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第91回 とある山に響く音




 甲太はボ~っとしていた。

 ただボ~と目の前の作業を見つめる。

 空いた時間を、ひたすら空虚に過ごす。

 暇つぶしに何かするでもない。考えを纏めるため歩き回るでもない。自分たちを護る為に飛び立っていった、楓の心配をしてる訳でもなかった。

 ただ一点を見つめて、じっとしている。

 こんな目をして佇む中年男性を見かけたら、若者は「ああは成りたくない」と蔑むことだろう。そんな目を弱冠17の赤井手甲太はしていた。


 だけど甲太は満足だった。満ち足りていた。

 このボ~っとする時間が、とても貴重なものに感じていた。

 金や恋人、地位と名声。そんなものを手に入れようと駆けずり回っていた頃よりも、今この時の方が遥かに充実していた。

 アメリカの片田舎で、仲間と共に単調な日々を送っていた頃は、今から振り返れば楽しかったが、当時は不安もまた大きかった。今はそれもない。

 微笑んでもいいが、別に楽しいわけでもない。だから能面のような面を晒したまま、じっと岩に座り佇んでいた。




 先程まで甲太は、みんなに頼んで回っていた。


「えっ!! サンゴーグレートを治したい!? いや… そんなの無理でしょ! だって、あんな大穴が空いてるんじゃ、修理にどれだけかかるか分かったもんじゃないよ!」


 ヘルメイアスのコックピットから、クラウディアが大声で言う。

 無理もない。サンゴーグレートの胴体は、コックピット部分が丸々、真っ赤な錆と化し、抜け落ちていたのだから。


「それに早くカエデを助けに行かなくちゃ… コータはカエデが心配じゃないの?」


 当然の疑問を投げかける。クラウディアは一刻も早く、楓に加勢しに行きたいのだから。


「心配だよもちろん。だけど俺には、やらなくちゃいけないことがあるんだ。ちょっと待ってて」


 そう言ってルードルフの足元に駆け寄る甲太。


「キ太郎聞いてくれ! お願いがあるんだ。何よりも大事なお願いなんだ!」


 機体を見上げて叫んだ。

 すると、弾かれたようにコックピットから飛び出してきたキ太郎は、するすると木から降りるように、巨大ロボットから身一つで下りてきた。


「?ごコ」


 降りると、不思議そうに甲太の顔を覗き込むキ太郎。いつもは恥ずかしくなって顔を逸らしていたが、今の甲太はキ太郎の目を見つめ返して。


「ルードルフのコックピット、ルードルフ・ゼロを譲って欲しいんだ。あれをサンゴーグレートに移植して、再び動けるようにしたい」


 と頼んだ。

 それを聞いたクラウディアは。


「えっ! そんなことでき! るのか…… そう言えば前にそんな話、してたっけ……」


 かつてカールから教わった、メカ・サピエンスの構造についての講義。その中で、この話が出ていたことが思い出される。


「うん。こいつらのメインコンピューターはあくまで頭に搭載されてるので、コックピット部分は取り替えたとしても、性格が移り変わることはないし、パイロットのアカウントも元の機体のままだ。だからクラウディア!」


 甲太は今度は、しゃがんだヘルメイアスの方を向いて、叫んだ。


「ヘルメイアスの能力で、ルードルフのコックピットをサンゴーグレートに移し替えてほしいんだ。サンゴーの中も大分痛んじゃってるけど、そこも治して欲しい。ヘルメイアス、いやヘレンの力なら出来るはずだ」


 突然の提案に驚きが隠せないクラウディア。コックピットから身を乗り出しながら。


「そんなこと、このヤバい時に言われても…… だいたい、キタローがあんたの言うこと分かんないでしょ? それじゃあ無理じゃないの?」


 確かにキ太郎は人間の言葉を解さない。キ太郎の了解が得られなければ、ルードルフも我が身を差し出そうとは決してしないだろう。どんなにルードルフと甲太の間に、奇妙な友情があったとしてもだ。


「それに… そんな時間があったらカエデを助けに行くのに使うべきだよ。こうしてる間にもカエデ、やられちゃってるかもしれないんだよ…! サンゴーが壊れて動けないコータの気持ちもわかるよ。幼なじみだもんね… でもコータの分も私たちが戦うから、コータはここで私たちの勝利を祈っていてよ」


 クラウディアは諭すように語りかける。だが。


「いや。俺がいく」


 甲太は譲らなかった。


「コータ……」


 いつもなら口論は勝つまでやるクラウディアだったが、普段と違い、異常なほど揺るがない甲太の前に口ごもった。

 甲太は静かに、だが確信を帯びた口調で言う。


「みんなで行ったってハビリスには勝てない。イダルトゥと、ヘルメイアスとルードルフでは、全員で掛かったところでハビリスに返り討ちにされるだけだ」


「! ちょっと! その言い方はなんなのよっ!」


 これまで大人しい印象だった甲太の、その言いように、クラウディアは憤る。

 そんな二人の会話を、キ太郎とルードルフは、黙って見ている。

 みんなの視線が集中する中。

 けれど甲太は、動じることなく言い放った。


「ハビリスと戦えるのは、俺しかいない。俺だけが、あいつとまともにやり合うことができる」


 キッパリと言った。

 気圧される思いのクラウディアは聞く。


「何で…… なんでそんなこと言い切れるのよ…」


 甲太は答えた。


「俺が最強だから。この地球にいるスーパーロボットのパイロットの中で、俺が最強なんだ!」


 決して望んだ形ではなかった。

 カールを追い越して、最強パイロットの座を掴む。それが甲太の目標であり、ボンヤリとした夢であった。だけどその夢に支えられて、甲太はここまで来られたのだ。

 本当は最強の座なんてどうでもよくて。追い越してやったらカールはどんな顔するんだろ? それだけが見たかったのかもしれない

 その望みは永遠に叶うことはない。

 ただ、望んだ形ではなくても、その資格を得てしまった以上、役割を果たさなければ。

 懸命にカールの代わりを務めようとする楓には悪いが、その役目を果たせるのは、この世でただ一人。


「俺が行く。それが一番勝てる可能性の高い方法だ。だからみんなの力を貸してほしい。俺に戦わせてほしい」


 甲太には一切の迷いが見られない。

 クラウディアは震える声で。


「あんたはそれでいいの…!? サンゴーを修理してたらその間にカエデは死んじゃうかもしれないんだよ…… あんたさっきカエデに泣いて謝ってたじゃん…」


 甲太は目をつぶり、開いて。


「それが楓の願いだから。みんなを生かす、それが楓とカールの望み、願い。あのバカップルの願いを叶えるために、俺は全てを懸ける!」


 強く言い切った。


「はあ…… 分かったよ…… 確かにそうかもね。私たちみんながハビリスにやられちゃうのはカエデもカールも喜ばないね……」


 そう言ってクラウディアは大きな目を拭った。


「ありがとう…」


 呟く甲太の後ろに気配がした。

 振り向くと、キ太郎がすぐ側でニコニコしていた。


「キ太郎…… 俺の願いを聞いてくれるのか……?」


「アイアイアイや~~~~~~~!!」


 空へ向かって、キ太郎が雄叫びを上げた。何だかすごく嬉しそうだ。


「ルードルフ… キ太郎はなんて…?」


 ルードルフは微笑みながら(音声に喜色が覗いて見えたのだ)。


『万事OKだそうだ。細かいことは分らないが、甲太のすることはすべて受け入れる、そんな想いを放っている!』


「え! ホントかキ太郎」


 驚いてキ太郎の顔を見直す甲太を、当のキ太郎はケタケタ笑いながら見返す。


「本当に…? コックピットをサンゴーに渡したらキ太郎とルードルフの繋がりが失われてしまうんだぞ? ホントにそれでもいいのか…?」


 なんで自分なんかに、こんな大事なものをくれるんだ。

 お願いしといた身ながら、戸惑う甲太。


「ギャムギャムピが~~~!」


『いいからさっさとやれ。そんな気配を醸し出しているな』


 ルードルフの解説に。


「あ… ありがとう……」


 甲太はキ太郎の手を握って目頭を熱くした。


「よっしゃよっしゃ! そうなればさっさとやっちゃいますか!」


 クラウディアの号令でサンゴーグレートの修理が始まった。

 サンゴーグレートはこの間、横たわりながら甲太の振る舞いをジッと見つめている。





 サンゴーグレートの修理が開始した頃。

 ハビリスとイダルトゥは睨みあっていた。

 猛毒を塗った剣のようなアポロンソードを警戒して、ハビリスはすぐには踏み込んでこない、時たま近づいては離れるを繰り返している。

 応戦するイダルトゥも、剣を時に盾にし、時に振り回し、必死にハビリスに隙を作りだそうとしていた。

 古代人が闇夜で松明(たいまつ)をかざし、野獣の襲撃を防ごうとしているかの光景。

 そんなお見合い状態が、しばらく続いていた。

 イダルトゥの中の楓は、一瞬たりとも集中を切らすことができない。この修羅場の最中でも、コックピット内の空調は最適かつ快適な状態に保たれているが、楓は滝のような汗を流し、床に(したた)り落ちるほどであった。


 まずいな。

 イダルトゥは思う。

 これほどの緊張状態を、パイロット初心者の楓が長時間耐えられるとは思えない。むしろよく持っている方だ。とっくに押し潰されていてもおかしくない。


 両機は、空中で攻防を繰り返しながら、少しずつ移動していた。風に流されるように。

 人口密集地に近づけたくない楓だが、刹那の間すら敵から目を離せない為、自分の位置を確認するのさえ覚束(おぼつか)ない。

 逆にハビリスは、町の方へ近づくことでイダルトゥにプレッシャーをかけようとしていた。

 もはやハビリスの中の人は、地球人に発見されることに、なんの躊躇も感じていないようであった。




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「分析できた?」


 Chimaeraは000195000に問いかける。


『はい。敵機の動きを解析したところ、やはり原則は生きているようです。あの機体は、こちらの頭部や胸部に対して、攻撃を行うことはできません』


「なーんだ。心配して損したー。それじゃあ前と変わらないんだ。あんなに強力な武器を持ってきたってのに、宝の持ち腐れってやつだよね」


『ですが警戒は怠らないでください。触れただけで破壊をもたらす恐るべき武装であることに変わりはありません。あの機体は以前、現在の装備なしにも関わらず私を小破させたのですから。それを(かんが)みれば警戒をし過ぎるということはありません』


「でもですよ。今目の前にいるあいつのパイロット。明らかに前のヤツより上手くありませんよねェ。だったら、そろそろ片をつけた方がいいんじゃないかなと。私こう見えても忙しいんですから。もう・落としちゃおうよ」


『分かりました。オートガードの強度を高めますので、ご自分のタイミングでどうぞ』


「はいどうも。それじゃあ行きますか。でも可愛そうですねこいつも。子供用のロボットなんかに乗っちゃうから、ろくな攻撃ができなくて。でも地球の生物に普通のロボットって操縦できるのかな?どうでもいいけど。じゃあそこの君、今から君を潰しちゃいますけど、恨むんなら人様のロボットに勝手に乗っちゃった自分自身を恨みなさい。ねッ!」




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 サンゴーグレートの修理は終盤に差し掛かっていた。

 尋常じゃないスピードで進む修復。

 このありえない早さを生み出しているのは、修理担当のヘルメイアスを、オーバードライブさせたことによる効果だった。

 まずコックピットであるルードルフ・ゼロを取り出したルードルフは、もう大して使い物にならない。よってこのルードルフの体を、バッテリーというか発電所というか、エネルギーの供給元として使う事にして。

 ヘルメイアスの生み出す透明なリード線「糸」を高圧電線代わりにして、ルードルフとヘルメイアスを繋ぎ、「スーパーロボットパワー」2体分を、一気にヘルメイアスに流し込むことで、その特殊能力「ロボットを再生する力」も倍にしようという段取りだった。

 だがそれは当然、ヘルメイアスのボディーに凄まじい負荷をかける事であって。


「ヘレン! 何だか暑いよ! もっとクーラー強くして!」


『だだだめよクラウウ! ここれ以上エネルギーをつつかったらららら、ショートしちゃううう。私のどっかががが焼き焼きやききれるるるるる!』


 大量のエネルギーを帯びたヘルメイアスの機体は高熱を発していて、関節から覗く内部メカは赤熱化し、時折フラッシュ光が弾ける。

 明らかにヤバそうな光景だが、誰も止める者はいない。パイロットたちも命を懸けてるのだから、ロボットにだって限界を超えて働いてもらわにゃ。

 ヘルメイアスの指の関節から生み出される大量の糸によって、サンゴーグレート破損部が見る間に再生していく。細かいパーツで足りないところはルードルフから移植する。

 その騒がしくも神秘的な工程を、甲太は岩に座って無表情のまま眺めている。

 これが終わったら戦いに向かうというのに、特に緊張した様子も見られない。その顔からはネガティブもポジティブも感じられない。

 だがこう見えても本人は、とても喜んでいるのだ。みんなの想いによって、自分のロボットが修復されていく姿を目にして。


 サンゴーグレートの全身が突然、強く発光し。

 ヘルメイアスがあちこちから煙を吹いてぶっ倒れた。

 ルードルフに糸を繋いでいなかったら、そのまま山から転げ落ちるとこだった。


「やったよコータ…… ひとまず動けるようにはなったと思うけど… 試してみて…」


 倒れた衝撃で朦朧としているクラウディアに促され、甲太はサンゴーグレートの前に立つ。


「俺が判るかサンゴー。動けるか?」


 その声で電源が入ったみたいに、サンゴーグレートの目に光が灯った。

 アニメロボットのカメラが光るのってよく考えたら変だよな。と話し合った時もあったが(カールと)、今見える目の光は、勇気を貰える光だと思った。


『あ。ああ… 甲太。聞こえるよ。私の大切な甲太の声だ。ありがとう。私を甦らせてくれて』


「ただ甦らせたわけじゃない。分かってるだろ。・・・行こう!」


『…………分かったよ甲太』


 サンゴーグレートは甲太に手を差し伸べた。

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