第8回 とある事案について舎弟を走らせてみる
高校で対立した花咲を、ロボットでフルボッコにした甲太。
翌日、花咲は学校を休んだが、その次の日にはまた来るようになった。
「おはようございます! 赤井手さん!!」
甲太を避けることなく、むしろ向こうから挨拶してくれる。
マウント主義の花咲なりの判断として、自らの地位を下げずに甲太と顔を合わすには、甲太を祀り上げるのが得策と考えたのだろう。
初めは面映ゆく感じた甲太だが、まさにこれこそが自らの望んだ学校生活だったのだ。その成就を味わわねば。
「…うん。元気そうじゃん」
「いや~、へへ… この間はどうも」
かくして甲太に舎弟が出来ることとなった。ちょっと前には考えられない状況。誠にスーパーロボットを拾うと人生が変わる。
顔だけは広い花咲が立ててくれるおかげで、学校内での甲太の立ち位置は様変わりする。誰もが一目置いてくれるようになっていた。不思議がって事情を聞いてくるヤツには花咲が適当に言い含めてくれていた。
休み時間の度に甲太のとこへ来て、おべっかを使ってくれる花咲だったが、放課後になるとなぜか顔に陰を帯びていた。
「どうしたん? さっき指導室で職質されてなかった?」
久方ぶりの話し相手がいる環境に、もう慣れてきてる甲太が聞く。
「赤井手さん… いや~大したことじゃないんですけどね。生活指導の高橋の奴が俺の顔見て、お前ケンカしただろって決めつけてきて。ついでにこれまでの生活態度がなってないとか言ってきて、随分絞られたっすよ」
そうこぼす花咲の顔には確かに、いかにもケンカしましたという擦り傷があちこちにある。もちろん甲太に付けられた傷だ。甲太のロボにと言うべきか。
さりとて確かに、これまでの花咲の振る舞いは、生活指導に目を付けられるだけのことはあったのであるが。
だが今現在においては花咲は甲太の側の人間である。
「花咲さあ~ 高橋ムカつく? 復讐したい?」
突飛なことを甲太が言い出したので、何と言っていいか迷う花咲。
「いや… 確かに痛い目みればいいなとは思いますけど… ただ教師と揉め事になるのはごめんですよ」
「そっか・そっか」
素っ気なく甲太が返し、この話は終わった。
何だったんだと花咲は思ったが、すぐに忘れてしまった。まだ甲太の機嫌をとる仕事が残っていたし。
その夜。高橋教諭の家の屋根が吹っ飛んだ。暴風のためらしい。まだ新築だったのだが。
次の日の朝。グループSNSでそのことを知った花咲は、スマホを取り落とした。
花咲と色々あって仲良く(?)なった甲太は、それからしばらくの間、学校生活を謳歌した。
やたらと交友関係が広い花咲のおかげで、学校の誰とでも物おじせずに話せるポジションに就くことが出来たのだ。
さらに金ならあるしということで、帰り一緒になったヤツに豪勢なメシを奢ったり、周囲のヤツに自分がつけてた時計だのネックレスだの高いもののお下がりをくれてやったり、誰それの誕生日だと聞けばワイヤレスイヤホンとかの学生には値が張るものをプレゼントしたりした。
そのようなこともあって、甲太の周囲には幾人もの取り巻きがいるようになった。遅れていた「充実した高校生活」を取り戻したのだ、想像以上の形で。
だが。しばらくすると甲太は満足できなくなってきた。
最初の頃は複数人で会話できるだけで楽しかった。それに飢えていたのだから。
そこでは花咲をいじって遊んだりしていた。
甲太「この女優最近出すぎだよな」花咲「そうですよねえ、ドラマにCMとゴリ押しし過ぎですよ」甲「見すぎてやになるよ。お前こいつどう思う」花「何かムカつきますよねスタッフへの態度悪いって話ありましたもん。顔もよく見りゃ整形顔だし」甲「嫌いなんだ?」花「嫌いですね~嫌われ者ですよこいつ、好きな人見たことない!」甲「俺はチョー好きだけどな」花「え。。は。その。ですね・・・」
なんて感じで目を白黒させる花咲を見てみんなで笑うという、素敵な趣味の戯れを繰り返したりしていたものだが。
だがそれに慣れてくると、花咲の連れてくる人間は。あいつら付き合ってるとかあの女はヤれる、とかの恋愛話か、どこぞの社長と知り合いだとかネットで儲ける方法がある、だのの金の話。そればっかりなことに気づく。
甲太としては中学校でしていたような、野球とサッカーどちらが優れているか、とか、うちの運動部ムカつくよな、とか、こんどの日曜自転車でどこか遠くへ行こうか、だのといった、中坊的モラトリアムな会話をしたかったのだが。どうも人種が違うらしい。
花咲からは知り合いのパーティーに行こうとか、女を紹介するだとか言われていたが、女を紹介にはグラつくものがあったがひとまず断っておく。
自分は『選ばれた人間』なのだから、それなりの人間関係を持ちたいものだと思うようになってきた。それは友人にしろ彼女にしろ、だ。
そういう訳で、花咲との関係に早くも飽きが来ていた。基本おべっかしか言わないし、気を遣われてるのがもろ分かりだ。女を紹介するというのには、ちょっとだけ興味があるが… いつでも出来ることだ。
そんな思いを抱えたある日、休み時間にふと教室の会話が耳にとまった。
「うちの体育会系はホントどうしようもないよなあ」
これは! 甲太がご所望だった中坊的バカ話ではないか!
甲太は声がしてきたグループに近づき… 声をかけてみる。
もともと声をかけるのが出来なくて、こんな面倒な境遇に置かれてしまった訳だ。だけど今なら、以前とは違う今の自分なら臆せず話しかけられる…!
「何か楽しそうじゃん… なに話してんの?」
頑張った甲太。彼なりに。
「あ… 赤井手くん… いや別に赤井手くんに聞かせるほどのことじゃないよ…」
「そうそうホント下らない話なんで…」
「花咲くんなら中庭に行ったみたいだよ」
甲太が話しかけた途端、馬鹿話グループは見てとれるぐらい緊張した。
よそよそしく一刻も早く会話を打ち切りたい雰囲気。
これは甲太にとって驚きであった。校内の誰とも気軽に話せるようにと、自らの存在を誇示して大きくしてきたのに、それが逆に相手を怖がらせてしまう事態になるとは……
「…そろそろ次の時限の準備したほうがいいんじゃない?」
グループの一人からあからさまな解散宣言が発せられる。
もし甲太がここでへりくだって、自分を貶めてでも会話を続ける意思を示せば、彼らも受け入れたであろう、が。
「そだな。…じゃね」
それが出来ていれば最初から苦労はない。甲太はその場を離れた。こればかりはスーパーロボットの力を借りてもどうにもならない。
甲太は学校での自分の居場所が、なんとも小さい空間なんじゃないかと思えてくるのだった。
こうなると甲太の行く場所は決まっている。インターネット空間だ。
振り返れば中学の頃から、行きつけの場となっていたネットのSNS。サービスの種類は移り変わっていくが、「ネット社会」との付き合いは相当な月日になっている。
甲太にとって初めは、好きなモノの情報収集ができる、ぐらいの存在だったネットという液晶画面の表示が、ストレスフルだった受験や不遇な高校生活を経験する間に、いつの間にか生活のメインとして置き換わっていった感がある。
だからこそ、現実において信じられない性能の超絶マシンを拾い、その力でカネや人間関係を手に入れても、十分に満足することがなかった。
彼はネットの世界においても称賛されることを望んだ。いや、むしろそこで自らを肯定されてこそ初めて『選ばれた人間』であることを、本当に実感できるのではないか。そう感じていた。
まず高校のSNSから手をつけてみる。
それにしても甲太の高校に、こんなグループSNSが開設されているとは知らなかった。花咲との雑談の最中、ポロッと口からこぼれたのを聞き逃さなかったのだ。
軽く詰問してみると、隠されていたその存在を聞き出すことができた。
教師や保護者は勿論、大方の生徒も認知しない招待制の「それ」。
花咲も見るからに教えたくなさそうだった。それはそうで、限られた者しか知らないからこそ意味があるものなのだから。
だが知ってしまったからにはほっとけない。甲太がインターネット空間に乗り込む第一歩として、丁度いい相手かもしれない。
自宅に帰るや早速二階の自室にこもり、花咲から聞き出したパスワードで画面を進んでいく。会話形式で表示されたそれを、上へ上へと遡っていく。
最初はドキドキしていた甲太の表情が、徐々に曇り始める。
「なんだあ… これ…」
そこには甲太の悪口がいっぱい書いてあった。まあ当然か、ここまで悪目立ちする奴は滅多にいない。いきなり台頭してきて場を引っ掻き回したのだから。
スマホの画面をスクロールさせる手つきも荒々しくなる。
一時間ぐらい書き込みを読んでいた甲太だったが、ひとまず読み終わったらしく、画面から顔を上げしばし空を見る。
そして渾身の力でスマホを壁に叩きつけた。
一階から親の怒声が聞こえてくるが知ったことか。怒りたいのはこっちだ。
壁はへこんだが、スマホの方は最近高いものに買い替えただけあり、角にスリ傷が付いただけ。傷ついた以上はまた直ぐに買い替えるが、それは後だ。
足早にスマホを拾い上げると花咲へ繋ぐ。
「あ、赤井手さん、さっきのやつはもう見られ
「花咲!! さっさとこっち来い!!!」
「!! はい! すぐ伺います!」
花咲は仰天した。いくら立場が逆転したとはいえ、甲太はもともと大人しいキャラだったはずなのに。
この大声、この剣幕、これはヤバい事態になったなと。
唯一の救いは花咲自身はグループSNSに、甲太の悪口を書きこんでいなかったこと。
河川敷での経験と教師の家の屋根が飛ばされた一件、あれ以来花咲は甲太に対して、得体のしれない畏怖を感じるようになっていた。それが幸いした。
甲太は近所の公園で花咲と密議した。グループSNSにハンドルネームで書きこんでる奴らの本名を確かめその上で。
「罰金だな。取れるだけ獲れ」
「は、え? こいつらからですか? 誰がそれを…」
「君に決まってるだろ花咲君。君にはこれを今まで放置してきた責任があるんだよ?」
甲太の口調に怯える花咲。
「えっとお… でも俺が言ったところで言うこときかないだろうと…」
「口で言ってきかないなら後は… 分かるでしょ? この間の葦原とかいうの連れてくればいいじゃん」
「葦原さんはそんなカツアゲみたいのはやらな───
「じゃあ他に誰か呼べばいいだろ! 知り合い多いて言ってただろが!! 俺が行ったらこいつら死ぬぞオイ!!」
「分かりました!! 何とかします!」
いきなり怒鳴り始めた甲太に仰天する。怒鳴り慣れていないからヒステリックに声が上ずって、それがまた不気味だった。花咲は一礼して走り去った。
仕方なく知り合いを頑張って10人ほど動員し、数の力を駆使して、グループSNSで甲太を馬鹿にした学生らから慰謝料を徴収する花咲。傍からみればただのカツアゲだ。
中には別の学校の生徒が、噂だけで話に乗っかって甲太侮辱に参加しているケースもあったりして、仕事は困難を極めた。
加勢に集めた連中も報酬を主張するわ、校内での花咲の評判は地に落ちるわ、教師や親等、大人からも目を付けられるわで、花咲にとって最悪の状況であった。
これだけ苦労しても依頼主の甲太からは。
「アカウントのリスト作った? 漏れなく取ってこいよ」
などと悪代官かのような督促がくるだけ。
泣きたい気分の花咲は、何とか思い留まらせようと、遠回しに言う。
「なんか教師とかが今回の一件聞きつけてるらしいんですけど。これ以上やると問題になるかもしれないですよ。赤井手さんが関わってるとばれたら…」
「だから?」 にべもない甲太。
「え? …… あの、ヤバくないですか? 大人から睨まれるとこの先生きづらくなるというか……」
「べぇつに~~~~。 相手が誰であろうがどうでもいいよ。文句があったらかかってこいって感じ。何か言う奴がいたらそう言いな」
どう見てもただの冴えない学生の見た目で、とち狂った反社みたいなセリフを吐く甲太。そのギャップが実に不気味極まりない。
背筋に寒いものが駆け上がってくる花咲。なんでこいつはこんなに自信があるのか。
「えと… お知り合いに偉い人でもいらっしゃるんでしょうヵ…」
「…… クッ そのうち分かるよ」
奇怪に笑う甲太。それを見て逆らえないことを悟る花咲。
花咲は、気軽に甲太に話しかけたあの日の自分を恨みながら、集金のため奔走するしかなかった。
そんな花咲の苦労を尻目に、甲太はとある企みを行動に移す。