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第93回 とある少女の内なる告解



『皆さん。落ち着いて町の外へ避難してください! 誘導しますから落ち着いて慌てずに避難してください。でも、やっぱりちょっとは慌ててね! こちらはアメリカから派遣されたスーパー秘密兵器です。皆さんのために特別に派遣されてきてやったんですから、感謝して言う事に従ってくださいね!!』


 町の上を低空で飛行しながら、ヘルメイアスはこんなアナウンスを流す。クラウディアの言葉を日本語に翻訳して拡声している。

 昨年、日本中を騒然とさせた巨大ロボットの出現。その再来に街の人は騒然とする。それでも今は避難が最優先。目の前のロボットのことを、信じていいのか半信半疑ながらも、その誘導に従った。

 街から近隣へと広がる道路は、車が渋滞して全く進めない状態になっていた。車がひしめき合い歩道にも影響が出ている。

 そんなどん詰まりの自動車たちの上に、ふわりと線状のものが降りかかる。

 ヘルメイアスの放つ透明のリード線、糸だ。

 その糸は、何台もの車に絡みつくと、そのまま持ち上げた。車たちは投網に掛かった魚みたく、ヘルメイアスに空中に吊り下げられてそのまま運ばれていく。


「この能力があってよかった~~!!」


 吊り下げられた車群を、街から離れた田畑に降ろすヘルメイアス。十把一絡げに運んでいるので、傷付く車もあるだろうが、非常事態につきクレームは聞いていられない。

 そうやって街の中心部から、人を郊外へと誘導していく。地方なので、街からしばらく行けば、もう田園地帯だ。

 早くイダルトゥを治してあげたいが、今は我慢して人命救助に努めるクラウディア。今のとこ楓からの応答はない。

 ヘルメイアスで道を塞いでいる瓦礫を取り除くと、市民たちが声を掛け合って進みだすのが見える。

 その様を見つめるクラウディアは、喜びと共に救われた気持ちになる。

 これで少しは償える気がする。己の罪を。僅かばかりでも。


 クラウディアの罪。それはヘルメイアスとの出会いにより引き起こされた。




 クラウディアがヘルメイアスと出会ったのは、クラウディアの住んでいたスラム街の安アパートから少し行ったとこにある、森の中でだった。

 クラウディアは、一人になりたい時にここへ来ていた。

 住宅地からそんなに離れていないので、人気が全くない場所という訳でもない。少しでもタイミングがずれていたら、ヘルメイアスには違う子供が乗っていただろう。


 そうして運が良かったのか悪かったのか、ヘルメイアス(クラウディアに言わせればヘレン)の搭乗者になったクラウディアは、このロボットは神様が自分にくれたギフトだと思った。

 不幸な自分は、それを貰っても全然おかしくないのだと。

 この森に入り浸っていたクラウディアだが、ヘレンと出会ってからは、よりその時間が増した。

 貧民街近くの森だ。決して治安は良くない。小道の傍らには注射器やら薬の瓶が散乱している。

 普通の家庭なら子供を絶対近づけたくない場所。けれどクラウディアの家庭は普通ではなく、それゆえクラウディアはここにいるのだ。


 その日も陽が暮れてから、ようやくクラウディアが帰宅すると、母親はその顔を見るなりひっぱたいた。

 厳しい家ならば門限を破った子を、一回ぐらいは叩いたりするかもしれない。だがクラウディアの母親は何度も何度も我が子を()つ。まるで何かの鬱屈を発散するかのように。

 その様を見て、クラウディアの弟が泣き出した。クラウディアの年の離れた弟。クラウディアにとって唯一、胸を張って愛していると言える家族だ。

 弟の泣き声を聞きつけ、ソファでテレビを観ていた父親が身を起こす。酒臭い。クラウディアと弟にとっては、血の繋がらない父だ。

 そもそも父なのか? 再婚をしているのだろうか。それすら定かでない、いつの間にか居ついた赤の他人の男。

 その男は子供の泣き声が許せない質で、クラウディアの弟を罵り殴りつけた。

 床に転がる、まだ学校にも上がってない弟。より泣き声が大きくなった。

 すると父、いや男は、小さい弟の上に馬乗りになって、顔を殴り始めた。

 クラウディアは叫びながら飛びつき、止めさせようとするが、男に殴られ髪を掴まれ壁に投げつけられた。

 朦朧とするクラウディアが、ふと見ると、母親は腕組みしながら我が子が殴りつけられるのを黙って見下ろしていた。表情も変えずに。

 逆上したクラウディアは、闇夜に飛び出した。森を目指して駆ける。


 許せなかった。親が。親と名乗るあの女が。

 あの男が転がり込む前は、極貧ながらも楽しかった。

 クラウディアと弟は母に愛されていた。一緒によく遊び、よく笑いあった。

 以前の母親は、自分たちは最高のチームだと言った。実際にその通りだった。あの頃までは。

 クラウディアの激しい怒りは母親へと向かう。

 あの男はどうでもいい。あれは野獣のようなものだ。どこにでもいる人の心を解さない輩。憎むほどの価値もない。

 絶対に許せないのは母親だった。

 こんな風に自分たちを扱うなら、それなら何故、あの時愛したのだ。

 何故あんなにも愛をくれて、優しく包んでくれたのだ。何故どんなに忙しくても寝る前にはキスしてくれたのだ。

 こんなことなら最初から愛してくれなければよかったのに。最初から冷たくして毎晩叩いてくれていれば、期待しないで済んだのに。いつか優しい母が帰ってくると信じなくて済んだのに。

 あいつは自分たちを裏切った。許せない。特に年端(としは)のいかない弟を裏切ったのは。

 クラウディアはヘレンに乗り込むが早いか、家に突っ返した。

 そして自宅アパートの前に着くや、ヘレンの手を振り下ろした。

 この種のロボットには、知的生命体に危害を加える際には、搭乗者に確認を促す機能があるのだが、クラウディアの害意があまりにも強すぎた。機能は働かず、母親と男は即死した。

 これが史上初めての、巨大ロボットを使った殺人となる。

 弟は警察に保護され、クラウディアはヘレンと、別の大きな森に逃げ込んだ。その後、情報を聞きつけ駆けつけたカールの庇護下に入ることとなる。

 


 UFR研究所に入ったクラウディアは観察処分下に置かれたが、カールの口利きにより、施設の敷地内なら自由に行動できるようになった。親を殺めたことについては正当防衛という扱いになった。

 だがクラウディアは自らを許すことができなかった。


 クラウディアの弟は養護施設に入った。クラウディアは自らの給料(かなりの額だ)の多くを施設への寄付に当てた。

 施設からは御礼の手紙と共に、弟の様子についてのレポートが届く。クラウディアはそれを読むのを、何よりの楽しみとしていた。

 けれど、自ら弟に会いに行くことはしない。カールに頼めば特例として面会をセッティングしてもらう事も出来ただろうし、リモートで顔を合わせるのなら、ハードルはより低い。

 しかしクラウディアは会わない。会ってはいけない。そう思う。

 弟の母親を殺めたのは決して許されることではない。それは生涯続く罪。姉が母を殺したという事実を知らせたくなかったし、弟が人殺しの身内であると世間に知られるのも怖かった。

 何より、正体不明の巨大ロボットに取り込まれてしまった自分の家族であることが、弟の身に災いをもたらすという可能性を恐れた。

 そんな考えのもと、クラウディアは最愛の弟と会うことを自ら禁じた。

 罪を犯した自らに架した(かせ)。けれどもまだ十代で、クッソ陽キャなクラウディアは、深い淋しさを抱え込んでもいた。


 だからクラウディアにはUFR研究所の人間、とくにメカ・サピエンスのパイロットたちが、自分の新しい家族のように思えた。

 自分と同じで、世間に居場所がなくなった子供たち。彼らには自分の気持ちが理解してもらえると思えた。

 頼りになる兄のようなカール。そのパートナーで分からないことは何でも教えてくれる楓。新入りの甲太には破壊行為という点において、自分と近しいものを感じた。そしてなによりピーターについては、クラウディアはどこか自分の弟の代わりとして、捉えているところがあった。

 弟が育ったらこんな感じだろうかと、クラウディアはピーターを可愛がったが、迷惑に感じたピーターは嫌がる。それがますます弟っぽくてクラウディアは、よりピーターをかわいがる(相撲的に)のだった。

 なによりピーターは、クラウディアの欲しかったものを全部持っていた。


 郊外にある白壁の大きなお家。窓からは噴水とバラの生垣が見える。庭師がこまめに手入れする庭は、芝生の香りが清々しく、血統書つきの大きな飼い犬と、存分に駆け回れる広さがある。そこに置かれた白いテーブルには、昼になると、家政婦が入れてくれた紅茶が、手作りのサンドウィッチとお菓子と共に出され。それを家族や友人と談笑しながら摘まむ。それがピーターの家。


 文字通り、自分とは違う世界の住人であるピーターの家の話を、クラウディアは聞きたがった。

 富裕層の出であることに負い目を感じるピーターは、自分の家の話はしたがらなかったが、クラウディアは強引に聞き出すのだった。

 ピーターの家の話を聞いている間は、クラウディアもその世界の住人となれたから。その時だけは、貧民街の薄汚れた壁の、すきま風と騒音と悪臭が常に入り込むあのアパートを離れて、陽の光さす広い庭園で遊ぶことができたから。

 そんなピーターの話の中でも、クラウディアが最も気に入っていたのがピーターのお婆ちゃんの話。

 ピーター自身がお婆ちゃん子なので、その想い出はいつも微笑みと慈しみに包まれていた。底抜けの優しさを持ちながらも、間違ったことをした時には厳しく叱ってくれる聡明な祖母。

 ピーターの話を聞いていると、ピーターのお婆ちゃんが、まるで自分の祖母なのではないかという錯覚をクラウディアは覚えた。

 イメージの世界では、可愛いドレスを身に着けたクラウディアが(おごそ)かな門を抜け、バラのアーチをくぐると、庭にテーブルと椅子が置かれていて、そこに座ったお婆ちゃんが綺麗なティーセットと共に迎えてくれるのだった。

 そんな想像をよくしていた。そしてその後で、現実の自分を見つめ直しいつも愕然とする。罪にまみれた自分。


 罪を犯して森に逃げ込んだクラウディアに優しい声をかけ、安全な場所まで連れてきてくれたのはカール。カールはクラウディアの罪を知りつつも理解してくれた。自分も似たような境遇だと。ここで世界の為に働けば罪は軽くなる筈だと。

 自分のしてしまった事を、他の仲間にも知らせるべきかどうか。クラウディアは深く迷う。

 クラウディアは打ち明けた、一人ずつ。嫌われるのは耐えがたいが、自分が家族とみなしている仲間に隠し続けるのは、信頼を裏切ることだと思ったから。

 楓は何も言わずに、クラウディアを抱きしめてくれた。クラウディアは、ただ泣くことしかできなかった。

 ピーターも同じく黙って聞いていた。最初は驚いていたが、すぐに真剣な表情となり、いちいち深く頷きながら聞いてくれるので、クラウディアも思っていたより多くのことを語ってしまった。

 そして話し終わって、横に座るピーターの顔を見ると。ピーターは泣いていた。

 クラウディアの代わりに泣いていた。クラウディアも泣きながら、良かったと思った。ここに来られて本当に良かったと。

 甲太にもいつか話さなきゃと思いながら、機会が得られず今に至る。ただ甲太に打ち明けるのはちょっと怖かった。甲太は日本でSNSを荒らしまわっていたという、そういう人間は陰で軽蔑していたり、周りに言いふらしそうなイメージがあった。そんな奴ではないと思っていても、少し怖い。

 そんなクラウディアの新しい家族、かけがえのない仲間たちも、ハビリスの襲来によってズタズタに引き裂かれてしまった。 


 クラウディアはカールに文句を言いたかった。

 カールの言いつけを忠実に守り、クラウディアが隠れている間に、仲間たちは次々やられ、その最後を見届けることが叶わなかった。

 そして何より、カール自身が自らの言いつけを破り、仲間を助けに向かった挙句に逝ってしまった。クラウディアもそれに付き合いたかった。結果がどうであれ、仲間と最後まで一緒にいたかった。

 でも、そのカールの言いつけのお陰で、生きて今ここに自分はいる。そして今度こそ仲間と離れ離れになるつもりはない。


 故郷からもUFR研究所からも遠く離れたこの日本で、人々を避難させるクラウディアは。大型パチンコ店のガラス張りの外壁に映った己の、ヘレンの姿を見る。

 背部にはアンテセッサーのビーム銃があった。


 クラウディアは、ピーターのお婆ちゃんに報告したかった。

 ピーターの仇はとったよ。と。もう怖いものは去ったよ。と言ってあげたかった。

 お孫さんの、ピーターの命を奪った怖いものはもう遠くへ行って、二度と戻って来ないからね。ピーターのお陰で地球は救われたんだよ。と。


 ヘレンの手が、ビーム銃を強く掴んだ。



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