモニターと、機体各部の状態を表すメーターやらグラフやらだけだった。

 この機体の頭脳たる000195000は、Chimaeraの精神状態を案じて、あまり口うるさく言わなくなっている。数少ない助言も、Chimaeraには遠くの方で響いてる意味のない音に聞こえた。


「…………これ……夢……?」


『Chimaera! しっかりしてください! 夢ではありません! どうか気を確かにっ。Luka様のライブへ行くんでしょう!』


「あ。そうか。私、Luka様に会いに行くんだった……」


 その時、目の前の敵機の隙が見えた。

 思わずChimaeraは、攻撃を繰り出した。

 攻撃は鉤爪の一撃となり、敵機の右肩のパーツを破損させた。


「やった・・・?」


 しかし奇妙なことに、敵機は全然怯まない。

 結構なダメージな筈だが、損傷を受けて警戒するということもなく、反対にこちらの機体を掴んで引き寄せて新たな攻撃を加えてきた。


「やっぱり…… これ夢なんじゃ……」


 000195000の呼ぶ声と警告音が鳴り響く中、Chimaeraは再び心と体が解離する感覚に陥っていった。




--------------------------------------------------------------------------




 サンゴーグレートはハビリスに、突っ張りの嵐を浴びせる。

 (こぶし)での攻撃だと強力な攻撃だと見做(みな)され、サンゴーグレートが停止する恐れがある。よってここは血気盛んな相撲レスラーよろしく、掌底の連打で敵の動きを封じると同時に、各部へダメージを与えていった。

 そこへ鉤爪の横薙ぎが来る。

 今さら、と言った感じで身を屈めてかわし、ハビリスの胴体目掛けて肘で一突きを加え。グラついたところをサマーソルトキックで蹴り飛ばした。

 今さっきハビリスから、強烈な一撃を右肩に貰ったが、むしろ物足りないぐらいだった。

 こちらは異界から来た超強力な未知の相手に、命を捨てる覚悟で挑んでいるのだから、この程度のダメージでは少なすぎる。もっと来いよ、一撃でこちらの半身を砕いてくれるぐらいじゃないと。

 だが。こちらが調子を上げ、どんどん攻撃を加えていくのと反対に。

 ハビリスの方はどんどん動きが遅く、手数が少なくなっていく。


「…………………………………………」


 これがあの強大で凶悪な未知の人が遣わしたハビリスか。

 これが仲間たちを無残に殺戮した、冷酷非情なロボットか。


 思わず様子を見ようと、動きを止めたサンゴーグレートに。

 ハビリスは鉤爪を振り上げ、突進してきた。


(これは……)


 その動きがあまりに遅く、弱弱しく見える甲太。

 目前まで迫ってくるハビリス、その脚にサンゴーグレートは回し蹴りを喰らわした。

 無様にも引っくり返るハビリス。倒れたショックを和らげるために反重力を放出するが、そのせいでかえって動きが緩慢なものになっていた。サンゴーグレートの近くで姿勢を立て直すものだから、追撃をしてくれと言わんばかりだ。


「ヤバい……」


 甲太は(ひと)()ちる。

 これはやばい、このままでは。

 勝ててしまう。


 甲太は死ぬつもりでここへ来たのに。

 命を捨てて、倒せないまでも少しでもハビリスを傷つけて未知の人を驚かせ、仲間へ活路を開く。

 ただそれだけをしに、やってきたのだが。

 気づいたら、自身の乗る「サンゴーグレート」が、未知の人の操る「ハビリス」の力を超えてしまっている。戦力比が逆転している。

 まだハビリスには、隠し持った能力なり秘密兵器なりがあるのかもしれないが、それにしては余裕がない。

 もしかしたら、未知の人サイドの増援があるのかもしれない。しかし、そうだとしたら、ここまで弱気を見せるだろうか。

 このままハビリスと戦い続けたら。


(捕獲できてしまう……)


 その考えに至る。

 子守りロボットであるサンゴーグレートは、未知の人のロボットを完全に破壊することは出来ない。

 だけど、敵のロボットの手足を叩き折りブースターを潰して移動できなくすることは出来そうだ。そうなれば実質ハビリスは、こちらの、UFR研究所の、地球側の手に落ちたも同然だ。

 かつてサンゴーグレートが、カールに捕まった時のように。

 もし…… ハビリスを捕獲できたら。

 甲太はしばし考える。


 それが出来れば甲太の完全勝利と言えるだろう。

 そうなれば── 甲太は英雄になれる。

 あれほど望み恋焦がれていた、世界中の人に感謝され尊敬される立場に。

 そして許される。これまで犯してきた数多(あまた)の罪も。

 過去の過ちは全て、この時の為にあったのだとしたら。被害を被った人々も、少しは甲太を許してくれるかもしれない。


 そして未知の人の脅威にも、対策が打てるかもしれない。

 地球側がハビリスの機体を鹵獲(ろかく)し、中に乗っているだろう未知の人を拘束すれば、再び未知の人サイドが地球に武力で干渉してきた時の備えになる。

 ハビリスからは、これまでのロボットよりも多くの有用なデータが採れるだろう。捕虜となった未知の人からは、上手くすれば無尽蔵ともいえる、文字通り人類にとっての未知の知識が聞き出せるかもしれない。それが叶わなくても、人質としての価値は無限大だ。

 甲太が今ここで、このハビリスを制圧できれば、望みうる最高のものが手に入る。そして同時に、その時人類は、本当の意味で宇宙時代を迎えることになるのだ。限りない未来へと羽ばたいていけるのだ。


 でも何よりも。

 そんな大げさな物事より、何よりも大切なのは。

 これで彼らに報いることが出来る。

 仇をとろうなどと考えてなかったが。ここで甲太がハビリスを上回ったという証を立てれば、それこそが彼らへの、カールとピーター、その他巻き添えで死んでいった人たちへの報いとなる。

 無駄ではなかったのだと。彼らが散ったのは無駄ではなかったと。

 

 そこまで思い至ったところで、甲太に、カールならどうするだろうという考えが湧きだした。

 カールなら。あいつは恐ろしく現実主義者だから、当然ハビリスの鹵獲を最優先に動くだろう。

 でも同時に。

 あいつにはもう一つの側面がある。それは……

 そこで浮かびあがった考えは、甲太にとって少しショックだった。

 甲太は目を閉じる。

 その考えに従う必要は無い。カールはもう死んだんだ。現在のロボットチームのエースは甲太だ、チームにとっての利益を最優先にすべきだ。

 だいたいカールに従う義理などあるか? あいつには散々ストレスを与えられた。貰った恩恵と迷惑を天秤にかけたら、マイナスの方が上回るぞ。

 そうも思うのだが。

 今の甲太には、何に従うのがいいか、もう分かっていた。



 ようやく起き上がったハビリスは、慌ててサンゴーグレートから距離をとり、身構える。

 そんなハビリスに、音声が投げかけられた。


「目の前のロボットに告げます! 戦いを終了してください! これ以上の戦いは無意味だと思います。こちらにはこれ以上やり合う意思はありません。もう退却してくださいお願いします。でも… できたら交渉に応じてほしいです地球人と。こちらにはあんたに殺され… …不幸にも命を落とした人間が沢山います。できたら交渉の席でその人たちのことを知ってほしいです。そして、できたら、でいいんですが、ひと言彼らに謝ってほしいです。でもこれは俺だけの思いで、今はそんなに多くのことは望みません。とにかくもう戦うのは止めて、こっから立ち去って欲しい! 言いたいのは以上です」




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 敵機からの声に反応するChimaera。


「……あ…… あの声…… やっぱり前と同じ奴… なにか言ってる?」


『はい… 停戦を呼び掛けてきています。翻訳して伝えます』


「いいよ気持ち悪いッ。聞きたくない…!」


『いいえ。あなたにはこれを聞く義務があります。文字でいいですから、しっかり読んでください』


 000195000は、甲太の言葉を訳し、表示した。


 読みおえたChimaeraは。


「…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… ……」


『どうでしょう? 丁度いいタイミングだと言えるのではないでしょうか? これを機に一度帰還して支店長の意見を仰ぐのは…』


「…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… 」


『……………』


 何も言わないパイロットを前に、000195000も黙った。


「…… …… …… …… …… …… ……」




次回の更新は21日土曜日の予定です。

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