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第82回 とある近海から


 所長は、本部から新棟へ歩いていった。

 オンボロと呼ばれた本部棟に比べ、出来たばかりの新棟は最新の設備が導入されている。前には甲太が、これからはローパーが入ることになる部屋もここにある。

 そしてここには医務室がある。

 ちょっとした病院並みの規模。町で重症の患者が出た時も、ここで診ることがあった。

 所長は、そこへ向かっていた。

 途中の廊下で、ベンと出会う。


「やあベン。お見舞いの帰りかい?」


「ああ所長、ええ、はい… それでコータのこと、何か分かりましたか…」


 一応、甲太のお目付け役という任を任されていたベンは(もうみんな、そのこと忘れていたが)、責任を感じて表情が暗い。

 所長はそんな彼を励ましつつ。


「どうだベン。君の眼から見て彼らの様子は?」」


「はい…… クラウディアは少し… いやかなり参ってますね…」


「クラウディアが…? キタローではなくて?」


「ええ。むしろキタローはクラウディアを気遣って元気づけています。喋れないなりに頑張って。クラウディアはそんなキタローの住みやすい環境を作るんだって、木を植えているんです」


「木を? じゃあ少しは元気になったのか」


 ベンは首を振り。


「いえ… ずっと木を植えているんです。キタローの入る予定の家の庭で、朝から晩までずっと穴を掘っては木を植えている。特に計画もなく乱雑に。それで若木を全部植えてしまって、次の注文分が届いたらまた植える。それが届くまでの間は完全に塞ぎ込んでしまうんです。とにかく何も考えたくないから、ずっと体を動かしている様で…」


「そうか……」


 重い空気が流れた。

 

「キタローはそんなクラウディアの側にずっと居てくれます。クラウディアもキタローの前では素直に泣いたりできるようで。あの子が来てくれて本当に助かりましたよ…」


「すまんなベン… 私がこれまで子供たちとの親交を怠っていたせいで、こういうとき上手く励ましてやれない」


「それは自分も同じです。クラウディアはいつも元気の塊みたいな存在だったので、これまであまり気にかけてこなかったのがここに来て… 知り合いや友達は沢山いるみたいなんですが、こういう心底辛い時に側にいてくれる親友は少ないみたいで」


「そうだな… 私もコータやピーターについての報告はよく聞いていたが、彼女に関しては常に元気にやっているという印象しかなかった。でも彼女の過去を考えればもう少し普段から気をつかうべきだった」


「それは私の役目です。所長は忙しいのに、こうしてお見舞いに来てくれるだけでもありがたいですよ」


 廊下でちょっとした反省会をしたのち、ベンと別れた所長は医療エリアに入った。

 看護師に案内されて病室へ入る。


 ベッドに横たわる楓の顔を見ると、目を開けていた。


「ああ、起きていたのか。ちょうど良かった。気分はどうだい、なに、少し顔を見に来ただけだよ。大した用事はない」


 手ぶりでリラックスするように伝えて、所長はベッドから少し離れて椅子に座った。


「少しは良くなったかな? 三日も眠っていたんだからね。無理はしない方がいいな。しばらく休んでおくといい。君は普段からよく働いてくれてたからね。丁度いい休暇と言えるかもしれないよ」


 寝ながら天井を見つめていた楓が、所長の方へ顔を向ける。


「甲太が居なくなったんですね」


「……どうしてそれを」


「看護師さんが話しているのが聞こえました。でも叱らないであげてくださいね。色々なことが起こってみんな不安で、噂するのは当然だから…」


 所長は小さな溜息をつく、伝えたくないことだが、いつかは伝えなくてはならないこと。重荷がとれてありがたい気もすると同時に、もっと丁寧に伝えてあげたかったという想いもある。


「彼のことはみんなが探してくれている。きっとすぐに見つかるだろう。だから君は安心して休むといい。気にするな、と言っても難しいかもしれんが…」


「私、甲太と話したいです」


 楓の声に、視線に、貫かれる、そんな感覚を所長は覚えた。

 十拍ほど置いてから所長は言った。


「そうか… その方法はある… が…」


「ありがとうございます」


 そこでこの話は終わった。

 後は他愛もない話を少しして。所長は病室から去った。


 それから、楓はしばらく眠った。

 夢にカールが出てきた。ような気がする。







 未知の人が現れてから一ヶ月後。

 甲太の姿は日本の近海にあった。

 幾重にも張り巡らされた監視の目。それをくぐり抜け、やり過ごし、用心に用心を重ね。ようやくここまで辿り着いたのであった。

 UFR研究所を脱走した甲太が日本に戻るというのは、アメリカ側も日本側も予測していたので、特に太平洋側は警戒が厳しかった。海上・海中と動かせるだけの艦艇が総動員され、更に空から宇宙からと電子の網が張られていた。近隣の国のみならず、オーストラリアからも艦艇が派遣され捜索にあたった。ほぼ怪獣扱いである。

 それらの網目を時間をかけてくぐり抜け、ついに内側に入ることに成功した。

 ここまでくれば一安心、という訳でもないが、監視の目は大きく減っていた。



 サンゴーグレートは周囲を警戒しながら、頭部の上半分を海上に出す。

 遠くに日本の陸地が見えた。


「…………………………………………」


 無言でそれを見つめる甲太に。


『懐かしいかい甲太。あそこを離れて随分経つからね。さあ、故郷の風景を存分に味わって、嫌な思い出は忘れてしまおう』


「そう… そうだね。嬉しいな… 帰ってこられて。早く上陸したいよ」


『ああ。今、安全に着岸できる場所を割り出している。帰ったらどんなことをするんだい? 持ってきた荷物を使って、ろくでもない人間たちを成敗するんだろう?』


「…………あ。分かっちゃう? まあな、こいつで踊らせたい奴らがいるからね。フヒヒ、楽しみだよ… さんざん俺たちを舐め腐ったあいつらが宙を舞うのが」


『素晴らしいな。甲太の進むべき道を邪魔した者たちが、遂に蹴散らされるのか。正に聖者の帰還を祝う花火と言ったところだな』


「うん… そうだね…」


 サンゴーグレートは甲太の要望の範囲から、安全な上陸地点を導き出し、その近くの海上へと辿り着いた。


 そこは、とある地方都市の沖合だった。

 そこから上陸を試みる。

 まずは甲太が、ゴムボートで乗り付けることにした。

 海上に置いてかれるサンゴーは心配そうだ。


『本当に大丈夫か? サンゴーゼロも使わないで』


「だいじょぶだいじょぶ。何たって久しぶりの里帰りだからね。この手で船を漕いでこの足で上陸して、地面を踏みしめたいのよ」


『そうか。些細な事でも何か感じたらすぐに呼んでくれ。今の甲太は狙われている身だというのを忘れないように』


「オッケー。そこら辺は信頼してますから」


『この荷物は持っていかなくてもいいのかい?』


「あ~。それは後のお楽しみだよ。どこに仕掛けようか考え中」



 そうして甲太は、日本本土へ向けて、ボートを漕ぎだした。

 サンゴーグレートは沖で、顔(といえる部分)とハッチがある胸部だけを海面から出して、姿を消して待機していた。

 夜明け前の海上。月は出てるが辺りはまだ漆黒に包まれている。

 遠くに小さく見える街の灯りが、とても輝いて見えた。月明かりで波が照らされ、海面が黒と白のコントラストを醸す。

 秋も深まっていたが、幸いまだ海上は、そこまで寒くなかった。

 満ち潮の時刻を見計らって漕ぎ出したが、それでも沖から海岸までは随分時間がかかる。

 30分ぐらい漕いだか、やっと海岸が、暗がりでも目視できるとこまで来た。そこで。

 爆音が轟いた。

 甲太は動悸が激しくなったものの、驚きはしなかった。

 振り返ると、遠くの海上で黒煙が立ち上っている。小さな火山が噴火したような眺め。

 煙を噴き上げている岩礁のようなものは、サンゴーグレートの胸部である。

 何度か爆炎を上げた岩礁は、やがて浮力を失ったか、静かに海面下に沈んでいった。


「さようなら…」


 甲太はサンゴーグレートに別れを告げた。慌てることもなければ悲しむこともなかった。

 甲太がUFR研究所から持ち出した、トランクに詰まった高性能爆弾が、サンゴーグレートのコックピットで炸裂したのだ。

 爆弾のことはサンゴーグレートには言っていなかった。それなのにあいつは知っていた。匂いか重量かレーザー透過して調べたのか、はたまた火薬庫に入っていく甲太を監視していたか。

 サンゴーに爆弾のことを言われた甲太は驚いたが、努めて冷静に振舞って、サンゴーのコックピットに作動させた時限爆弾を置いてきた。

 結果。ボートの後方で、胸から火を噴き沈んでいくスーパーロボットがあった。

 その姿が海中に没するのを見届けると、甲太は再びオールを漕ぎ始めた。


(これでいい。これで……)


 これで少しは安全になった。

 未知の人は、地球に落ちたスーパーロボットを回収しに来たのだという。だったらロボットを破壊してしまえば、その目的は失われるはず。

 これで、サンゴーグレートに契約で縛りつけられた甲太も助かるかもしれない。だってあいつは海の底に沈んで、もういない。アカウント登録を解除するまでもなく、登録の仕組み自体が無くなったのだから。

 ロボットを破壊すればいいのだったら、サンゴーグレートに、「太陽に突っ込んで来い」と命令すればよかったのかもしれない。

 ただそれでは甲太がサンゴーに、「死ね」と命令するようなもので、それをするのは気が引けた。

 それに…… おそらくだが、その命令は受け付けなかったような気がする。どんなにサンゴーが甲太に従順であっても。

 どこか。機体の存続に関する決定的な一線において、この種のロボットたちは人間の指図を聞かない時がある。そんな印象を、今までの経験から甲太は感じとっていた。


 自分のロボットを、騙し討ちにしたかたちの甲太であるが、これが最善なのだと思いたかった。一瞬で破壊してやれたこの方法が。


 なによりもう無理だった。

 あそこまで人の心を理解できないロボットと一緒に居るのは。カールの死に何も感じないロボットと居るのは。

 甲太はもう振り返ることなく、一心不乱に漕いでいった。




 人気のない岩場から上陸した甲太は、母国の土の感触を味わう暇もなく、急ぎ足で街へ向かった。

 街に近づくにつれ、やたら高い建物が目についてくる。新しいタワマンのようだ。町なみから浮いている。


 ようやく街に着いた。

 甲太が日本を去ってから、およそ1年ほどしか経っていないが、甲太は軽く浦島状態であった。

 とにかく物価がえらい上がっているのが目についた。自販機の値札を見て目を疑う。地方ですらこれなのか。

 アメリカの方が値上がりは激しいはずなのだが、ドルなのであまり感じなかった。こうなってみると、研究所では結構貰ってたんだな、と実感する。


 甲太がいない間に色々変わった。コンビニの支払い方法のとこのマークが前よりさらに増えた気がする。100円ショップの名前が見慣れぬオサレなものになっている。

 落ちていた週刊誌を拾って見てみると、名前だけは聞いたことある有名人やら政治家が死んでたり逮捕されたりしていた。甲太が推してたVチューバーも引退したらしい。

 それにしても物の値段が上がっているのは痛かった。あまりお金(日本円)を持ち出せなかったのだ。

 この予算では、予定していたほどの物資を買い込めない。

 しょうがない… 非常事態なんだから万引きをしてでも…

 そんな思考が一瞬(よぎ)るが、直ぐに頭から振り払う。


(いやしくも自分は誇りある、UFR研究所のメカ・サピエンス5号機サン・ゴー・グレートのパイロットなんだぞ!)


 その称号が(よこしま)な考えを止めた。自らうち捨ててきた称号であったとしても。


 それに今、人の目に留まる可能性のある行動は避けるべきだ。

 サンゴーも言っていたが、甲太は追われる身なのだ。

 だから出来るだけ目立たぬようにしつつ、当面の物資と情報を収集したかった。

 だけど… スマホがない。

 スマホがないと出来ることが、こんなにも限られるとは。

 昔の甲太は、スマホすら使えない年寄りは早くタヒね、とか悪ノリで言ってたりしたが。

 いざ自分がスマホを持てない身となると、社会の持たざる者への配慮の欠如に唖然とする思いだった。かといって分からないことを気軽に人に尋ねるということも、今の甲太には禁じられている。


 こうなると情報収集の手段としては、昔ながらに紙の本に頼ることになる。

 近くのコンビニへ入る。ありがたいことに雑誌は封がしてなかった。

 甲太はしばらくそこで立ち読みをし、現状をできる限り確認することにした。

 ただ長居は禁物だ。けして目立つ行動をしてはいけない。なんせコンビニには必ず防犯カメラがある。10分ほど読んだら飲み物でも買って、次のコンビニに向かうことにしよう。

 そうして情報情報といいながら、ついつい新人のグラビアアイドルを確認していたりする甲太の耳に、店の奥にいる女学生たちの会話が入ってきた。

 登校前の高校生だろうか、甲太と殆ど変わらない年齢だが、何故だか子供っぽく見えた。

 片方の子が勢いよく話している。


「コード359が日本に帰ってきてるらしいよ…! 去年スゴイ騒ぎになってたやつ!」


 それを耳にした途端、甲太は石化したように動けなくなった。

 指一本どころか視線を動かすことすら躊躇(ためら)われる。


「やだね~~、こわいね~~。今度はどんなことやらかすんだろ?」


 その女の子は、言葉とは裏腹に、何かしらの期待を持っているように感じられた。

 だが話しかけられた子の方は、しばし沈黙したのち。


「うっざ。どうでもいいよそんなの…」


 そう言って、商品選びに集中する。

 急な冷たい態度に、話しかけていた子は慌てて。


「あっごめん。この話ヤだった…?」


 そう言われて、話しかけられた子も悪いと思ったのか、商品棚を見つめたまま。


「べつに…… ただ親戚の子がね… その子の親がコード359の影響で変な新興宗教に入っちゃって、それでその子の家、家庭崩壊しちゃったんだ…」


「え…… そう…なんだ」


 思いがけぬ話に、二人の間が気まずい感じになる。

 甲太の方は、もっとだ。


「絶対許せないよ… あいつ… まじ死んでほしい。どの面下げて戻って来たんだろ… 神経なさ過ぎてもう人間じゃないよ… あんなの…」


 その言葉を背にして、甲太は静かに店を出ていった。



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