第72回 とある双胴機の背の上にて──
「機長。僕らは離脱します。この機は最寄りの州軍基地に降ろしてください。それだけの燃料はありますよね?」
そう言ってカールは操縦室から出ていこうとする。
機長は操縦桿を最大に切りつつ答えた。
「ああ…… そうだな。う… 速度は上げていいのかな? 高度も」
遠くから未知のロボットを確認した輸送機は、すぐさま進路を変え、Uターンするようなかたちをとっていた。2号機3号機の輸送機も、それに続く。
「大丈夫です。可能な限りの最高速度でお願いします」
そう言い残してカールとピーターは退出した。
少年たちの後姿を感傷的に見送る機長たち。視界に飛び込んで来た、あの未知の巨大ロボットが、少年たちの運命に影響を及ぼすだろうことは肌で感じとれた。
「ピーター。手筈通りに」
「……………はい………………」
二人は急ぎ足で格納庫へ向かう。走れば冷静さが失われそうに感じ、早足に留める。
格納庫の警備員は機長から通信を受けていたので、速やかにドアを開ける。入っていく少年たちの表情を見た警備員は、敬礼を送らずにはいられなかった。
「緊急事態です! メカサピエンス2機、直ちに発進させます。格納庫内の人員は備えてください!」
そう叫びながら、自機のコックピットに乗り込む二人。
事前通知なしでの緊急発進に、格納庫のスタッフは戸惑う。ただ軍人が多くを占めるため、対応は素早かった。
イダルトゥのコックピットに乗り込んだカールは、先ほどから鳴っていたが、あえて無視していた端末をとる。
「Hello コータ?」
「やっと出た!! なんですぐに出ないんだよ! いやそんなことよりあれは何なんだ一体!? もしかしてあれが前に言っていた未知の人っていうヤツの・・・」
「甲太」
「だから… えぇ、なんだよ…」
「一旦深呼吸しろ。落ち着け。そして前に言った通りにするんだ。憶えているだろ。あの山での事を」
「うん… でも… あれが…」
「速やかに実行するんだ。……キタローに言って理解できないようだったら君だけで逃げろ」
「ええっ!?」
「いいな」
そう言ってカールは通信を切った。再度の呼び出しにでる気はない。
甲太の声で耳を痛くしたが、その表情に変化はなかった。
次にクラウディアへ連絡し、そこでも耳を痛くした。
まあ、これだけ大声出せる元気があれば大丈夫か。そう思って端末をしまい。
カールは自身と乗機に向けて宣言した。
「イダルトゥ。発進だ」
甲太は、自分の座席に戻ってきた。
隣の席ではキ太郎が寝ていたが、甲太がデカい声で通信していたため、驚いて飛び起きていた。
「キ太郎を置いていけってのか……」
唖然呆然して立ち尽くす甲太に、当のキ太郎は触ってちょっかいをかけている。
どうすればいいのか。一先ずは深呼吸か。
甲太は目を閉じて3回行い。夢であったらいいのにと淡い期待を僅かにもって目を開ける。
そこには、こちらの顔を覗き込んでるキ太郎の顔があった。
「クソっ」
甲太はキ太郎の手を掴むと、格納庫へ向けてズンズンと歩き始めた。
流石に置いていけない。
キ太郎も甲太の気迫に押されて、大人しく引きずられていく。
格納庫前へ来たものの、警備員に止められ入室の手続きを踏むように言われる。
「ふざけんななんだよそれぇ! 何で何も聞いていないんだよぼけぇ!……」
半べそで日本語で喚き散らす甲太に、警備員は慌てて操縦室と連絡をとり、扉を開けた。
(どうすればいいんだ…………)
格納庫へ入ったはいいが、甲太は戸惑う。
機長の指示で整備員たちは、機体の発進準備を始めている。しかし。
(こいつをどうする!?)
キ太郎をどうすればいいのか。
ルードルフはここに置いたままにして、キ太郎と二人でサンゴーグレートに乗って逃げるか、という考えが浮かんだが。
未知の人であっても、一度アカウント登録したパイロットの登録は取り消せないと言っていた。だからルードルフを差し出したとしても、未知の人は必ずパイロットである甲太とキ太郎を狙って追ってくる。
パイロット二人が乗っていたら、最優先に、そのロボがやられる。
(そもそもあのデカいヤツは、ホントに未知の人のなのか? アメリカ政府が極秘に開発してた新型ロボットで、俺たちをビックリさせようと思って現れたんじゃ……)
なんて考えも浮かぶが、今考えても全く意味無い事だ。
とにかく今は逃げねば。真相などは後から知ればいい。
「よしっ」
考えをまとめた甲太は、キ太郎の手を引いて、まずルードルフの所に行く。
ルードルフには、アンテセッサーが造った大きな鎖が取り付けてあった。
「ルードルフ! 聞こえるか!」
甲太は焦りを隠さずに呼びかけた。
『どうした。その声からすると、緊急の用件らしいな。ふむ。人間のネットに繋ぐのは久しい… 未確認の機体か… 喫緊の事態に対応を迫られているらしいな』
輸送機内の回線に接続し、情報を取りだし分析したようだ。話が早くて助かる。
「そうなんだよ! だからお前はこいつを、キ太郎を連れて逃げてくれ!」
甲太はキ太郎の乗機に働きかけることにした。パイロットには言葉が通じなくても、ロボットの方はどんな言葉でも理解できる。
『心得た。UFR研究所に突如出現した未知の機体から、俺自身とキ太郎を退避させればいいのだな。安心しろ、逃げることに関しては誰にも負けはしない。 ……それにしてもキ太郎という名前は可笑しくないか? なにやら妙な感じがする』
「そんなことはどうだっていいんだよ! ロボットに名前の善し悪しが判るか! とにかくまずサンゴーグレートでお前の縄を外すから、そしたらキ太郎を乗せて……」
『待て。その必要は無い。キ太郎をここへ』
喚く甲太に、ルードルフは何やら指示をする。
言われるままにキ太郎を、横たわって収納されてるルードルフの腹の上に連れて行った。
『よしこれでいい。伏せていろ』
言うが早いが、ルードルフの片目の辺りからビームが迸り、そのまま首を動かして辺りを掻き切った。
「うわああああぁぁぁぁぁぁあ!!」
甲太は頭を押さえて悲鳴を上げ、遠巻きに見ていた整備員たちも逃げ出した。
『これでいい。さあキ太郎。中へ』
甲太が顔を上げると、ルードルフの鎖は切り払われており。
辺り一面、天井、壁と大きな切り傷が刻まれ、金属の匂いと、ビームの後の、独特な香りがした。
そんな中、剥き出しになったハッチが開き、キ太郎をいざなった。
『これでこちらは大丈夫だ。甲太、お前も急いであいつに乗って逃げろ』
そう言うルードルフのコックピットに入ったキ太郎、中から甲太を呼んでいるようだが、それを断ち切るようにハッチが閉じられた。
途端に注意を呼びかけるアナウンスが鳴り響き、周囲でアラームが鳴き交わされた。
「え… そんな!」
甲太は気づく。
ルードルフが輸送機のシステムに割り込み、勝手に発進シークエンスを開始させたのだ。
格納庫後方の巨大な可動扉が下に開き始めた。
「ヤバい!」
辺りに巻き起こる風切り音を聞いて、甲太は走り出す。
この高度で、格納庫の減圧もなしに可動扉を開ければ、中の空気がすっかり吸いだされてしまう。
扉はどんどん開いていくが、まだ空気は残ってる。どうやらルードルフの全身から反重力だか斥力だかが出ていて、空気を堰き止めているみたいだ。
でもルードルフの横たわる格納ベッドは、どんどん扉に進んでいく。このままでは…
慌てて所定の退避場所に駆けこんでいく整備員たち。その内の一人が甲太に、急げ! と怒鳴った。
甲太も必死になって、サンゴーグレートが収まる格納ベッドのラダーを登っていく。
ようやくサンゴーグレートのコックピットハッチまでたどり着いたところで、大砲を放つような轟音とともに、ルードルフが輸送機の外に発出された。
たちまち格納庫内の空気が外へ溢れ出す。甲太は気圧の大波に流されないよう必死にハッチにしがみつき、命からがらコックピットに潜り込んでいく。
「なんて勝手なやつだ・・・」
息も絶え絶えに呟く。
ルードルフの行動に憤懣を感じつつも。それでいいのか… とも思った。
カールの言ったバラバラに逃げる作戦。
それを忠実に実行したのが、今のルードルフのやり方だろう。しょうがない、腹は立つけど。
『甲太、大丈夫か?』
「ああ、問題ない」
サンゴーグレートがお決まりの台詞をかけてきて、お決まりの台詞で返す。
しかしいざ、この無敵の巨大ロボットの胎内に納まると、現状に対する疑問が湧いてくる。
突然現れたあのデッカいロボットは、本当に自分たちを襲ってくるのか? 高等な知的生命体がそんな野蛮なことするか?
どうも現実感がわかなかった。
ただ、今はとにかくカールの言うとおりにするのみ。生きてたらいくらでも文句は言える。
甲太もルードルフの後に続く。
「甲太・赤井手。サンゴーグレートで発進します!」
輸送機の外に放たれたイダルトゥの中で、カールはすぐに違和感を感じた。
(ピーターの動きが遅い……?)
カールが輸送機の方を振りむくと、まだアンテセッサーが出てこない。
「何かのミス… いや体調不良か?」
スーパーロボットにミスが起こる可能性は限りなく低い。だとするとパイロットのピーターの身に何か起こった可能性が高い。
「クソッ。ピーター。応答しろ。ピーター!」
呼びかけながらカールは軽く後悔していた。
ピーターはいつも自分の後を遅れずに付いてくるので、今回の事態が起こってからも、後ろを振り返ってピーターの様子を確認することはなかった。
そういえば輸送機内でピーターに声をかけた時、やけに声が小さかった。
些細なことが、今になって気にかかってくる。
「ピーター! 異常か! 何かそこで異常が起こったのか!」
「すみません。カール……」
ピーターの縮こまった声が聞こえた。
見ると輸送機の可動扉の向こうに、アンテセッサーが覗いた。
カールはホッとして。
「ピーター。どうした。急いで退避するんだ。いつまでもそこにいては危ない…」
「すみませんカール。やはり僕にはバラバラに逃げるというのが苦しいのです。バラバラに分かれて逃げるということは、全員が囮になるということ。必ず誰かが追いつかれ犠牲になるということですよね?」
「!? ピーターなにを!!」
アンテセッサーは、輸送機から勢いよく放出されることなく、外壁に掴まりながらゆっくりと外へ出た。
「そんな誰かを犠牲にする作戦は気に入りません… ここは僕が食い止めます。そうすれば少なくともみんなは逃げられる」
「やめろっ! ピーターぁ!!」
イダルトゥと輸送機の距離が、少しずつ離れていく。
アンテセッサーは飛びあがり、輸送機の上に降りたった。
双頭の双胴機の幅広い背に立つ。機体表面に斥力の空力制御を張り巡らし、飛行機の上でも振り落とされずに立っている。
「すいません機長、乗員の皆さん。少しだけここを足場に使わせてもらいます。危なくなったらすぐに離れますから少しのご辛抱を」
そう言いながら、アンテセッサー各部にあるビーム銃のパーツを展開させた。
「命令だ!! ピーター!! 今すぐにそこから離れろ。全速力で逃げるんだっ! これは命令だぞ! 君が僕を信頼すると言うなら従うべきだ!!」
「信頼してますよ…… だからこそあなたに逆らいます、初めて。あなたはどんなことがあっても生き延びるべきだ。僕を犠牲にしてでも」
『カールよ。もう離れた方が良い。Unknownから熱量の上昇を検知した』
イダルトゥがカールに警告した。
だがカールはピーターから離れがたい。
「やめろピーター!! 相手が仕掛けてくるぞ! 早く飛ぶんだ。僕は君を失いたくない!! 君がいなくなったら僕らはやっていけっこないよ!」
「ありがとうございますカール…… でも別にやられるつもりはありません。まず交渉を呼びかけ、応じなければ撃墜します…! 自信はあります。コータやキタローとの戦い… というかケンカで僕の腕前は大きく向上しました。必ずやあいつを仕留めてみせます。もし襲ってきたらですが」
「ダメだ…… ピーター… ダメなんだ……」
『カール。急いで離れることを勧告する。この場に2機が留まることのリスクが際限なく高まっている』
「カール行ってください! あなたは自分の命令を自分で守らなければならない。戒めはあとで受けますから。さあ!」
その声に押されるように、イダルトゥが遠ざかっていく。
見送るピーターにアンテセッサーが話しかける。
『本当にこれで良かったのかしらねぇ… ピーター』
「うん…… これが僕が選んだ道だ。みんなを守るための盾になる。それが心から僕がやりたい事なんだ。それがようやく分かった。だからアンテセッサー、ここからは本気で、あいつを殺す気でやる……!」
『ピーター……』
アンテセッサーはビーム銃を組み上げ、輸送機の上で片膝つき、構える。
もう未知のロボットは、視界に捉えられないほど離れてしまっているが。
GPSとレーダーを組み合わせ、いつでもその姿を捕捉できる態勢を作る。
ビームのエネルギーをチャージし、一撃で仕留められるだけの攻撃力を確保した。
「来い……」
ピーターは呟く。
先手必勝の構え。ピーターの主義とは相反するが、圧倒的な相手から味方を守るには、こうするしかない。
相手がこちらの制止を聞かなかった場合、即座に胴体のど真ん中を撃ち抜くつもりだった。
しかし。こちらの心配をよそに、未知のロボットは視界に現れない。
このままでは、こちらのレーダーから外れてしまう。
「どういうつもりなんだろう…… こっちから呼びかけてみるか……」
まずは相手の出方を見たかったが、これだけ距離があれば状況は変わってくる。
「まさか研究所の人たちを人質に… とにかく相手の回線に呼びかけてみて──」
『熱量急激に増大! ピーター気をつけて!!』
視界の先。地平線にオレンジの光が輝いた。
そして飛んできた。巨大な金属塊が。
目に映るそれは、こちらの眼球めがけ突っ込んで来る大きな虻のようだった。
「速い!」
それ以外に表しようがない。
目の前に影がさす。
アンテセッサーが照準から目を離し、見上げると。
すぐ上に浮かぶ巨体によって、陽が遮られているのが分かった。
その巨体は左のアームを上に掲げた。先には鉤づめが付いている。海賊のフック船長みたいに。それは大きく太く角ばっていて、硬いものを削りとる工具の様だ。そしてそれは、強く輝いていた。
鉤づめが振り下ろされ。
アンテセッサーの胸から腹にかけ深々とえぐりとった。中のピーターごと。
アンテセッサーは勢いよく前のめりに倒れ、輸送機に頭を打ちつけバウンドする。
さらにアンテセッサーを切り裂いたエネルギーの奔流は、輸送機をも貫き崩壊させていく。背中をぶち抜かれた大型輸送機は空中でバラバラに四散し、落下していった。
『ああ…… ピーター…… なんてこと……』
嘆きと共にアンテセッサーの機体も、地上へと落下していく。
が。その首が鷲掴みにされ止められる。手からこぼれたビーム銃だけが落ちていった。
アンテセッサーの首を掴み、その機体を高々と持ち上げる。上空に浮かんだまま。
まるで勝ち名乗りをあげるように、戦果を見せつけるように。
これが、ハビリスだった。




