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第81回 とある所長室にて


 人類にとって初めてとなる、地球外の知的生命体との直接的な接触が起こってから一週間後。


 UFR研究所の本部にある、所長室を訪れるメル・G・ローパーの姿があった。


「よう。邪魔するよ。まだ忙しいか、やっぱり」


 明らかに忙しそうな所長を前に、言葉とは裏腹な無遠慮な態度で話しかけるローパー。

 そんな無神経な人間にも、努めて無表情に対応する所長。


「なにかね? 君がわざわざここに来るということは、何か火急の要件ということなんだろうね? さもなければご退室いただきたいね。おっしゃる通り私は忙しい」


 白髪眼鏡白髭で、某チェーン店の看板人形のようないでたちの所長も、あの事件から日が浅い今日とあっては、ワイシャツの腕をまくりあげ、目の前の報告書の山やらモニターの表示やらと懸命に切り結んでいる。


「まあそんなに冷たくするなよ。こちとらお別れの挨拶しに来たんだからさ」


「別れの挨拶?」


 怪訝(けげん)な顔をする所長の前で、ローパーは所長のデスクの上から書類を一枚、無断で取って目を通す。


「ジャップのガキは未だに行方不明か… 大変だな、こいつのせいで仕事が倍増してしまって。俺は以前カールに言ったんだ、こんな奴を野放しにしておいたら、いつかとんでもないことしでかすぞ、ってな。案の定さ」


 所長は書類を戻すようにと片手を振り。


「コータのことはそれほど心配していない。そのうち帰ってくるはずだ。何せカールから指導を受けて信頼もされていた少年なのだから。おそらく一時的に迷っているだけさ」


「随分お優しい事をおっしゃる。恩を仇で返されたというのに、なんとも優秀な教育者さまだ。だがいつまでそんな悠長にしていられるかね。あのガキがこの先何かしでかしたら、その時はあんたの首だけでは収まるまい。この組織そのものが大きなペナルティーを受けることになる」


 大袈裟な物言いをするローパーに。


「ご心配ありがとう。しかし、それをわざわざ言いに来たのかね」


 所長はうんざりした様子で、結論を尋ねた。


「いや、さっき言ったろう。お別れを言いに来たんだ。何だかんだ愛着ができたこの町と、気が合うアンタにな。ただその前に伝えておきたいことがある。いやあのガキの事じゃない。あいつはどうでもいい。問題はだ」


 ローパーは机に手をつき。


「問題は、カールの遺産さ。あいつはここで何をしようとしていた?」


 ローパーに顔を覗き込まれても、所長の表情は変わらない。


「遺産? 可笑しなことを… 彼はまだ十代だったんだぞ」


「あいつの財布の中身はどうでもいいさ。それなりに働き者だったから、葬式はさぞ盛大に執り行われるだろうが。いや、俺が言ってるのは個人の金の話じゃない。あいつは生前、結構な規模の額面をやりとりしていただろう。それこそちょっとした国の国家予算程の。それもこの組織を使って」


「そう言う話か……」


 所長は、軽く溜息をつき、椅子に腰を掛けなおす。


「私はここでは新参者(しんざんもの)でね。その手の話はよく分からないんだ。会計責任者を呼ぶからそれと話してくれ…」


「いや。流石にお飾りの所長呼ばわりされてるアンタでも、そのことに気付かない程ボンクラか? 何より、実際に運び込まれているじゃないか。この場所に。カールが注文していた宅配便が次々と。荷物を頼んだ買い物依存の本人が死んで家族が困ってるみたいな、そんなケースだってのかこれは? ホントにお前らはあれが何か知らんのか?」


 ローパーは窓の外を指さし、畳み掛ける。

 ここからは見えないが、確かに、UFR研究所の広大な敷地内、格納庫やグラウンドなどに、輸送機や大型トレーラーによって運び込まれた大量の「荷物」が、続々と積み上がっていた。


「1号機、イダルトゥだったか、あれが大きく破損したんだよ。治すのにそれなりの物資はいるんじゃないのか。よく知らんが」


 そんな所長の返答を聞きながら、ローパーはスーツの内ポケから手帳を取り出し。


「発送主は… デトロイトにヒューストン、シアトルの重工業メーカーから… 海外からも来てる、ドイツ、オランダ、スウェーデン、韓国、台湾、そして日本。その他大小さまざまな貨物が、あちこちの都市や港からどっさりと送られてきてる。そんな大掛かりな修理を前もって予想していたのか? そもそも(すで)にここには修理をこなすロボットがいると聞いているのだがね。おいおい… 一体この“荷物”を使って何をやらかす気だった?」


 やれやれポーズのローパー。おどけているが、その詳細かつ執拗ともいえる調査には驚くべきものがあった。


「君が言ったろう。カールが勝手に注文したものだよ。我々はあれが何なのか分からずに困っているんだ。これから一つ一つ中身を開けて、それが一体何か調べなくてはならん… ただそれも今の仕事がひと段落ついてからだが」


 眼鏡を拭きながら所長は言った。

 ローパーは納得したように、もしくは小馬鹿にするように、大きく頷きながら室内を歩き回った。


「OKOK。いいんだよ、正直俺はあれが何なのか興味がない。いや、ないとまでは言わんが、そのうちニュースで知ることになるだろうからな。その時には俺は今の職を辞して、次のステージへ向けて準備に取り掛かっている頃だ。一体どれだけスーツを揃えなきゃならんのか、今から頭が痛いよ。で、お宅はその頃どうしているだろうな?」


 ニヤニヤ笑うローパー。それに気分を害したのか、所長は苛立ったように机の引き出しを次々と開けて中の筆記用具を漁りながら。


「ええい… ない! 肝心な時にはいつも無いんだ。それで… カールの宅配便に興味のない君が、まだ何か用かな?」


 年ゆえか、探し物も満足にこなせない目の前の男(ローパーとさほど年は変わらないが)、そんな所長の姿を憐れむように眺めながら。


「ああ、宅配便の中身はどうでもいい。肝心なのはその代金だ。クレジットカードか電子マネーか。まさかあの大きさで代金引き換えとはいかねえよな」


 笑いながら言うローパー、探し物していた所長の手が止まる。

 

「もしや、カールはあのデカい荷物の代金を後払いにしてたのか? それは大変… 困ったことだな」


「面白い。面白いし所長、本当にそうならどんなに良かったか。だが残念なことにそうじゃない、代金は支払い済みだ。そしてその金はどこから来たかというとだ… あの小僧は、宇宙から来た怪物ロボットのコンピューターを使って、大量の金をあちこちからちょろまかしてたんだよ!」


 ぎらつく目をしたローパーに、所長は初めて正面から向き合う。


「ほう… そんなことがありえるのか? いくらなんでも無理だろう。たとえどれほど高性能のスーパーコンピューターをもってしても、あれだけの物を買う金を」


「そう思うだろう。にわかには信じがたい。しかし俺は見たのさ。カールに直接教えてもらった。あいつがニューヨークのビッグ・ボードをハックして、自由に操作を行うのを。あれを見た時は正直、震えた。見た後しばらくの間はよく寝付けなかったよ。それほどにビビらされた。ただ、誰だってそうなるさ、あれを目にしたら」


「………………………………」


 所長は黙って聞いている。


「本当のことを言うと、俺は怖かった、あいつが。あいつを敵に回したら、どれだけのことをしてくるか見当がつかなかったからな。だから今まで誰にも言えなかった。ただあいつは死んで、これを幸い… という訳でもないが。とにかく風向きが変わったんだ。俺は本来の任を全うする。あいつのしでかしたことを上に報告し、その代価を貰う。恐らくあいつは政府の金庫からも金を持ち出していたんだ。あれだけの力があったら絶対やっている筈だ」


「君も… 一種の共犯者ではないか? これまで彼を放置していたのだから」


「あいつが生きている間は手を出せなかった。まだガキだからな。キレさせたら俺だけじゃなく、周囲も巻き込むような恐ろしい事をやらかしそうだったし。だから今までは泳がせていた。そういう事だよ。これが表沙汰になれば、アンタみたいにケチつけてくる奴も出てくるだろうが、ことの重大さを前に細かい事は打ち消しになるさ」


「そうか……」


 所長は組んだ両手で口元を隠し、考え込むようだった。


「そういうことだ、悪いな。あんたがこのことを知っていたのかどうか知らんが監督責任は免れん。裁判沙汰になるかもしれんし、恐らくここ、UFR研究所も解体されるだろう。残念だ。ここはとてもいい環境だったのにな。ただちょっと刺激が足らんかった。次に出来る組織には、もう少し都会の近くに施設を建てるべきだ。そう進言したいね」


「そうか…」


 ただ繰り返す所長。ローパーはそれをショックのせいと受け取り。


「本当に気の毒だ。あんたとは上手くやれていたのにな。ただやはりあんた達はガキを甘やかしすぎた。もっとキチンとしつけをして、言いつけ通りに動くように矯正してやらねばならんかったんだ。それを怠った結果、自分の判断とやらで動いたガキ達は二人死に一人逃亡、あんたの首も締まってしまった。結局みんな不幸になったんだよ」


「そういうものかね……?」


 所長は視線だけ動かして聞く。


「そういうもんさ。世の中ってのは。こういうのは時代を経ても変わらないもんだと思うぜ。…お疲れのようだな。少々脅かし過ぎたか? 元気出せ人生はまだまだこれからだ。裁判で出向く都会の方が、少なくともこんな田舎で燻ぶっているより楽しいかも知れんぞ。それじゃあ俺の話はここまでだ。また会おう。次に会うのは公聴会でかな」


 そう言って部屋を出ようとするローパーに、所長は語りかける。


「…一つ聞きたいのだが」


「ん?」


「君は驚かなかったのかね? ほんの… 一週間まえ。地球外から知的生命体が現れたというのに… ある意味人類はこの時をずっと待ちわびていたんだ。私らが生まれる前からラジオの『宇宙戦争』とか、映画だったら『遊星よりの物体X』とか、そんなものを楽しみながら、我々は長い間、それこそ古代からかもしれん、その日が来るのを待っていたんだ。それなのに君ときたら、いざその日が来たというに、こんな風に(かね)(かね)(かね)と、目の前のゼロの数を追いかけるばかりで、未知とのコンタクトへの感動を持ち合わせていないように見えるのだが」


 所長の問いに、ローパーはわざわざ机の前まで戻ってきて。


「とんでもない! 俺だってあの日は驚いて何も手につかんかったよ。今だって怖い、怯えてる。本当だったら田舎に引っ込んで、親父が残した家に家族を呼び寄せ引きこもって、日がな一日中テレビやスマホから流れるニュースを眺めながら暮らしたいぐらいだよ。…でもな、俺は実直な一市民なんだよ」


 ローパーは所長の前で、演説するように語り始めた。今後の練習を兼ねているのかもしれない。


「歴史を振り返ってみろ。イギリスとやり合ってホワイトハウスまでもが焼かれた時だって、南北戦争で黒人が… まあ大変だった時も、真珠湾の時だってそうだ。市民は常に、これからどうなるか分からん運命に怯えながらも、日々の暮らしを大切にし繰り返していたんだ。それこそが大事なことなんだよ。それはこの国だけじゃない。大叔父が進駐軍で日本にいた時の写真を見せてくれたもんだが、焼け野原の中に既にガラクタで建てた露店が立ち始めていた。そういうことだよ。先人たちはどんなに今が困難でも、不安や恐怖を感じていても、自分の仕事を毎日真面目にこなしていく。それこそが将来の為になると信じていたんだ。…だから俺も見習おうと思う。今はただ己の仕事を実直にこなすことにしたんだよ」


 謳いあげるように述べたローパーは、所長の反応を窺う。

 所長は感じ入ったように。


「そうか…… なるほど。それは確かに大事なことかも知れんな……」


 それを聞いて、ちょっと嬉しそうなローパーを前に、所長は立ち上がって。


「よい心がけだ。心からそう思うよ。私も見習うとするかな。今はただ己が仕事を果すとしよう」


 そう言って、机の引き出しから取り出した拳銃をローパーに向けた。


「!!! ……なにお…… ……あのな……」


 目を真ん丸にして言葉に詰まるローパー。


「少々お喋りが過ぎたな。君のような者を静かにさせるにはこれが一番いい。銃を持つのは、この部署へ来てからが初めてだがね、一応週に2回は訓練を受けている。それも君みたいな人間が来るのを見越してね」


 そう言いながら所長は何かのボタンを押したようで、すぐに警備員が二人、部屋に入って来た。


「グッ… 見越してか…… じゃあお前ら全員グルだったわけだな…! ふざけやがって……! 今さら何をしようと言うんだ? カールはもう死んだんだぞ!」


「グルと言うか…… 私が首謀者… そう言えるだろうな。カールに勧めたのは私だよ。私が教えた、この世には抜き取っても直ぐには支障のない大金がいくつも眠っていると。例えば核兵器の維持費用。年間30億ドルはかかり過ぎだ。必要な分を残して古いのは処分すべきだな。あと大企業に対する技術開発への補助金も減らしていい。なにせこちらにはスーパーロボットがあるのだから、ロボットを未知の人に奪われるのを阻止できれば100年分の技術的ブレイクスルーが一気に手に入る。優先順位はこちらが上だ、遥かに。そういう所から削った分を前借りさせてもらおうと彼に言った」


 そう淡々と語る所長の顔を、驚きをもって見つめるローパー。


「なるほど…… そういうことか… お前さんのあちこち転々としていた肩書きがここに生きるわけか… だがお前らはとっくに予算を、それも莫大な金額を政府から貰っている筈だぞ! この町はそれで成り立ってる。あのビルも、飛行場も、このオフィスだって…」


「あいにくとこの部屋は、空軍基地だった時の司令官の部屋をDIYで改装しただけだよ。莫大な予算だって? 足りない足りない。ロボットを入れる箱を作ったら、この本部に回す分が無くなってしまった。おかげでこのオンボロの建物を直し直ししながら使っている。まあ、この部屋もこの建物も懐かしい匂いがして私は好きだがね。それはいい。肝心なのは、政府が子供たちに、生きていけるだけの金は渡しても、明日へ希望を持てる分までは渡していないということだよ」


 所長は語りながら警備員に頷く。彼らはローパーの肩を捕まえ手錠を嵌めた。

 銃を向けられている為、大人しくしているローパー。


「当然… 覚悟は出来ているんだよなあ… この行動に後悔はないと……」


「ああ勿論。…カールはナイフが欲しかったんだよ。獣から身を守ることができるナイフを。それなのに大人たちはそれを認めなかった。獣がいずれ、やって来るのは分っていたのに。だから私は、大人たちの財布から金を抜き取ってナイフを買うように勧めた。償いなら生きてさえいれば幾らでもできるのだからと。自由は生存の上に成り立つもの、そう言ってやる大人も必要なんだよ。それゆえ、私はこの行為を全く悪いとは思わない」


 それを聞いたローパーは不敵に笑う。


「いいね! 凄くいい。見直したぜ所長! それじゃあ見せてもらおうか。あんたたちの足掻くさまを。宇宙からの来訪者と人間社会、両方を敵に回してどう立ち回るのか、近くでとくと見届けるぜ」


「そうだな… 期待していてくれ」


 所長が銃を持つ手を振ると、警備員たちはローパーを引っ立てて部屋から出ていった。去り際のローパーの眼には怒り、と同時に喜色がたたえられていた。

 ローパーの行く先は、以前、甲太が入れられていた軟禁室となる。




 ローパーたちを見送った所長は、椅子に沈み込み一息つく。

 しばしそうしていたのち。

 おもむろに立ち上がり(おもむき)あるこの部屋から退室した。

 


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