第6回 とある電脳的錬金術について
無人島に、スーパーロボットの秘密基地を造った甲太。
この場所から正義のための戦いが始まるのだ!!
一月ほど経つと、甲太は秘密基地に全く行かなくなった。
片道30分はかかりすぎだし、何よりスマホが使えないのは、ありえない。
わざわざ無人島でロボットに合体しなくても、家からスマホで操縦室兼飛行機のサンゴーゼロを呼び出せば事足りた。
使いづらいのだ巨大ロボットはデカすぎて。
あんなに頑張って一緒に作ったのにもう投げ出すのか!! と次世紀から来たネコ型(?)ロボットなら言いそうだが、こちらのスーパーロボットは文句の一つも言わず、穏やかな眼差しで暖かく主人を見守っていた。
まるでロボットに表情があるかのような言い方だが、確かにこのロボからは甲太に対して全幅の信頼と、優しさを含んだ雰囲気が醸し出されているのだった。
さてロボット操縦の修行にひと区切りをつけた甲太は、早速本来の任務であるネット巡回に復帰した。
そこで生じた目下の悩み。それは、どう侵略者に備えるか、ではなく、お金が足りない、というものだった。
そもそもインターネット自体が、資本主義と誠に親和性が高い。身に覚えのある方も多いであろう。
甲太も液晶を通して、前から欲しかったスニーカーや腕時計に魅了されていた。ロボット修行をしていたときは、物欲などどこかへ行っていたのだが、それが勢いをつけて舞い戻ってきたのだ。
SNSや動画サイトなどで、“前から欲しかったヤツ高いけど思い切って買っちゃいました~~~~!!!”なんて買い物報告してくる奴を見るにつけ。
こんなバカが持っているのに、何故選ばれた人間である自分のもとにこれがないのか!
という憤りに近い感情が、甲太の胸に湧いてくる。
されど、こつこつ小遣いを貯めていつか買おう、は出来ない状態であった。
“選ばれた人間”であるという自意識を持った彼は、自然と“選ばれた人間”なりの生活を送るようになっていた。“選ばれた人間”はメシぐらいのことで、我慢するなどあってはならない。
ゆえに甲太は、小腹が空けば行列のできるラーメン店や、飲食店評価サイトの高得点スイーツ店などに気軽に入るようになり、ゆえに持ち金はチョッ早で目減りした。
親に賃上げを交渉するも、高校生になったのだからバイトしろと返されてしまう。
親にしたら、最近やたら遅くまで出歩いて何をしてるかも分からず、聞いてもまともに答えない、そんな素行の悪い子供に投資を控えるのも、むべなるかなではあるが。(息子に言わせれば“選ばれた人間”がバイトなどできるか! であるが)
欲しいものがある時、小さい子供だったら、誕生予定日まで100年を切ったネコ型(?)ロボットがいればなあ、と夢想するものだが。ここには別のロボットがいた。
「何とかしてサンゴーグレートの能力をお金に換えられないもんかね?」
空を漂うサンゴーゼロ内で、あけすけに相談する甲太。
彼も恥を知る年頃であり、もともと恥ずかしがりのタイプでもあったのだから、小遣いが足りないなんて話は、人に聞かせられるものではないが。
サンゴーグレートは、何一つ否定せず疑問も挟まずに頷きながら(そんな雰囲気で)聞いてくれるものだから、すっかり甘えきってしまってるのだ。
甲太の身勝手な質問にも、サンゴーグレートは嫌な顔一つせずに向き合ってくれる。
『海底に沈んでいる貴重品を探しだして換金するのはどうか』
「う~~ん。ロマンはあるけど… すごい遠回りじゃない?」
『海外の紛争地などから、武装組織が貯蔵している金を摘出してくるのはどうか』
「無茶苦茶やばいじゃんそれ… 追ってきたらどうすんのよ」
『金は加工してしまえば追跡は困難になる』
「犯罪のにおいがするわ… ダメダメそれは」
『では当然国内の貯蔵施設から金を摘出するのも』
「ダメ~~~っ!! ってか金好きだなっ、金なんかお店で使えないよ、使えるものじゃないと」
『紙幣は番号が控えられているので、摘出には向かない』
「…いや泥棒だからそれ…」
サンゴーグレートの提案は巨大ロボットゆえか、どうしても荒っぽい方向にいきがちなようだ。ここは甲太が人間として理性的に導かなければ。
「そうだな… たとえば日本人全員から1円ずつ貰うと1億円になるんだよね。そういう感じで出来ないかな?」
『少額なら泥棒ではないのか』
「1円ぐらいで怒る人間はいないよw」
どんな理屈だそれはだが。甲太の提案でサンゴーは動き出す。
『では通信ネットワークの方からアプローチするのが良さそうだな』
「ああいいんじゃない。そっちのが簡単で手っ取り早そうだし」
そういう訳で、サンゴーゼロのコンピューターが何やら計算しているようなので、甲太は邪魔しないようにスマホで、欲しいものリストを買う予定リストに更新する仕事に取り掛かった。
『この作業は少々時間がかかりそうだ。私の体と合体して演算能力を上げれば時間を短縮できるが、どうする』
「うんいいよ、そうしよう。ってかいちいち取りに行くのも面倒だからサンゴーグレートの本体もこっちに持ってこようよ」
『他の人間に見つかる可能性が高まるが、甲太はそれでいいのか?』
「まっ、そん時はそん時だ」
サンゴーグレートを隠すことに対して、どんどんぞんざいになっていく甲太。いっそのこと、誰かに見つけて欲しいのではないかという感すらある。
結果、正義の誓いを宣言した秘密基地の島は一月ちょっとで放棄され、サンゴーグレートは甲太の暮らす町の最寄りの海に隠された。
かくして正義のスーパーロボット・サンゴーグレートは、町の側に潜みつつインターネットに侵入し、パイロットのお小遣い稼ぎを画策する。
海底に佇む巨大ロボットのコックピットの中。
「調子はどうだい? サンゴーくん」
調子に乗った甲太が聞く。
『現在世界中の金融システムをスキャンしているが、大したものだな。セキュリティーが堅牢で中々介入できる隙間がない。この世界の人間は本当に“お金”を大切にしているんだな』
感心したように言うサンゴーグレート。まるでお金のない世界から来たように。
「そうだよ。この世界にはお金を儲けるためならなんだってする、金に魂を売った人間が沢山いるんだよ! 全くどうしようもない連中だ。んで、そのセキュリティーはどうにかなりそうなの?」
発言の前後を矛盾させつつ聞く甲太。
『ああ。国家が発行している貨幣はとりまくシステムを誤魔化すのが難しい。どうしてもハレーションが生じる。だが暗号資産いわゆる仮想通貨ならシステムの綻びを、かなり見つけることが出来た』
「仮想通貨! 知ってる知ってる、上手くやれば億り人になれるんだよな。…でもそれって、なんか悪そうな人とかが関わってんじゃないの?」
『確かに各国政府の管理下に置かれることなく、大きな数字が移動する仕組みに関していえば、一般的に「悪い」と呼ばれる行動を招きやすい構造といえるな』
「だったらいくら取ってもいいよなぁ。で、こっちの仕業だとばれない? 普通のお金に換えられる?」
『ばれる可能性は低い、実際にこれまでもハッキングによる盗難事案が頻発している。換金については多少の工程が必要だが可能だ』
「よしっ、じゃあやっちゃおう♪」
このようにしてスーパーロボットのスーパーコンピューターを使った、ハッキング泥棒が行われた。
サンゴー曰く、被害を公に出来ない怪しい組織、いくつかの、から少量ずつ仮想通貨を摘出し、様々な迂回経路をくぐらせて、最終的に甲太の口座に日本の通貨として納めるという。
もともとアルバイトしたとき用に銀行の口座を作っていたが、リスクを減らすために他にも用意するように言われ、早速三口座体制にする。
三つの口座に分散させながら少しずつ入金すると言われ、今か今かと待ちわびていると、行動を開始して三日目、コンビニから口座を覗くとそこには、20万と細かい端数の数字が表示されていた。
「ううっし・・・・・っっ!!!」
コンビニ内で奇声が口から迸りそうになって、手で抑え込む甲太。
一番高い(普段なら絶対買わない)コーヒーを買って飛び出るように店を後にする。躍るような足取りで歩きながら、これからは残高確認は銀行アプリで行おうと思うのだった。
それからもあっちの銀行に7万円、こっちの郵政系の銀行に4万円といったふうに、バラバラの数字が振り込まれる。
合わせて100万円ほどいったところで、これからは世間の給料日が多い月末ごろに各行50万円ずつ振込み、総額1000万円ぐらいまで続けようという方針が、サンゴーより提示される。
一千万は、学生の甲太にとって実感できないほどの額だ。何を買ったらいいか思いもつかない。
だが人の欲は底なしで、甲太もすぐに。
「あと2年ぐらいで免許取れるけど、車は一番高いのが欲しいな、もうちょっと貯めないとなぁ」
などと言い出す始末。
その分野をあまりご存じないから気軽に言うが。
サンゴーもサンゴーで。
『金融システムに特化した改竄プログラムを作成中だ。もうしばらくしたら使えるだろう。それにより今以上の額が簡単に扱えるようになるよ』
と返す。
ようするにとんでもないコンピューターウイルスを作っているよ、ということだが、そう言わなかったので甲太は気にしなかったし、そうと知っても止めなかっただろう。
もう手にしてしまったのだから手放したくはない。
数日後──
甲太は久しぶりに学校の教室に居た。
学生としては有り余るほどの大金を掴み、しかもそれを無尽蔵に生み出せる、すんごいロボットを所有している。
天まで昇り、降りてこられない。そんな心持ち。
だったのであるが、ちょっと前までは。だがここにいる甲太は苛立っていた。
「高校デビューやり直し作戦」が上手くいっていないからだ。
彼は今高価なモノを身に着けている。登校の際に履いてきたスニーカーは、ネットオークションでその筋では有名なバイヤーからウン十万で買い取ったもので、箱を開けるときは手が震えた。
有名なブランドの腕時計は、わざわざ都心まで出て専門店で高級感あふれるヤツを購入。お上りさんだと思われないよう、頑張ってキョドらないよう努力した。
それだけの苦労して、様々な高いものを身に着けてきたというのに、クラスのヤツが誰も話しかけてこないのはどういう事か!
もっと「えっ!これ持ってる人初めて見た!どこで買ったん!?」とか「わ~~っ!雑誌で特集されてたやつだ!お願いちょっと着けさして!」だの「赤井手くんってセンスあんだね。知らなかったわ」といった賛辞の言葉を口々に叫んで、自分を取り囲む、それがお前らの役目じゃないのか。
それなのに、すれ違う奴は皆ジロジロ見てきて、そのあと遠くでコソコソ話しているばかり、勇気を出して話しかけてこいよ!
などと勝手に憤る甲太。確かに教室には甲太のアイテムに注目している人間は何人もいたが、盗み見るばかりで話しかけてはこなかった。
せっかくネクタイやハンカチも高いのにしたのに! 都会デパートの初めて足を踏み入れる高級品売り場で買ったのに。ガチガチになって、店員さんに勧められたモノそのまま買ったのだ恥ずかしかったんだぞ!
まあ、クラスの浮いてるヤツが急に高級品で身を包んできたって、すぐに話しかけはしないだろう。
何より、今の甲太からは身に着けた高価なモノからだけではない、異様な雰囲気が醸し出されていて、それも話しかけにくい一因となっている。
甲太としては、これまで学校で孤立していたのを一気に挽回しようと準備してきたのだが、そんな意気込みが空回りした。
今まで駄目だったのは弱気だったからだ、これからは強気でいく! こちとらスーパーロボットのパイロット様だぞ、お前らご機嫌伺いにこいよ!
そんな風に強気で行く筈なのに、やっぱり話すのは向こうから来てほしい。何とも隔靴搔痒な状態に陥っていたのである。
つくづく拗らせた少年であった。