第9回 とあるSNSにて
高校のグループSNSに、自分の悪口が書かれまくっていることに気づいた甲太は、花咲をこき使ってグループSNSを壊滅させる。
さて甲太にとっては花咲の苦労などどうでもよい。まあ、集めてきた金はそのままくれてやるとするか。
校内SNSも所詮はガキの遊び、ちょっとムカつきはしたが、いちいちムキになるほどのもんでもない。(←金とったくせに)
ただ教訓はあった。ネットの世界では目立つ奴はそれだけで叩かれるという事だ。叩かれる前に叩くという姿勢で行かなくてはいけない。
では、ここからが本番だ。如何にしてインターネットの窓を通して、世界のもの知らずな民たちに、赤井手甲太という、本当に価値のある存在を知らしめたらいいものか?
最終的にはサンゴーグレートを見せつけなければならないだろうが、それには段取りがいる。
今の段階で、甲太のもとにスーパーロボットがあることが露見したら───
「絶対大人が取り上げようとしてくる───」
そうなる前にどうにかして、甲太という人物がすげえ奴だという事を、世間に世界に周知させなければいけない。
世界的に、サンゴーグレートがスゴイのは赤井手甲太がスゴイからだ、彼以外サンゴーグレートのパイロットは考えられない! という認識が高まれば、甲太とサンゴーを引き離そうなどとは、おいそれと出来なくなるだろう。
それにはまずネット空間において名を高めなくては。ようするに“いいね”を世界で一番集めなくてはならない。
それにはまず。
「いきなりフォロワー数が誰より多いアカウント作りたいんだけど。出来る?」
甲太は聞いてみる。日本で最も使われているSNSで、だ。
海の底で停留しているサンゴーグレートのコックピット内で、今後のインターネット世界攻略についてのミーティングが行われていた。
サンゴーグレートが答えるに。
『作成は可能だが、運営会社にすぐに削除されてしまうだろう』
「そっか~~、全員に見てもらえるようなのが欲しいんだけどな」
『利用者全員の画面に、甲太のメッセージを表示させる環境は作り出せる。ただ、それも運営にすぐ対処されるだろうから一時的なものだな』
「一時的… 寂しいな、なんかそれ」
思案の甲太にサンゴーが提案する。
『全てのユーザーに表示すれば、本文は消されても何割かのユーザーがそれを保存して、自分のアカウントに転写画像を載せるだろう。そうなれば常に自前のアカウントを常駐させる必要もないのではないか?』
「う~~ん。それはそれで謎の人物らしくてカッコいいかもしらんな」
ある日。
朝、通勤の電車内や通学前の家のトイレ内、夜通し勤務を終えたデスクでと、様々な場所、環境で、数多の人々が大手SNSをチェックしている。そんな人々の眼前に突然、あるポストが表示された。
【私の名はCODE三五九 とりあえずそうしておこう 私は人類をより高みに導くという使命を天より与えられし人間だ これより始動する 刮目して見よ】
文と共に、暗闇の中、何者かの人影が逆光で照らし出されている画像が載っていた。
これを見た世間の人の九割九分九厘はこう思う。
「ああゲームの広告か迷惑だな」
午後になると広告にしてはおかしなところがある点や、SNSの運営が何やら慌てているらしいということで、様々な情報が飛び交ったが、それは情報通やIT関係者の間に留まり、一般人はとくに気にすることはなかった。
「なんか全然反響がないな」
当の広告主の少年は、テレビやネットニュースで取り上げられなくて不満だった。
『最初だからだよ。人々が驚くのはこれからさ』
少年をとりなすロボット。週刊誌の編集長と部下の会話のようだ。
「これじゃあいくら良いこと言っても誰も聞かないなぁ。・・・やはりまずは愚民どもの興味あることからやってって周知させるしかないかぁ」
『まさしくその通りだ』
イエスマンな部下だった。
そこで打った次の広告ならぬメッセージはこうだった。
【CODE三五九:近年世の中には不快で不埒な輩が蔓延していると見える これよりその1人 迷惑動画配信者の「甘えん坊弁慶(♡)」をこの場から追放する!】
名を挙げられた人物は大手動画サイト出身の有名人で、再生数を上げるためならどんなことでもするというので忌み嫌われている人物だ。当の動画サイトからもペナルティーを喰らっている程だが、蓼食う虫も好き好きで一部から熱い支持があり、ネットニュースで名を見る機会も多かった。
その当の本人が動画サイトで窮状を訴えたのは、自身を追放するというメッセージが出た翌日だった。
本人の動画サイトでのアカウントが既に凍結されているので、別の有名動画投稿者の動画にゲスト出演という格好で出てきたのだが。
当人曰く、数十万のフォロワーを誇った、自身の大手SNSでのアカウントが昨日の朝に消失してしまい、その後新しく別アカをとろうとしても受け付けてくれない。というものだった。
何でもSNSの運営会社に訴えても、現在調査中という答えしか返ってこないそうで。
そして。しばらくするとこの動画サイトからも彼に関する動画全てが消えてしまった。上記のゲスト出演も含め。
さらに、他の主だったSNSからも次々とその痕跡が消えていった。
いくら迷惑動画配信者とはいえ、これまで長い間培ってきた書き込みやら動画やらが、完全に根絶された状況には異様な感があった。
ただ、その異様さすらも、彼のフォロワーのみが感じるもので、ネット空間にはそもそも最初から「甘えん坊弁慶(♡)」は存在していなかったかのように、何も残されていなかった。
「これはヒットしたな!」
学校の屋上で寝転びながら、スマホからSNSの状況を確かめた、【CODE三五九】こと赤井手甲太はデカい声で呟く。
SNS上は、例の迷惑者の消失の話題で持ちきりだった。
皮肉なことに、当の本人は痕跡も残さず消え去ったのに、「消えた」という事実だけは、当人の起こしたどんな騒ぎよりも盛り上がり広がっていった。
ハッシュタグやトレンドは、彼の名前や「消滅」「消された」というワードがランキングの上位を占め、その中に「予告通り」というものもあった。
事件の舞台であるSNS、その運営会社には、ネットニュースサイトや週刊誌、スポーツ新聞からの問い合わせが殺到していた。
されども運営会社自体が、何が起こったのか把握できていなかった。何故か件の動画配信者に関するデータだけが完全にサーバーから無くなってしまったという、理解しがたい事態。
とにかくこの事態は「CODE三五九」と名乗る人物もしくは団体が、ハッキングを行っているとしか考えられないので、CODE三五九の書き込みを消去し、再びの侵入を防ぐことに注力するしかなかった。
「向こうも色々対策うってくるだろうけど大丈夫?」
サンゴーに電話で聞く甲太。
『ああ全く問題ない』
世界有数のSNSを運営する企業も、まさかハッカーが別世界から来たスーパーロボットだとは夢にも思わないだろう。
【CODE三五九】による全アカウントに向けたポスト、というとんでもない規模のハッキング行為は、運営の手により見つけ次第、即刻削除されるようになった。
だがサンゴーグレートの読み通り、そのポストをスクショして、自分のアカウント上に貼り付けるユーザーが続出した。
運営側はそのような行為は、アカウント凍結の対象になると警告したが、スクショ貼りを行う者は増え続け、その全員を処罰するわけにもいかず実際は野放しの状態になってしまった。
〈甘えん坊弁慶(♡)SNS追放!事件〉の反響の大きさに気をよくした甲太は、さらにSNSから有名人を追放することで、より人々の感興を買おうとした。
「あいつは出すぎててみんなから嫌われてると直ぐ分かったけど。俺も嫌いだったし。他に嫌われている人間というと……」
サンゴーのコックピットに戻ってきた甲太は思案する。
『SNS上をサーチして批判を多く受けている人物をソートしたらいいか?』
「え? そんなこと出来んの! それはいいね。・・・ということはオレの… CODE三五九の評価も分かったりする?」
『ああ。CODE三五九に言及しているアカウントの肯定・否定の割合も、同時に表示しよう』
1分ほどで大手SNSのサーバーのスキャンを終わらせる。
「おお… どれどれ見せて」
サンゴーグレートの壁面モニターに分かりやすくグラフ化された、自身の評価が表示される。
「CODE三五九に対する肯定的意見の数…… 17%! ひくっ!!」
実はこの数字、サンゴーグレートが主のメンタルヘルスを慮って下駄を履かせた数字であった。本当は5%。
「なんでお前らの嫌いなヤツ退治してやってこんな評価なの!? おかしくね!!」
『大丈夫。少しずつ肯定的評価が増えていってる。みんなも分かってきてるんだ』
憤懣やるかたない主人をあやすサンゴーグレート。
たとえ悪い気分にさせない為とはいえ、要求された数字を勝手に弄るロボットであった。
「よ~~し。分かったよ。もっとこいつらにオレの力を見せつけなきゃな……!」
という訳で、サンゴーが提示した批判の書き込みをされることが多い有名人のアカウントを、批判の多い順に消していくことにする。
【CODE三五九:善良なる者たちよ そなたらの気を害する者たちを排除したぞ】
アンチの書き込みやコメントが多い政治家・評論家・インフルエンサー・タレント等々をSNSから完全消去していく。サーバーから根こそぎ消したのでこれまでの書き込みも復元できない。
「これでどうよ?」
モニターに目を凝らす甲太。
【CODE三五九】への評価は前よりチョコっと上がった。サンゴーの補正を除いてもそれは確かだった。
ただ話題に上がる数と比べて、評価の上昇が少なすぎる。一体SNS住人は何を考えているんだ?
ひとまず手元のスマホでどんな意見があるか調べてみる。
最初に目に飛び込んできたのは、強い表現でCODE三五九を非難する書き込みだった。
「いきなりこんなのか…… こいつとこいつに“いいね”を押してる30人も追放ね」
『了解した』
さらに見ていくと──
「憎まれ役が居ないとネットがつまらん」「消されたコメンテーターはアンチも多いけどそれ以上に好意的意見が多かったろうに」「怖くて建設的な議論も交わせなくなってる」「移住先のSNSを探さないと…」「独裁スイッチかよwww」などの意見が多く見受けられた。
「せっかくやってやったのにあんまり喜んでない・・・ 独裁スイッチってなに・・・?」
脱力する甲太であった。
どうしたらネットの民は喜ぶんだろう? そのことで頭がいっぱいの甲太は学校でも上の空だった。
授業をすっぽかし屋上で思考を巡らせて、下校時刻になると帰ろうと降りてくる。
すると花咲が階段を駆け上がってきた。
「大変ですよ赤井手さん!!」
「なんだよ……」
不機嫌さを隠そうともせず甲太が返す。
「赤井手さんが葦原さんをやっつけたってのが広まってて、じゃあ赤井手さんを倒して名を上げようって連中が集まってて、そいつらがこっち来るみたいで!」
風雲急を告げる報告だったが、聞いた甲太は溜息をつき、クソどうでもいいというような顔して。
「クソどうでもいいわ、そんなこと。そんなつまらないこと二度と言ってくんなよ」
言い捨て、花咲の横をすり抜け降りていった。
せっかくの報告を無視どころか馬鹿にされ、花咲は呆然とし次いでムカっ腹が立ってきた。
いっそ甲太がボコボコにされた方がいいかもと思ったが、自分にも火の粉が及ぶ危険性を考えるとそうも言っていられない。
そう思いながら窓から外を見た花咲は、アッと声を上げた。
恐ろしい脅威が迫っていることを聞かされたというのに、甲太はそちらに意識を向けない。
花咲ごときが何か言っていたが、もはや現実のことなどどうでもいい。
甲太が見つめる先はネットの中だけであった。
これまで現実で報われようと色々手を打ってきて、それなりの成果はあった。
金や称賛は得られたがそれだけ、そこで行き止まり。自分が子供で学生である以上どうしても壁がある、天へと続く階段の先へは進めない。
だがネットの世界は違う。そこでは人々の評価を集めれば、誰でも無限に上へ登って行ける。
全ての人に評価される世界があるとしたら。きっとそこは喜びやワクワクにあふれた世界だ。だってそうだろう、道行く人が全員自分のことが好きなんだから、嬉しいに決まってる。
それを実現できるとしたら、ネットの評価を限りなく上げていくことだ。甲太が考えついた幸せになる方法がそれだった。
そして自分にはその資格があるはずだ。そうでなければ神様は自分にあんな凄いロボットを授けないだろう。
(この大事な時に花咲め、くだらないことを)
何やらどっかの不良が自分を狙っているらしい、とか言ってたな。
(もうそんなフェーズはとっくに過ぎ去っているんだよ! ガキのお遊びに付き合っていられるか!)
しかめっ面した甲太は校門を過ぎたあたりで、周囲の喧騒を耳にする。
そこで始めて顔を上げ、自分が取り囲まれているのに気づいた。