第31回 とある暗室にて
甲太がサンゴーグレートに、脱走を持ち掛けられていたのと同時刻。
暗い部屋の中で、唯一の明りであるモニターを覗き込む、二人の人物がいた。
「ビンゴ! やっぱり持ち掛けてきましたね。丁度今日に当たるとは査察官はギャンブラーの才能がお有りになる」
カールはおどけた調子で言った。今モニターから流れてきた一部始終を笑い飛ばすように。
「……ハァ。しかしトンデモねえロボットだなありゃ」
アメリカ政府から、UFR研究所の査察を担わされているローパーは、とても隣のガキのようにはしゃぐ気にはなれない。
この仕事に区切りがついたら、培った経歴と人脈を駆使していよいよ下院議員選に乗り出す腹積もりでいたのだが。
今の仕事が、思っていたよりシリアスだと思い知らされる。
人型のUFOを研究する風変わりな研究所だと思っていたら、大量破壊兵器をガキ共が弄ぶ所だったとは。
「それで。どうするんだあの鉄クズと日本のガキは? また閉じ込めておくのか?」
「いえ。そんなことしません。泳がせておきますよ。自由にね」
「ん? おいおい。聞いてただろ。今そこであいつらは反逆を企ててたんだぞ。すぐにでもとっ捕まえて縛り付けなきゃいかん事態だろ」
ローパーはカールを、気は確かか? という目で見た。
「まあ大丈夫ですよ。ご覧になったように、全てはコントロール下に置かれています。今はコータに必要以上のストレスを与えるのは避けたい。一刻も早く彼とそのロボットを戦力に育て上げる。それが目下の僕の使命ですので」
「…そりゃあなぁ。似たような境遇同士共感するもんがあるんだろうが。だが俺は今見ちまったもんを黙っている訳にはいかないよ。この部屋を出たら直ぐに上に報告するつもりだ、と言ったらどうする? 今のお前の有り余る権限が失われるかもしれない事態なんだぞ。いいからあのアジア人に同情するのはやめておけ」
お前のことを思って言ってるんだぞ、的に言ってくる。
カールは軽く溜息をついて、ローパー査察官に向き直った。
「今のコータとサンゴーグレートの会話を聞いて、驚きませんでしたか?」
「…まあ。そりゃ驚くさ、ロボットが反乱を企てることが有るなんてな。まるで白黒の映画だ。あのガキが乗らなかったから良いものの、いつ考えが変わるか分からんぞ」
「そこじゃないですよ。サンゴーグレートは、短い時間で世界のインターネットを掌握すると言っていたんです。そしてそれは嘘でもハッタリでもない」
カールの態度が少し変化した。ローパーはそう感じた。
「あのサンゴーグレートはやろうと思えば、世界のインターネットの隅々まで侵入しウイルスをばら撒きプログラムを書き換える事ができた。世界の情報を完全に意のままに操ろうとしていたんですよ。実際日本では、それをやりかけていた。もしそれが完成したら、あんな巨大なロボットの位置すら僕らは掴めなくなる」
「それは分かったよ。だからさっさとあのロボットをバラすなりしろ、と言う話だろ……」
「肝心なのはその能力を使えるのは、サンゴーグレートだけじゃないという事ですよ」
「・・・・・・・・・」
ローパーはカールが何を言いたいのか分からない。
分かりはしないが、何か途轍もない事を言い出すんじゃないかという雰囲気を、暗闇の中モニターの灯りで顔を浮かび上がらせている目の前の少年に、感じていた。
「我々は運が良かった。サンゴーグレートがコータと出会う前に僕がイダルトゥに出会う事が出来た。でなければ立場が逆転していたかもしれません。そうなれば今頃、僕らがサンゴーグレートに覗かれる立場だったかも」
ローパーはただ静聴するしかなかった。
「イダルトゥとサンゴーグレートは同じタイプのロボットなんです。なのに今、サンゴーグレートは我々に内容が筒抜けになっているのに気付かず、秘密の話をベラベラと喋ってしまった。最高のセキュリティ能力を持っているのにも関わらず、盗聴されているという事態にすら気付けてない。それは全て、人間との接触がイダルトゥより遅れた、というその差でしかない」
普段からお喋りな人間だが、今日は何時にも増してギヤが掛かっている。
「僕はイダルトゥのコンピューターをこの施設のスーパーコンピューターと統合させ、世界最高水準の情報管理システムを創り上げました。まあもちろん僕はコンピューターの専門家じゃありませんから、イダルトゥに要望を伝えるだけでしたけど。ただそのシステムの性能はCIAやMI6、そしてペンタゴンに侵入しても誰にも気付かれなかったことで証明されています。気付かれてたら僕は今ここに居ない」
そう笑いながら語るカールに、ローパーは(いま。なんて言った?)と話に付いていくだけでやっとだった。
「そのシステムを使ったので、サンゴーグレートは盗み聞きされても分からなかった。サンゴーグレートが造ろうとしていたモノを、僕は既に作ってしまってたんですね。このアドバンテージ・先行者利益は大きい。決して覆すことは出来ない。だから大丈夫だと言うんです。サンゴーグレートは僕たちが拵えた鳥かごからは飛び立つことはできない」
空恐ろしいものをローパーは、カールに感じ始めていた。
いくらそれなりに賢いとはいえ、まだ大学にも進んでないような子供が自分たちの住む社会の仕組みを、侵食し始めている。その状況にローパーは心が追い付いていかなかった。
果たしてこいつの言ってることは、どこまでが真実なんだ。
ローパーは一旦落ち着きたかった。ここではないエアコンの効いた部屋で、冷コーを飲みながら頭を冷やして考えたかった。
「……分かった。とりあえず今のところあのロボットは制御下にある、という事なんだな? ひとまず納得したよ。じゃあ俺は────」
そう言って席を立とうとするローパー。
するとカールは話はこれからだ、と言う様に身を乗り出してきた。
「話はこれからですよ査察官。もう少しお付き合いを」
「予定があるんだ… 俺はここの人間とは違う。忙しい立場なんだよ…」
「あと10分ほどです。それぐらいは融通できるでしょう。これはあなたの将来にも関わってくる話なんです。それに財務長官の誕生パーティー迄には充分間に合いますよ。それもこれから話すことに比べたら取るに足らない…… まあいい、続けましょう」
ローパーは驚愕した。
(こいつ今なんて……)
カールがさりげなく言った事柄は、ローパーとその秘書しか知らない事項だった。
なぜそのことを…。
それを知る為の手段は再び席に着くことしかない。
カールが部屋の明かりをつける。
まだ薄暗い。古い警察ドラマの取り調べ室のような、独特の緊張感が漂う。
「あれっ、俺何か気になること言っちゃいました? …なんてお遊びはもういいか。査察官は22時の飛行機に乗って仮眠をとる必要がありますからね。手短に話します」
カールはまたローパーが“気になる”ことを言った。
ローパーのこめかみに汗が流れる。部屋の温度が上がっている気がした。
「今日の株価はえらい下げ基調でしたが、逆に大きく上がっている銘柄も幾つかある。昨日のうちにそれを予測してメモしたものをSNSに投稿してたんですよ。あくまで素人の予想ですから、人に見られたら恥ずかしいので鍵を掛けてあるんですけどね」
突然なにを? そんな感想のローパーにカールはスマホを突き出してくる。そこには昨日の夕方の日付で、10個ほどの企業名が記されていた。
(まさか……!)
目にした途端、ローパーの心音は高鳴った。
確認したくない! しかしやらざるをえない。
ローパーは自分のスマホを取り出し、株価のアプリを立ち上げカールが昨日書いていた銘柄を検索した。
その結果を見て、ローパーの呼吸は荒くなった。取り繕うことも出来ない程に。
「こんな…… こんなことして… 許されると思うな……!」
やっと絞り出した声でそう言った。
ローパーとは逆にカールは冷静になっていくようで。
「あくまであなたに信じてもらう為のちょっとした手品ですよ。これで信じられるでしょう。僕のイダルトゥは世界を変革するだけの力を持っていると」
ローパーは首肯した。こいつはヤバい。今は逆らわずにいろ。
「分かっていただけたなら結構です。ではここからが本題。査察官は任務に忠実かつ有能な方だ。それゆえ最近このUFR研究所において気になることが出てきたんじゃないですか?」
「…… この組織及び関連団体から、あちこちの企業に奇妙な発注がされている、というのが気にはなってる。発注先は生物工学の新興企業から町工場に至るまで多岐に、全くもって多岐に渡ってバラ撒かれていることが分かった。そしてその注文内容を見ても、さっぱり何のことなのか分からん。ここの奴に聞いてみてもお前に忠誠を誓っているのか、ちっとも内容を漏らさない」
観念したようにローパーは打ち明けた。あの株式市場のハッキングを見せられた後では隠し事など無意味に感じる。
そして聞いた。
「お前は一体何をしようとしているんだ?」
「もちろんロボット達の能力の向上発展ですよ。それが国の為にも、ひいては世界の為にもなる。でしょう」
なにを当たり前のことを。という感じで答えるカール。
しかし、ローパーは素直に受け取れない。
人間社会の根幹をなす経済を、手品などと言っていとも簡単に操るのを見た後では。
「これ以上ロボットを強力にして、お前は何をする気だ? 世界の支配者にでもなるつもりか。言ってみろ! お前の望みはなんだ?」
ローパーは打ち破ろうとした。すっかり相手の手のひらで転がされている現状を。
たとえ不利な状況だとしても、これ以上ガキに舐められるなどは自分が積み上げてきたキャリアが許さない。
だがそれを受けてカールは、ますます冷静になっていくようで。
その態度は冷たさすら感じとれるものになっていた。
「望みか…… 僕の望みはたった一つ。来年の今頃も生きていられる。ただそれだけです」
そう言ってローパーの目を覗き込む。見下すかのように。
「必死なんですよこっちは。その後の事なんか考える余裕ない。あなたのように末は議長か州知事かなんて、人生の後半入ってからエンジョイできてる方とは訳が違うんだ。成人を迎えられるかどうかすら定かでない身でね。だから望みは生き残る事であり、それ以外の望みなど無い。以上です。お分かりかオジサン」
カールは淡々と語っているが、ローパーは大声で罵られている気がした。
「ああ、あったな望みと言うか希望が。それは査察官が調べ上げた、各所に僕が色々と発注を出している件。あれをしばらくの間黙っていて欲しい、というものです」
一転して優しい口調になるカール。
「そんなに長い間とは言いません。半年、出来たら一年ほど報告するのを先延ばししてもらえたら、こちらとしてはありがたいのですがね」
これが本題だったのか。悟るローパー。
そしてこれは。もしかしたらいいカードかも知れん。
このままでは侮られっぱなしで終わるところだが、これで何とか交渉に持ち込めるのでは……
そんなローパーの期待はたちまちの内に消え去る。
「ローパーさんも人の親だ。この年で頑張る僕の大変な立場も理解してくださるでしょう。まあ、肝心の息子さんはあまり親の気持ちが理解できていないようですが…」
「!! …………なんのことだ……?」
聞いてみたものの、ローパーはもう理解していた。
自分の手札にはジョーカーがあることを。それを知られたらもう詰みだと。
「ローパー氏の御子息は最近良からぬ友達と付き合っているようですね。相手はドラッグ密売で前科のある曰くつきの。しかもその相手とのツーショットをグループ専用とはいえSNSに上げているときた… 別に僕は調べようとした訳じゃないんですよ。知りたくも無いのに勝手に情報筋から上がってきたんです。僕だけの情報筋からね」
カールが差し出すスマホを見てわななくローパー。この短い時間で二度目。
「脅迫する気か……」
「別に。ただ僕には他にはない情報筋がついていることをお知らせしたいのと。ローパーさんも近い将来に備えて息子さんを教育し直したり、黒歴史だらけのSNSを消させたりで忙しいでしょうと言いたいんです。少なくとも半年ほどは……」
「なるほどな…… 分かったよ……」
ローパーは観念した。
考えてみれば、本来は隠したいであろうサンゴーグレートとかいうロボットの暗部を見せてきたのも、こちらに共犯意識を持たせるため。
と同時に、約束を違う様な事があれば容赦しない、という覚悟を見せつけてくるためか。
抱えるものが多いローパーには、この件を突っぱねる覚悟など持てるはずもなかった。
「だが。俺が黙っていたとしても金の流れは隠しきれないだろう。見るだに恐ろしい額の数字が飛びかっているようだが」
これは確認しておかねば。自分まで巻き込まれるのは御免だ。
「ハハッ、ダウすら操れるのに、この程度の数字! ご心配なく、一通りのことが済みましたら僕の方から上に報告しますので。包み隠さず。その時にはこの事には気付かなかったで押し通してください。僕も決して明かさないので。それでも罪の意識を感じるようでしたら、隠居してからでも本に書いて出版されたらよろしい。別荘の2,3軒ぶんくらいにはなるでしょう」
「分かった。交渉成立だな。他には何か? そうか、じゃあ変わったことがあればまた報告してくれ」
そう言ってローパー査察官は席を立つと、落ち着いた素振りで部屋を出ていった。
薄暗い部屋に一人残されたカールは、モニターを眺めながら思索に入る。
(大人だな)
あれ程動揺していたのに、事が終われば素早く切り替え、何事もなかったかのように立ち去るローパーの姿を思い浮かべながら。
あれが、世にいう立派な大人の姿なのだろう。
決してああは成りたくない。そうも思いながら。
春の訪れとともに、このアメリカのどっかにある基地跡地の研究所においては、巨大ロボットの実地訓練が行われていた。
基本はコックピットジェット機を使ったシミュレーションであるが、週に一度ほどは実際にロボットを起動させての訓練をやる。
このスンゲーロボットを、一体何に使うのかどんな訓練をすればいいのかというのは、正直なところ誰にも分からない。
だから今は一体ずつ稼働させては、能力や機体特性などを観察、データを取るというのが主なミッションであった。
脱走をそそのかされた一件もあって、甲太のサンゴーグレートへの心証は最悪となっていたが、それでも一生懸命訓練に励んでいた。
自分がしっかりしてサンゴーグレートを制御しなければ、その一心で。
こうして実機を使用した訓練が進んでいくと、パイロット達それぞれが操縦についての自信を深めてくる。
なにぶん血気盛んな年頃のパイロット達だ。
そろそろ実際にロボット同士を競わせて腕前を試してみたい。なんならもっと激しい展開があっても構わない。
そんな物騒な気分さえ湧き上がってくるのだった。
故に、この後に起こったことも当然の帰結と言えるのかもしれない。
「カールの様子がおかしい?」
甲太はクラウディアに聞き返した。
ロボットビルの食堂で、昼飯をとりながらの雑談でのこと。
本館(影が薄い所長が居るところ。本館と渡り廊下で繋がった新館に甲太が閉じ込められてた)にある食堂よりもロボットビルの方が、メニューも味も上等だ。それゆえ値段も上等だったが、パイロットには半額で提供されていた。いつもベンが羨ましがっている。
そんな食堂で甲太は、この地球で数少ない対等に会話できる相手クラウディアと、いつものごとく他愛もない会話を楽しむ、いや、一方的に話を聞かされていた。
(クラウディアは誰とでも仲良しなので会話の相手には困らないが、飯時だけはパイロットのよしみで、甲太やピーター等のネクラな男子に付き合ってあげてるの、だと本人は思っている)
今回の話も、そんなクラウディアが勝手に捲し立てている中で出てきたものであったが。
確かに甲太にも身に覚えがあった。
ロボットビルの中にあるカール専用のオフィス。
ある日そこのドアが少し開いており、中から奇妙な音が漏れていたので。
甲太は気になり、そ~っと覗いてみた。
するとそこにはカールがデスクの前で、一心不乱にキーボードやマウスを操作しながら。
「グヒヒヒ! こいつはスゲェぞ!」
と口角泡を飛ばしながら、デカい独り言を喋っていた。
そのあまりのナードな姿に、甲太は呆気にとられてしまう。
すると、笑いを顔に張り付けたまま、カールはゆっくりこちらへ振り向いた。
ヤバいものを見てしまったと焦った甲太は(そもそも本人以外立ち入り禁止でカードキー付きの部屋が開いている方がおかしいのだが)、何か言わねばとテンパり。
「な、なにやってんの。それ?」
と絞り出した。
するとカールは。
「クックック・・・ アポロンソードだよ… これが完成した暁には… ヒ~~ヒッヒッヒ!」
とだけ言うと、再びキーボードを乱雑に叩きだした。鍵も気にせずに。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
甲太はそれ以上聞く気になれず、そっとドアを閉めた。
(確かにアレはオカシかった… どう見ても限界オタクだったもんな)
そう回想する甲太であった。




