第83回 とある駅中を駆ける
甲太には目的地があった。この街にはそこへ行く準備で寄っただけ。
なのにここから離れがたかった。
一月の間ずっと一人だった(変なロボットはいたが)し、現在の自分は全く寄る辺のない身。
それどころかアメリカと日本の政府、そして宇宙から来た未知の人に追われる体なのだ。寂しくて心細くて堪らない。街の雑踏を眺めていると少しばかり不安が和らいだ。
だけど、さっきの会話を聞いてしまった。
(なんてことだ… あんな田舎の女子高生まで俺が戻ってきたこと知ってる…… どうして… なんで? どっから知ったんだよ… それにあんなに俺のこと恨んで…… もうこのままじゃ……)
これ以上ここに留まるのはヤバい。
そう理性が急かすが、寂しさをはらんだ心は直ぐには動けない。
誰かと話したい。誰かと。そんな衝動のような発作のようなものに襲われる。普通に生きていたら中々体験できない程の寂しさ。
家族と、親と話したかった。何よりもそうしたかったが、女子高生でも知っているということは、当然甲太の家の者には監視が付いてる筈で。
しばし悩んだ後、甲太は電話ボックスを探して、入った。
公衆電話を使うのなんて、人生で2回目ぐらいか? 説明を読んで小銭を入れる。
電話の先は花咲。
覚えている電話番号が、あいつのぐらいしかないし。(高校で初めて親しく?なったヤツなので記憶していたのだ)
流石にあいつにまでは監視はいってないだろうし、正直あいつなら後で取り調べとかのトラブルに巻き込まれたところで、こちらの胸は痛まない。丁度良くどうでもいい相手。
でも今は、そんな奴の声でもいいから聞きたかった。
そう考えている間に声が聞こえた。
「…はい。なにこの番号? イタズラですか? だったら残念でした、俺の知り合いに警察の偉い人いるんで、逆探知させてもらいま~す。震えて眠れよこの───」
「花咲? 俺だよ。オレオレ。甲太」
こんな電話は詐欺です。の見本のような話し方する甲太。懐かしい声を聞いて細かいことは気にしてられない。
「え………… 甲太。え… 甲太? 赤井手甲太さん!?」
花咲は一瞬戸惑ってから、悲鳴のようにその名を呼んだ。
甲太は、その対応にも我関せず。
「そうそう! おれ。いや~~、マジで懐かしいな! 元気してた? 今何してる?」
畳み掛けるように話しかけた。
「あ。あの! その~~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
花咲は明らかに戸惑っている。もしかしたら切られるかもしれない。そうはさせまいと、甲太はなんとか話を盛り上げようとした。
「いや~~帰って来たよ! ニッポンへ! 懐かしいな~。帰ってきて最初にお前に電話してんだよ。なんだかお前の声を聞きたくなってさ。いや~元気そうで良かったよ! ガチで懐かしい。アメリカでは酷い目に会ってさあ。なに? なにがあったか聞きたい? そうだな~ 話せる範囲でならいいよ。じゃあ、またどこかで会おうぜ。前みたいにさ」
話しながら甲太の脳裏に、花咲といた頃の思い出がよみがえる。
なんだかんだ言って高校での思い出は、ほとんど花咲と一緒に過ごした時のものである。当時から花咲を見下していた甲太だったが、今はその思い出が無性に懐かしく思えてならなかった。
溢れる思いのままに、一方的に喋り続けた甲太だったが、ふと、電話の向こうからすすり泣きが聞こえているのに気付く。
「ん? え、あ、おい。どうしたんだよ? あまりに久しぶりなんで感動しちゃった?」
花咲は涙声になりながら。
「あ… あがいでさん…… おれ、もう赤井手さんと話したくないです…………」
それを聞いて甲太は愕然とした。自分はこんなにも懐かしさを憶えているというのに。
「な… なんだよ…… もしかして前にパシリにしたこと恨んでんの…? あれは悪かったよ。すまん謝る! 俺もあれから色々あって変わったんだよ…」
「ち、違います…… 赤井手さんは悪くないんですよ… ホントに、ただ……ウッグ」
花咲には未だに、甲太への畏怖の念が残っているようだった。甲太の機嫌を損ねるのを恐れて、電話を切れないでいる。
甲太は日本を離れて随分長い年月が経ったように感じていたが、日本では、甲太が残した影響が続いているのだと思い知らされる。
甲太の記憶の中の花咲は、いつも馬鹿で人の機嫌を窺って愛想笑いしていた。でも内心では、この電話の声のように怯えて泣いていたのかもしれない。
甲太が、自らの残した傷跡の大きさを顧みて呆然としていると、花咲の方から訳を話してきた。
「赤井手さんと付き合っていたのがバレたら大変なことになるんです。ウグッヒック 周囲の人間に。あの、あの葦原さんが、葦原さんも……」
「葦原? 前に襲い掛かって来た奴?」
日に焼けた逞しいあんちゃんの姿が浮かぶ。当時は心底ビビらされた相手だが、今はそれすら懐かしく思える。
「あい… グスッ 葦原さん、葦ばらざんが、もう馬鹿なゴドはやめてまともな仕事につくんだって… それで就職もぎまっていたのに… なのに赤井手ざんの関係者だって言われて… ぞれで内定が取り消されでっ」
「そんな……」
甲太は受話器を持ったまま立ち尽くす。
葦原とは一回ケンカしただけで、そんな関係者と言われるものでは… 甲太の弟分の花咲と親しかったので、そう思われたのだろうか。
「確かに葦原ざん、ケンカばかりしてましたけどっ、こんどこそ真面目になるんだって頑張っていだのに… それで葦原さん、もう俺とは会わないって…」
とうとう電話の向こうで号泣しだす花咲。
「そうか…… 悪かった… じゃあもう連絡しない方がいいな…… ごめんな、さようなら」
「ずいまぜんっ。あがいでざんっ。おれっ、ぼれっ」
まだ泣き声が漏れる受話器を、フックに引っ掛けて終わらせた。
電話ボックスの折り畳みドアを開けながら、甲太は真の孤独を味わっていた。
失意の底にいる甲太が路地を歩いていると。
「もしもし。あの、少しお話をお聞かせ願えませんか?」
背後から声をかけられた。
甲太は一瞬、詐欺師かカツアゲに話しかけられたと思った。もうサンゴーグレートはいない。自分で何とかしないと。
そう決心しながら振り向くと、そこには人の良さそうな警察官が立っていた。
(なんだ… ただの職質か…)
ホッとすると同時に、ここで絶対にポカはできない。そんな緊張も覚えた。
「なんでしょうか……」
陰キャを演じる甲太。そもそも陰キャなのだが。
そんな甲太に警官は。
「ああどうも。いやすいません。…ええと、この近くでですね。重大事件が発生しまして。それで関わったと思われる人物を探してましてですね。それでその… 恰好がですね。少し… 目撃情報と似てる… といいますか…」
遠回しに言ってるが、要するに甲太が犯人だと疑っている訳だ。
「え。俺違いますよ。だいたい俺旅行者です。ここにはお土産買いに寄っただけで…」
「ええっ、もちろん違うとは思います。ただ目撃情報と似ている方からは全員にお話しを伺う決まりになっていまして(汗)。ですから少しの間だけ、近くの派出所へご同行お願いできないでしょうか? 10分ぐらいで終わると思います、お話を伺ったらそれで終わりですので」
若い警官は、なんとも申し訳なさそうにお願いしてくる。
断った場合のリスクを天秤にかけた結果、甲太は受け入れることにした。悩んでいたらそれだけで怪しまれるだろうから。
「ああ、ありがとうございます。それでは案内しますね」
警官は近くに停めていた自転車を押しながら、甲太と並んで歩き出した。
以前の甲太だったら、警官に言われるがまま、黙って同行しただろう。
でもアメリカ帰りの甲太は、ちょっとだけフレンドリーに、そしてちょっとだけ用心深くなっていた。
甲太は道すがら警官に語りかける。
「事件って何があったんですか? こんな平和そうな町でもそんなことあるんですねぇ」
「ああ。そうですね。ええ… そう駅の向こう側でコンビニ強盗があったんですよ。やっぱり物価高の影響があるのかも知れません」
「へ~~。怖いですね。よかった駅の向こう行かなくて。何時ごろですか?」
「それがついさっきでして。まだ30分経ってないぐらいで」
「へ~~。怖い。まだ犯人近くにいそうじゃないですか?」
甲太は大げさに驚きつつ、警官と並列に歩いていく。
迂闊な警官である。甲太は朝からコンビニを巡って情報収集していた。ついさっきまで。何かあったら気付いている
雑居ビルの角を曲がる。内輪差的に警官の方が前にいく形になった。
そこで甲太は全力ダッシュをかける。
先を行く警官は一瞬気付くのが遅れた。すぐ振り返って駈け出そうとするが、自分の自転車に躓いた。
おかげで僅かにリードをつけられた甲太。しかし振り返れば、顔が判るぐらいの距離で警官は追ってきていた。
研究所でトレーニングしていたので、甲太は結構走れるようになっていたが、この警官も結構早い。そして町の構造は警官の方が詳しい。
このままでは追いつかれる。思わず町の外れに向かって走りたくなる心を押さえつけて、甲太は町の中心部へ舵を切った。
行き止まりの恐怖に怯えながら路地裏を駆ける。不法駐輪の自転車を蹴倒して、後ろを塞いではまた走る。
必死の逃走劇。こういう時にいつも助けてくれたサンゴーグレートはもういない。己の力だけが頼りだ。
商店街を抜ける。車止めを飛び越え、通行人の間をかいくぐっていく甲太。
(ジャングルでキ太郎を追いかけたのに比べればこんなの!)
堪りかねた追手の警官が叫んだ。
「まてぇ! 赤井手っ! とまれぇえ!!」
甲太は慄然とする。
この人の良さそう(に見えた)な若い警官は、最初から甲太だと分かって声をかけてきたのか。
だとすると、もう日本の津々浦々まで甲太の指名手配が周っている筈。
そんな絶望的な現状でも、甲太はスピードを緩めずに走り続けた。
駅前ロータリーに出たところで。
(あっ! くそっ)
向こうから別の警官が駆けてくるのが見えた。
2方向から迫られ絶体絶命の甲太。だが目的地はすぐそこだ。
甲太は駅ビルに飛び込むと階段を駆け上り、駅の自動改札を飛び越えた。
「後で払います!」
そう叫んでホームの階段を駆け下りる。あとは運次第。
「あった!」
電車が止まっていた。
しかもすぐ発車の。
いいタイミングの電車がなかったら、駅ビル内を逃げ回ろうかと思っていたが、ついていた。
甲太は電車に乗り込み、発車するのを今か今かと待ちわびる。
まさか甲太の無賃乗車で出発が遅れることはないだろう。一応地方都市の中心駅、ダイヤが乱れるようなことは避けるはず。
(早く早く!)
発車までの十五秒ほどが十五分にも感じられる。
ドアが閉まるベル音が鳴った。懐かしい感じの音。
(やった……!)
ようやく一息ついた甲太。電車のドアが閉まる。
その寸前、階段を飛び降りるように降りてきた警官が、締まり始めたドアに文字通り飛び込んだ。
そのまま電車は滞りなく動き出す。
「!!!」
甲太は仰天した。こんなことありえない。警官がたった一人でここまで追ってくるなんて。
よほど甲太は、重要指名手配犯扱いになっているのか。
恐ろしくアグレッシブなこの警官が、数えるほどしか乗客がいない列車の中を、ズンズンと近づいてくる。汗だくのうえ警帽もなくなっていた。
もはや逃げ場はない。完全に追い詰められた。
そう思ってしまうところだ。この事態を想定してなかったら。ただ甲太は想定していた。甲太の目はもう警官を見ていなかった。
「赤井手! 観念しろ! …!? あかいでっ やめっ」
叫ぶ警官、の声色が途中で変わった。
そんな警官に敬礼して、甲太は窓から電車の外に飛び降りた。
この瞬間にしかできないこと。
もうちょっと早ければ、警官も続いて飛び降りてきたかもしれない。
されど加速中の電車は、もう飛び降りるのが不可能な速さに達していた。窓から顔を出し、無念の表情を見せる警官。甲太がその顔を見ることはなかったが。
草むらの斜面を転げ落ちていく甲太。背中をしたたかに打った。ただ温暖化の影響か、線路わきの草がまだ枯れていなかったのが幸いした。そのクッションがなければ重傷を負っていただろう。
甲太は痛みに息も絶え絶えで、全身傷だらけで汚れきっている。
だが休んでいる暇はない。ここはまだ駅の近くで、すぐに追手がくる。
甲太は足を引きずりながら、下の道路に降りていった。
しばらく道路わきを歩いていると、空のタクシーが向こうからくる。
手を上げると止まってくれた。感謝しながら乗り込む。なにせ無視されても可笑しくない格好になっていたから。
「どこまで?」
高齢のタクシー運転手は甲太のなりをジロジロ見ながらも、それには触れず行き先を聞いた。
甲太は汚れた顔をタオルで拭きながら考え、言った。
「八足峠の… 駅がありましたよね? そこまでお願いします」




