第92回 とある街で帰宅時間帯にさしかかる頃
甲太はサンゴーグレートに招き入れられコックピットに入る。
ルードルフから移し替えられた、何もない殺風景な部屋。
『メモリーに以前のレイアウトが残っている、元通りにするかい?』
「いや。計器類だけ前と同じにしてくれればいい」
『? そうか』
これまでのレイアウトは、サンゴーと共に過ごした日々を物語るもの。
でももういいだろう。必要最低限のものがあれば十分だ。
甲太を乗せたサンゴーグレートが、山の踊り場で立ち上がった。
まだ日は高いが、これからは暮れる一方となる。
『さすがは甲太だ。自分こそが世界最強のパイロットだという真実を、皆に知らしめた時は私も胸のすく思いだった。そして甲太を最強たらしめる鎧としての私を、何にも優先して再生させるというのもナイス判断だった。これほどの力と知恵を併せ持った勇者がここにいるのだ。未知の人の使い魔ごとき恐るるに足りん』
「………………………」
『甲太?』
甲太は嬉しかった。またここに戻ってこられて。
一度は捨てた機体だ。その本質に嫌気がさして。そこに関しては再生させたところで、これっぽっちも変わっていない。
だけど、これほど自分に相応しいロボットがいるだろうか?
傲慢で噓つきで、他者の気持ちを分からず分かろうともせず、常に周りを見下している。偏執的でストーカー。
まさにこれは自分のことじゃないか。ロボットは己を映し出す鏡だったのだ。
それが分かった今、この醜悪だったロボを何よりも近くに感じる。
そして、こんなどうしようもない人間とロボットのコンビにも、まだ出来ることがある。それが何より嬉しかった。
コックピットに入り甲太の体は温まってきたが、逆に麻痺していた、電車から飛び降りて打った背中がまた痛み出す。
打った箇所が腫れあがり、息をするだけで痛む。が、まあいい。どうせあと一時間もかからない。
ボロボロの体だが、あとちょっと動けばいい。使い切れればいい。
望むのは戦いのみ。
甲太の眼は、ただ強敵だけに向かっていた。
「それじゃあ行ってくる」
コックピットを無くし、片膝を立てて地に座り込むルードルフと、その肩の上でぴょんぴょん飛び跳ねているキ太郎に、コックピットから手を振って。
甲太は発進する。後に続くクラウディアも、
「じゃあねキタロー! すぐに終わらせて帰ってくるから。またね!」
と言い残して、飛び立つ。
甲太はまたキ太郎に会えるとは思わないけれど、「またね」という挨拶ってスゴくいいなと思う。
サンゴーグレートとヘルメイアスは、前後に並んで大空を飛んでいく。
「早くカエデを安心させてあげなきゃ!」
クラウディアはそう言うが、甲太はもう半分諦めていた。
楓が発進してから、既に20分は経っている。パイロット初心者の楓が、初めての戦いでハビリス相手に、それだけの時間を持ちこたえられるはずがない。
ある意味、楓を見殺しにしてサンゴーグレートを修理した。甲太の自己満足のために。だけど、楓はそんな甲太の行いを肯定してくれるはず。なぜかそんな確信があった。
(今いくぞ。楓)
楓が生きていようが死んでいようが、助ける。その意志を繋げに行く。
その思いでサンゴーグレートを加速させた。
朝方、赤井手甲太が訪れていた街は、そろそろ帰宅時間帯というので騒めいていた。
といっても、大都会ほどの混雑や渋滞が起こるわけではない。地域一帯からこの町に押し寄せている、会社員や学生が一斉に帰るので、2時間ほど町の中心部の駅ビル付近の人口密度が上がるのだ。
マンション高騰の波は、こんな地方都市にも押し寄せ、駅ビルの北と南には新築のタワーマンション二棟がそびえ立っていた。
「こんなとこに誰が住むんだろうねえ」と、見上げながら歩く通行人は口を揃えて言うが、海と山が同時に見渡せるタワマン上層部からの眺望は良好で、富裕層からはそれなりに引き手があるようだ。
そんなタワマンの住人の中に、異変に気付くものが現れる。
高層階からは、それを目にすることができた。
次第に近づいてくる二つの、人型をした飛行物体を。
沢楓はまだ生きていた。しぶとく。
だがもう半死半生といった状態だ。
ハビリスは楓の乗るイダルトゥをいたぶるように、ヒットアンドアウェイを繰り返す。以前カールのイダルトゥにされたのを、意趣返しするかのように。
実際そうなのだろう。アポロンソードを警戒してというのもあるが、それ以上に、かつて自分を苦しめたイダルトゥを翻弄することに、楽しみを見出しているようであった。
楓は削られていく。体力もだが、何より精神を。人を内側から金づちで割り壊していくような攻撃が続く。
イダルトゥをいたぶる趣向には、眼下の街も使われる。
楓は、何とか街から遠ざかろうと足掻くが、その度にハビリスが立ちふさがり前を塞ぐ。ハビリスの圧によって、どうしても街に近づいてしまうように追い立てられていた。
「ヒィ… ヒィ… ヒィ…。っもう……」
荒い息の楓は、己の限界が近いことを悟る。
「何としても、街から遠ざけなきゃ……」
思いつめたような楓に。
『自棄になるな楓。それこそあやつの狙い。お前が闇雲に攻めるよう仕向けているのだ』
イダルトゥは宥める。
「ヒィ…。そうだね… グッ…… でももう私は限界…… ここで墜ちたら街に被害が出てしまう。だからっ…… 進まなきゃ……」
『待て楓! もう少しで救援が来る。ヘルメイアスとルードルフがこちらへ向かっている筈だ。それまでは!』
「…………も…う… 流石にこないよ…… きっと遠くへ逃げてくれたはず…… それでいい。私はそのために戦う…… だけどそれもここまで… 最後に。何とか一太刀を浴びせて… 終わりに……」
『楓! しっかりしろ!! 敵が来るぞ! 敵が… ぬ?』
イダルトゥは気付いた。ちょっと前からハビリスの動きが止まっている。
「イダルトゥ… ありがとう… 最後までわたしに」
『緊急回避! ブーストが───
ピーターを殺した加速ブーストで、ハビリスは一瞬でイダルトゥの眼前に迫った。僅かなチャージだったが、それでも瞬間移動かと見紛うばかりに。
突然目の前に現れたハビリスに、思わず仰け反るイダルトゥ。
そこに凶刃なる鉤爪が襲い掛かり、イダルトゥの左脚部が大腿から切断された。切り落とされたロボの脚は、収穫間近の田んぼに落下し金色の籾を巻き上げた。
「うわぁーーーーーーっ!!」
楓は雄叫び、最後の力で、ハビリスへ剣を振り下ろす。
ハビリスは鉤爪を跳ね上げ、アポロンソードを迎え撃つ。
強大な得物同士がぶつかり合い。
ハビリスのパワーが打ち勝った。
アポロンソードは、イダルトゥの手から弾け飛び、空を舞い飛んでいった。そして。街に落ちた。
「ああっ」
自身の危機より、街に被害を与えてしまったことにショックを受ける楓。その楓ごと、イダルトゥの腹をハビリスが飛び蹴りする。
「ゃぁああああああああああああ~~~~!!」
楓は衝撃で制御を失った。イダルトゥは街中へと吹っ飛び。
町の中心、駅ビルに突っ込んだ。巻き上がったもうもうたる灰色の煙が街を覆っていく。
不幸中の幸いは、先に飛んできたアポロンソードに多くの人が驚き空を見上げていたので、続いて落ちてくるイダルトゥに気づいて逃げ出せた者も多かった。もちろん全員ではないが。
帰宅時の賑わいは、阿鼻叫喚へと形を変えた。
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「よしッ。やっ~~と1体!」
満足そうなChimaeraに、000195000が抗議の声をあげる。
『なんてことを…… なぜこんなことをするのですか? この星の人間を必要以上に巻き込んでしまいましたよ! 今すぐ、あの機体を回収してここから立ち去るべきです』
文句を言ってくるだろうな~、と思っていたので泰然自若なChimaera。
「別に私がやったわけじゃないですし。あのバカが勝手にここまで逃げてきて、勝手に巣の上に落ちていったのですし」
『ここまで追い詰めたのは… 私たちです』
「それはしょうがないじゃない。あんな物騒なもの持ってるんですもん。自衛のためには、とれる手段はなんでもとらなきャ。それとも195は…私よりこの星の生き物の方が大事なんですか?」
『もちろんあなたの方が大事ですChimaera。ただ動物愛護と自然保護の観点からみても、余計な犠牲を出すのは厳に慎むべきで…』
「でも現実として、その保護すべき愛らしい動物ちゃんが、私たち人間に危害を加える武器を造っちゃったんですよ? これは見過ごせませんよねェ」
『確かに。それはそうです。帰還したらしかるべき機関に連絡を…』
「いやいやッ。そんなことして、うちのポカがバレちゃったら元も子もないでしョ!? とりあえず、この仕事が終わったら、この星のネットは壊滅させておかないとですね」
『えっ。電子通信網をですか? そんなことをしたら……』
「できるでしョ、あんたなら?」
『それは可能ですが…… けれどもそんなことをしたら、地球人の文明に取り返しのつかないダメージが……』
「それでいいんですよ? そうすればもう怖~い武器を作ることもないし、私たちの情報も全部消えてなくなりますから」
『ですが、それは倫理的に非常に』
「命令です。わかった?」
『……解りました』
「さてそうなったら、ちょっとスケジュールがキツくなってきますよね。さっさと落ちてったあいつを回収してリセットしてェ。あの剣みたいのも回収しといたほうがいいよね。どこに飛んでったかなァ…? あんたちょっと探してみてよ」
『…分かりました。敵機の武器の落下地点は… あ。』
「ん。どしたの」
ハビリスの機内にアラートが鳴った。
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「いた。あんなとこに……っ」
遥か遠方から、ハビリスを視界にキャッチするサンゴーグレート。ハビリスの下方、朝方訪れた街に、大きく煙が広がっているのを目にし、甲太は眉をひそめた。
「コ~タ!! カエデが! カエデがいるよっ。生きてる!!」
クラウディアのけたたましい通信が響いた。
「うん…」
甲太もイダルトゥからの反応を確認した。
心底からの安堵。奇跡を目の当たりにした感動。混じりっけなしの喜びがある。
だがそれを懸命に押し殺す。
楓が生きてようが死んでようが、甲太のやることに変わりはないのだから。運命はもう決まっている。
「コータ。あいつを引き付けられる? 私がその間にカエデを助けるから」
ヘルメイアスのスピードを落としつつ、クラウディアが言った。
甲太もクラウディアに倣ってスピードを緩めるが、意見は違った。
「いや。クラウディアはまず、あの町で避難を呼びかけてくれ。逃げ遅れている人や、動けない人たちを助けてほしい」
仲間より市民の誘導を優先しろと言う。クラウディアは戸惑う。
「ええっ。何言ってんのコータ? カエデだよ? カエデが生きてたんだよ? まずカエデから救出するのが仲間ってもんでしょ?」
「でも、楓は自分はいいからって言う奴だろ。自分はいいからまず先に町の人をって。それにここは楓の国なんだ」
甲太は淡々と訴えた。
「そうだけど… せっかくカエデが生きていたのに… もしかしたら、もう会えなくなるかもしれないのに……」
「そうだけど。それは町の人も同じだから。楓は町の人を犠牲にするのが一番嫌なはずだから。だから頼むクラウディア。楓の、俺の国の人たちを救ってくれ」
命令ではなく懇願。キッパリとした口調だが甲太の心からの願いだった。
「…分かったよ。そこまで言うならしょうがないね。ただその間、コータがあいつをしっかり引き付けておいてよね」
「大丈夫。それをしに来たから」
「気をつけてね。後からすぐに駆けつけるから…」
「ありがとう。だけどまずは俺一人にやらせてほしい。俺はあいつと……」
遠方のハビリスを見やる甲太。
「戦いたい。一対一で。どこまでやれるのか確かめたい」
「コータ……」
「じゃあ行こう」
サンゴーグレートとヘルメイアスは、イダルトゥが墜落した街へと向かっていった。
甲太たちに気付いたハビリスが、ゆっくりと近づいてくる。
それを尻目に、ヘルメイアスは構わず街へと向かう。機体の中ではクラウディアが、初めて実際に目にする仲間の仇の姿をしっかと睨みつけていたが。
自分を無視して進む、ヘルメイアスを見咎めたハビリスが、後を追う姿勢を見せると。
その前にサンゴーグレートが立ちふさがった。
空中で相まみえる2体。
サンゴーグレートは首だけ動かし、ハビリスを別の場所へ誘う。
これを無視して、ヘルメイアスを追ってもいいハビリスだったが、サンゴーグレートに妙な迫力を感じとった。こいつに背中を見せたくない気がした。
だから、ここはひとまず、サンゴーグレートに従うことにした。
少しばかり面倒そうな、目の前のロボから狩ることにしたのだ。
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「あいつも前……」
Chimaeraは呟く。
『はい。フェイズ3の状態を記録した機体です』
「やっぱり。でもあれはたぶん・間違いだったんじゃないかな? だってあいつ仲間の死骸を見たら、腰抜かしちゃって、そのあと何もしなかったもんね」
『そうでしたね。それでもフェイズ3を見せたことには間違いありません。警戒を怠らないように』
「心配しなくていいよ。あの時のビビり具合は凄かったもん、こっちが引いちゃうほどでしたし。あ・でも、今のこっち来いとかいうアイツの態度。あの余裕っぷりをみると、前回とパイロットが変わってるかもしれないね」
『地球人たちがパイロットを変更したと? ですがそれには前のパイロットを消去しなくてはなりませんから、ありえないことかと』
「いや。やりかねませんよ? ここの生き物たちは、商品を絶対返したくないんですから。その為だったら、幼体の一匹や二匹。だってこいつらって80億匹もいるんでしョ? 信じらんないよね。そりゃあ一匹一匹の価値は低くなりますよ」
『そうでなければいいのですが… それにしてもあの機体の動き…… 何か対策をしてきてる可能性がありますね。先ほどの剣状の兵器のこともありますし、慎重に行動しましょう』
「あんたさっきから、ずっと同じこと言ってるね(呆)。まあ、機械だからしょうがないけど。まあいいや! いじめるのはさっきの奴で飽きたから、こいつはサクッといっちゃおう!」




