↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/103

第49回 とある暗い森の奥へと


(何だよ? あんまり通信するなって言ったの、そっちだろ)


 突然のカールの話に、緊張で苛立ってる甲太は内心文句を言う。

 ただカールには、どうしてもここで伝えなくてはいけないことがあるようだ。


「これまでに得た、ルードルフに関する記録を全て確認した結果、パイロットのキャンサーと言われている少年。彼がロボットの外に出ているケースが、少なくとも2例見つかった」


 カールは、イダルトゥのコックピットを見回す。

 操縦室の壁には、ルードルフとキャンサーに関する資料、その全てが表示されていた。

 UFR研究所が調べ上げた資料はもちろん、それ以外の、軍の作成したもの、開発業者や地元の住人のスマホでの会話、噂話、そんなものまでが全部データとして収集され管理されていた。

 そしてその膨大なデータは、カールの知りたいと思う項目の順に自動的にソートされ表示される。

 それは意識によってコントロールされる。カールの漠然とした、こうなのではないか、という思考の揺らぎさえも察知し、常に最適な情報を眼前に示すように並び替えられるのだった。

 カールはそこから、キャンサーらしき人物が撮影された、スマホの写真 (ピンボケだが)を見つけ出したという。


 ピーターが聞く。

 

「彼は機体から度々(たびたび)出てきているというのですか?」


「あいにくとロボットには自動調理機能は付いてないからね。腹が減ったら自分で食べ物を取りに行かなきゃいけない。この子は基本、ジャングルで自分で採集したものを食べているらしい。だけどたまに、人間らしい食事… と言ったらあれだが、そういうモノを求めて、人のいる所に近づいてくることがある。そこを写真に撮られたんだ」


 そうかメシは必要だものな、その点は甲太も経験上よく分かる。


「この辺りではキャンサーは『オオカミ少年』なのではないかと噂されている。少数民族の出身だし、両親も亡くなっているから弁護する者がなく、言いたい放題言われてるんだな。それでキャンサーは森で獣の肉を貪り食っているという話が広まり、子供たちの恐怖の対象になっているそうだ」


 オオカミ少年と聞いて、甲太が質問する。


「オオカミ少年って、噓つきの話?」


「いや、狼に育てられた子供の話だ。知ってるか?」


「ああ、なんか聞いたことある」


「実際にあったという事例をもとにした話ですね。オオカミに育てられたゆえ、人間社会に馴染めず、言葉も話せないと」


「実際、12才までに学習しないと、言語の習得は難しくなるという話だしね。キャンサーは7才までは村にいたわけだが。ポンポンさんや研究所の人間がこれまで何度も意思の疎通を試みたけど、一度も成功した試しがない」


 などと「オオカミ少年」にまつわるトークで一盛り上がりしたが。


「まあ、そういう訳で、もしかしたら僕たちも、キャンサーが生身で出歩いているところに遭遇する可能性がある。まず無い事だとは思うが」


「その場合どうしたらいいんでしょう? ロボットで捕まえる、というのは難しいですよね。こんな木々が生い茂る中では」


 確かに難しいかな。ピーターの意見を聞いて甲太がちょっと脳内シミュレーションしていると。


「その為に銃を渡してある。その時には。それで撃つんだ」


 カールは言い放った。


「え」


 驚くピーターと、絶句する甲太。


「記録を見る限り、キャンサー少年は絵に描いたような野生児だ。ロボットの手で捕まえるなんて、とても出来っこない。だが手をこまねいてルードルフの中に戻られては、今度はこちらが返り討ちに遭いかねない」


「そ… それでも… 生身の人間を撃つというのは… それも相手は子供ですよ……!」


「そ…… そうだ。その通りだ…」


 ピーターを後押しする甲太、思わず声が震える。


「君たちも子供だよ。子供は自分を犠牲にしてまでも相手を助ける責務はない」


「いや… そういうことでは……」


 ここでピーターは、しばし考えを纏める。今回に限っては言い負かされるわけにはいかない。そんな思いのもとに。

 そして口を開く。


「まず前提条件が違う…でしょう。僕たちの機体は修理可能なのでルードルフ自体をそこまで恐れる必要はない。わざわざ子供のパイロットを狙撃する必要に迫られる程には。その為に、僕に負担を背負わせてまでクラウディアを下げたんでしょう」


 つらつらと言葉を紡ぐピーターに、甲太は感心した。さっき押さえつけちゃってゴメンね、と思うほどに。

 ピーターは続ける。


「そして僕たちは複数だ、いま展開しているだけでも3機有る。この前の決闘でロボ同士の戦いのトレーニングも積んでいる。これ程有利な条件で、最終手段と言える相手パイロットへの狙撃を、今すぐに、講じる必要はないと思われますが?」


「もしもの場合というのがある。ルードルフの攻撃でここにいる誰かが、致命傷を負わないという保証は得られないだろ?」


「確かに万が一という場合はあります。でもそれは常に存在することです。最悪の事態を想定するのは大切なことですが、その結果、パイロットのメンタルを低下させてしまっては本末転倒です。果たしてこの“子供を撃て”という発言は、僕たちのモチベーションを落としてまで押し通す価値のある意見でしょうか?」

 

 カールを圧倒する勢いのピーターの論陣に、甲太は息を呑んだ。そして顔を合わせての直接対決じゃなくて良かった、とも思った。


「と、僕は思いました…… でも本当はそんなことを言いたいんじゃない…! カール! 今の言葉は本当にあなたの意見ですか!? 本当にあなたが自ら考えて、キャンサーを撃てと言ったのですか!? 僕にはそうは思えません… あなたはそんなことを言う人ではない!」


「……それは僕を買いかぶり過ぎだよピーター」


 ピーターは泣きそうなのかもしれない。声にそんな色が見える。カールもそんなピーターには敵わないと思ったようだ。


「ああ…… 君の意見は正しい。僕も個人的には言いたくない。だが上から、UFR研究所を管轄する機関から、事前にそういう意見が出た時、僕は無理をしてでも突っぱねようとは思わなかった。全体を見れば仕方ないと、思ったんだ」


 やっぱり上からの意見だったか、甲太は少しホッとした。でもカールは、それを免罪符とはしたくないようだった。


「やっぱり自分の中でも、わだかまりがあったんだろうな。君たちに命じてそれですんなり進むわけないと判っていただろうに。さっさと終わらせようとしてしまった、慣れないことはするもんじゃないね。急にこんなこと言い出して済まない。そこは謝ろう。そしてどうしてこうなったかの理由を話す。最初に話しておくべきだったな」


 自分を取り戻したのか、カールらしく能弁になってきた。ピーターも安堵したみたいだ。


「まずどうしてそんな意見、ある意味命令と言ってもいいかもしれない、が上層部から出たかと言うと、どうしてもルードルフに国境を越えさせたくないからだ。さっきのミーティングでも、ここから先の危険地帯には絶対に入れさせるな、という話が出ていたが、もっとハッキリ言うと、この先にルードルフが到達したら、ゲームオーバーなんだ」


「ゲームオーバー!? 俺たちが? 負けるってこと?」


「うん負けだ。負けというのは今回の作戦の失敗を指す。2年余りをかけ地道に交渉を積み重ね、大変な労力と手間と額を費やしてきた、それが全ておじゃんという訳だ。そして作戦の失敗の影響はそれだけに止(とど)まらない」


甲太(なんか面倒な話になってきたな。そんなこと最初に言えよ。いや、やっぱり事前に知っておきたくない、今も嫌だ)

 つまり聞きたくない話だった。


「UFR研究所はアメリカ政府を介して、この国との交渉を何とか成功させた。だが危険地帯から先は国境があやふやなんだ。どの国と交渉していいか分からない、そのうち一つの国とだけ交渉したら、他の領有権を主張する国々の機嫌を損ねてしまう。全員を卓に集めて交渉などはまず不可能だ。そのうえ一帯にはゲリラが跋扈(ばっこ)しているときた。さらにだ」


 まだあるのか。まさか、こんなに大事になるなんて。


「そうなると中国も動きだすだろう。キャンプの時に話した通り、中国とも水面下の約束でもって、UFR研究所にロボットのことを一任してもらっている。ただ、この地の延長線上には中国の領土があるんだ。これ以上ルードルフがそこに近づく動きを見せたら、気が変わりかねない。僕らに任せられないと軍を動かすかもしれない。そうなったらここら一帯が戦火に包まれかねない。実際、既に何人ものスパイがこの地に入り込んでいるとポンポンさんは言っていた。だから是が非でもルードルフに、あそこのラインを跨がせる訳にはいかない。と、いう訳だよ」


 僅かの沈黙が流れ。


「だから、キャンサーを殺してでも、という訳ですか」


 ピーターが呟いた。


「そうだ。ルードルフがどこかの軍と正面衝突という事になったら、被害がどこまで行くのか予想がつかない。そうなれば世界の僕たちに対する視線も様変わりするだろう。そうなる前に。一人を殺して大勢を救う。組織の人間として僕はそれを肯定せざるえない」


(今、どんなことしても止めないと、沢山人が死にかねない事態という事か…… だったら…… え?)


 だったらなんだ? びっくりした。甲太は自分の思考が、さっきと正反対の方向に流れて行ってるのに気付いてびっくりした。


「だったら麻酔銃を用意すればいいじゃないですか。近隣の動物園に置いてあるかもっ」


 ピーターはなおも食い下がる。


「ちょこまか動き回る標的に命中させるなんてプロでも難しい。それよりは渡した拳銃の方が連続で撃てるし、小回りが利く相手にも当てやすい。それに…」


 一息吸ってカールが続ける。


「ロボットのビームを使うよりはいいだろう。まだ撃たれた相手が、助かる可能性があるだけ」


 甲太とピーターは息を飲んだ。


「まあ…… こう言ったところで君たちが、ハイそうですかと、銃を手にするとは思っていない。ただ、知っておいて欲しいだけだ。もしキャンサーを見かけた時に撃つのを躊躇(ためら)ったり、当たりもしない脚への射撃を試みてる時に、その結果が、より多くの犠牲を生み出してしまうかもしれないことを」


 再び起きた沈黙。流石に耐えきれない甲太が、あえて明るいトーンで話してみる。


「ま、まあ、そんな生身でキャンサーが外に出歩くことなんて、まずありえないことだろ? そんな気にすることじゃないって! ロボットに乗っている時に俺たちが引きずり倒せば、それで万事解決だ!」


「そ…うですね……」


「その通りだな。ちょっと時間を使い過ぎた。さあ作戦開始だ」


 甲太のお陰で、何とかこの場が収まって本人もホッとする。

 だが通信の終わりに、カールがまた要らんことを言ってきた。


「あの晩。キャンプの時に言ったことを忘れないでくれ。君たちには好きに飛び立つ権利があるのだという事。その時が来たら僕を置き去りにして飛んでいく。僕はそれを悪い事だとは思わない」




 通信を終えた甲太は怒っていた。

 いつものように怒りの矛先はカールに向けられている。


「無責任な! クッソ無責任だなっあいつ!」


 全部丸投げしてきやがった。甲太にはそういう風に受け取れた。

 キャンサーを撃つかどうかは、お前ら次第。失敗したら責任はお前らにある。文句があるなら組織を抜けて好きなとこへ行けばいい。

 カールの話をそう受け取っていた。

 でも、そう言う以外になかったんだろうな、とカールの立場も分かる。だからこそこの状況に腹が立ち、その腹立ちはいつも通りカールに向けられるという堂々巡りだった。

 

 しばらくすると怒りも醒めてきた。すると何とも言えない寂しさが立ち昇ってくる。

 渡された拳銃は、コックピット後ろの壁面収納に放り込んでおく。

 なんか嫌な感じがして、身に着けておきたくなかった。

 しかし、今度は座席の背後のその収納から、何か嫌な気配が漂ってくるような感じを憶えた。なんだろうこの感覚。

 あまりにも圧倒的な、闇夜の大自然。それが徐々に甲太の心理状態に影響を及ぼしているようだった。


 他に類のない、圧倒的パワーなスーパーロボットに乗っているのだ。これ以上の安心はない。はずなのに。

 その巨大ロボットも、ここでは埋もれて見えた。サンゴーグレートを超える高さの巨木が辺りに立ち並び、少し身を屈めれば、ロボットでもすっぽり木々の波に沈んでしまう。

 そんな木の群れを押しのけ、へし折り進まなければいけない。

 ここら一帯は、侵食されやすい土壌らしく。

 雨水が削りとった細かい谷が、地表に幾つも連なっている。大地のしわの様に。

 水の侵食は、塔のような小高い岩山を数多(あまた)に造り。大小無数の洞窟を地に穿(うが)っていた。

 その上を更に水が覆う。草木が覆う。

 サンゴーの足元には川や沼、巨大な倒木が限りなく存在していて、常に下に注意を向けて進んでいかねばならない。

 ただでさえ曇天の闇の中を、森林の奥深くで、俯きながら歩んでいく。

 ルードルフに気付かれてはいけない、飛ぶわけにはいかない。

 ルードルフの痕跡を見逃してはいけない、地面を注意深く探っていかなくてはいけない。


「オオカミ少年か……」


 何となく呟いた。日本にいるとき聞いたら可愛らしくさえ思えそうなワード。

 だがここでは、何故だか異常に不気味な単語に聞こえた。

 甲太は自分の言葉に不快感を憶える。

 モニターの赤外線画像を見やすくする為に、コックピット内の照明を落としていたのだが、その暗さが甲太の孤独を浮き立たせ。

 恐怖を、招き寄せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。