第85回 とある虚無を貫く閃光
『宇宙へ逃げるんだ。広大な宇宙なら、たとえ未知の人であっても、全てを探索することは不可能だ。だから、行こう。宇宙へ』
サンゴーグレートの突然の提案に甲太の頭は追いつかない。ただでさえ疲労と苦痛で考えが纏まらないのに、急にサンゴーが現れ話しかけてきたこの状況は混乱でしかなかった。
「うちゅう… にげる… でもメシは…… 水やトイレはどうするんだ……?」
疑問の甲太。その上にサンゴーグレートの影が広がる。
『その点は大丈夫だ。宇宙では甲太に冷凍睡眠に入ってもらう。私には非常時に、パイロットを冷凍睡眠につかせることができる機能が備わっている。それを使えば人間の生理機能を停止させ、物資を消費することなく永い間、生存させることが可能となる』
サンゴーグレートが両手をつき、地べたにへたり込んだ甲太を見下ろしている。
疲れ切った甲太は、上を向き続けることができずに、地面に仰向けとなった。
「ながいあいだ? それってどのぐらい? 3年ぐらいか? …もしかして10年とか……?」
『それは分らない100年になるか1000年になるか。未知の人の監視が地球から外れるのが完全に認められるまで、地球に戻ることは出来ない。もしかしたら半永久的になるかもしれない』
「えッ」
驚いた甲太は跳ね起きようとした。だができない。サンゴーグレートの顔がすぐ真上まで降りてきていて、立ち上がれなかった。
気が付くとサンゴーグレートは、甲太の上に覆いかぶさるようになっていた。甲太を至近距離から嘗め回すように顔を近づけている。
甲太は、一旦離れて距離をとろうとした。けれど。
「ッッ」
ここから這い出せない。
体が痺れている感じだ。疲労と痛みと寒さによって、すっかり体力が無くなってしまったから。
いや、それだけじゃない。
体から力が奪われていくこの感覚。これは前にも味わったことがあるものだった。
『それしかないのだ甲太。甲太を救うには。私を破壊することは誰にも出来ないし、地球人ごときに、我らが創造主たる未知の人を跳ね除けることなど叶わない、絶対に。ならば私が甲太を胎内に抱えて、その命を永劫の先へと送り届けることしか手段はない』
わかった。絶望だ。
甲太は絶望しているのだ。
絶望が身体を侵食し、その動きを止めてしまった。
もう、どうにもならなくなった己が人生に絶望している。それが生きたいという根源的な力さえも奪い取っているのだ。
「や… やだ… それは嫌だ。それはダメだ…… そんなの…」
首を振る甲太だったが、もう分かってるのだ。
『しかし。それ以外には方法がない。甲太の尊い命を救う方法は』
サンゴーグレートはその巨大な顔を、甲太の表情を覗き込むように傾ける。
「いやだ。だめだそれは… いやだ……!」
甲太には分かってる。このイカれた異界のロボットに身を任せる以外、もはや助かる方法はないということを。
それでも嫌だ。暗黒の宇宙に、こいつと二人きりで何百年も彷徨うなんて。
「だめだ。おれはいかない… そんなのいやだ……」
ビシャビシャッ
仰向けの甲太の足に水しぶきがかかる。首を起こして見ると、サンゴーのコックピットの隙間から、水が零れ落ちていた。
サンゴーグレートは、土下座せんばかりになって甲太を覗き込んでいる。その姿勢のせいで爆弾で空いた胸の隙間から、溜まっていた海水が滴り落ちてきていた。
甲太の体を異臭が登ってくる。
コックピットの隙間から、海水とともに何かが落ちていた。それは幾つもの魚の死骸。そこから腐臭が漂う。
「ひいっ。いっ。穴が! 胸に!」
甲太の声に、サンゴーグレートは自身の胸を見下ろし。
『ああ。これかい。こんなものはすぐに治る。甲太が付けてくれた思い出の傷だが、残念ながらこの程度の傷はすぐに埋まってしまうんだ。だから。これが治ったら、一緒に空へ旅立とう!』
「やだ! そんなのやだ! おれはいかない! やだやだ。やだ」
『それは命令かい?』
サンゴーグレートが首を傾げ。
『命令ならば従うよ。甲太の意思こそが何より大事だからね。だから。それは。命令なのかい? ほんとうに。いいのかい。もう、甲太が帰れる場所はどこにも無いんだよ? いいのかい。助からなくて?』
「あ・ああ・・・あ」
甲太の口からは声にならない音が漏れる。
『ほんとうにいいのかい。確実な死を迎えることになっても? 次の瞬間にもハビリスが現れて甲太の命を奪うかもしれない。そうなったら私の力を以てしても止められない』
サンゴーグレートは一度顔を上げ。
『それでいいのかい? 絶対の死を受け入れるのかい? どんなに逃げても抗っても無駄な、圧倒的な力に捻りつぶされる悲惨な死を選ぶのかい? ・・・・・本当に?』
再び頭を下げ甲太を覗き込んだ。
「いやだ! いやだ! いやだあぁぁぁ……!」
甲太は横たわり体を丸め、頭を抱え込んで悲鳴を上げる。
『可哀そうに… 錯乱してしまっているね… でも大丈夫。甲太が落ち着くまで側にいるよ。ひとまずここを離れよう。ここよりもっと人里離れた静かなところでしばらく休めば、正常な判断を下せるようになるよ。さあ… いこうか』
そう言ってサンゴーグレートは甲太に手を伸ばした。
甲太を誘う。真っ黒い隙間が口を開け、そこから腐臭を帯びた海水が零れ落ちるコックピットへと。
「やだ! やだ! やだよう!」
『大丈夫。安心して。君は私が守る。永遠に』
「ヤダ… やめて、やだよ!」
限りなく続く漆黒の闇の中を、金属の巨人の中で眠りながら永久に漂う。
ただ生きるために。なんの意思もなく。
暗闇の中で永遠に生き続ける。一人きりで。
それはまるで。
「いやだあぁぁぁぁああ!」
「それを地獄と言うんだよ」
鋭い言葉と共に。
ザスッ
何かを刺すような音が響いた。
「………!?」
甲太は恐る恐る、顔を覆う腕を下ろし、声がした方を見た。
跪くような姿勢のサンゴーグレート。その後ろ。
そこにいたのはイダルトゥ。
遮るものの無い陽の光によって、濃い陰影をボディに刻むイダルトゥが、剣を持ってそこに立っていた。
剣? 剣と言ったがあれは剣か?
そうとしか見えない。剣としか形容の仕様がない、金属の長大で鋭利な棒がイダルトゥの手から伸び。
サンゴーグレートの背を貫いていた。
「!!!!!」
甲太は仰天した。この光景、全てが驚くもので満ちていた。
『き! 貴様!!』
サンゴーグレートは慌てたように立ち上がった。背部に剣を突き立てたまま。
「あまり動かない方がいいよ。傷が広がるし」
イダルトゥから発せられたこの声。こんどこそ判った。
「楓!!」
甲太は分かった、理由は分からないが楓がイダルトゥに乗っていることを。
『何だこの兵器は!? 私は知らない!? 抜け! 今すぐこのおぞましい棒を私から!!』
顔だけ振り返りながらサンゴーグレートが喚いた。こんな取り乱したサンゴーは見たことない。
「もう二度と、甲太を苦しめないと誓うならね」
楓は冷たく言い放った。
それを聞き、サンゴーグレートは激高したように。
『何を言っているんだこの愚かな人間は! 私が甲太を苦しめるようなことするはずがない! 私の行動は全てが甲太の為になるものだ。貴様がどうこう指図できるようなものではない!!』
「ああ… そう…」
そう言うと、楓はイダルトゥの腕を前に動かした。
すると、イダルトゥの持つ剣がサンゴーグレートの胴体を貫通し、胸から切っ先が突き出した。
『グワアアアア!!!』
サンゴーグレートの叫びが響く中、イダルトゥはサッと剣を引き抜く。剣を突き刺した時といい、まるで豆腐でも刺したかのように何の抵抗もなく、抜き差しを行っていた。
甲太はあまりの事態に、これが現実かどうか判断できなくなる。
剣から解放されたサンゴーグレートは、すかさず身を翻して。
『甲太! この人間は気が違っている。急いで避難したほうがいい!』
そう言って甲太へ手を伸ばした。というか甲太を掴んで搔っ攫おうとした。
「ひえっ」
サンゴーグレートに掴まれる甲太。その寸前。
何かが噴き出した。
サンゴーグレートの胸から真っ赤な粒子が噴出し、甲太に伸ばした腕に当たって跳ね返った。
「うわあああぁ」
甲太は、水しぶきのように落ちてくる赤いものから、慌てて体を引く。
『アアアアアアアアァァァ!! 私の体がアアアァァァァ!!』
サンゴーグレートは立ち上がり、胸を抑える。
だが赤い粒子の噴出は胸からだけではなく、背部からも赤い噴水が起きていた。
イダルトゥの剣が刺さっていた穴から、それは起きているようだった。
そして、それは剣の付けた傷だけに留まらず。
呆然と甲太が見上げる中、サンゴーグレートの胸部と背部の傷はどんどん広がり、傷の周囲が見る間に赤く変色していく。
変色した赤い部分が崩れ、地に落ちていく。
地面に広がっていくその赤を見るに、粉? というには荒い。この質感、それをあえて呼ぶなら錆だった。サンゴーグレートのボディーで剣に接触した部分が、錆びてボロボロに崩れ去り、滝のように落下していってるのだ。
赤錆。だがそれは、錆にしては余りにも赤い。深紅を帯びていた。
そのため、体の前後から錆を噴出して、もがいているサンゴーグレートは、まるで大量の血を噴き出しているかのごとく見えた。
血の滝のような赤錆の噴出。それがようやく止まり。
見れば、サンゴーグレートの胴体にはトンネルのような、ポッカリと空いた穴が貫通していた。
「低出力でこの威力……」
ぶっ刺した本人である楓自身が、その威力に驚いたように呟いた。
胴体に大穴が開いたとはいえ、ロボットであるサンゴーグレートは生きている。しかしその様子に変化が見られた。
『あ・あ・あ。コックピットが…… サンゴーゼロが失われてしまった……』
その言葉通り、サンゴーグレートの中にあった、甲太がこれまで乗り込んでいた操縦席を含む、サンゴー・ゼロと呼ばれる飛行体に変化する構造物。その全てが、赤錆と化して地面に零れ落ちてしまっていた。
『この… 馬鹿女が! よくも! よくも私と甲太の繋がりを消してくれたな!!』
サンゴーグレートが罵りの声を上げ、イダルトゥに突進した。
甲太は驚く。サンゴーグレートが怒るところを見たことがなかったから。というか、ロボットって怒るんだ。
殴りかかって来たサンゴーグレートに対して、イダルトゥはスッと静かに剣を差し出し、サンゴーグレートの喉元に突きつけた。
『ウ・ア・アア……』
サンゴーグレートは止まり、情けない声を漏らすと、足元から崩れ落ちた。
一連の流れを、ただ見ていることしかできない甲太。
イダルトゥの顔が甲太に向く。
「甲太。無事だったんだね。よかった」
楓の声を届けてきた。
その声を聞いた途端。
甲太には再び湧き上がってきた、絶望が。
実感できた、今起きていることが。もう起きてしまったことが。
「あ… ああ……あ… なんてことを……」
甲太は嘆きの言葉を零すと、地面に頽れつっ伏した。
乗ってしまった。楓が。この忌まわしいロボット達の一つに。
楓も墜ちてしまったのだ。甲太と同じ呪われし運命の坩堝に。
楓だけは生きていて欲しかった。
UFR研究所のロボットチームが全員絶命したとしても、みんなのことを楓が忘れないでいてくれたら、みんなが生きていた意味が少しはあるかもしれない。
そう思っていたのに。
なのに楓は乗り込んでしまった。地獄行きの車に。もう止められない。
「何で…… なんでえぇぇぇぇえええぇぇぇ……」
地に伏し号泣する甲太。
「泣かないでよ甲太。これで私も君たちと同じ場所から世界が見られるようになったんだから」
楓の声を発するイダルトゥは、サンゴーグレートに突きつけた剣を下ろし、甲太の方を向く。
その後方に、2機のメカ・サピエンスが舞い降りる。イダルトゥを囲む守護天使のように、ヘルメイアスとルードルフが。
こうして日本に、現存する全てのスーパーロボットが集結することとなったのだった。
サンゴーグレートの世話を2機に任せて、イダルトゥが甲太の前に進み、身を屈める。
コックピットが開いた。楓の顔が見える。
「久しぶり、元気にしてた? …訳でもなさそうだね」
泥まみれの甲太を見てそう言う楓。
しかし甲太は泣くことしかできなかった。
楓は甲太を励ます。
「甲太、しっかりして。私は君に伝えたいことが結構あるからね」
それを聞いて、甲太は顔を跳ね上げ泣き声と共に言った。
「おれ… おれは…… ずっと君にあやまりたかったんだああぁぁぁぁあ!」
そう言ってまた号泣する甲太を、楓はじっと見つめる。
「いままでのこと…… 学校でひどいこと言ったこと…… そして… そしてぇぇ…… かーる。カールを守れなかったことぉぉぉぉおお!! ごめん… ごめんよぉぉ…… ゆるして… ゆるしてぇぇぇぇぇ…!!」
滂沱の涙と共に謝罪の言葉を吐き出し続ける甲太。泣き過ぎててよく聞き取れないが。
甲太の言葉を静かに聞いていた楓は。
「分かったよ甲太。ありがとうちゃんと伝えてくれて。でも甲太が辛い目にあったのは私のせいでもあるから……」
「ぞんな… ぞんなことおおぉぉぉぉ。ぢがうんだわるいのはおれなんだぁっ」
なんか泣き叫んでる甲太に、楓は首を振り。
「研究所で会った時、私、甲太の顔を見てびっくりして失神したみたいね。よく覚えてないけど。あれは多分、カールがいつも甲太の話をしてたから、甲太を見たらカールを思い出してしまって、ああなったんだと思う。ごめんね」
楓の謝罪に、甲太は顔を地に伏せ大きく首を振るばかりだ。
「でもこれで、話が出来る。また昔みたいに。だから話そう甲太。カールの残したものを明日に繋げる方法に関して、とかね」
楓の言葉に甲太は恐る恐る顔を上げる。コックピットから見えた楓の顔は微笑んでいた。
次回の更新は7日土曜日の予定です。




