第7回 とある河川敷にて
ロボットで大金を稼ぎ、身なりを豪奢にして高校再デビューを狙う甲太。
なのに誰も近寄ってこないんだが!(怒)
昼休み。憮然たる甲太は一人中庭での食事を終え、教室へ向かう途上にいた。
高い弁当でも買ってきて見せびらかしたいとこだが、今朝は身なりを飾ることに夢中でメシのことまで考えていなかった。おまけに余裕を見せるために購買にゆっくり歩いていったら、お目当てのパンは売り切れていた。
腹が立つが腹が減るので、しょうがなく売れ残りのパンを五つも買い、食べきれないので三つ半捨てた。そしたらもったいなさが頭に残ってしまい、もやもやした状態であった。
そんな甲太の歩く先、廊下の壁に寄っかかっていた生徒が、突如背中で跳ねて近寄ってきた。
「赤井手くんさあ? カッコ良くなったねぇ!」
これぞ甲太の待ち望んでいた展開、向こうから話しかけてきてくれる相手。
しかし折角のチャンスにも喜べない。相手の口調が気になった。
「だれだよ… お前」
そう言う甲太だったが、相手の存在自体は知っていた。あまり良くない目立ち方している生徒だったから。名前は… ハナなんとか。
度々見かける姿はいつも誰かと話していて一見明るい感じだが、その実どこか陰険で権力志向、友達関係も自分をよく見せるための人脈としか捉えていない。そんな感じ。
ようするにちょいワルのマウント主義者といったところか。そんな印象が、ぼんやりとしか学校の人間関係を知らない甲太にも伝わっていた。
「え~~っ 俺のこと存じない!? ガチショックなんですけど!」
相手は甲太の物言いに一瞬眉を動かすが、すぐにおどけて大げさに騒ぐ。
「花咲だよ、花咲海」
そして甲太の顔を覗き込み。
「名前甲太だったよな、印象変わり過ぎじゃない!?」
甲太は褒められて(?)も素直に喜べない、内心ウゲッとなる。
高校生活最初の、学友との本格的な会話がこれとは、泣きたくなってきた。
当の花咲くんは、甲太の身なりを至近距離からジロジロ眺め。
「改めて? 自己紹介できたということで。これからヨロシクね!」
手を差し出してきた。
三ヶ月前の甲太だったら相手に気圧されて、フヒヒサーセン的に相手の手を取っていただろう。
だがしかし、今の甲太は“選ばれた人間”だ。咄嗟に卑屈になりそうになる自分を押しとどめる。
(恐れるな大丈夫。サンゴーグレートのパイロットだ俺は)
甲太は差し出された手をチラ見して、言った。
「金目当てじゃなかったら、つるんでやってもいいよ。花咲?」
途端に。
「ぁあっ?」
花咲から威嚇のような声が出た。
その声にビビった甲太は、それを気取られないよう視線を外し、花咲の横を抜けて歩き出す。
花咲からの誘いをガン無視する形で。
恐ろしくて振り返れないが、まさか殴りかかってきたりはしないだろう。相手の厚意?を無下にする形にはなったが、甲太は自分を褒めたかった。よく踏ん張った。マウントを取られなかったぞ。と。
もう花咲からは結構離れた、教室はすぐそこだ。
「おいっ!! 言いようってもんがあんだろっ。こらっ!!」
終わったと思ったのに、もう一連のやり取りは。なのに離れた場所から花咲が怒鳴りかけてきた。
廊下にいた全員が何事かとそちらを見る。
教室に入りかけていた甲太はフリーズした。ちびりそうとはこのことか。だが振り向くことなく室内に入っていった。
席に着き。もうこれ以上言ってこないよな。半ば祈るように己に言い聞かせる。
「帰り待ってろよ赤井手」
教室の入り口でそう言い放って花咲は去っていった。
その言葉はゴムづちとなって甲太の心臓をぶったたいた。
早退しようかと何度も考えたが、必死に堪える。
ここが踏ん張りどころだ。
ちょっと前の甲太なら相手を怒らせたら平謝りだろう、なんせ怒らせるところまでいかないほどの対人ベタだったのだから。
けど、これはある意味チャンスといえた。
これを使って学校での自分の地位を確立するんだ。輩にビビらない姿勢をみんなに見せつけるんだ!
そう自らに言い聞かせることで、湧きあがる震えと涙を懸命に押しとどめるのであった。
放課後。
廊下から下駄箱を眺め、下駄箱から校庭を眺め、校庭から校門を眺める。
花咲が居ないことを確認してから歩を進める。
(花咲がマジもんの輩とつるんでるって話はホントだろうか・・・)
校門で待ち伏せなんて、不良の世界の話だと思ってたのが、まさか自分の身に起こるとは… 体育館裏で甲太は両手をギュッと握りしめた。
ここから校門を見た限り花咲の姿は見えない。脅しだったのだろうか。
警戒しながら校門を出る。辺りを見回しつつ学校前の道を通過して、角を曲がったところで横から。
「遅かったね。何かあった?」
花咲の声。
見るとニヤニヤしてる花咲と、その横に知らない人物がいる。
校門の近くで絡むと学校関係者の目に留まるかもしれない、それゆえここで張ったのか。焦りの極致の甲太にもそれは理解できた。
急速に顔の色を失っていく甲太に対して、ニコニコ顔の花咲は隣の人物を手で示し。
「紹介するね。葦原さん。礼儀にうるさい… いやこだわりがある人なんだ。失礼のないようにね」
上機嫌の花咲に紹介された葦原さんとやらは、ムスッとした顔で。
「こんなことの為に呼び出したのかよ… ったく」
ボヤキながら前に出てきた。
花咲のことを輩だと思っていたが、本物の輩は全然違うなという事を実感させられる風貌だ。
長身でがっしりしていて、少し焼いてますって肌、肩からはタトゥーが覗く。
ビビり上がっている甲太に、葦原は。
「お前が赤井手か。俺は葦原。一応… こいつの世話してやってるモンだ」
花咲を親指で示す。
「なんか知らんがこの馬鹿が迷惑かけたらしいな?」
「ちょっちょ葦原さん、俺がこいつに・・・」
慌てる花咲を片手で制しながら、葦原は続ける。
「ただ… こいつが人前でコケにされたって騒ぎ立てるもんでさ。だから、一旦こいつに謝ってやってくんねえか? そしたらこいつも謝らせるから。それでチャラにしようや」
不満そうな花咲をおいて、そう提案してきた。
これは甲太にとって渡りに船の話だった。
甲太と花咲、両方のメンツを潰さずに、場を収めることができる。
この葦原、厳つい外見に似合わず意外と話の分かる人かも…
だが。甲太は気に食わなかった。
(その馬鹿が一方的にこっちを不快にさせたんじゃねえか。なんでこちらが謝んなきゃいけねえんだ。頭おかしいんじゃねえのか、この半グレが!)
口にこそ出さないがそう思うと。
二人を無視して歩きだした。
「え。あ、おい」
葦原の声が一段低くなった。それを聞いて背筋が凍る甲太。
やっぱ謝ります! すいませ~~ん!! と言いたくなる気持ちを懸命にこらえ、甲太は歩を進めた。
「オイ… わざわざ人が出向いてきてやってんのに、その態度はねえんじゃねえか……」
葦原の声がドスをきかせ始める。礼儀にうるさいかどうかは知らないが、血の気が多いタイプなのは確かなようだ。
思うように事が運んだので、喜色満面の花咲は。
「ね。こういう奴なんですよ。口で言ったって分かんない。一回しめないと…」
後ろからけしかける。二人は甲太の後を追いはじめた。
甲太は歩きながらも、相手との距離に気を配る。
向こうの声からおおよその近さは判った。だけど相手の声は、どんどん物騒になってきて…
「てめえ。今止まらんと許さんぞ……」
「オレのことは舐めてもいいけど葦原さんのことは舐めないでください♪ ガチで死んじゃうよ?」
二人の声を背後に、眩暈に襲われる甲太。
(どうしてこうなったんだろう… なんで? いつから?)
そのまま早足で進む三人は、店舗が多い通りに差しかかった。
途端。甲太がダッシュする。全力疾走で二人を引き離す。
だが向こうもある程度は予想していたようで、すぐさま追跡に入る。
「まて!! こらっ!!」
店はあるが商店街というほどではない。通行人は少なく揉めてる少年たちを止めに入る大人はいない。老人や有閑マダムがただ驚いた目で見送るだけであった。
わざわざ花咲が呼び出しヘーコラするだけあって、葦原の身体能力は秀でていた、みるみる甲太に追いつく。甲太の走りが平均よりちょい下なのもあるが。
思わず、一番ダメなタイミングで振り返ってしまう甲太。
すぐ後ろに葦原がいて手を伸ばしてくる。甲太は悲鳴を上げるが肺に空気が足りず声にならない。
そこで。
電柱に立てかけてあった看板が傾いてきて、甲太と葦原の間に倒れた。咄嗟にぶつかるのを回避した葦原だが、走る進路がそれてしまった。
後続の花咲は葦原を気遣うか迷うが、今はこいつだと、そのまま甲太に狙いを定め、倒れた看板を飛び越えた。
また看板。こんどは通りの店の二階に付いてた屋号が落ちてきた。
ゆっくり落下してくる大きい看板に「わ・わ・わ!」と花咲は逃げ惑う。
どうやらここら辺につむじ風が起きたようだ、砂煙が辺りを覆う。
その向こうに逃げ去っていく甲太の姿があった。
突然の事態に呆然とする花咲。その肩がガッと掴まれ。
「…いくぞ。止まってんなっ」
葦原は障害があると燃えるたちのようだった。
流石葦原さん!すげぇっす、って感じで花咲も一緒に再び駆け出した。
河川敷の近くまで来たところで、甲太は息が切れた。
もう走れない。
橋の下に隠れようとノロノロ歩き、振り返ると。
河川敷に降りてくる花咲・葦原の姿があった。
遠くの遊歩道に人の姿が見える。
だがここから甲太が叫んでも、助けが来るまでしばらくかかるだろう。
その間に、全ては終わる。
2,3発殴られれば運命は決してしまう。
甲太は地を這う、プライドはへし折られ、今後二度と花咲と目を合わせられなくなる、残りの高校生活を負け犬として過ごすのだ。
花咲の暴力を訴えても、このぐらいのケンカでは警察も動かず、せいぜい停学一ヶ月くらいだろう。それはかえって花咲に箔をつけることになる。
「や~~~っと捕まえたよ~~ふぃ~~~~」
息を切らせながら花咲が近づいてくる。甲太を一生自分に頭が上げられないようにせんとして。
「葦原さんやりましょう!」
まず葦原に攻撃させようと水を向ける花咲だが、礼儀にうるさい葦原さんは甲太にこう言い放つ。
「…土下座しろ。最後のチャンスをやる」
勝負は決した。そう判断し勝者の立場から甲太に憐みをくれる。
「え~~~… そんなぁ…」
一人でやる気はない花咲も渋々それに従うしかない。
「?」
だがここで葦原は奇妙な感覚を覚える。甲太の表情。泣いているような笑っているような、よく分からない不思議な顔をしている。
恐怖のあまりか? それにしても葦原のこれまでの人生、修羅場も多かったが、こんな顔見たことがない。
少し焦りを感じた葦原はもう一度。
「おい聞いてんのか。土下座
「誰が土下座なんかするかアホがッ さっさとかかってこい! このゴミどもっ!!!」
突然、甲太が喚き散らした。
それを合図にして葦原、次いで花咲が甲太に殴りかかる。
そして激突した。透明な柱に。
勢いよく顔面から何かに衝突した葦原と花咲は、衝撃に吹っ飛び転げまわった。
そこへ。
「うばあああぁぁぁっ!!」
と叫びながら甲太が二人に走り寄る。
甲太はただこの瞬間だけを待ち続けていたのだ。体育館裏で手にした石灰を今までずっと握りしめていたのだ。
柱にはじかれ転んだが、早くも立ち上がろうとしている葦原に接近し、右手の石灰を顔にぶつけた。
顔を押さえる葦原を後に、続けざま花咲を狙う。花咲はまだ立ち上がれず這いつくばって片手で顔を押さえていた。なので甲太も膝をつき横投げで、ねじ込むように花咲の顔に左手の石灰を喰らわせる。
「目ぇつぶしたよ! やれっ!」
甲太の声が響くと次の瞬間、花咲と葦原が空中に吹っ飛んだ。落ちてきたところをまた吹っ飛ばされる。
しまった謀られた。葦原は思う。花咲は悲鳴を上げる。
視界を封じられた二人には、待ち伏せしていた何人もの甲太の仲間が、一斉に飛び掛かってきたのだと思われた。そう思うのも無理はない。
しかし当然そうではなく、光学処理で姿を消したサンゴーグレートが空中から花咲らを、指でツンツンつついているという訳だ。
花咲が学校から葦原を呼び出していた様に、甲太もサンゴーグレートを呼びつけていた。
「も~~、開けたとこに誘い出してくれとかいうから大変だったよ。死ぬかと思った!」
緊張から解放されリラックスし始めた甲太が、スマホでロボに語りかける。
『いつでも助けられる態勢はとっていたよ。追いつかれそうな時にジェット噴射で阻止しただろう?』
「やっぱりあれもそうだったか! あん時は ほんとヤバかったよ~」
河原でのたうち回る追手らをよそに、他愛もない会話に興じる一人と一機。
「さ~~て。このクズどもをどう料理してやろうか」
言いながら地面を転がる輩に近づく甲太。手ずから制裁を加えようかという構え。
その声を聞きつけた葦原が、矢のごとく飛び掛かってきた。目を塞がれても、一矢報いようと甲太に迫る。
突然のことに腰を抜かさんばかり驚き固まる甲太。そのボディーに葦原の拳が届く、寸前で停止した。
今度は葦原が驚愕した。これまでもケンカ相手に組み付かれることは何度かあったが、今自分に巻き付いている相手の腕は鋼鉄製かと思わんばかりに固く、そして葦原が渾身の力で振りほどこうとしても、全く、本当に全くこれっぽっちも動かせなかった。こんなことありえない。
ハ~、と息をついた甲太は、サンゴーのいるだろう辺りにサムズアップを向け、次いで手首を回し親指を下にする。葦原は地面に叩きつけられた。
こうして追手の二人には散々に踊ってもらった。
実際、透明のサンゴーグレートがあやとりやお手玉をするような感じで二人を弄び、その手の中で飛び跳ねる花咲らは、遠くから見るとアクロバティックなダンスの練習をしているようにしか映らないだろう。
ボロ雑巾のようになった二人。これ以上は大怪我させてしまうとサンゴーが手を引っ込める。
すると葦原は。
「オレの負けだ… 許してくれ」
そう言って深く土下座してきた。
怖い目にはあわされたが、さっき会ったばかりの知らない人だ。これ以上いじめても意味はない。
「サンゴー」
甲太は手首で放るような仕草をした。
すると葦原の身体が宙に浮き、そのまま川の真ん中に放り投げられた。向こう岸に辿り着いた葦原はびしょ濡れの恰好で逃げ去っていく。
残された花咲。ようやく視力が回復してきて周りを見回すと自分一人になっていて、前にはしかめっ面をしている甲太(わざと顔作っている)がいるのに直面する。
それからの花咲は、まあ人はこんなに泣けるのかというぐらい泣きながら詫びてきた。目つぶしのせいもあるがそれ以上に滂沱の涙を流し、汚れきった顔が涙で洗われる様は、産卵するときのウミガメのごとくであった。
とにかく青くなったり赤くなったり目まぐるしく顔色を変えながら、手ぶりを交え地に頭をこすりつけて謝罪してくる花咲の恰好に、甲太はすっかり面白くなってしまい、これ以上何かする気にはならなかった。
「もういい。帰れ!」
甲太は笑みが浮かびそうになるのを堪えながら言う。
花咲はペコペコしながら足早に立ち去っていった。
「やった・・・」
勝ちを実感する。
本気のケンカとは無縁だった自分が、メッチャ強そうな男とその子分を相手に立ち回り退けた。多少のドーピングはあったけども。
その事実を噛みしめ、しばし放心する。
『素晴らしい戦い方だったぞ甲太』
ほとんど全部やってくれたロボットも、えらく讃えてくれる。
「うん。ありがとう」
甲太は勝利の余韻に浸りながら、辺りが真っ暗になるまで河川敷を行ったり来たりした。ウン十万円のスニーカーはすっかり汚れてしまったが気にならなかった。