第80回 とある走り書きメモより
取り急ぎ判っていることを纏める。
この日、UFR研究所は朝から大騒ぎだった。
早朝、陽が登らぬうちに突然施設のシステム全体がハックされ、それと同時に未知のロボットが現れたことによってだ。
ハビリスと呼ばれることになるそのロボットは、研究所において“未知の人”と呼称される異界の住人のものだと思われる。
ハビリスは研究所管轄の空港の管制を乗っ取り、アジア某国に派遣されていた、研究所所属のロボット5機を格納した輸送機3機を研究所内に誘導した。
異変に気付いた研究所のスタッフは、何とか輸送機側に連絡をとろうとしたが不可能だった。
通信が遮断されていて輸送機には勿論のこと、他の地域への通信も断ち切られていたのだ。
その上、外部からきた通信には偽装された返信が返されるよう仕組まれていた。それにより、おおよそ半日の間、外から怪しまれることなく研究所は孤立させられた。輸送機にも偽の応答が送られていたのが、フライトレコーダーの記録から分かっている。
研究所スタッフの中にはモールス信号や発煙信号で、この危機を輸送機に知らせようと試みた者もいたが(ビルの外壁に横断幕を張ろうとした者もいる)間に合わなかった。たとえ実行できていても、秋の朝日の眩しさに遮られて届きはしなかっただろうが。
結果。輸送機3機は、ハビリスを目視できる距離まで接近したのち、可及的速やかに引き返すことになる。が、退避は間に合わなかった。
研究所から飛びたったハビリスの攻撃により、輸送機一機が撃墜。研究所所属ロボットであるアンテセッサーが撃破され、鹵獲された。アンテセッサーのパイロットは未確認だが、状況から死亡が確実とみられる。
その後、最初の交戦地点から約100キロ離れた海岸線付近で、ハビリスと、研究所所属のイダルトゥ、サンゴーグレート、ルードルフが交戦に突入。
この戦いでイダルトゥは大破、UFR研究所ロボットチームのリーダーである、カール・リンネが死亡した。
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胸部のコックピットを穿たれ、イダルトゥは力を失い倒れ込む。
斃れた機体に向かってハビリスが歩みだす。ただ脇腹の破損のせいか動きに精彩がない。そこへ。
突如、躍り出た。ルードルフが。
四足獣の構えをとり、イダルトゥに被さるように立ちはだかった。主人の亡骸を守る忠犬のように。
続いてサンゴーグレートも走り出て、ルードルフの背後にまわる。
ただ甲太はイダルトゥを守ろうとしたのではなく、一人にされるのが怖くて、必死にルードルフに倣っただけだった。
それを見たハビリスは戸惑った、かに見えた。決死の覚悟のルードルフに気圧された風に。
ハビリスは退却していった。うち捨てられたアンテセッサーのみを鉤爪に引っ掛け飛び去った。イダルトゥと他のロボットは諦めたのだ。一時的にせよ。
主人を失い、ただの金属塊に成り果てたイダルトゥは、ひとまず人類の手に残された。もはやそれは無用の長物なのかもしれないが。
甲太は安堵し、脱力し、機内で突っ伏した。そして。
何が失われたかを思い出し再び絶叫した。けれどもう声は枯れ果てて出てこなかった。
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ハビリスを運用する未知の人は、予想外の抵抗の大きさと想定外の機体の損傷によって一時的に作戦を中断したとみられる。そのようにUFR研究所内の調査チームは推察した。そして、極めて近い日時に再び、未知の人による地球側のロボット、メカ・サピエンスの奪還作戦は再開されるだろう。という推論も同時に出された。
以上が、当日のあらましである。
追記:ハビリスという名は、撃墜された輸送機のフライトレコーダーに残されていた、カールの言葉から付けられたものである。
M・G・ローパー
研究所のシステムが回復し、ロボット達への連絡が試みられる。
パイロットたちは当然怪しむだろう。ついさっきまで研究所は敵に乗っ取られていたのだから。
その為、取り急ぎヘリコプターを飛ばして、ロボット3機がいる地点へと向かうことになった。
場所は分る。研究所には、一般人からの巨大ロボットの目撃情報が、政府のチャンネルを通してバンバン舞い込んで来ていたから。
甲太の同居人であるベンは、無理強いしてヘリに同乗させてもらった。しかし後にそれを後悔する。海岸に倒れている友人の乗っていたロボット。その胸に穿たれた深い穴。そんな凄惨な光景を最初に目撃する立場になってしまったことを。
夕刻になり、ようやく研究所施設内のチェックも終わり、ロボットたちの施設への移動が開始された。
まずサンゴーグレートとルードルフを自力で移動させ、点検を受けさせる。
パイロットがいなくなり動けないイダルトゥを運ぶのは難儀なことだった。改めて輸送計画を立てることとし、機体の帰還はしばらく後となった。
キ太郎とルードルフは初めての研究所入場だったのに、散々なかたちになってしまった。ただ生き残っただけでも幸いと言えるかもしれない。
クラウディアの乗るヘルメイアスが帰って来たのは日も暮れてから。逃げた先で用心深く潜み、なかなか呼びかけに応答しなかった。
結局、カールの言いつけを最後まで忠実に守ったのは、クラウディア一人だけだった。
ロボットビルにサンゴーグレートを停めた甲太は、ちょっとした身体チェックを受けたのち、本部に向かった。
本来なら医療スタッフやら護衛やらの歓迎に囲まれそうなものだが、研究所そのものが混乱の最中にあり、甲太を構ってくれる人は見当たらなかった。この混乱の大きな要因の一つは、カールがいなくなったことにあるんだろう。
キ太郎は待機していた専門スタッフに預けてきた。児童心理学などの専門家とかがチームを作ってくれていたので、甲太は後でまた来る、と言い残し一旦お別れした。
古めかしい庁舎のような本部に着く。
普段は、閉館直前の市役所みたいに静かな本部が騒然としている。こんなに人がいたのか、という人数があっちこっちへ駆け回っている。中には甲太の顔を見て驚いたように声をかけてくる者もあったが、甲太は心ここにあらずという感で、軽く手を上げ応じるばかりであった。
なんかフワフワする。夢の中みたいだ。周りの人間がみな忙しそうに走り回る中、甲太だけがノロノロと歩いていく。何だか自分が幽霊になったような気分。
極度の緊張から解き放たれ、いつも近くにいる人たちが一気にいなくなり、この世との繋がりが切れてしまった感覚。
(誰か死んだって……? よく分からない…… 現実感がない。つまり… どういうことだ…?)
まるで脳に霞がかかったように、深く考えられない甲太。
今はとにかく、言われたように所長に会うことにする。
聞けば所長は、今回のことで陣頭指揮を執る為、あちこち飛び回っているそうなので、ひとまず所長室で待っていよう。
そう思い進んできた甲太は、本部のロビーで5,6人の人だかりが出来ているのを目にする。
なんだろう。誰か倒れたみたいだ。無理もない。これだけの騒ぎだ。
そう思い近づいていった甲太は、倒れている者が誰か気づいた。
(楓!!)
正気に返らされた。幽霊状態が現実に引き戻されるほどにびっくりした。
慌てて人だかりの中に分け入る。
楓は失神したようだ。周りの人に上体を起こしてもらっている。
「かえで! かえでどうした! しっかりしろ!」
側にしゃがみ込んで呼びかけた。
すると楓の目がうっすらと開いた。
ぼんやりした瞳、視線が定まらない。
「楓! 俺だ! 甲太だ! 判る? 聞こえる?」
「こうた……?」
楓の瞳が甲太の顔をとらえた。そして。
「ぃやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
叫んだ。
叫びながらぐるっと顔が天井を向き。
沈黙した。再び目を閉じ意識を失った。
周囲の人間が慌てる中、甲太は呆然とする。
(なんだ…… なにがおきた…… 楓が俺の顔を見て…… 叫んで……)
楓が担架で運ばれていくのを、見送りながら立ち尽くした。
周囲には、甲太に思いやりの声をかけていく者もあったが、甲太の耳には入らない。
だがそんな甲太の耳に飛び込んで来た言葉がある。
「可哀そうに。無理もないがな、こんなことになったら」
甲太は声の主を見た。離れた所に年のいった男性が立っていて、楓の去った方を見ている。黒いスーツがこの施設の中では目立っていた。
男性は甲太に気づくと声をかけてきた。
「おう。お前は生き残ったか。大したもんだな」
思い出した。この人はローパー査察官。アメリカ政府から派遣された、UFR研究所の金の使い方について、微に入り細を穿つように調べている人物だ。
そして以前甲太に対して、露骨に侮蔑的な態度を示した人でもある。
ガサツで尊大な印象だったこの人間も、現在の状況では少しはしおらしく感じられた。
ローパーは近づいてきて、頭を軽く振りながら言う。
「カールは死んだってな。悲しい事だ。あの若さでとはなあ…」
ローパーはカールを嫌っていたが、人の親として、この国の大人の一人として、聡明なまだ十代の若者がこの世を去ったことには、残念な思いを持っていた。
カールが死んだ。そうだ。あいつは死んだんだ。
(だから楓は…… …?… だからってなんであんなに……)
甲太の中で、点と点が繋がりそうな感覚があった。
だけど止めたい。それを繋げてはいけない。答えが判ってしまったら、なんだか、とても、よくない気がする。
ローパーに大した返事も出来ず、つっ立っているだけの甲太。ローパーはそんな甲太を気にする様子もなく、ただ言いたいことを喋っている。
「あの子も哀れだな。こうなったら若い女ってのはああなるもんだ。俺もよく見てきたよ」
なぜ? この人は知っている。 なぜ? 楓が倒れたのか。
いや。もう甲太も知っているのだ。ただ何故だか絶対に、その答えには辿り着きたくない。
なのに勝手に口が動いた。言いたくないのに。震える声で。聞いた。
「なんで… カールが死ぬと… 楓が倒れるんですか……」
しわがれた甲太の問いに、ローパーは、マジか? という顔をした。
「なんでって… そりゃお前」
ローパーの口が開くのを目にして、甲太は声を出さずに喚いた。
やめろやめろやめろ! 待ってくれ! 言わないでくれ… それを聞いたら俺は……
「あの子がカールと恋仲だからだよ。知らんかったのかお前? ハハッ、こんな鈍い人間もいるんだな。その年ならこういう話題─────」
もはや甲太には聞こえていなかった。
(楓が…… カールと……)
だから楓は倒れたのだ。何よりも大切な人を失ったのを知ったから。
甲太の顔を見てまた倒れた。カールが帰ってこられなくて、甲太なんかが戻ってきたから。
甲太が死なずにカールが死んだから。甲太が何もしなかったせいでカールが死んだから。甲太なんかを助けようとしてカールが死んだから。
「ああ…… ああ… わわわ……」
へんな声が漏れ、甲太は走り出した。
本部の外へ。
───俺は一体 どれだけ楓を苦しめれば気が済むんだ───
自分を消してしまいたい。そんな一心で。
その後ろ姿を感情もなく見送るローパー。
「ま。ああなるか。あいつも明日をも知れぬ身だもんな…」
そう言うと、本来の職務へ戻っていった。
甲太は、ロボットビルのドックで目下点検中の、サンゴーグレートのコックピットに潜り込んだ。
これまでも何か辛い事があれば逃げ込んできたこの場所。
その中で呆然として、ただ虚空を見つめていた。
そんな主人の姿に、心優しい愛機は慰めの言葉をかけてくる。
『なにかあったみたいだね。当分ここにいるといい。外には甲太の心を分かってあげられる人が少なすぎる。あれだけの死闘を勝ち抜いた甲太なのに、周囲の賞賛の声が少ないのは可笑しなことだな』
「……………………………………………………………………………………………」
『大丈夫。甲太が凄いのは私が誰よりも分かっている。これからのことについては私が考えておくから、今は心配ごとなど忘れて休んでいて欲しい。そうだ。物事を前向きに捉えると気が楽になるよ。確かに悪いヤツが現れて一時的にピンチにはなった。でもその代わりに得たものもあるのだから』
「…………得たもの?」
『そう。少なくともカールの支配からは抜け出せたじゃないか』
甲太は理解した。




