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第89回 とあるロボットについて③


 突然イダルトゥが口を割った。楓の執念が勝った。というか、これもまた「聞かれなければ答えない」類のものなのか。

 

「それは何? どういう方法?」


 楓が尋ねる。


『原則第一条、附則第三項「児童労働からの保護」の二項。緊急事態の際に限り、一時的に、成人の代替として、本人の希望があった場合にのみ、条件を満たした児童を、成人と同等の労働に就かせることができる。この時、一定時間、児童は三原則の範疇から、外れた扱いとする』


「そんなものが……」


「え…! なんかいい方法があったのか!? もっと早く教えてよそれ!」


 色めき立つ甲太たちだが、背後から、サンゴーグレートの声が響いた。


『イダルトゥ。下らぬことを言うのはよせ。出来もしないことを言って無駄に希望を持たせるのは、甲太を傷つけることになる』


 甲太は舌打ちする。こいつ… ホントに山から突き落としてやろうか。

 しかし楓は、サンゴーグレートの意見を踏まえて、改めてイダルトゥに質問する。


「サンゴーグレートは、ああ言っているけど、その方法は成功させるのが難しいの?」


『地球人にとっては、確かにそうだ。まず対象となる児童が、責任ある大人と同等だと認められなければならない』


「それは誰が判断するの? あなたたちロボットが?」


『ロボットと、それと同等以上のコンピューターによってなされる。対象者について、平面のみならず、垂直方向を含めての、空間的スキャンが行われることになっている』


 ちょっと何言ってるか分からない。楓は一先ず解らない部分をスキップして、次を聞く。


「よく分らないけど、それは置いといて… 他にまだ条件があるの?」


『ああ。これが一番の問題となる。対象となる児童は、児童の経歴をよく知る、4等級以上の半独立型コンピューター、我々ロボットのコンピューターは4等級となる、それら5基から認証を受けなければならない。これに合格して始めて、大人と同等の資格を得られ、三原則の縛りから抜け出せる』


「5基……?」


『ロボットだったら、搭乗機を含めて五体だ』


 それを聞いた三人は。しばし固まり。

 急いで周りを見回したのち。

 絶句した。


「……絶対に5基が必要なの…?」


『そうだ。一基たりとも欠かすことは許されない』


「なんだよそれ…… 一機足りないじゃん……」


 甲太は改めて数える、イダルトゥ。サンゴーグレート。ヘルメイアス。ルードルフ。これで全部。指折り数えてもどうしても一機足りない。

 目の前に光が射したと思ったら、その間に深い深い谷が横たわっていた。 


「なんでもっと早く言わないの! ピーターが生きてた時に言ってくれたら良かったのに!! そしたらピーターだって!」


 クラウディアが叫んだ。

 確かにピーターのアンテセッサーがいたなら、まだ可能性があったかもしれない。


「緊急事態にならないと聞かれない方法のくせに、緊急事態にはまず役に立たない方法…… こんなのずるいよ…」


 楓も嘆く。

 イダルトゥは慰めるように。


『ただ… もしアンテセッサーが残っていたとして、五体のロボットが揃っても、地球人が「大人の資格」を得るのは困難だったろう。これは未知の人の世界においても、一度も使われたことのない、古く錆びついた条例なのだ』


「カールなら資格があっただろ」


 甲太が食い下がった。


『判らん。(それがし)の前のパイロットであり、その能力、所業は並外れていたとはいえ、それだけでは「資格」を得るに足りるとは言えない』


「いや!! あいつにはあった! あいつならやれたんだ!」


 駄々を捏ねるように、甲太は地面に向かって叫んだ。


「甲太……」


 楓が見つめる中。


「カールならその資格はあったんだ。もっと早く言ってくれてたら出来た。だってあいつはハビリスに立ち向かって、すごいダメージを与えたんだ! こんなこと他の誰にもできっこない。光ってすごいスピードで動いて。…すごかったんだ!!」


 絞り出すように言う甲太。

 楓はその言葉で思い出したように。


「光… そうあの光は何なの? カールがハビリスと交戦した際に、イダルトゥ、あなたの全身から眩い光が放たれていたと報告にあった。あれは… その“大人の資格”とは関係ないの?」


『関係ないな。あの現象は、ロボットを操るパイロットのイメージ操作のレベルを表したものだ。機体とパイロットが強く同調するようになると、その段階、フェイズを示す特殊な現象が機体表面に現れる。すなわち、ロボットを輝かせるパイロットは相当な腕前を持つパイロットだということだ』


「腕前か……」


 呟く楓。その周りはお通夜状態だ。

 

『だから言わんことではない。不必要な知識など教えなければよかったのだ。甲太が落ち込んでしまったじゃないか。全くカールの周りは女もロボットも浅はかなものばかりだ』


 サンゴーグレートの言葉だけが、山に漂い、消えた。




 薄曇りの日だった。

 もう午後を周ってから大分たつ。だけど夕暮れにはまだ時間がある。世の子供たちの大好物の時間帯。

 山道で甲太を追った捜査員たちは、どうなっただろう。諦めて帰還したか、それとも別の道からのアタックを試みているのか。

 ただ捜査員に追われたことも、町で女子高生の話を立ち聞きしたことも、電車から飛び降りたことも、ほんの数時間前のことなのに、全く別の世界の出来事のように感じた。ここでは時間の流れがゆっくりで、とても濃密なものに思える。

 まだ日が高いためか、打ちひしがれる、といった感じではないが、さりとて前を向いていこう、という気分には到底なれない。


(この先、どうしようか)


 果てしない迷路に迷い込んだようで。

 近いうちに訪れる死を前に、どうやってそれまで過ごそうか考えてみるが、何も思いつかない。

 最後の瞬間まで、ここでボ~っとしてようか。そんな気までする。

 クラウディアも近くの岩に座り込んで、物思いに耽っている。何時もみたいなバカ騒ぎはしないのかな。それが見られないのは、少し残念な気がする。少しだけ。


 そんな中、楓が歩き出し、イダルトゥの片手にある、巨大な剣の下までいった。

 それに手を指し伸ばし、言う。


「カールも色々考えたんだろうね。長い間一人で。そしてこれを創ることにした」


 剣を見上げる楓。傷一つないそれは、金属だとは分かるが、ステンレスやアルミのような粒子感はない。あまりに平滑なので、日光をはらむと水晶のように透き通っているんじゃないかと、見間違えそうになる。

 実は透き通っていて、触れると手が通過しそうな、別の世界への入り口なのではないかと思うほどに。

 甲太とクラウディアも、眩しそうにそれを見上げた。


「確かに三原則があるかぎり、未知の人のロボットには決定打を与えられない。でもこれを使えば、相手を戦闘不能にさせるだけのダメージは与えられるかもしれない。そうなれば、未知の人との話し合いへ持ち込むことが出来るかもしれない。たとえどんなに可能性が低くても」


 まるで学校の文化祭で、みんなで頑張って作った展示物を紹介するように、剣を前に誇らしげに語る楓。一見表情は変わらないが、その目は輝いて見えた。


「命は奪えないけれど、話し合いの席には着かせられる武器。それってなんだか素敵じゃない? そしてカールが最後に見せた輝き、あれは奇跡なんかじゃなくて、頑張れば道は開けるという希望の光。実際あの時のイダルトゥは、ハビリスを翻弄していた」


 語り続ける楓。

 甲太は聞きほれていた。幼馴染の贔屓目という訳でもない、クラウディアも甲太と同じ顔をしている。


「だから私がやるべきは、イダルトゥを乗りこなせるように訓練を積むこと。カールとまではいかなくても、その半分でも上手くなれば、きっとハビリスに一矢報いることが出来る。…はず。イダルトゥとこの剣を上手く使ってみんなの幸せを、少しでもいいから勝ちとってみせる! だから甲太」


 振り向いた楓の瞳に、心臓が高鳴る甲太。アーティストと目が合ったファンの様な。


「甲太は私が早く上達できるよう、訓練をつけて。この中で一番操縦が上手いのが甲太だから。…サンゴーグレートは治せるかどうか分からないけど、手取り足取り教えて欲しい。クラウディアやキ太郎にも強力してもらって、未知の人がまた来るまでのほんの僅かな時間に、少しでも操縦が上手くなりたい。そして私がこの手でみんなを守る。そう思ってるんだけど… どうかな?」


 甲太は拍手喝采を送りたい気分だった。まるで感動的なスピーチを聞いたみたいに万感の想いを込めて。

 でも楓の気持ちを茶化すことになりかねないと思い、ただ深く頷いた。

 隣ではクラウディアが「いいよカエデ!!」とメッチャ拍手していた。

 剣を見つめる楓の姿に、改めて甲太は思う。


(人に希望を与えられる…… この力はなんなんだろう……)


 甲太がかつて追い求めていた力とは、全く別の何かを、今、確かに目にしていた。



 上から石が落ちてくる。

 見上げると、ルードルフがすごい速さで山肌を駆け降りてきた。

 そして叫ぶ。


『来たぞ! 奴だ、ハビリスだ!!』




--------------------------------------------------------------------------




「随分端っこの方に逃げてきましたよねェ」


 遥か上空から降下する、巨大な人型機械の中で、Chimaeraは言う。

 高高度から見下ろすと、太平洋に面した島国である日本列島は、陸地の端の方に見えたのだ。

 こんな端の方に集まる、ということは逃げてきたのだろう。Chimaeraはそう受け取った。まあ甲太に関しては間違っていない。


『美しい星です… あまり被害を与えないようにしたいものです……』


 機体のコンピューター、000195000も感想を漏らす。


「そうかな? 青一色でつまらなくない? 来る途中でボロッちい宇宙船(宇宙ステーション)を見ましたけど、よくこんな単調な景色で嫌にならないよね」


『青にも深いところもあれば鮮やかなところもある。私にはそう観えます』


「あそ。じゃあここに引っ越せば。今回の仕事が終わったら。丁度いいじゃない、この星のこと気に入ってたようだし。まあ上が嫌がるかなァ、こんな秘境に営業所を建てるのは、ね」


 適当な会話をしながら、濃さを増していく空気の中を進む。機体表面に斥力を発しているので、地球の重力に引きずられることも、大気の断熱圧縮に悩まされることもない。

 地球の自転に合わせ、ほぼ垂直のようなかたちで降りていく。

 ハビリスの機体には、前回の戦いで受けた傷の痕跡は全く見られなかった。新品同然の美しさを取り戻したうえでの再訪であった。


「ああ、でも。この間来た時のデータ、ちょっと見たけどね。この星にはまだ通貨があるんだってね。そこだけは、ちょっといいなって感じかな」


『通貨? Chimaeraは貨幣のコレクターなのですか?』


「ああ違う違う。別に物の通貨が欲しいんじゃなくて、通貨を使った経済があるってのが羨ましいって」


『貨幣経済が羨ましいのですか? 随分レトロな趣向に思えます。それのどこに惹かれるのでしょう?』


「だってさだってさァ! 通貨がある世界ってさ、それを集めれば殆どの願いが叶うんでしョ。通貨を沢山手に入れれば入れるほど、自由になれる。それって凄いことだよね。希望に満ちてるよ。いいな~、私もそんな世界に生まれたかった」


『私たちの世界で通貨が廃止された理由の一つが、通貨があると、人は必要以上に「願い」を持ってしまうからだといいます。多くの人が「願い」を持ち過ぎると、それは争いを生み、周りの環境も破壊していくと。通貨がある限り、人は諦めるということができず、大事な人生をも浪費してしまう…』


「いや。絶対あった方が良かったですよ。通貨。だって通貨がある世界なら、私もLuke様のライブチケットの為に、こんな宇宙の果てまで来なくてよかったんだから。通貨がある時代には“テンバイヤー”って職業の人たちがいて、通貨さえ出せば希少なモノでも何でも手に入ったんだって。通貨が使える世界なら、支店長からコネチケを貰うために、こんな不快な害獣退治に来なくても済んだんですよ?」


『……かつて通貨があった時代には、若い人が自らを犠牲にしてでも通貨を集めようとする事例が数多く見られたそうです。そんな悲しい光景を見ずに済むように、現在のシステムに移行していったと聞きます。それにまだ地方の星では貨幣経済を残しているところもありますよ』


「田舎で使えたってねェ…… あと… 通貨が残ってればな~って一番強く思うのは、あんた達のご機嫌を窺って生きていかなくても済むのに! ってところですよ」


『そんな…… コンピューターによる評価経済は、そのようなものでは……』


「ああ、ほらもう着くよ。山ばっかのとこですね~。ここは」


 今度こそ目的を果すため。甲太たちパイロットを殲滅し、ロボットを回収するために。

 ハビリスは日本上空に降臨した。




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 急いで降りてきたルードルフに続いて、イダルトゥ、ヘルメイアス、そしてサンゴーグレートも空を見上げた。

 ここからでは見えないが、確かにハビリスが戻ってきたことを、ロボットたちは感じとっていた。

 早い。あまりに早すぎる。

 折角ハビリスについての対抗策を、みんなで練って、実行に移そうという時だったのに。

 いや。むしろ遅かったのだろうか。もう前回の襲来から一月経っている、お祈りを済ませ、家族に別れを告げるには十分すぎる時間だった。

 たぶん丁度いい時なんてない。自分たちを狩ろうとする捕食者の来襲は、何時であったって、恐怖と後悔に包まれているものなのだろう。


 とにかく、ここは逃げなくては… まだ楓には準備ができていない。

 そう思い、楓に声をかけようとした甲太だったが、楓の表情を見て、止まる。

 空の彼方を見つめる楓の横顔からは、想いこそ読み取れなかったが、とても寂しそうに見えた。甲太の勘違いかもしれないが、嘆きや憤りよりももっと深い、強い強い寂しさのようなものが感じられた。

 楓はこちらを振り返って言う。


「もう来ちゃったか。修業はお預けだね」


 言いながらフッと笑った。

 それを見た甲太は泣きそうになる。

 何故だか分からないが、申し訳ない気分でいっぱいになった。

 楓は告げる。


「こうなった以上は、もう全員が逃げることも難しいでしょ。戦っても逃げても、さほど変わらないかもしれない…」


 そこで言葉を切って。


「だからここからは自由行動がいいと思うんだ。各自が自分の判断で動く。逃げてもいいし、戦ってもいい。諦めずに交渉を呼びかけるのもいいと思う。だから… みんな自由に考えて、動いて。イダルトゥを預かった私がこう言うのは無責任なんだろうけど」


「カーーカーー… イデ~~~~…」


 ルードルフの胸のハッチからキ太郎が顔を出して、なんか言ってる。意味は分からんが悲しげだ。


「そんな~~。カエデ。私たちは最後まで一緒に居ようよぉ…!」


 クラウディアも泣きそうな顔で側に寄る。


「それもいい。一緒に居たいならついてきて。ただ私は自分のやりたいことをやる。自分勝手に。それでもいいなら。ね」


 そう微笑むと。


「じゃあ僭越ながら、カールの代わりに宣言します。UFR研究所、メカ・サピエンス、パイロットチーム。これにて…… 解散!!」


 言い放った。楓のこんな大声初めて聞いた。

 そして。イダルトゥの手に乗ると。コックピットへと昇っていく。


「カエデ! 待って! あんたまさか一人で…!?」


 クラウディアが喚けば。


『待て! 作戦を講じれば1%だとて勝機が上がるやも……』


 とはルードルフ。


「キャーーーケッケッケ~! カエ~~~~」


 これはキ太郎。

 騒ぐ一同の中で、甲太だけは呆然と楓がイダルトゥの中に消えるのを、ただ見つめていた。

 

「じゃあ行ってきます! またね!」


 笑みを零しつつ皆に手を振ると、楓は頭を引っ込め、ハッチを閉めた。

 立ち上がるイダルトゥは、片手で剣を掴みなおし、サッと払うと。

 飛び立った、山の踊り場から。鷲が崖から羽ばたき出るように。

 残された三人は、勇壮なイダルトゥの後姿をしばし見つめていた。見とれていたと言っていい。

 そして甲太は感じとった。楓が最後に見せた笑顔を見て。何かを受けとった。




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