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第84回 とある山道にて



 甲太を乗せたタクシーが、八足峠の駅に着いた。

 これで予算は使い切った。駅近くの店で物資を補給することも叶わない。

 ここには、しばらく山で過ごせるだけの物を買い込んでから来る予定だったのに、計画はことごとく狂ってしまっていた。

 ただ、ここまで来た以上は登るしかあるまい。もしかしたらキャンパーに何か恵んでもらえるかもしれない。

 そう思い、甲太は山に向かって歩き出した。

 始まりのあの日のように。




 ここには以前来たことがある。

 サンゴーグレートに連れてきてもらった。だから多少土地勘がある。

 あの日、高校で楓を罵倒し、家で両親を侮辱し、飛び出した末にたどり着いたのがこの地であった。

 思い出したくもない記憶を思い出してしまう場所だが、他に行く当てが見当たらなかった。

 なるべく自然の中に身を置いた方が、敵のロボットに見つかりにくい筈、という経験則もあった。


 山道を登っていく。結構キツい道だ。前来たときは下りだったから気づかなかったが。

 山の中腹にキャンプ場があるが車道が通じてない。キャンプ場に行くにはこの道を道具一式持って登らなくてはいけない。そのため、ここに来るキャンパーはそれなりの愛好家と言っていい人たちだ。

 額に汗かき甲太は、ようやくキャンプ場までたどり着いた。

 誰もいない。

 そうだ。あの時も、誰にも会いたくない甲太の気持ちを察して、サンゴーグレートはこの場所を探し出し、連れてきてくれたのだ。

 あれも今と同じような季節だった。


(あれから一年たったのか……)


 異世界に行って帰ってきたかの感がある。

 甲太は、キャンプ場にあった地下水を汲むポンプで顔や手を洗う。水が刺すように冷たくて体を洗うことはできなかった。

 今は誰もいないこの場所だが、冬であってもマゾ…ならぬマニアなキャンプ愛好家が少しは来るだろう。

 そういった人たちに、食料を恵んでもらおうと考えていたが、甲太の恰好はすでにボロボロだった。

 こんな身なりの人がテントに訪ねてきたら、相手はどう思うだろうか。事件性を感じて通報されるのではないか。そもそも都合よく食料を余らせたキャンパーが、毎週ここを訪れてくるなんてことあるだろうか。

 難しい状況である。だがひとまずはこの山に隠れるしかない。

 甲太は更に山の奥へ分け入っていった。

 ここからは道がより険しくなり、登山マニアしか入らないようなルートとなっていく。

 前に来た時は、キャンプ場の近くにサンゴーグレートは降りていた。だからここより先は、甲太にとっても未知の領域となる。


(寒い……)


 さっきまで汗をかいていたのに、今度は身体が冷えだした。

 かなり登って来たので、標高ゆえに気温も下がっていた。街では暖かいぐらいだったのに、ここでは雪になるんじゃないかという寒さだ。

 とても人が住める場所ではない。絶望とともにようやく悟る甲太。

 けどもう少し、もう少しだけ見てみよう。

 疲労ゆえに思考力が削られ、引き返すのも躊躇われ、ただ訳もなく歩いていく。

 

(前に… 前に来たとき空から見たら、山の上の方に小屋があった気が…)


 おぼろげな。頼りない記憶だけを頼りに、あるか無いかも分からない小屋へ向かって登っていく。それを見たのは本当にこの山だったのか? それすら定かでないまま。


(こんなとき……)


 こんなとき、サンゴーグレートがいてくれたら。

 まさに一っ飛び、この程度の山だったら軽く跳び越せた。エベレストだってK2だって、サンゴーがいたら簡単に頂上まで行けた。サンゴーがいたら。だが。

 だがいなくなった。

 甲太が殺した。

 あんなに、甲太のことを慕ってくれていたものを、甲太はわが身可愛さで破壊したのだ。

 あれ程までに自分のことを愛してくれた存在は、もうこの世のどこを探しても見つからないであろうに。

 それなのに破壊した。性格が気に食わないからと言って。

 だいたい相手はロボットなのだから、性格に難があるのだったらパイロットの甲太が教育すれば良かったのではないか?

 サンゴーグレートがカールの死を気にしないのだって、普段から甲太がカールの悪口をサンゴーに聞かせていたのが要因ではないか。


(俺がカールにムカつくたびに陰口をサンゴーに漏らしていたから、それを真に受けてあいつは……)


 罪悪感が次々と湧き上がってくる。

 山の上方に来るにつれ、下界から続く美しい紅葉は消え、辺りは裸木と岩場のみの閑散とした光景になってゆく。退色した静寂の中を、甲太は一人進む。


 歩き続ける甲太の中に、失われたものたちの影が通り過ぎていく。


(後悔… してるのか。俺はサンゴーを捨ててきたのを後悔してるのか?)


 自分でもよく分からない。

 誰よりも自分のことを想ってくれているロボットではある。そして同時に、世界のシステムを書き換えるだけの能力を秘めたスーパーロボットでもあった。

 地球より遥かに高度な科学技術を持った未知の人が、わざわざ取り戻しに来るほど優れた性能のロボットなのだ。その価値は計り知れない。

 それを甲太の独断で破壊し捨てた。

 高校も出てないガキの判断で。ただのガキじゃない。自己顕示欲の為だけに社会に混乱をもたらし、多くの人を苦しめた人間だ。

 果たして世界の人間の内の何人が、超科学のスーパーロボットより、甲太個人の意思を尊重すると、言ってくれるだろうか?

 多くの地球人の夢であった、宇宙からのコンタクト。その招待状ともいえるロボットと、ただの迷惑系人間である甲太の命、どちらが大事といえるだろうか。

 朝、コンビニにいた女子高生は、甲太に死んでほしいと言っていた。街中の普通の一般人に死を望まれる甲太とは、一体何なんだろうか。


「花咲も… 葦原も……」


 みんな自分に会って不幸になった。落ち葉を踏みながら甲太は思う。

 ただ口やかましいというだけで、家の屋根を吹き飛ばしてしまった高橋先生。ネットで暴れる甲太の行動を糾弾した評論家は、信者の攻撃で入院した。甲太にケンカを売ってきた不良集団も、今思えばあそこまで傷つけることなかった。

 車をぺっちゃんこにしてしまったオッチャン。吹き飛ばしてしまった官僚の人。

 そして… なによりも…


「カール……」


 その名を口にするだけで痛みが走った。

 こんな自分に生きる道を見せてくれたカール。あの最後の場面で、本当に自分が出来ることは何もなかったのか?


「かえ……」


 カールの恋人だった楓。そのことを知らなかったとはいえ、知っていたところで何かが変わっていたのか?

 楓の恋人を守るために、甲太がカールの盾となって身を散らせる。そんなことありえたのか? ありえない。

 たとえカールが楓の大切な人だと分かっていても、あの最後の瞬間、甲太は震えながら見ていることしかできなかったのだ。

 楓は甲太を見て気を失った。あれはそんな甲太の心象を、覗き見てしまったからなのかもしれない。

 もはや目的も忘れ、ただ歩き続ける甲太。

 多くの人を傷つけた。周りの人を、家族を、楓を苦しめた。自分の唯一の存在意義といえたサンゴーグレートは海に沈めた。帰れる場所も捨ててしまった。導いてくれた人はもういない。


 どうしてこんな自分が生きているのだろう。

 どうして 俺は


〈絶対許せないよ… あいつ… まじ死んでほしい〉


 死ぬのが怖い。それだけ。ただそれだけで生きている。




 後方から音がした。

 虚脱状態だった甲太は、ギョッとして振り返る。

 登って来た山道の下の方から、人の声がした気がする。それも複数の。

 甲太は痛む体を押し、下を見渡せる位置まで急いだ。そこで目にしたのは。


(追手だ……!)


 登山の装備をした人たちと警察の制服を着た人、そして見るからに何かのプロだと思わせる、キビキビとした動きの黒づくめの者たち。総勢十数名の集団が、アリのように一列となって登ってきていた。


(そんな… こんなところまで……)


 そうまでして自分を捕まえたいのか、こんな価値のない自分、ほっといてくれていいのに。

 そう言ってやりたい気持ちだったが、甲太は身を翻して逃げようとした。


「おっ! いたぞ! あれがそうじゃないか!?」


 下から声が響いた。見つかった。

 駆け出す甲太。だが全身に痛みが走り、スピードが出ない。

 電車から飛び降りた時に打った背中の痛みが、だんだん増してきていた。

 必死に前へ進もうとする甲太。その後方から、追手の何人かがスピードを上げて迫ってくる。

 黒っぽい服装のその男たちは、一目で何らかの特殊部隊の人間だと分かった。こんな者達まで寄越すとは、甲太も買い被られたものだ。


「待つんだ、赤井手甲太くん! 我々は君を傷つけるつもりはない。話し合うためにきたんだ!」


 先頭の一人が呼びかけてきた。走りながらも息を乱すことなく。

 その言葉に嘘はないだろう。甲太を(なるべく)無傷で確保するというのも、彼らが派遣された目的の一つであろうから。

 それでも甲太としては、ここで捕まるわけにはいかなかった。

 これまでの行いを、(とが)められるかもしれない。それも怖くはあったが。

 もし… 未知の人が、まだ甲太の命を狙っているとしたら。

 日本政府は守ってくれるだろうか。甲太を。守れるだけの力はあるのか。守る気はあるのか。

 とてもそんな覚悟がある風には思えなかった。いざ未知の人が、甲太を差し出せと言ってきたら、素直にほいほい従いそうだ。それも内内のうちに。


(だめだ…… あいつらに… 捕まるわけには……)


 捕まれば命の保証はない。自国のことを信じたかったが、自国であるからこそ、甲太を守る能力はない、というのが何となく分かってしまう。

 まあ、あのハビリスを止められる力を持つ国など、地球上には存在しないのかもしれないが。

 

「ブハアッ…… はあ… はあ… ウググッ」


 息が切れ、体が激しく痛む。足を(もつ)れさせながらも懸命に、山肌に沿った傾斜のキツイ山道を登っていく。でこぼこ道の片側は切り立ち、足を踏み外せば下へ一気に転げ落ちる。

 甲太の足が止まった。もうダメだ。これ以上は走れない。

 へばった甲太のもとへ、追手の者たちが走り寄る。そこで。

 落石が起きた。

 山の上から大きな岩が転がり落ち、甲太と追手の間に落下。凄まじい勢いで山道を削りとって、道の脇の斜面へと落ちていく。

 追手の者たちは、驚きの声をあげ慌てて後退する。すると落石に続いて、土砂が崩れてきて山道を完全に塞いでしまった。


 思いもよらぬ事態に驚き棒立ちの甲太だったが、しばらくすると再び歩き出した。

 これぞ正に天啓、運命はまだ自分を見放してはいなかった! などと能天気に考えることなど、到底できない。

 こんな都合よいタイミングで、丁度いい位置に落石が起こるなどあるわけない。だとすれば、答えは一つ。

 甲太は先を急ぐ。その表情は浮かなかった。




 甲太が以前見たような気がした小屋は本当にあった。

 ただし、非常用の道具が収められた小さなそれは、とても寝泊りできるようなものではなかったが。


 山の上方に位置し山頂を見上げるその場所は、広場の様な結構平らな空間が広がっていて、これより頂上に臨む登山者が最終準備を整える所になっていた。

 ここから頂上までは木々が殆どなくなる。人間が暮らすのはとても不可能なところだった。退路も埋まり、万事休すの甲太。だが慌てる様子はない。

 甲太は歩み出て、虚空に語りかける。


「姿を見せろよ。そこにいるのは分かってるよ」


 すると目の前の空間が七色に歪み、とても見覚えのある巨体が現れていく。

 甲太と目線を合わせるように片膝をつき、身を屈めている、サンゴーグレート。

 その目の前にボタボタと水滴が落ちてきた。よく見ると、サンゴーグレートの胸のハッチが歪んで隙間が開き、そこから水、海水が滴り落ちているというのが分かった。


(俺が仕掛けた爆弾で……!)


 甲太はうろたえた。

 けれど、そんな大きな傷跡を胸に刻みながら、サンゴーグレートは何事もなかったかのような雰囲気を醸している。

 このロボットに表情筋はないが、何故だか今のサンゴーグレートは、すごくニコニコしているように甲太は感じた。

 甲太が破壊しようとして仕掛けた爆弾。それによってこれ程の損傷を受けたというのに、サンゴーグレートは喜びの感情をたたえながら甲太に向き合っている。

 その事実に、甲太は違和感を覚えた。

 

「怒ってるか? 俺がお前を捨てたことを」


 ご機嫌を伺うように甲太は投げかけてみる。


『そんなことはないよ甲太。私は怒ってなんかいない。むしろまた君に会えたことを何よりも喜んでいる』


 嘘か真か分からぬが、そう返してくるサンゴーグレート。確かに心なしか音声が明るいような。


「なんで怒んないんだ? 俺はお前を騙して爆弾で中から爆破したんだぞ? それで怒らないなんて…… 俺はお前がよく分からない…」


 正直な気持ちだった。甲太には分からない。何故サンゴーが戻って来たのか。何故助けてくれたのか。ロボットだから。それで片付けていいものなのだろうか。


『悩む必要はないさ。私はいつでも甲太の味方だというだけだ。甲太が私を破壊しようとしたのには何か訳があったのだろう?』


「それは… お前がいると未知の人に俺が狙われるから… でもそんな理由でお前を壊そうとしたのは間違ってるだろ?」


 サンゴーグレートは巨大な頭を振り。


『間違ってないよ。甲太の考えは正しい。不安になるのは当然だ。何よりも優先されるのは甲太の命なのだから。それを守るために行う行動はどんなものであれ正しい』


 そう言いながらサンゴーグレートは、甲太にフェイス部を、顔を近づけてきた。


「でも… いや… ずっと俺を守って助けてくれたお前を捨てたんだぞ… やっぱりこんなの間違ってる。もっとみんなと相談するべきだった。でもみんな悲しんでいて、そんなみんなをこれ以上心配させたくなくて。俺は……」


『ああ…! なんと優しいんだ甲太は』


 嘆息するようにその名を吐き出すサンゴーグレート。

 そしてさっきより甲太に顔を寄せて。


「自らに危険が迫っている状況で、周りの人間のことまで考えられるなんて。これほど優しい心の持ち主が他に居るだろうか。改めて私は誓うよ。そんな君を我が身を賭して守ると。だからもう気にしなくていい。私の体は君を守るためのものだ。それを君が傷つけようがどうしようが自由だ。何も悪い事じゃない』


 サンゴーグレートの顔がやけに近づいてくるので、甲太は後ずさりする。


「だけど。だったらどうしたらいいんだよ…… お前がいる限り俺は未知の人に狙われるんだろ? だったら一緒に居られない。もうお前を破壊しようとは思わないし……」


 俯く甲太。その様を愛おしむようにサンゴーグレートは。


『甲太が望むなら、甲太を守れるなら私の体は何千何万回であろうとも千々(ちぢ)に割かれよう。だが無理なんだ。地球人なぞに私を破壊することは出来ないし、君たちが未知の人と呼ぶ彼らを倒すことも、振り切ることもできない』


 サンゴーグレートは首を伸ばすようにして、甲太の視線を追い続ける。甲太はそれを避けるようにして後ずさり。尻餅をついた。


「っ。だったら…… だったらどうすればいいんだ! 俺が助かる方法はないのかよ! 俺を守ると言うんだったら、何か方法はないのかよ!?」


『あるさ』


 後退(あとずさ)る甲太を、前傾しながら追うサンゴーグレートは、地に手をついた。


『宇宙へ逃げるんだ。広大な宇宙なら、たとえ未知の人であっても、全てを探索することは不可能だ。だから、行こう。宇宙へ』



次回の更新は4日水曜日の予定です。

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