第87回 とあるロボットについて
「ほいよコータ。いいとこのヤツなんだから大事に飲んでよね」
クラウディアが、毛布で身をくるんだ甲太にマグカップを差し出した。
熱いココア。クラウディアのお気に入りのブランドで、わざわざヘルメイアスのコックピットにまで一式揃えていた。
甲太は有難くいただく。なるほど、上品な甘さというのだろうか。飲みやすく香り高い。冷え切った体が温まっていく。ようやく一息つけた思いだ。
楓もイダルトゥから降りてきた。なぜか高校の制服を着ている。
甲太、楓、クラウディアの三人は、三方向に置いたロボットの真ん中に集まり話し合いを始めた。これからについて。
楓がイダルトゥに乗ってしまった以上、ここにいる全員が未知の人のターゲットだ。キ太郎も含め。
どうやったら生き延びられるか、議題はそれ以外にない。
一人だったら、自分が死ねばそれで済む話だと、諦めていたかもしれない。でも仲間がいると、迷いがなくなる。何としても全滅は避けたい。自然とそういう気持ちに切り替わる。それが良いことなのか悪いことなのか分らないが。
甲太は早速聞いてみる。
「楓は… 楓は知っていたのか? イダルトゥにあんな仕組みが存在したこと」
普通に話すのにまだ慣れない。緊張した。
「あんな仕組みって?」
クラウディアが聞いてくる。
楓が甲太に代わって。
「今イダルトゥとサンゴーグレートに起きたこと。この種類のロボットが、仲間の機体に強力な攻撃を加えようとすると自動的にブレーキがかかる。どうやらそういう仕組みが存在しているらしい、ということ。そうだね甲太」
甲太は頷く。
いざ話してしまえば、これまでの壁は何だったんだろうというぐらい、自然に話せた。
「え! 今のそうだったの!? カエデが“寸止め”したのかと思った!」
「私は止める気はなかったよ。間違いなくサンゴーグレートを破壊しようとした。可哀そうだとは思ったけど」
表情を変えずに言う楓に、改めて恐ろしいものを感じる甲&クラウ。
「サンゴーグレートには悪いけど確かめたかったんだ。このロボット達。私たちがメカ・サピエンスと呼ぶ機体。それを破壊することが可能なのかどうか。もしそれが出来るのなら、少なくとも私たちは命の危険から解放されるんだから」
(そうか…… それであんな非常手段を…)
甲太は得心した。
確かに実験台にするのに、サンゴーほど相応しいロボはいまい。
クラウディアは少しうろたえたように。
「でもでも、そんなことしたら大人達に怒られるんじゃないの? カールはそう言って……」
「ここまで来たら、上の意見とかそういうの、気にする必要ないと思うよ。状況はその時と全く変わってしまったんだから」
楓の言葉に、クラウディアは「う。うん……」と言うしかない。
(クラウディアには難しいだろうな……)
慮る甲太。
機体への愛着が甲太とは全然違うし、甲太や楓にはUFR研究所以外にも帰れる家がある、一応。でもクラウディアは、ヘルメイアスを失ったら、それこそ一人ぼっちになってしまうのだ。
(それにキ太郎も、ルードルフを壊すと言われて素直に従うだろうか? 楓だってイダルトゥはカールの形見みたいなもんだから、いざ壊すとなったら辛いんじゃないのかな)
そう思うと破壊されてもあんまり心が痛まない、サンゴーグレートって何なのだろう。思わず思いをはせる甲太。
「俺もここへ来る途中で、サンゴーのコックピットに爆弾を仕掛けて破壊しようとしたんだ。でも駄目だった。結構な量の爆弾だったけど、それでもこいつを壊すには足りないみたいだ」
「え~~! そんなことしたんだ! 薄情だねあんた……」
クラウディアは引いてるが、楓は頷いて。
「私たちが用意できるだけの道具では、このロボット達を破壊するのは無理かもしれない。たぶんサンゴーグレートも、自分を破壊するほどの量ではなかったから、大人しく爆弾を仕掛けられたんじゃないかな」
楓の言葉に驚く甲太。
「そんな… いやそうか、そうかもしれない…… 確かにあいつはそういうヤツだ」
思わずサンゴーの方を顧みると、本人は黙ってロボットのふりをしていた。
「こうなったら直接問いただしてみる方が早いかも」
そう言って楓は振り返り、自機のイダルトゥに歩み寄った。
「イダルトゥ! 私があなたに、自身を破壊しなさいと命令したら、あなたはそれに従うの?」
しばしの沈黙のあと。
『それには従えない』
やっと言った。
「じゃあ… あなたにサンゴーグレートを火山の火口に投げ込みなさい、と命じたら? それには従う?」
『それにも従うことはできない』
「それは何故?」
『仲間を壊すのは正しい行いとは言えない。人間もそうであろう?』
いつもの、パイロットからの質問に対して積極的に、時に必要以上に説明してくるイダルトゥとは思えぬ口ぶりだった。質問で返してきてるし。
「それは説明になってないよ。ロボットは機械であり道具である。そして道具には仲間に対しての情は必要ない。酷いこと言うようだけどそれが現実。仲間を優先して人間を疎かにしては道具としては本末転倒になってしまう。だから… あなたが仲間を壊せない、と言うのは人のような情から来るものではなく、プログラム上のこと。違う?」
楓のガン詰めを傍から聞いてて、甲太はイダルトゥを気の毒に思った。
『…確かにそうだな。お主の言う通り我々には、同種のロボットを傷つけないようにするプログラムが存在する』
「それは…… “原則”のこと?」
『……………………………………………………』
(原則?)
楓から飛び出した言葉に、耳を傾ける甲太。三原則とかいう言い方だったら社会科かなんかの授業で聞いた気がするが、この場合に意味するものとは?
『そこまで知っているか…… 判った。ならば当該の情報について答えよう。主をカールの後継者と認めてな』
諦めたような物言いでイダルトゥが答えた。
「カエデ、原則って何? 私知らないけど、カールから聞いてたの?」
クラウディアが空気を気にせず質問する。
「うん。カールからワードだけは聞いていたんだけど。それが何を意味するものなのかまでは教えてもらってなくて。調べて分かったのは、『ロボット三原則』というのがSF小説の古典に出てくるんだけど、それはええと…」
(ああなんか知ってる… ネットでたまに見るやつで外国の小説が元ネタだっていうの… くそっ。ピーターがいれば絶対こういうの知ってるだろうに…)
こういう時、感じてしまう。
なんかあればすぐ雑学で口を挟んでくるピーターが、横にいる生活に慣れてしまっていた。もうあいつはいないんだ、ということをその度に思い知る。
ピーターの代わりに、楓が思い出そうとする。
「確か… ロボットは人を傷つけてはいけない。ロボットは自分を守らなくてはいけない。ロボットは人の言う事を聞かなくてはいけない。あと附則が少々。順番は違うかもだけど。こうじゃなかった? イダルトゥ」
『地球の小説に出てくるものはそうだな』
「そして、あなたたちの中にも、これと似たような条項、プログラムがあるっていうの?」
『確かに似たものが存在する。当然、異なる部分も多いが』
「それを教えて」
楓の要請にイダルトゥは、あまり乗り気じゃなさそうに。
『ああ… 分かった。我々のプログラムに記された記述はこうだ。
1,この種のロボットは自機のパイロットを守ることを最優先にしなくてはならない。
2,この種のロボットは同規格のロボットに復元不能な損害を与えてはならない。
3,1,と2,及び機密情報の守秘義務に反しない限り、この種のロボットは自機を守らなければならない。
以上が、我々の持つ三原則と云えるものだ』
「この種の…」
楓はそこが気になるようだ。
「そんなルールがあったのか…」
と甲太が言い。
「全然知らなかったよ! どうして最初に教えてくれなかったの?」
とクラウディア。
「これは機密事項ということ? 人間に知られては困る、といった…」
とは楓。
これにイダルトゥは。
『いや。別に機密というわけではない。積極的に開示すべきものではないが、秘匿しなければならない、といったものでもない。要するに聞かれなければ答える必要のない情報だということだ』
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「聞かれなかったから答えなかった」このムカつく言い回しが、ここにきてまた出てくるとは。
(こっちは命がかかってんだよ!)
怒鳴り散らしたくなる甲太。
クラウディアも、少しムッとして。
「じゃあ、何のためにあんのよ! 教えてくれないなら意味ないじゃん」
『知る必要がないからだ。ロボットを通常通り運用するにあたって、原則を意識する場面は、まず無い。そうであろう』
イダルトゥの言葉が、ますます二人をイラつかせる。
楓は問う。
「じゃあなんで… カールはこのことを知っていたの?」
『カールは東京上空での某とサンゴーグレートとの戦いを分析する過程で、両者に共通する、特定の行動パターンがあることに気付いた。そこで以前の某を詰問し、このことに辿り着いたのだ』
「並外れたロボットマニアだから、気づけたってことか…」
楓が呟く。
『それだけではない。通常であれば気づかぬほどの些細な機体の変化も敏感に感じ取る。カール程の並外れた優秀なパイロットでなければ、これに気づくことはできなかったであろうな』
以前の主人を誉めそやすイダルトゥ。お前が最初から素直に教えてくれればいい話だろ、と甲太はツッこみたかったが。
ふと、甲太は楓の様子を見て。
(カールのことが思い出されて辛いんじゃないか… 一旦、話を変えた方がいいかな…)
迷う甲太だったが、その前に楓が、皆に振り返り。
「“三原則”ってものがあるのが分かったから、ここからは、それが未知の人との戦いにどう生かせるか考えていこうか」
「オッケー。もうだいぶ頭がこんがらがっちゃったけど」
とクラウディア。
「うん… そうしよう……!」
言いつつ甲太は、余計なお世話だったな、と思った。
果して、この「三原則」なるものが、未知の人との戦いにどう関わってくるのか。
楓は質問してみる。
「その、この種のロボットは同じ規格のロボットに復元不能な損傷を与えてはならない、という項目だけど… この項目の効果によって、さっきの、私がサンゴーグレートに対して行った攻撃は止まったの?」
『その通り。「三原則」は人間にとっての法律のような、その気になれば破ることが出来る類のものではない。プログラムなのだ。我々の意思で背くことはできないし、たとえパイロットの命令だとしても、覆すことはできない』
それを聞いた楓は何やら考え込み。そして。
「その…… ハビリス、あれもあなたたちと同種のロボットに、含まれるの…?」
『そうだな… 用途こそ違うが規格だけで言えば、ハビリスも我らと同じタイプに分類される。原則を施行する際の範疇に含まれる』
その言葉に甲太はカッとなる。
「そんな! そんなはずないだろっ あいつは… あいつはカールを… ピーターを殺したんだぞ! さっき聞いた原則とかいうのと違って──── あ…!」
そこで、甲太は気づく。
違わない。原則と。
以前聞いたカールの説明では、このロボット達は、頭部にメインのコンピューターを載せていると言っていた。
ロボットの頭部を破壊することは、原則2条の、復元不能な損害に含まれるのではないか?
「もしかして… カールは、ハビリスの頭を狙ったから動けなくなったのか…? じゃあ… だったら最初からコックピットを狙っていれば……」
最後の瞬間。カールがハビリスのコックピットではなく、頭部を攻撃したのは、カールが未知の人を殺めまいとしたからだろう。
それは優しさなのか、それとも後の交渉を狙ってなのかは分からないが。
そのことが、結果的に、カールの命を奪ったというのだろうか?
甲太の言葉に、楓も少し動揺して。
「そんな…… そういうことなのイダルトゥ? ロボットを使ってロボットを破壊するのは許されないけど、コックピットを狙うのは… 人を殺めるのは許されるというの? そんなことがありえるの?」
『当然有り得ない。当たり前のことだ。言うまでもない。「人」を殺傷することが許されないというのは、我らロボットの根幹だ。原則の先に立つ、前提だ。無理に行おうとすれば、ロボットのシステムは破綻するだろう』
「「え」」
楓と甲太が同時に、一瞬呆ける。
この機械は何を言っているのか。訳が分からない。
「でも… でもカールは確かにハビリスに…」
楓の声が震え。
そのことが甲太には耐えられない。
慌てて、意見を絞り出す。
「じゃあっ、じゃあハビリス、あのハビリスは、改造されてるのか? 人を殺すことができるように……!?」
『そのような改造を加えることはできない。我々のプログラムはそんな軽々しく触れられるものではない』
イダルトゥの言葉に、甲太は憤慨した。
「おい! どうなってんだよ。おかしいぞ! 実際にロボットが人を殺してるってのに、殺せないって言ったり。つじつまが合わないんだよ。ご主人様である未知の人のことを知られたくなくて、適当なこと言ってんじゃないのか!!」
『そのようなことはない。某は主である沢楓の質問に、可能な限り、正確に回答しておる』
「く… だったら… だったら、未知の人がどんな形をしているのか画像なり、動画なりで見せてみろよ! ある筈だよな。お前たちはもともと未知の人のロボットなんだから、データのどっかにある筈だよ!」
『…それは出来ない。ロックが掛かっている。権限がある者しか、閲覧することは出来ない』
「ほらみろ! やっぱりお前らは未知の人の手先なんだな! そうやって俺たちを騙して! それでどう────」
「甲太」
楓の言葉に我に返る甲太。
一撃で頭を冷まされた。
確かに怒ってもどうにもならない。ここは何としてもこのロボットから、有益な情報を聞きださなければならない場面。
(すんません……)
そう思って、下がる甲太。その肩をクラウディアがポンポン叩いた。
代わって、楓が落ち着いた態度で質問を続ける。
「甲太の言う事ももっとも。あなたの話は現実に即していない。現にハビリスは、私たちのチームのロボットのコックピットを、狙って攻撃し。…それで仲間が死んでいる。イダルトゥ、あなた自身がその犠牲者じゃない。『ロボットは人を殺められない』という話と、現実とのこの矛盾。それをどう説明できるの?」
僅かに沈黙があった。
僅かだが、長く感じられたその時間。
やがて。イダルトゥは、重い口を開くように。
『そのことについては、あやつから聞くのがよかろう』
そう言って大きな手を動かし、向こうに転がされているサンゴーグレートを指さした。
なぜこんな大事なことを、あんなロボットなんかに?
不思議であったが、今はとにかく情報がほしい。
三人は、サンゴーグレートの方に近づいていった。
甲太は今、改めて自分のロボットと向き合う。




