第76回 とある海岸近くにて②
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「やった! やったやった!! やりましたよ!!(笑笑)あいつメチャクチャビビってるよ!」
『……………………………』
000195000に表情があったらひそめた眉が見えただろう。
「そうかそうか。君はやっぱり仲間想いのいい子だったんだなァ。いやァ~~~感動的な場面が見られてお姉さん嬉しいよ……! もしかして死骸にビビっただけかもしれないけど、それはそれでいいか!」
はしゃぐChimaeraに何か言いたげな000195000だったが、特に言うことは無い。地球人からロボットを回収するのが自分たちがここに来た目的であり、今のところChimaeraはそれを上手くこなしている。何も文句を言うことは無い。
「ほれほれ~~。もっと怖がっていいんだよ。さっきまで散々私を舐めてくれた君がこんなにビビって這いずり回ってくれるなんて、もうニッコニコだよォ!」
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『甲太。頼む。落ち着いてくれ』
サンゴーグレートは主人に懇願するが。
「ピーターが… ピーターがああああぁぁぁあああ!!」
甲太はうなされたように喚いては、腰を抜かしたまま這いずって逃げようとする。海を目指すでもなく、ただひたすらここから遠ざかろうと。
『ピーターのことは残念だった。だが彼のことだ。最期にきっと甲太へ向けて「僕の分まで生きてくれ」と言っていたはずだ。彼の遺志を無駄にしてはいけない』
知った風な口を利きながらサンゴーは、何とか機体をコントロールしようとするが、甲太のパニックに巻き込まれて機体制御が上手くいかない。
「ピーター……」
サンゴーの言葉につられて、アンテセッサーの方を見てしまう甲太。
そこには全く動かなくなった、顔なじみの機体がある。
ピーターは蒸発してなくなっていたが、腹を割かれた損傷部を見せつけるロボは、人間の死体を想起させた。
「うわああああぁぁぁぁぁぁあ……あああああぁぁぁピーターああああ!!」
再び叫び出す甲太。
そんな彼を正気づかせようとするロボがもう一機。
『甲太……! しっかりしろ甲太……』
声をかけるルードルフだったが、他人の心配をしている場合ではなかった。
中のキ太郎もまた、アンテセッサーの残骸を見て、恐れすくみ上っている。
「ひ、ひ、ひ。び~やぁぁぁあぁ……」
このままでは、全滅だ。それを避けるには……
逃げるか。
キ太郎も恐怖に囚われているが、先ほどまでのパニック状態ではない。逆に助けに来た甲太がパニックなのだが。
今ならキ太郎の怯えるイメージを使って、逃走を図ることがルードルフにはできる。
完全に心神喪失で戦闘不能な甲太を置いて、海まで移動するぐらいなら恐らく可能だ。ハビリスもサンゴーグレートを仕留めるのを優先して、ルードルフのことは後回しにするのではないか?
『甲太……』
しかし甲太は戻ってきてくれた。
自分だけだったら逃げられたのに、キ太郎の悲鳴を聞いて引き返した。
死地に舞い戻ったのだ。自分たちの為に。
その行為を、その厚意を、無下にして今度は自分たちが甲太を見捨てるなんてこと許されるのか。
けれどもルードルフはロボットだ。メカ・サピエンスと呼ばれるこのロボットたちは、何よりも己がパイロットを最優先にする。
サンゴーグレートがその代表だが、他のロボットたちも皆そうだ。それはたぶんハビリスも変わるまい。
だから、たとえどれほど深い恩義があろうとも、足を引っ張る者ならば切り捨て、我がパイロットを、キ太郎を生かさなくてはいけない。
ロボットなのにルードルフは苦悩する。
そんな動けないロボットたちを前に、ハビリスが動きだした。
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「やっぱり何かの間違いだったんですよ。phase3に成ったら性能が爆上がりするんでしょう? だ、け、ど、あの子ったら腰を抜かしてアワアワするだけで、ちっとも凄いとこ見せてくれないもん♪」
『検証したいところですね…… サンプルを取れないものでしょうか…』
「それはダメ~~!です。このお仕事の記録は一切残さないように言われているんですから」
『しかしこれは新しい発見になるかもしれない……』
「いいよそんなの。こんな僻地に来る人なんて誰もいないんだから。もう二度と来ないとこのこと調べたって意味なさすぎですよ。それより… もう一コのロボットの方が逃げそうな感じじゃない?」
『確かに… 先程までと違い、自由に動けるようになっていますね』
「逃げると思う? 自分を助けに来てくれたフェイズ3ちゃんを置き去りにして」
『そうかも知れません… このタイプのロボットには自己のパイロットを最優先にするプログラムがありますから、可能性は高いでしょう。悲しい事ですが』
「なるほど。じゃああっちを先にやった方が良さそうだねェ」
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こちらへ踏み出したハビリスを見て、ルードルフは焦る。(ロボットのくせして)
逃げなくてはやられる。
しかし甲太を見捨てたくはない。
普通なら、こんなことはパイロットが選択する問題なのだが、目下ルードルフのパイロットたるキ太郎は、混乱してコックピットで飛び跳ねていた。
だから、機体のコンピューターが判断しなくてはならない。この究極の選択を。全く困ったパイロットだ。でも怪我もないのに完全に動けなくなった甲太よりは、元気な分ましかもしれない。
ここまでくれば選択の余地はない。
ルードルフは機体のプログラムに従って、この場を離脱する。自機のパイロットを守るのが何よりも優先されることだ。
それでもルードルフは逡巡した。自分のプログラム・本能と意思に挟まれ苦悩した。
その末に。ルードルフは、地面を這いずるサンゴーグレートの肩を掴んだ。
そして言う。
『甲太。俺はお前を置いて逃げる。だが俺は逃げたくはない。恩人のお前を置いて…… 俺を逃げさせるな!!』
「あ。ああ…………」
虚を突かれたように、甲太はルードルフの顔を見上げる。モニター越しに大きな金属のマスクが見える。
今はそこに表情が見える気がした。感情がある気がした。
「ルードルフ…」
甲太はサンゴーグレートの手を伸ばし、ルードルフの手を取ろうとした。
しかしサンゴーグレートの手は空を切った。
「え……」
何か分らない甲太の周りでアラートが弾けるように鳴きわめいた。
そして衝撃音。とても大きく重いものが近くに落ちたような。
サンゴーの首を巡らせ顧みると、離れたところで、うつぶせに倒れたルードルフを押し潰すようなかたちで、ハビリスが上に乗り制圧していた。
早くて何だか分からなかったが、ハビリスが急加速で飛び込んできて、すれ違いざまに鉤爪をルードルフに引っ掛け、連れ去り地面に叩きつけたのだ。
そして鉤爪をルードルフの首に当てる。
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「お~、ほら見て。機体越しでもあの子がオタついてるのが判るよ。握手しようとしていた友達を取り上げられちゃって悲しいよね。中の子はどんな顔してるんだろう…… 驚いてるかな… 泣きそうかな。一度その顔を見て…みたくはないよね! 絶対に! キモいもん!」
『……………』
「さっきまであんなに余裕ぶっていたのにねェ。どうしたのかな? あの余裕はどこへ行っちゃったのかな? あ~~あ。尻餅ついちゃった! せっかく起き上がれそうだったのにねェ」
『………………』
ハビリスはルードルフの首にかけた鉤爪に力を入れる。首をもぎ取られそうなルードルフは渾身の力を込めて足掻くが、押さえつけるハビリスはビクともしない。重量に加え、出力の面でもルードルフを圧倒していた。
ルードルフの中では、キ太郎が泣き叫んでいるだろうが、もはやその声を聞いてやれる者は誰もいない。
「脆いねェ。私を舐めくさってたフェイズ3モドキ君は、友達がやられたら、すっかり動けなくなっちゃった。後は中の生き物を消毒するだけでェ。これで3機! 順調すぎない!? わあ~~~! これでようやくRuke様の下へ馳せ参じられる~~~!!」
『そんなに時間をかけては。早く楽にしてあげましょう……』
「ああうん。そう、そうなんだけど… う~~ん。もう少しあの子を怖がらせたかったな。なんたって私に嫌な思いさせたんだからね。君、これで解ったでしョ? 人に迷惑かける生き物は仲間ごと駆除されるんだよ。まずこいつを片付けるから、それを見て思いっきり後悔しなさいねッ!」
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ルードルフを押さえつけるハビリスは、鉤爪の付いた片腕を頭上に掲げる。
「やめろぉ!! やめてくれぇぇえ!!」
甲太は四つん這いになったサンゴーグレートの中で叫んだ。
『無念…… キ太郎… いつまでも、どこまでも一緒だよ……』
ルードルフの力が抜け、ただ横たわる機械人形となる。
ハビリスの鉤爪が光に包まれた。
「やめろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
甲太の声と同時に、ハビリスの鉤爪が振り下ろされた。
けれどそれは、ルードルフの背中をえぐることなく軌道を変えた。
鉤爪の付いた片腕が、ハビリス本体とは別の機械になったように、波打ちうねり、鎌首をもたげた。
そこにビームがぶち当たる。
鉤爪に命中したビームが光の粒子を撒き散らし、火花の様に輝いた。
ハビリスのオート防御。パイロットの意志と関係なく、機体に対する攻撃を自動で叩き落とす。恐るべき防衛能力。
けれどいま見るべきは、このビームがどこから来たのか。
ただ泣き叫ぶだけの甲太のサンゴーグレートからではない。当然ルードルフでもない。
だとすると。
甲太はビームが来た方向を見た。
「甲太! キタロー! 生きてるか!!」
カールだ。イダルトゥで駆けつけてくる。
「あ。あ・あ、あ・・・」
甲太の口からおかしな音が漏れる。
それは甲太の心情が溢れ出たものだ。
「何で来たんだ?」そんな気持ちと、
「助けに来てくれた!本当にありがとう!!」という気持ち、そして、
「来るな! コイツには勝てない!!」という気持ち。
全てが本音の様々な気持ち。それらが混ぜこぜになって訳の分からない感情となっていた。
そんな甲太の気持ちを知ってか知らずか、イダルトゥは彼方からこちらへ、大きく弧を描きながら向かってくる。
その速度はどんどん加速していき、すっかり顔を出した太陽に照らされ、機体が金色を帯びている。
だが違う。
陽を浴びてではない。イダルトゥ自体が輝いていた。こちらへ近づくにつれ増していく黄金色の光。
イダルトゥの進行方向には、ルードルフを抑えこむハビリスがいる。そこへ速度を落とすことなく突っ込んだ。
衝突。その寸前でハビリスは離脱する。
イダルトゥも飛び退くように急上昇し。
束の間、空中に巨大なハビリスと、黄金のイダルトゥ、二機が乱舞する情景が生まれた。
そして不時着。ハビリスは巨体故、着地の際に屈みこみ、片手を地面につきそうになる。
その前にイダルトゥが降り立った。
両足で地を踏み、猛々しく勇ましい。その姿。
魔獣を封ずる勇者のように、ハビリスの前に立ちふさがったイダルトゥは、黄金の鎧を纏うかのように輝いていた。
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『これは… phase4…』
「うそうそ… なにこれ…… どういうことよ!!!」
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ピーターと別れたカールは、その最後の姿をレーダー越しに見送った。
そして探知されないようレーダーを切る。その瞬間。
レーダーの端におかしなものを見た。ルードルフの機影がサンゴーグレートを追いかけていくのを。
不思議に思ったが、すぐに理解した。
キ太郎には、未知の人が襲来した時の作戦は伝えていないし、伝えても判らなかったろうし、分かったところで言う事を聞かないだろう、ということ。
このままではハビリスは、確実にこの二人の後を追いかけるだろう。
もし二機同時に撃破となったら痛い。痛すぎる。
誰かが犠牲となることで他の3機(ルードルフは計算外)を辛うじて生存させる。その為のバラバラに逃げる作戦だった。それが破綻寸前となる。
カールは迷った。
いっそのことサンゴーグレート・ルードルフ・イダルトゥの3機でハビリスに立ち向かうか。3機の火力を合わせれば、ハビリスがどれだけ強靭でも一矢報いることができるのでは。
しかし瞬時にその考えを打ち消す。
5機のロボットを乗せた輸送機が到着するタイミングで、ハビリスは待ち構えていた。それはハビリスが5機を同時に相手をしても、勝つことができる性能を有するということ。
ピーターのアンテセッサーが撃破された速度を見ても、それは確かなものに感じられた。
ピーターの、結果的に遺言となった、言葉もある。
ピーターはカールを生かすために散ったのだ。その想いを無下にはしたくない。
一機でも、そう一機でも生き残れば。“あれ”を使って何とかハビリスと五分に持ち込める、かも知れない。そうなれば交渉への道が開ける、可能性はある。
まあそれも、未知の人の追手がハビリス一機だけ、としての話だが。
儚い、あまりにも儚い希望。
だけどカールは、それをずっと追いかけてきたのだ。




