第21回 とある個室から外へと
軟禁されながら勉強漬けの生活を送る甲太。
おかげさまで、徐々にカールの出すテストで良い点をとれるようになってきた。
採点を終えたカールは、感心したように。
「予想を超える成績を叩きだしてきた以上、こちらとしてもそれに応えなくてはな」
などと大仰な物言いをする。
何かご褒美があるのかと期待する甲太だったが、ドアのボックスから提供される食事にお菓子が付いただけだった。
「ま~た子供扱いしてやがる」
毒づく甲太だったが、よく見ればそれは日本の駄菓子だった。
慌てて口に放り込むと、確かな旨味、そして香りが鼻に抜ける。ああ懐かしいこの味…… 思わず感動してしまった。
「日本のお菓子はここでも人気があるからね。争奪戦の中、君の分を確保するのは大変だったよ」
などと恩着せがましいカールだが、これには甲太も結構満足だった。
この勢いに乗って再び高得点、な甲太に与えられた次のご褒美は外出許可。
といっても出られるのは中庭のみで。それも誰もいない時間帯に、監視付きで30分だけというものであった。
カールに連れられて中庭まで移動する。
2ヵ月ぶりぐらいに部屋の外へ出て、中庭までの通路を移動する。途中で誰ともすれ違わなかった。
中庭につくと監視員がいた。それは、ここに来て初めて会うカール以外の人間。黒人の目つきの鋭い男で、甲太はビビって脱走を考える気すら起きない。
(腰に銃が…… 下手なことしたら躊躇なく撃ってきそうだ……)
後々、その監視員はベンという気のいいオッちゃんで、腰のもテーザー銃で殺傷能力はなく、目つきが悪いばかりにこういう仕事ばかりさせられる可哀そうな職員さんである。というのが分かるのだが、この時点では、甲太にとってオッソロしい見張り役であった。
久々の外。
空気は冷たかったが、日差しは暖かい。その下で2ヶ月ぶりに踏む土に、甲太の足の裏は不思議な感覚を覚える。
「うわ… なんだこれ」
ただ外に出て歩くだけが、こんなに新鮮に感じるとは。
そう感じる自分自身に驚く甲太であった。
学習の効果が出てきたのかテストの結果が良くなった甲太に、更なるご褒美が与えられる。
(飴と鞭というやつか……)
露骨だな、と思いながらも、つい緩みそうになる顔を必死に抑えつける甲太。
「君のご家族とチャットが出来るよう許可をとったけど。どうする?」
聞いてくるカール。
だが甲太は考え込んでしまう。
(どうしよう……)
家族と久しぶりに会話をしたい。という気持ちはあるが。
同時に、まだそんな状態じゃない。という思いもある。
親は声が聴けるだけで嬉しい筈とはいうが、何も話せることが無い今の自分では、却って心配させてしまうんじゃないか。
そんな結論になる。
甲太の心の奥にある罪の意識が、家族を遠ざけているのかもしれない。
「今はいいや…… まだ話したくない。元気だとだけ伝えてくれないかな」
そう答えを出す甲太。
「そうか、分った」
そう言いカールは部屋を出ていった。
成績が上がり、勉強を楽しめるようになってきた甲太。少し余裕が出てくると、色々なことを考えてしまう。
(この組織は一体何なんだろう)
駄菓子棒を片手に想像する。
ロボットを使って何かしようとしているのか。だからパイロットを集めている?
スーパーロボットを集めて、やる事と言ったら世界征服ぐらいか。
自分はその先鋒を担わされるのだろうか?
家族が人質になっている以上、拒否することもできない。
もしかしたら敵側もロボットを使ってきて、アニメのような巨大ロボット同士の戦争が巻き起こったりして。
スーパーロボットによる大バトルを思い浮かべる甲太。
でも、実際にイダルトゥとかいうヤツとの戦いを経験した後では、以前の様に「俺が主人公で大活躍!」という華々しい想像はできず、やられ役として、あっけなく撃ち落とされる自分の姿しか思い描けない。
(それに俺はもうロボットには……)
想像を打ち切る。
考えてもしょうがないことだ、この組織が何なのかなんて、しばらくすれば知りたくなくても分かってしまうだろう。
甲太はぺちぺちと自分の頬を叩き雑念を払うと、目の前のテスト用紙に向き直るのだった。
またいい点をとる甲太。
流石にあげられるご褒美のバリエーションが尽きてきて。
「どうしようかな…… そうだ」
手を打つカール。
「特別にサンゴーグレートに会わせようか? 君のロボットに」
その名を聞いた途端、甲太はビクッとし、身をこわばらせる。
「どうかな? お互い話したいこともあるんじゃないかな。特に向こうは君に会いたそうだったし。 ……まあそういうプログラムなんだけど」
そんなお誘いも甲太の固まった体を溶かせない。
「いやだ…… 会いたくない……」
そう絞り出すのがやっとだった。
あのロボットによって、全て奪われた。
未来も過去も全部。
あの山。あの場所。
あそここそが人生に穿たれた巨大な落とし穴だったのだ。あまりに大きく落ちたら二度と這い上がれない穴。
それが甲太にとってのサンゴーグレートに対する思いだった。
(あいつさえいなければ……)
自分は平凡だがまともな学生生活を送っていたはずなのに。
常に未来に怯え過去を悔やむ、こんな日々を送らずにすんだのに。
あいつなどと言っているが、あれは機械に過ぎない。こちらの気持ちも感情も思い出も、本当は何一つ理解しないし出来ない。
出来るのはただ肯定し調子に乗らせることだけ。
その罠にはまってしまった。人を甘やかし離れられないようにして更なる深みへ引きずり込む。
やはりあれは侵略兵器だったのだ。宇宙人が造った。
全くよく出来ている。宇宙人はロボットを地球に落とすだけで自らの手を汚すことなく、地球人が勝手に自滅してくれるような仕組みとなっているのだから。
甲太はもう二度とサンゴーグレートと会いたくないと、強く強く願った。
そんな甲太の様子を眺めていたカールは。
「わかった」
とだけ返事をした。
「もうすぐクリスマスか」
テストの答え合わせしながらカールが呟いた、そのひと言にビックリする甲太。
(え。…うそだろ…)
ここに入ってから、もう3ヶ月も経ったのか。
常にエアコンが効いたこの部屋では、季節感が感じにくい。
ただ確かに窓から見える景色は、限られたものとはいえ、冬の寒さ寂しさを伝える眺めに移り変わっていた。
(クリスマスはここで一人か…)
軽く溜息をつく。
そもそもサンゴーグレートと会ってからは、家族とのクリスマスも大して大事にしていなかったのだが。
それでもやはり、微かな寂しさは拭えなかった。
クリスマス当日。
今日は勉強はお休み、なのだが、やることがないので甲太は自習している。
夜になって、カールが小さいケーキを持ってきてくれる。
「折角のクリスマスなのに、仕事がある上にみんなとパーティーしなきゃいけないから、かえって忙しいよ!」
などとブツクサ言ってる。
アメリカ人は、クリスマスには死んでも休暇をとる、と聞いたことがあるので、甲太は意外だった。
日本ではこの日はいつも、シャンメリー!を飲んでたが、ここではカールがいれた甘いホットミルクに卵を入れた飲み物を頂く。シナモンパウダーがかけられ香り高い。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
全くもって珍しきことに、今日はカールがあまりしゃべらないので、部屋に沈黙が立ち込める。
もちろん甲太から話しかけるなんてことは絶対しない。
(嫌ならさっさと出ていけよ)
という構えだが、気まずくてソワソワしてるのは甲太の方だ。
イルミネーションもなくどこか寂しげな中庭を、カールは黙って窓から見ていた。
もしかしたら静寂を味わいに来たのかもしれない。そう思ったのはカールが退室した後のこと。
部屋に来てから15分ほどしてカールは腰を上げたが、帰り際。
「あと10日で、ここを出てもらう。心の準備をしといてくれ」
そう言って出ていった。
部屋を出る日の朝。
起床した甲太は室内を見回す。
持ち物はない。強いて言うなら筆記用具とノートぐらい。
窓からの景色とお別れするのは少し寂しかった。この眺めにどれだけ心が救われたことか。
教育番組しか流れないテレビ、部屋と不釣り合いな絵と花。
今となっては、どれも親しみを覚える。
ドアをノックする音がした。
立ち上がった甲太はドアの前まで歩み寄ると、後ろを振り返った。
いつかまた、この部屋に誰かが入ることはあるのだろうか?
甲太のような境遇の誰かが。
それは誰にも分からない。
「バイバイ」
甲太はドアを開け、外に出た。
カールに付いて建物の廊下を歩いていく。
いつも中庭に降りる時に使う階段を下りずに、そのまま歩いていくカールの後ろ姿を見て、甲太の心臓は早鐘を打ち出す。
(ホントにあの部屋から出たんだ……)
閉じ込められていた檻から解放された。
嬉しい事のはずだが、実際は不安の方が大きい。
カールからは、ロボット関係の仕事に経験者として加わって欲しい、と言われているが具体的に何をするかはさっぱり。
聞いてみても。
「色々あるからなぁ。実際に見て決めてくれればいいよ」
とはぐらかされた。
だから今の甲太は小学校入りたてぐらいドキドキしている。
友達とは言わんが、知り合いの一人ぐらいは出来るかな。
(考えてみれば、高校デビューに失敗してから堕ちていったんだよな・・・)
ここは頑張って自分から話しかけてみるべきか?
でも初めての海外でそれはキツいて。
前をスタスタ歩いていくカールのように、向こうからベラベラと話しかけてくれればいいのだが。
いや。それはそれでヤダな。こんなヤツは一人で十分だ。
などと考えてる甲太の前で、カールが歩みを緩める。
見るとそこは開けたスペースに、長机と椅子が何列も並んでいる。
「食堂…」
どう見てもそう。そこには何人かがあちらこちらにいて、スマホを見たり、会話したりしていた。
そしてカールに気づいた一人が声を上げる。
「おおっ! 今日が釈放の日だったか」
「そうだよ! これからはみんなと同じ大きい方の牢屋だ」
デカい声で返すカールの後ろで、ヒィッと縮こまる甲太。英語特訓の甲斐あって何言ってるか大体分る。
その会話で食堂にいる全員がこっちを見る。みな外国人だ。
甲太はさっきの考えを撤回した。
(ムリムリムリ! こんな外国の人、しかも大人相手にこっちから話しかけるなんて!)
それが出来るなら高校でやってたわ。
周りからの視線に身を固くして、ただカールの後を付いていく甲太。
カールは別段、みんなに自己紹介しろとも言わず、その場を後にする。
二人の後ろから「しっかりやんなよ!」と声がかかった。
今までいた建物を出た。
振り返るとそこは庁舎のような感じで。
カールはそのまま芝生の中の道を、ズンズン歩いていく。
甲太は部屋で使っていたサンダルのままだ。
屋内から履き替えることなく外にでると、(外国来たなあ)と実感する。
行く先に近未来的な外観の、大きな建物が見えてきて。
するとカールが手でその建物を指し示し。
「こここそが我らが研究所の機関部、通称『ロボットビル』! 言わば秘密基地だね」
そう言って入っていった。
何やらスゴいセキュリティ態勢だ。入口の案内係りらしき女の人の腰にも、拳銃ホルダーのようなのが見える。
カールはその人と軽い挨拶を交わしただけで入っていく。
中にもう一つ玄関みたいのがあって、傍らになんか機械が置いてある。病院の入り口にある体温測るヤツを連想するが。こちらは金属の円筒で床から伸びていた。
カールはその機械の台に手のひらを付け、熱を測るような箇所を覗き込む。
機械からピンポンと音がなって緑のLEDが点く。
同じようにしろと言うので、甲太が真似すると、これまた緑が点灯。
通れるのは良いのだが、いつの間にか勝手に、あれこれ登録されたのかと思うと、複雑な気分になる甲太だった。
健康&省エネの為に階段使いたいんだけどね。とカールが言う。
ただセキュリティ上、階段は緊急時にしか使えないそうでエレベーターに乗り込む。
目的階に着き、扉が開くと雰囲気が変わった。
照明が、冷たい感じの白い灯りとなり。
寒色で満たされた空間の先に、廊下が伸びていた。
(本物の秘密組織だ…)
埃一つない廊下を進みながら、甲太は映画の登場人物になった気がした。
突き当りの部屋に辿り着き、自動ドアが開くと。
そこには二人を待っていた二人がいた。
「あれっ!! もう来ちゃったの!? 私も呼びに行きたかったのに!」
カールと同じように浅黒い肌をした、小さい女の子が右から黄色い声を上げる。
「カール! 前もって言ってくれれば良かったのに、こちらとしても用意というものがありますよ!」
左からは不満の声が聞こえる。こちらは白人の眼鏡少年。
「何を言ってるんだ! ここでサプライズを仕掛けない僕なわけないじゃないか! 見くびらないで欲しいな」
などと訳の分からない言動をするカールさん。
子供が出迎えてきたことに甲太は驚いた。
(もしかして・・・ この子たちも・・・)
そこまで思ったところで、二人からの視線に気づいて思考が中断する。
転入生が受ける、高視線レーザーの洗礼。辛いがこれを乗り越えればきっと暖かく迎え入れてくれるはず───
「あなたですか? 自国の議事堂を破壊しようとしたという、とんでもない少年というのは」
メガネの方は暖かく迎える気は無いらしい。
いきなり頭をはたかれた気分の甲太。
やっぱりここにも、先輩後輩の上下関係があるのか…
「ちょっとーーー!! いきなりそんな言い方ないんじゃない! この子が可哀そうよ!! この…… え~~~と… ケータ?」
「コータ」
メガネに抗議に入った少女だったが、肝心の名前をメガネに訂正される。
「そーーだ!コータ! 覚えたよ~~! とにかくピータ! あんたも人のこと言えないくせに! よくそんなこと言えたわね! 礼儀知らず!」
「…静かにしろクラウディア。僕はただ事実を確認しただけだ。物事は最初が肝心なんだ。罪を犯した人間に甘い顔を見せることはない。だいたい僕は彼とは違う、指摘する権利はある!」
「い~~~~や! ちがいませ~~~ん。だったらあんたのやった事全部話してこの子に判断してもらおうじゃないの!」
「やめろクラウ! そんなことしたら絶交だぞ! 僕との友情をこんなヤツのために失ってもいいのか!」
「い~~もん! これからはコータと仲良くなるから! 意地悪するようなピーとは今日でお別れだよ!」
入ってきたばかりの新顔を前にして、突如口論を始める先輩?の二名。
それをカールはニコニコして眺めていて、甲太は唖然とする。
日本の学校でも馬鹿騒ぎする奴らはいたが、たった二人でここまで盛り上がれる猛者は知らない。これが外国ということか…
「それが君たちの自己紹介かい? とても頼りになりそうな先輩だね」
口論の二人が弾を込めるように息を継いだところで、スッとカールが口を挟む。
途端にキョトンとした二人は、すぐに恥ずかしそうに態度を改め、こちらに向き直った。
「いや~~~、恥ずかしいとこ見せちゃったね~~。あたしはクラウディア。初めましてコータ。これからよろしくね!」
(あれだけやっといて恥という感情があるのか……)
失礼な感想を抱きながら、差し出されたクラウディアの手を握る甲太。
このクラウディアとやらは、随分背が小さい。
ストリート系のファッションもあり、かなり子供に見えるが。
コホンと咳払いが聞こえ。
「見苦しいところをお見せしました。僕はピーター。失礼な態度とお思いかもしれませんが、これが僕の本心です。危険が伴う仕事ですから信頼のおけない人物となれ合うつもりはありません。悪しからず」
と口上を述べてきたのはメガネの少年ピーターだ。クラウディアとは正反対の、ピチッとしたブレザー姿。
またそんなこと言って!とクラウディアが騒いでいるが。
ピーターの態度には、その風貌も相まって、なんか頑張って大人の真似をしているみたいなコミカルさがあった。
それに気付いてしまって、甲太とカールは思わず目を合わせ。
カールはニヤッとし、甲太は表情を見せないよう俯いた。
その様を見て、ムッとするピーター。
「何か言いたいことがあればどうぞ!」
そう言われどうしようか惑う甲太だが、カールに肩をたたかれ、とにかく声を出してみる。
「赤井手甲太です。どうぞよろしく……」
小さな声での挨拶だが、一応場が和んだ。
クラウディアは、よろしく!!と雄叫び、ピーターはカールに促されるまま甲太と握手した。
「よしっ、これで我らのチームは最強となった。これからこのメンバーで世界の荒波に立ち向かっていこうぜ!!」
とカールが恥ずかしいことを言い出し、クラウディアと合わせて「「イエーーーーーー!!」」とこっ恥ずかしい掛け声を上げる。
甲太は他人のフリをしたかったがカール&クラウディアに詰め寄られ、しょうがなく「お~~・・・」と発する。
それを見たピーターもやれやれ感を出しつつも、片手を上げ声を合わせた。
甲太は思う。
本当にこいつら、年いくつだ?




