第79回 とある海を前にして
甲太は海へ向かう。
自分は無傷なのに逃げる。それがどうしようもないほど情けなかったが、今の自分にはそれしかできない。だったらやるしかない。
話を聞いていたサンゴーも。
『ああ! その通りだ! 素晴らしい助言をありがとうルードルフ! さあ行こう甲太! 一刻も早くここから立ち去ろう。それこそがカールの望みなのだから!』
思いっきり後押ししてくる。こいつに言われると途端に、ホントにこれで正しいのかな、と不安になってくるのだが。
あと一つ丘陵を越えれば海岸が見える。
それまでの行程を、2体のスーパーロボットが、コソコソ移動し始めた。
巨大ロボットが、徐々にではあるが、動いていってるのだから、誰でも気づきそうなものだが。
だが、そうはさせじ、という熱闘が繰り広げられていた。
甲太たちの動きに気付いたカール。
「……ハア! ようやく動き出したか。これでやっとこちらも次の段階に移れるってもんだ」
『奴らを上手く逃がすことが出来たなら、カール、お主もこの場から脱出を図るのだな?』
イダルトゥの質問が終わらないうちに鉤爪が襲ってきた。
カールはイダルトゥを全力ガードさせて横薙ぎの鉤爪を防ぐ。そのあまりの威力に踵で地面をえぐりながら、イダルトゥの機体が後退する。
「ふう! 今のは危なかった、今までで一番じゃないか? で僕が彼らに次いで逃げ出すのかって? それは勿論。…でももう少し色々試したくもなるな」
『そう言うと思ったわ! よいか。今は互角にやり合っているように感じられるかもしれないが、実際は一方的に削られているだけなのだ。こちらの攻撃は相手に一切有効打を与えていない。時間が経つにつれ不利になっていくばかりだ』
「それは… あくまで“機体”の話だろ? それだけじゃ・おおっと!」
ハビリスが一瞬、超加速をかけ、危うくイダルトゥの首を掻き切るとこだった。幸いイダルトゥが砂地に足を取られ、よろけたお陰で助かった。
脱兎で距離をとるカール。
「ふぃ~~~! やれやれ……」
カールとイダルトゥの会話は、もはや殆どテレパシーのような感じになっていた。下手に喋っていたら舌を噛み切ってしまう。
『今のを味わっても、まだやれると言うのか?』
呆れた感のイダルトゥ。カールは答える。
「今のを見た上でさ。多分あいつが万全の状態なら今ので終わってる。逆に言えばあいつはもう万全じゃない。それが分かって来たんじゃないか?」
『ハビリスのパイロットに動揺が見えるということか…… 確かにそうかも知れない、今のお前の力を目にしたらな。しかしそれも時間の問題だ。こちらの攻撃が通じない以上、やがて吾輩のボディーが先に限界を迎える。そうなってしまえば終わりだ』
「こっちの攻撃が全く効いてない訳でもないんじゃないか?」
『そんなものは誤差みたいなものだ。なにせこちらは絶対に決定打を打ち出せない。それゆえ絶対に“あいつには勝てない”。たとえお主がphase4に達していたとしてもだ』
「ま~~た知らない言葉を吐きやがった、この陰険ロボが! 勝てない、というのは“原則”のことなんだろうが、phaseとか言うのは初耳だぞ。たくっ、死の瀬戸際で訳の分からんこと言い出しやがって、生き延びれたら徹底的に尋問してやる。…まあ、この状態がphase4ということなんだろうな。これは僕が起こしているのか…」
無闇やたらに切りつけてくるハビリス。
イダルトゥの全身の切り傷が、見る間に数を増す。
しかし、徐々に分かってきた。徐々に攻撃を見切ることが、カールには可能になってきていた。
少しずつ、ハビリスをすばしっこさで翻弄していくイダルトゥ。
『それでもダメージの蓄積はこちら側が上だ。どこかで決断しないと、些細なミスで終焉を迎えるぞ』
「そうだな。まあ、どっちにしても何かしらのダメージを与えないと逃げる事すらままならない。とにかく今はあいつを苛立たせる!」
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Chimaeraは苛立っていた。
「なんでだろ… なんでこんなに当たらないんだろう…… こっちの方がスピード上なのに…… そうだよねえ!! 195!!!」
『その通りです。ただこちらは地球の地形にまだ対応しきれていません。あの機体は足元の土壌の状態すらも利用できるように、相当演習を重ねていたようです。それと……』
「そんなのあんたの仕事じゃないの! そんなのこっちもさっさと合わせればいいんじゃないの!? ・・・それと? それと何よ?」
『Chimaeraの精神状態が、機体の動きに悪影響を与えています。焦り過ぎてイメージ操作に支障が生じているのです。もう少し落ち着いて頂きたいです…』
「そんなの!!! …………そんなの。……そんな言い方ないじゃない… 私がこんなに一生懸命やってるのに……」
『すみません。ただ本来の力が発揮できないのでは、あなたも辛いでしょう。だからまずは一旦休息をとって心を落ち着けてから……』
「そうか… 休息をとって。休息……? 休息… なんてとるわけないでしョ!! 目の前のあいつ!! あいつをやっつければ殆ど終わりなんだから!! それなのにあいつを見逃して休めって言うの! ふざけんじゃないわよ!! あいつを… ああ! あいつ手招きしてる!! ふざけやがって……!」
『落ち着いてChimaera…! 落ち着いてください。こんな調子ではたとえ仕事を成功させても、あなたの精神衛生にはよくありません。一度後退して休むべき。これはあなたを思って言っているのです』
「私のことを…? 私のことを思ってるんなら… さっさとあいつをやっつけてよ!! それさえ済めば私は楽になるんだから! そうあいつ…! あいつさえ消えれば後のザコなんて……」
そこでChimaeraは、ザコ達がいなくなっているのに気づく。
「ああッ!! あいつらいつの間に、あんなとこまで行ってる!! 何やってんのよ195! 何で報告しないの!!」
叫びながらChimaeraは、海へ向かって一目散に逃げていく甲太たちへ、矛先を向けた。
『待ってくださいChimaera! 今はこの戦いに、phase4の相手に集中するべきです! あの機体に背中を見せてはいけない!』
「逃がさないよ! 絶対に!!」
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じりじりと海へ向かって進んできた甲太たち。
あともう少し、一気に海へ飛び込める距離まで、もうすぐだ。
ほっと一息の甲太は、様子を確かめるべく後方カメラのモニターをチラ見した。
その時、警告音が鳴り響いた。
こちらへ向けてハビリスという砲弾が発射された。その弾はあまりにもデカい、デカすぎる。
『甲太!! 回避を!』
『甲太!! 海へ!!』
「コーガー! がガッぷうーー」
周りの者に、一斉に名前を呼ばれた。(最後のはちょっと判らないが)
(なんで俺を呼ぶんだ? やめてくれ頼らないでくれよ)
この瞬間。
甲太の周りの景色がゆっくりになった。
時間の流れが遅く感じられた。
(え? 死ぬの…?)
交通事故に遭った人が、時間が遅く感じるあれか。
混乱の中、甲太は想う。
いつも人の後を付いて行動してきた。それが楽だったから。たまに自主性を持ってやってみたのが日本での騒動だった、あれでやっぱり向いてないと思わされた。
なのに、こんなホントの極限状態で、なぜかみんなに頼られてる、指示を仰がれてる。
どうしてなんだ。俺はみんなの後を付いていきたいんだ。人のせいで死ぬのはヤダけど、自分の判断でみんなが死ぬのは、もっとヤなんだ。それなのに。
責任の重さで息が詰まりそうになりながら、それでも必死に生きる進路を探し始めた。
甲太は気付いていないが、サンゴーグレートは再びphase3(ハビリスの言うところの)を発現させていた。
サンゴーのコンピューターと、甲太の思考が同調し、異常なほど演算能力が向上していた。それで時間が遅く感じられるのだ。
甲太はハビリスから逃れる方法をシミュレートする。
数百分の一秒の間に、何十通りもの逃走ルートが、サンゴーと重なった甲太の頭の中に流れる。
その結果。
答えは全滅。
どうしようが、どうやろうが、確実にハビリスに追いつかれます。
逃げられる確率は0。
ならば戦うしかない。せめて一矢だけでも──
そう思った時には、もうハビリスは真後ろにいた。もはやサンゴーグレートには、振り返る間すら与えられない。
「キ太郎! そのまま──────
かけた呼び声も終わらぬうちに、甲太の頭上に鉤爪が落ちてくる。
「甲太っ!!」
雄叫びと共に。
金の影が、来た。
あまりの速度に黄金の光跡のみが線として残る。
金の光弾と化したイダルトゥは、ハビリスへ向けて一直線に迫っていった。
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「やった! かかったよ!」
Chimaeraは喜色満面で叫んだ。
中々捕まえられない、あの金色の機体。
だったら向こうから来てもらえばいい。
Chimaeraは、甲太を切断するのを後回しにして、まずは後方に迫る光弾を切り刻むことにした。
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反転するハビリス。
その鉤爪の待つ空間へ、吸い込まれていくイダルトゥ。
だが。罠だと言うのは百も承知。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!」
カールは一切怯まず減速せずに、そのまま突っ込む。
振り下ろされる鉤爪。
繰り出される輝く拳。
2機が交錯した。
凄い音がしたはずだが憶えていない。地を震わす爆音など気にした者は誰もいない。
ただロボット達の破片が地に落ちる音だけは印象に残った。
落下した細かいパーツが、岩に当たり高い音を立てて、弾かれ、砂に刺さった。
その破片の主。
片方の肩を砕かれたイダルトゥは立っている。拳を突き出したまま。
その後方でハビリスが片膝をついた。
脇腹が火を噴いている。
鉄壁の巨体を誇るハビリスのボディーを。真っ正面からぶつかり砕いた。カールのイダルトゥが。
「あ・あ・あ・あ・あ・あ…~~」
甲太は声にならない声を上げる。
倒した。返り討ちにした。
自分たちを狩りに来た怪物を。未知のロボットを。
カールが。人の手で。ガキの手で。やりとげた。
そして。ぶつかり合いすれ違った2機は、共に振り返る。
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「うそうそうそ…! こんなの嘘!!」
ハビリスの体内でChimaeraは泣き叫ぶ。
やられた。
傷ついたのは機体の脇腹部分だけだが、下等な生き物に傷つけられたことにより、心にダメージを負った。
例えるなら、完全防備でスズメバチ退治していたら、防護スーツの中にハチが入っているのに気付いた。そんな感じか。
絶対大丈夫だったはずなのに。そう言われていたのに。だから引き受けたのに。
『機体に損傷を受けました… ただちに戻って上の指示を仰ぎましょう』
「こんなはずじゃないのに…… こんなことありえないのに…… 支店長になんて言えばいいの……」
Chimaeraは顔を覆って泣いている。
『Chimaera、しっかりして。大丈夫です。この程度なら私の機体はビクともしません。支店長も文句は言わないと思います。だから顔を上げてChimaera。…chimaera?』
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イダルトゥとハビリスは再度見合った。
互いのダメージを確認するように。
そこで。ハビリスがよろめいた。巨像が大きく揺らいだ。
「!!」
イダルトゥは飛び出した。
カールの冒険心がそうさせた。
今なら勝てる。そう思ってしまった。
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泣いていたChimaeraは顔を上げる。
その顔は涙を零しながら、笑っていた。
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金色のイダルトゥから繰り出された拳は、より強く光り輝いていた。
手から光を放つように。
光は、傾いたハビリスの、顔面へと向かい。
当たる寸前、止まった。
瞬時にイダルトゥを覆う金色の輝きが消え。
イダルトゥは停止した。
「しまった…!」
カールは理解した。状況を。己が運命を。
ハビリスの鉤爪が、手首で回転しだす。
回転は恐ろしく早くなり、まるでドリルのようで。
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「知ってたみたいね? 子供は大人に勝てないってこと…!」
泣き笑いのChimaeraが言った。
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「甲太… にげ」
カールの言葉をかき消し、ドリルはイダルトゥの胴体へ打ち込まれる。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
甲太の悲鳴が響きわたり。
カールの短くも楽しい旅は終わった。




