第78回 とある海を目指して
すっかり高くなった太陽が、向かい合う2体の巨大ロボットを照らし出す。
丘陵の向こうに海を臨むこの場所は、海岸から続く砂地が辺り一帯広がっている。
町から遠く離れているが、遮蔽物と言えるものは一切なく、近くを通り過ぎる車でもあれば、ロボットたちの饗宴が丸見えとなってしまう。
ただ事ここに至れば、人の目など気にすることもない。
カールはハビリスを見据えたまま、後方に語りかけた。
「甲太。キタローを連れて海に逃げろ」
「はえ?」
間抜けな返事の甲太。
意外だった。せっかく味方ロボが3機もいるのに、全員でかからずに逃げろという。
ただそれも当然か。
甲太は腰が抜けてるし、ルードルフは止めをさされる寸前までいったダメージが残っている。
その上での指示だ。素直に従うのが賢明だろう。カールに時間稼ぎしてもらってる間に、這いつくばってでも海へ逃げ込めば少なくとも2機は助かる。そうなれば一応の退却戦成功と言える。カールがここへ来た意味は十分にある。
なのに甲太はここにきて迷ってる。
カール一人を残して立ち去るのはあまりにもあれだ。恥ずかしい。
サンゴーグレートは殆ど無傷なのに、ただパイロットの自分が怯えてるというだけで、戦線離脱するなど許されるだろうか。
動けないまでも、ビームとかで少しは援護できるのではないか。
などと考えるフリをしているが、その実、カールの側を離れがたいというのが一番の理由、心理だった。
カールが助けに来たのを見た時、甲太はとんでもない規模の安心感に包まれた。もうそこから抜け出したくない。動こうと思っても、身体が動かない。
そんな甲太の気配を感じ取るカール。
正直足手まといなので、どっかに行って欲しいのだが、そうもいかないか。
ならしょうがない。それも込みで行動するのみだ。
「まずは呼びかけてみて… ってそれはもうコータがやったか。ならば次は……」
話し合いが通じないのは既に見た。だったら後はやるのみ。
イダルトゥは一歩踏み出す。
ハビリスは動かない。
「先に攻撃するのはザコっぽいからヤなんだけどね… まあ、どうせ最初は防がれるだろうし…」
カールは、これまでの観察で得られたデータから、ハビリスの能力を推察する。
さっきから止まっていることが多いハビリス。
巨体ゆえに緩慢なのかと思いきや、そうではない。
あれはブーストに使うエネルギーをチャージしているのだ。ピーターがやられたのも異常なまでの高速移動によるものだった。
ハビリスの慣性制御の機能はズバ抜けている。いざ動き出したら手が付けられない。
されど先の追跡劇を見る限り、ハビリスの通常時のスピードは、こちら側のロボットの2割り増しぐらいだ。チャージさえしていなければ何とか捉えられる。筈だ。多分。
カールはそう見た。よって。
先制攻撃をしかける!
防御にエネルギーを使わせ、チャージするのを遅らせてやる。
イダルトゥは地を蹴った。
「ああっ」
甲太は声を漏らした。
あれ程の猛威を見せたハビリスに、いささかも怯むことなく躍りかかるカールに、信じられない程の勇気と、正気とは思えない無謀さを感じて。
激しい衝突音。
マンガに出てくるような100トンハンマーを、ぶつけ合ったみたいな衝撃が辺りに響いた。
イダルトゥの金の拳とハビリスの鉤爪がぶつかり合った。
イダルトゥは飛び掛かった姿勢のまま、宙で静止していた。
ハビリスの顔面目掛けて打ち込んだ拳が、オートガードの鉤爪に阻まれ、そのまま押しあう状態となっていた。
「あ… すご…」
あれだけの攻撃を全く動じず揺らぐことなく、片手のみで受け止めたハビリス。だが甲太が驚嘆したのは、それよりもイダルトゥのスピードにであった。
金色の残像を引きつつ突っ込んだイダルトゥ。
過去二回イダルトゥとやり合った甲太には、明らかにスピードが増しているのが分かった。
そんなかつてない性能を見せるイダルトゥを、ハビリスはハエを払うかのように、片腕だけで振り払う。
圧倒的パワーを前にして宙に舞うイダルトゥ、が、次の瞬間、金の矢のような速度でハビリスの脇をすり抜け、背後に回った。
と同時に機体を反転させ、正拳突きをハビリスの腰に見舞う。
もっとも機体の負荷がかかる部分。そこをピンポイントで打つ。
再び衝撃音が響き、イダルトゥの拳は、またも鉤爪に阻まれた。
ハビリスは片手を背部に回し、攻撃を防いだ。
人間だったら肩が外れてしまうような無理な姿勢。ロボでも普通は難しそうだ。
攻撃を防いだ鉤爪は、次の瞬間イダルトゥの顔面を襲う。
ハビリスは振り返らず、鉤爪の付いた腕だけが大蛇の様に、オートで攻撃した。
ギリギリでしゃがみ回避するイダルトゥ。そのまま足払いの回し蹴りをハビリスに食らわせる。が、強大なハビリスの脚部は揺るがなかった。
「これでも動かないか…… まあ、いつまでそうしてられるかな?」
相手の反応を確かめるように、次々に攻めていくカール。
ミサイルのように迎撃と追尾を繰り返す鉤爪を、すんでのところで躱しながら、ハビリスの巨体のあちこちに打撃を繰り出し続けた。
それに対して、鉤爪だけで対応するハビリス。
ならばと、カールは鉤爪のある腕の反対からハビリスに殴り掛かる。するとハビリスの上半身が腰部で高速で回り、鉤爪のある方が目の前に来た。
イダルトゥの首を刈らんと鉤爪が迫るが、それを読んでいたカールはイダルトゥを後方へ飛び退かせながら、目の辺りからのビームを繰り出した。
しかし、やはり止められる。
鉄壁のオートガードで、ビームは鉤爪に堰き止められる。に留まらず。
反射してきた。
ビームは鉤爪に弾かれ、イダルトゥへ返っていく。
「WOW!」
カールは迫る反射ビームを、イダルトゥの空手チョップでぶった切った。
そこへ鉤爪が飛んできた。文字通り飛んできた。
ハビリスの前腕から、赤熱した鉤爪が射出された。腕との間を鎖のような何か(角ばった連続体で形成された奇妙な形状のもの)で繋がれている。
流石にこれは予想外のカール。
「いいいぃぃぃぃぃ!!」
歯を食いしばり、必死にイダルトゥの身をよじらせる。
鉤爪はボディーをかすり、激しく火花を散らせる。だがなんとか避け切った。
次の瞬間、カールは突貫した。
「ちょっとは動いたらどうだ? Chubby-chan (おデブちゃん)!」
ハビリスに拳を叩きつけようと突き進むが、そこで相手があまりに無反応なのに気付き、カールは後方カメラを見た。
鎖みたいな何かを引いた鉤爪が、ロケットのようなスピードで、辺りを周るように飛ぶのが見えた。
「お~… まい… ゴ~~~~~~!!!」
カールはアクセルベタ踏み状態で加速した。相手の意図が見えたから。
鉤爪で直接攻撃しようとしているのではない。絡めとろうとしているのだ。
柱に人を括りつけるように、ハビリスの巨体にイダルトゥを鎖(のような何か)でぐるぐる巻きに縛り付けようとしてる。
縛り付けてから、ゆっくりと、確実に、仕留めるために。
気づけば空飛ぶ鉤爪は、既に周囲を3週し、鎖のような何かを、張り巡らしている。
それが一気に狭まってきた。
加速と同時に、カールは逃げ場を探す。刹那の選択。
上に! はダメだ撃墜される。なら!
カールがこの一瞬で選び取った進路は。ハビリスの脚の間。
イダルトゥの身体を縮こめて地面を削りとりながら、ハビリスの股をくぐる。
もしハビリスの足が動いたら一巻の終わり。
そして。
やりとげた。スライディングしながら、安全圏まで突き進み、止まった。
もうもうたる土煙の中。
イダルトゥは片膝をついてハビリスの方を振り返る。
そして、ビシッと、ハビリスを指さし。
「そこのロボットの中の君! 僕らは君を未知の人と呼んでる。その名の通り未知の君だが… 一つだけ分かったことがある。君はとっても“ええ格好しい”だな。片手のフックだけで僕らを狩るのがスタイリッシュだと思ってるんだろ? でもお陰で、君にとって下等な生物である僕に、股ぐらをくぐられてしまったよ。君たちの世界ではこれがカッコいい事なのかい? だったらいいが、この地球においては戦闘中に股をくぐられるというのは、とっても、おマヌケなんだよね!」
これを音声で流した。
イダルトゥがカールに言う。
『挑発か? 相手の反応を見たいのだろうが油断するな』
「ちょっとした確認さ。あれに本当に、“人”が乗っているのかどうか。当たってみた限り無人機だとは思えないが」
『むしろ無人機の方がありがたいのだろう? “人”が乗っていれば、我が方の劣勢はより極まる…』
「まあな… でもさ。せっかく命をかけてやり合っているんだから、相手の顔が見たいじゃん? ロボット越しに見えてくる顔がさ」
そこで。ハビリスが動いた。こちらへ一歩踏み出す。
「おっと来た。嬉しいね、どんなかたちであれ表情を見せてくれるのは。さあ、しばしダンスを楽しもうじゃないかお嬢さん。どちらかが先にくたびれ足を止めるまで、ワルツを奏で続けよう!」
ハビリスは鉤爪を腕に戻した。どんな仕組みか知らないが、長大に伸ばした鎖のような何かは、一切絡まることなく収納されてゆく。
「すごい……」
甲太は呆気にとられながら、イダルトゥとハビリスの戦闘を眺めている。
イダルトゥの戦い方は正に、蝶のように舞い蜂のように刺す。
巨大なハビリスの周りを飛び跳ねながら、少しでも隙を見れば攻撃を刺した。
そのほとんどがあの鉤爪で止められるのだが、それでもやめない止まらない諦めることをしない。常に動き続ける。
それが可能なのも、機体を包みこむ、あの金色の光のお陰だろう。
スピードが増しているのと同時に、パワーも高まっている。
イダルトゥは、エネルギーで機体の手足を覆い、強化して攻撃している。普段のパワーだったら、鉤爪に当たっただけで拳が砕け散ってしまっている。それを見ても相当パワーが上がっているのが分かる。
それゆえ戦い続ける。
だがたとえ機体がパワーアップしていても、パイロットはそうではない。
これほどの生と死が紙一重の戦いを、もう5分以上続けている。
普通の人間なら持たない、とっくに。ボクシング選手だって休憩はとる。でもそれもなしに打ち続け、避け続け、立ち続けている。
「あれが…………」
あれが甲太の目指していた人間だ。憎み、嫌い、倒したかった。
いつかは追い越すと決めた生きた目標。それが今輝いている。その真価を見せつけている。今の甲太には手の届かない輝き。
でも甲太は悔しくない。
その輝きに見とれていた。そしてやはりあそこへ近づきたいと思う。あの輝きは命を燃やす光、決して善きものではない。苦痛から生み出される光。
それでも惹かれる。ロボットに乗ることで使える魔法のような。
ロボットを使えば、こんなことができるのか。
その一つの到達点を前に、ただ見つめ、魅入られることしかできなかった。
『甲太! 逃げるぞ』
突然、夢のステージから醒まされる。
ルードルフの呼びかけだ。
『こちらのダメージはだいぶ回復した。もう大丈夫だ動ける。今のうちにここから離れよう』
急に言われて甲太は戸惑う。
「でも… カールが… まだ戦って…」
『気付かないのか? カールは俺たちを逃がそうと思って戦っているのだ』
「え…?」
『俺たちを助けようと思わなければ最初からここに来ていない。そして先程の挑発。あれは自分に注意を向けさせ俺たちを逃がす為の手なのだ』
「そ… そうか…… ・・・でも」
逃げていいのか?
サンゴーグレートとルードルフはまだ一応動けるのに、命を懸けて戦っているカール、自分たちのリーダーを置き去りにして、薄情にも退散していいものなのか。
『加勢したい気持ちは分かるが、よせ。奴には勝てない。カールも勝てると思って戦ってはいない。あくまで相手の気を引き、戦いを長引かせる為の戦法をとっている。たとえ俺たちが加わって、3体がかりで立ち向かったとしても無理だ。奴を倒すことは出来ない』
「たおせない……」
その言葉に引っかかりを覚える。先ほどサンゴーグレートも同様のことを言っていた。“あれに勝つことは出来ない”
しかし考えている時間はなかった。
『行こう! 我々が退却すればきっとカールも逃げることが出来る。その為に相手を疲労させる戦い方をしている。しかしあれでは長くは持つまい。あいつが消耗しきらぬうちに俺たちが先に逃げるのが、全員が助かる可能性のある唯一の手だ。俺はそう計算した。お前はどうする?』
「ガールガール!! コーガー」
キ太郎が割り込んできた。怯えから回復できたようだ。確かにこれなら逃げられそうだ。
「そ… うだな。分かった。行こう! カールを信じて」
甲太は顔を上げた。




