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第90回 とある国道の上空にて



「ごちそうさま」


 甲太は貰ったココアの魔法瓶を、テーブル状の岩の上に置く。クラウディアに返したかったが、当の本人は勇み立ってヘルメイアスによじ登っている最中だ。

 

「ありがとう」


 その後ろ姿にそっと言う。おかげで冷え切っていた身体が温まった。もうちょっとは動かせそうだ。これなら目的は果たせる。


「ここからは自由行動だって!? そんなのあいつをぶちのめしに行くに決まってんじゃない!」


 言いながらクラウディアは、ヘルメイアスにピーターの形見のビーム銃を担がせた。

 ルードルフもそれに続く構えだ。

 ルードルフの目的は、キ太郎をなんとしてでも生かすこと。ルードルフとキ太郎だけだったら、逃げおおせることも可能かもしれない。

 ただ、それをキ太郎が許さなそうだ。


「ギーーーーーっ」


 なぞの奇声を上げ、戦う気を満々に見せる。ルードルフもキ太郎の望まぬことはしない。共に殉じようとする。サンゴー何とかとは違うのだ。

 そうやって、この場から飛び出していこうとする2体の巨大ロボ。

 その前を、甲太は歩いていって横切り、立ち止まって呼び止めた。


「ちょっ、ちょっと待って」


「なによコータ! こんな時になんだってのよっ!」


 焦りが見られない甲太の態度に、苛立つクラウディア。今は一秒でも早く、楓の後を追いたいのに。


 もちろん甲太も想いは同じだった。誰よりも楓のもとに駆け付けその盾となりたかった。

 ただ甲太には、もう分かっていたのだ。自分のやるべき事が。それは楓一人を助けるということではない。

 だから呼びかけた。


「クラウディアお願いがあるんだ! キ太郎も! 頼みたいことがある!」




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 降下するハビリス。

 そのレーダーに飛び込んで来た機影があった。


『回収予定のロボットが接近してきます。この速度でこちらへ真っ直ぐ進んでくるところを見ると、敵意があるのは間違いないと思われます。会敵予想は30秒後』


 000195000の報告だが。


「え。向こうから来ちゃったの? やだなァ… そんな張り切ってるヤツ、潰すときにもジタバタ暴れそう。逃げてくところを後ろから叩いていくのが双方にとって一番いい終わり方だと思うんですけどねェ。どうせ結果は変わらないんだし」


 Chimaeraは背もたれに背中を預け、慌てる様子もない。

 だが195からの続報で、顔色が変わる。


『捉えました。レーダーによる3D検出が完了。あの機体は…… Chimaera、以前あなたと交戦したことのある機体です。』


「えェッ。…まさか。フェイズ4の機体じゃないよね…」


『その疑念の通りです。以前フェイズ4にまで達して、我々を手こずらせた機体です。ただあの時のパイロットは死亡していますから、今回再びフェイズ4に至る可能性は低いと思われます』


 195はそう言うが、Chimaeraは動揺した。


「そんな…… なんであいつがまた来るの…… 中のヤツごとちゃんと潰したよね… この手でちゃんと… なのになんで… ああ、そうか、治せる奴がいるんだっけ…… くそッ。こんなことなら、あの時、頑張って回収しとけばよかった……」


 Chimaeraに冷や汗が浮かぶ。フェイズ4の機体、イダルトゥには散々手を焼かされた。ハビリスが損傷したのみならず、地球人の子供にしてやられたことは、Chimaeraの自尊心に大きく傷をつけた。

 その為、あの機体に対して苦手意識がついてしまった。


「一々私のやる事を邪魔してくる… ホンット嫌いあれ。でもいいよ…… 真っ先に潰してやる… そうすれば後は楽ちんになるんだから。あいつを叩き落とせばLuke様はすぐそこだからねッ」


『その意気ですChimaera。…ただ。敵機がこれまで見たことのない武装をしています。腕部にこれは… 「剣」のようなものを保持… 現在解析中です。注意してかかってください』


「剣? 銃じゃなくて? ははァ。それはアレだよ。何か宗教的なヤツなんじゃない? 魔除けみたいな。戦っても叶わないのが分かったから、神頼みのアイテムを持ち出してきたんですよ。いいねェ。今回のパイロットは相当大したことないよッ」


 Chimaeraは向かってくる機体へ、こちらからも加速をかけた。


「さあ、とっとと片付けちゃおう!」


『Chimaera。解析が終了するまで、敵機とは距離を保つことを進言します。とにかく注意を』


 000195000の言葉もむなしく、ハビリスとイダルトゥの距離は見る間に縮まっていった。




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 高速で飛行するイダルトゥの前方に、鈍い光を放つ巨大な機体が見えてきた。

 ハビリス。楓にとっては恋人の仇。

 ただそれを殊更(ことさら)思い出して、気持ちを乱したりはしない。

 楓はただひたすら集中した。

 最初の一撃。それに賭ける。

 おそらく最初の一撃で、アポロンソードの性質を相手に見抜かれる。

 そうなったら、次の攻撃を当てるのは格段に難しくなるだろう。

 なんとしても確実に一撃目を当てなくては。

 それには……

 楓は意を決する。

 剣を、イダルトゥの腰に(さや)があるかのように、引き寄せた。

 機体から磁力を発し、刀身を固定する。

 仮想の鞘に剣を収納した段階から、一気に抜きはらい、その勢いのまま切りつける。

 居合抜きだ。抜刀術。剣道をしたことはないが、知識としては知っていた。

 これなら剣の軌道を相手に読まれにくくなる。とにかくどこかへは当てられる。


『楓よ。それでいいのだな』


 イダルトゥの問いに、楓は黙って頷いた。




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「見えた。あれだね!」


 目視で相手を確認できる位置まで近づく。


「あれッ。剣をしまってる?」


『鞘のようなものは見られません。特殊な構えですね…』


「やっぱりあれは儀式用なんだねェ。死ぬ寸前であんなバカげたことする中の生き物って、どんな心境なんだろう。まあいいや。こんな原始生命の儀式に付き合ってる暇はないので、ちゃっちゃっと終わらせちゃいましょう!」


 ハビリスの鉤爪が光りだした。




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 その光を見て楓はゾクッとした。己が生命を狙う光。

 覚悟を決めていても、恐れは湧く。身体が必死に避けようとしている感覚。

 楓は決めていた。ハビリスと刺し違える。こちらの攻撃は致命傷を与えられないが。

 それ以外思いつかなかった。アポロンソードの刀身を、確実にハビリスに当てる方法が。

 死ぬかもしれない。非常に高い確率で。だがやらなければいけない。それが一番やりたいことだから。

 カールの残したものを守りたかった。それはあの基地跡地の町での日常であり、パイロットとして集まった仲間たちである。

 ただそれは、かりそめのもの。それもまた分かっていた。ハビリスが現れなかったとしても、やがて消えゆくものだった。

 それでも、それまでは、それを守りたい。特に甲太やクラウディアやキ太郎などの問題児が、きちんと独り立ちするまでは、側で見守っていたい。だから護る。

 それを成す迄、ただ死ぬ気はない。たとえ絶望的な闘いだとしても、一矢報いずに終わるつもりはない。




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『5秒後に接触します。対ショック態勢』


 ハビリスの中に、警告音が鳴り響く。


「よ~しッ。一発でしとめるからね…」


 Chimaeraは唇を舐めた。

 

 ハビリスが、鉤爪の付いた腕を振り上げた。




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「来たっ」


 楓の緊張と集中がピークに達する。

 出来れば、相手の一撃が放たれた後で攻撃したい。

 それなら確実に当てられる。

 ただ向こうの攻撃で、こちらが即死しては何にもならない。敵の攻撃がこちらに当たる寸前で、こっちの攻撃を当てなければいけない。

 まさに神業、ルーキーである楓にはとても不可能な所業。

 だがやる。やってみせる。

 イダルトゥが空中で急ブレーキをかける。

 すれ違いざまの攻防になったら、とても当てられない。できるだけ相対速度を落としたい。

 少しでも、ほんの僅かでも命中の可能性を上げる。


『楓。決して頭と胸は狙ってはいかん。それ以外に当てるのだ』


「わかってる」


 イダルトゥと楓は、宙で静止し。強敵を迎え撃つ。

 下には林の中を走る国道ぐらいしか人工物はない。ここなら撃墜しようが、されようが大丈夫。

 イダルトゥは時代劇の侍よろしく、居合の構えで待ち構えた。




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「止まった。ビビってるよこいつッ!」


 Chimaeraは速度を落とすことなく、一気にイダルトゥへ襲い掛かった。


「これでこいつは終わりィ!!」


 光る巨大な鉤爪が振り下ろされた。




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 楓も繰り出した。

 イダルトゥの剣を。

 ダメだ。とてもタイミングなんて見られる速さじゃない。

 向こうの攻撃とほぼ同時に。無我夢中で相手のボディ目掛けて剣を繰り出した。


(駄目だったか…)


 脳内物質のせいか、時間が少しゆっくり流れるコックピット。

 でもこれで、少しでも相手の機体を傷つけることが出来たなら、未知の人は地球人に恐れをなして、交渉に応じてくれるかもしれない。

 穏やかな希望が、ぼんやりと浮かんだ。

 そんな楓目掛けて、鉤爪が降って来た。




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『警告! 緊急事態! 制動をかけます!!』


「えッ わッ!」




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 楓の目の前で、ハビリスが歪んだ。かに見えた。

 ハビリスの全身の関節が、瞬間的にフル稼働したので、グニャアと歪んでいくように見えたのだ。

 ハビリスは急停止した。異常なブレーキ。たとえどんなに凄い超科学のロボットであろうとも、どう見ても無理のある止め方だった。

 同時に。

 耳をつんざくような金属音が数十キロ四方に放たれ。

 大空における巨大ロボット同士の衝突が、一旦、停止した。

 

「あっ」


 楓は自分の無我夢中で放った剣先が、ハビリスの大腿部(人でいう)に当たる寸前だったのを目にした。

 しかし、そこで剣は止まっている。

 ハビリスの鉤爪は、今まさにイダルトゥの胸に振り下ろされ、楓を塵に変え掻き出す寸前であった。

 だがそこで、何十トンもあるだろう左腕が、振り下ろされた際の慣性を無理やりねじ伏せながら進行方向を変え、自身に当たるはずだった剣を防御していた。


『オートガードか!』


 イダルトゥが苦悶の声をあげる。

 止められた。全身全霊で放った、今できうる最大の攻撃が。

 その事実に、楓を呆然とする。

 そして更に恐ろしい事態に気づく。

 ハビリスの鉤爪が、アポロンソードを受け止めている。

 ハビリスの鉤爪には。アポロンソードは。通用しない。




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「な・何が起こったの? 何で止めたのよ? せっかくやっつけられる……」


『警告! 敵機の武装から異常な反応を検知しました。これは… ナノマシンを使用した循環型機械構造体破壊兵器!』


 000195000が叫ぶように警告を発した。


「え。え。え。え。え… なにそれェ……」


 Chimaeraは驚き慌て狼狽える。


『分かりやすく言うと、ロボット破壊兵器です。私のような、ナノマシンによる循環型組織タイプの構造を持つロボットの、自壊システムを暴走させることにより、接触しただけで目標を破壊することが出来る機能を有した装置です。まさか… 地球人がこれほどのレベルのものを作成することが出来るとは……』


「ええェッ! ようするに、あの剣に触れるとあんたが壊れちゃうわけ…? あれって飾りじゃないんだ… そんな… そんなのやだァ……」


『落ち着いてChimaera。幸いなことに、相手のパイロットはまだ操縦技術が未熟なようです。これなら攻撃は全て、フックで払いのけられるでしょう』


「…壊れたりしない……?」


『分析しましたが大丈夫です。フックは高出力のエネルギー含有体に覆われていて、直接相手の武器と接触するわけではないですし、また高出力エネルギーによって敵武器のナノマシン操作を相殺(そうさい)することが可能ですので、あの武器の効果を封じることができます』


「そう… そうか…… そうなんだ… だったら大丈夫だね… そうだよ… 支店長からも、この機体ちょっとぐらいなら壊してもイイって言われてたもんね。だったら… あいつの操縦が少しでも上手くならないうちに早く倒しちゃおう…! たくッもゥ。どうしてあいつはいつも私に余計なストレスを与えてくるんだろッ」


『一応ある程度の攻撃はオートで防ぐことが可能ですが、限界はあります。慎重に進めていきましょう』


「もうやだな… 早く帰りたい……」


 そう言いつつも、Chimaeraは仕事を完遂すべく、イダルトゥに再び接近する。




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「万事休すかな… みんなで頑張って造ったアポロンソードが効かないなんて……」


 あまりの状況に、楓も弱音を漏らす。


『いや。そうでもない。今、ハビリスの機体がやたらに(うごめ)いたのは見ただろう? あれは恐らく、こちらの剣を恐れたが故の挙動。慌てふためいて鉤爪で受け止めたのだ。それはすなわち、あの鉤爪以外の部分はアポロンソードのダメージを受けるということ』


 イダルトゥが解説する。


「ハビリス… あの一瞬でそこまで分析を…?」


『重作業用の機体だからな。この手の計算に秀でている』


「でもそこまで知られたら、もう剣を当てるのは難しいね… 完全に警戒されてしまう……」


『だが、鉤爪以外には通用することが判っただろう? なら希望はあるのではないか。どちらにせよ初めから、か細い希望だったのだから』


 イダルトゥも、子守りロボットの本能として楓を大事に思っていた。サンゴーグレートやルードルフに負けず劣らず。不思議なことにリセットされずに残ったカールとの記録も、それを強くする。

 だが、楓の戦いを止めようとはしない。

 サンゴーの言うように宇宙を放浪する、というのは、楓は絶対に御免だと言うはずだ。ならば戦って生き延びるしかない。それを全力でサポートするのみ。


「そうだね…… ありがとうイダルトゥ。むしろここからが本番か」


 楓はイダルトゥの両手で剣を構え、迫り来るハビリスへと臨んだ。




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