第77回 とある少年の思索の淵にて
カールは求め続けてきた。
殆ど、いや全く情報の無い。文字通り“未知の人”相手に、生き延びるための道を。
必死に可能性を探り、考え、実行してきた。
そして、その最中、あまりにも大人が頼りにならないことを知った。
大人はいつも“後”のことばかりを考えている。
金融恐慌が起きた。この“後”どうなるか。戦争が起きた。この“後”の展開は。テロが起き多くの人が死んだその後は、テロリストを殺す為に空爆して市民ごと町が消滅していく、じゃあこの後はどうしようか。
未知の人によって、子供たちが殺されロボットが奪われた。この後はどうしようか? でもロボットはもともと未知の人の物なのだったな。じゃあしょうがない。お互いに誤りが有ったということで、改めて交渉を申し込もうではありませんか。
大人達、世界のヒエラルキーの上位に立つ大人達の中の大人達。彼らは未知の人との交渉、話し合い、それだけが望みで、それが叶うならばカールらパイロットの子供たちは、死んでも生きてもどっちでもいい。
もしハビリスに全員が殺されても、それがきっかけで未知の人との交渉の場が持てるなら万々歳だ。
たった5人の子供、それも一人を除けばどこの馬の骨ともつかぬ者達だ、それを人柱にするだけで、地球に新たな宇宙時代が開かれるならば、それは歓迎すべき事態と言えるのではないか?
何せ常々戦争は悲しい事だが、その尊い犠牲によって科学は大きく進歩した、と言ってはばからぬ人たちだ。
そしてそれは事実だ。軍事技術によって現代の便利な生活は生み出されている。
インターネットは軍隊内での通信技術だったし、宇宙開発は弾道ミサイルから始まった。そこから生まれた人工衛星による通信・天気予報・GPSはもはや欠かすことの出来ないものだろう。
100億に迫る人口を食わせてやる為に必要不可欠な化学肥料は、毒ガスの研究者が生み出したものだ。
山にトンネルやダムの穴を穿つダイナマイトを発明したノーベルは、親の代からの兵器屋だ。この発明が無くては、老朽化した高層ビルをどかすことすらままならない。
この素晴らしき技術どもは、生活に欠かせない大切なものだ。これらを生み出す為に大量の人間を爆弾でバラバラにしなくてはいけなかったとしたら、それは仕方がないことなのだろう。きっとバラバラになった人たちも喜んでいるはずだ。そんなありがたい過去の死人どものお陰で今は便利に暮らせている。これだけ便利なものに囲まれているのだから、現代人はさぞかし幸福感に満たされているのだろう。今に生きる全ての人が常にこれ以上ないほどの幸せを感じていなければならない。そうでなければ裏切りだ。人が折角バラバラになってやったのに幸せでないなんて、恥ずかしいと思わないのか?
科学だ! 科学こそが人を幸せにできる唯一の解だ!
だけど、カールはそんな故人の列に並ぶつもりはなかった。
大人達の望む“後”になるつもりはない。
「前提」だ。進むべき道があるとすれば「前提」となる道なのだ。
子供たち。カールと愉快な仲間たち、が生きて存在しているという前提で、物事を進めていく。世界中がそれを認めざるをえないように(不承不承でも)。
その道を進むためにこれまで足掻いてきたのだ。
そこへ到達できるかどうかの分岐点。それがこの瞬間だ。
カールが生き延びさえすれば、それが成功する可能性は一番高い。
ここさえ、現時点さえ生き延びれば、新たな力を備えたイダルトゥでもって、ハビリスと対等に渡り合えるかもしれない。その力を完全に使いこなせるのはカールだけだろう。
だから。カールは生き残るべきなのだ。どんなものを犠牲にしても。
でも仲間は。
仲間がみんないなくなった世界で、カールのみが生き残ったとして、それが望んでいた「成功」か?
世界から見ればパイロットの子供たちは替えのきく存在だ。新しい、より能力の高い将来が見込める子供を、改めてメカ・サピエンスと契約させればいい。
でもそれはカールの望む、居たい世界ではない。
今いる仲間たちと、共に進まねば意味が、価値がない。
それを痛感してしまった。思い知らされてしまった。ピーターを失って。
あいつがいないことが信じられない、考えられない。
これ以上仲間を失えば、もう自分が自分でいられなくなる。
以上が前提だ。
さて、これらを鑑みたうえで、どう行動するのが正しいかな?
さあ考えましょうカール。あなたは賢い子よ。あなたが真っ先に答えれば、みんなも勢いづいて手を上げるようになるの、いつもそう、あなたはみんなを引っ張っていける、素晴らしいリーダーの才能があるわ。
五月蠅いな。黙っててくれクサれ○○○が。
ならば。
こういうのはどうだろう。
カールは遠くから観察することにした。
気取られないよう、サンゴーグレートとそれを追うルードルフ、更にそれを追うハビリスを。
遥か遠くから自然物に隠れながらだったら、ハビリスのレーダーにも捉えられない筈。ルードルフ捕獲作戦でそれを学習した。
観測だ。これはあくまで観測だ。ハビリスのデータを取得するための。
だから、もし甲太やキ太郎が危なくなっても、助けに行ってはいけない。
それをしたら全てが水泡に帰す。
これからの戦いに備えてハビリスを学ぶのだ。その過程で甲太たちが逃げのびるのを見届けるだけだ。
恐らく甲太は、サンゴーグレートは逃げ切れるだろう。海底にまで行ければ地球を知らないハビリスは追って来まい。
しかし…… キ太郎は……
それでも…… 断ち切るしかない。バラバラに逃げることを決めた時から、それを覚悟していたのだから。
絶対に無駄にはしない。彼らが倒されることがあってもそのデータは、必ず未来に生きる。
彼らの残したものは、“後”の世界を救うために役立つのだから──
そしてカールはここにいる。
ハビリスの眼前に。
『もう知らん。勝手にするがいい…』
「まあ、そうすねるなよ。こんな熱い展開、ロボット冥利に尽きるだろ?」
イダルトゥをあやすカール。
当然、イダルトゥはカールがこの場に来るのに絶対的に反対だった。
理と論をもって説得したが、カールは止められなかった。
だってカールは見てしまったから。甲太が戻ってくるのを。
甲太がキ太郎を見捨てたのは、悲しいものだが仕方ないと思った。自分がその立場でもそうするだろうと。
なのに甲太は戻って来た。明らかに一度見捨てていたのに。
自分は助かったのに。自由を得たのに。すでに終わった事なのに。
甲太は戻った。明確な理屈も理由もなしに。
ただ、ガキの心のままに。
それを見て、カールの心も弾けた。
思い出した。まだ自分はガキなのだ。
ガキが後のことばかり気にしてどうする。
カールは日本でやらかした甲太を、再びサンゴーグレートに乗せてパイロットとして育てたが、正直そんなに期待はしていなかった。
来たるべき戦いに備え頭数を揃えたかっただけで、まさか甲太を排除して新しいパイロットを入れるわけにもいかず、まあそれなりに経験もあるから悪い事だけはしないように教育しよう。その程度の考えだった。
でも甲太はカールの予想を越える成長を見せた。それも想像の斜め上的な可笑しな方向に。
ジャングルでのルードルフ追撃もそうだが、時にバカげた振る舞いを見せる。
だけどただのバカではない。多少は後先のことを考えて、様々な選択肢も考慮したうえで、こうなってしまうのだ。
愚かではある。とても愚かでは。ただ……
よくぞこんな風に伸びてくれた。
カールは感謝したいぐらいの気持ちだった。
あれほどまでに落ちた人間が、これほどまでの輝きを見せてくれるとは。
こんなに嬉しいことが、他にあるか?
「今の俺たちは… すっごい… 主人公的じゃないか?」
勝てる可能性が限りなく低い敵。それを前にして、カールはニヤリとしながら愛機に問いかけた。
『フン!』
つれないスーパーロボットだった。
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「どうしよう… どうしたらいいの… いいんだよね? このままいっちゃって……?」
『落ち着いてChimaera。状況は変わりました。ひとまずこの場から退いてベースに報告をしましょう』
「勝てるかな……? 勝てるよね…… だってあいつが少しだけ強くても、こっちがやられることない……」
『Chimaera? ここは一度……』
「勝てるかなって言ってんの!!! 聞いてた!? ロボットなのに勝手に喋んないで! 私の話を聞いて!!」
『申し訳ありません… あの機体。phase4に達したと思われる機体に勝てるかという質問ですが。こちらが戦闘不能になることなく相手機体のパイロットを絶命させられる確率は、81%です』
「ああ…そう… それだったらいけるね。こっちが戦闘不能たって死ぬわけじゃないもんね…」
『そうですが… なぜこの星の住人がphase4へ到達できたのか、調査する必要があるのでは……』
「…どうでもいいよそんなの… どうせ何かの人体実験でもして、無理やり子供を強化してるんでしョ」
『そういう類のことでは、phaseを上げるのは不可能なのですが…』
「どうだっていいってば! 私はそんなに暇じゃないの! せっかく一気に3機も捕まえられるチャンスなんだよッ、このチャンスを逃すわけにはいかないの! わかってる!?」
『了解しました……』
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睨みあうイダルトゥとハビリス。
イダルトゥの黄金の勇姿を前にして、甲太は縋りつくように問いかける。
「カール…… カールなのか……? なんか光ってるけど…… どうした… それが言ってた新兵器……?」
カールは思わず笑いながら答えた。
「いや! なんでこうなったか判らん! さっぱりだ!」
「そ… そんな……ぁ…」
理由も知らずに光ってて、でも平気で笑ってるカールに困惑する甲太。
しかし不思議と、その光は怯え切った甲太の心を温めてくれるものだった。
「なんでかは判らんが… しかし悪い事じゃない、たぶん。調子は最高にいい。これなら少しは抵抗できるかもしれない……!」
そう語るカールに、僅かだが安堵する甲太。
けれど、その眼が、場の端に打ち捨てられたアンテセッサーに向いて。
「ピーターが… カール! ピーターが……!」
子が親にするように、泣きだしそうになりながらカールへ告げる甲太。
「ああ知ってる。彼は誰よりも正しく強い人間だった。僕たちの誇り。それはどれだけ経っても変わらない」
ハビリスから目を離さずに言うカール。
甲太は不思議だった。だったら何故そうしているのか。
ピーターが撃破されたのを知っているのに、何故、ここへ来たのか。
あそこにアンテセッサーが転がっているのに、何故、そうやってその犯人と対峙していられるのか。
そんな想いが言葉になって溢れる。
「じゃあ…… なんで来たんだよ…… お前が言い出したんだろう…が…… みんな分かれて逃げると… 後を見ずに、誰かがやられても… けして戻るな…と…… なのになんで……!」
カールは微笑する。
何で戻って来たか?
そりゃ君の姿を見たからなんだけどね?
そう思ったが言わないでおいた。
甲太ときたら、サンゴーグレートであれだけ意気込んで戻って来たというのに、今はロボットごと腰を抜かして、泣きべそかきながら這いつくばってる。
「全く世話のやける…」
そう漏らすカールの口は笑みを含んでいた。
まあ、昔から(と言ってもそんなに昔ではない、まだ若いからね)人の世話を焼くのは、苦にならない、というか好きな方だった。
カールの最初の世話焼きは、父親に対してだった。母親の記憶はほぼない。
カールの父親は重度のアル中だった。日雇いで稼いだ金の殆どが酒に消えた。
カールの父は、他のアル中の親ほどは息子をぶたなかったが、その代わりしょっちゅう深く落ち込んだ状態となり、側にいてくれなければ自殺すると言い出す。
カールはそんな親の面倒を幼少の頃からみていた。ただそれをそんなに苦労とは思わなかった。
児童相談所の人間がカールの家に入って来た時、職員はその悲惨な状況に目を覆った。でもその時、幼いカールは、これから残った食い物のクズで、どうにか二人分の昼飯をこしらえなきゃいけないんだから邪魔しないでもらえないかな、などと思っていたものだ。
施設に入ったカールは、見る間にあらゆる分野で頭角を現した。学業の推薦人に苦労しない立場となり、小学校を出る頃にはほぼ独り立ち同然の環境を手にした。
そして中学校で、日本人の少女と出会う。
お互い人の世話を焼くのが好きな性分と分かり、直ぐに心を通わせた。カールの(偏った)日本マニアはここから始まる。
こうして最高の環境を手に入れ、まさにこれから、と言う時にキャンプに出掛けた自然公園で、のちにイダルトゥと呼ばれるロボットに遭遇する。
結果、身柄を政府の管理下に置かれてしまうことになり、カールはがっかりした。
せっかくこれから、世界中の人の世話を焼く道を歩もうとしていたのに、自分が世話を焼かれる立場になってしまった。
けれども。そうでもないぞ、と気づく。
カールがぶち込まれることになる、UFR研究所という急ごしらえの得体の知れない場所は、とてもまともな組織と言えない状態だった。
あちらこちらの組織から、それもお役所・民間問わず、集められた人間たちによる烏合の衆だった。しかも元いた組織では爪弾きにされていたような変わった人間が多い。
そこでは様々なヒエラルキーが形成され、利権争い縄張り争いが絶えず、人々の心は荒み切っていた。
そんな所へ、まだ若い時分にして暮らさなければならなくなったカール。
彼はこう思う「こいつは… 面白いトコへ来たぞ」。
張り切るカールはフル稼働した。
人々の話を片っ端から聞き、どうしたらいい方向へ向けるか一緒に考えた。
口八丁手八丁で利益誘導し、グループ同士の諍いを和らげた。
精神的に不安定になる人が多かったので、そのカウンセラー役も引き受けた。まだガキのカールの下に、役職の上下問わず、多くの人が押し掛けた。
ここでカールは自分の持つ、「子供の立場」を目一杯活用した。
子供だから出来ないことは山ほどある。でも子供だからこそ出来ることもまた山ほどあるのだと、ここに来て気付いたのだ。
当然失敗することも腐る程あった。しかし子供が失敗するのは当たり前。むしろ失敗するほどに人々の信頼を勝ち得たような気がする。
こうしてカールの努力もあってか、UFR研究所は少しは落ち着き。柔軟性と機能性に富んだ組織へと、急成長を遂げた。
いわばカールはUFR研究所の中興の祖、なのかもしれない。ティーンにして。
カールにとってもこれは経験になった。やはり人の世話を焼くのは面白い。
その上で、どうせ世話を焼くなら、焼き甲斐のある人間にした方がより楽しい。それはどんなの? と聞かれても言葉にするのが難しいのだが。
そこへ行くと、甲太ほど世話の焼き甲斐のある奴もいなかった。
周りからの厚意を拒絶するような態度をとるくせに、心の中では助けてくれといつも泣き叫んでいる。
そしてこちらからの投げかけを受けて、常に変化をして見せる。それも時に予想のしない形へと。
「面白いヤツだなあ…」
心から思うカールだった。
次回の更新は10日土曜日の予定です。




