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第2回 とある山中にて

 楓の後を追って、とある山に踏み込んだ甲太。そんな彼に残暑が容赦なく降りかかる。


 午後2時を回りまだ日は高い。もう限界だ。甲太が音をあげたその時、救いの展開が訪れる。

 楓を見失ってしまったのだ。

 坂道の先に楓の頭が消えてから、しばらく後に登っていくと、登山道に踊り場のように開けた場所が現れた。

 見ると道の分岐を示す矢印が立っていて。

 今まで来た道と山頂への道、広場への道と河原への道とに分かれており、その前に立ったときには、もうどの道の先にも楓の姿は見えなかった。


「…ここまでだな」


 甲太は諦めた。

 完全に置いてかれた以上どの道か目星をつけて進むのも無謀だし、そもそも体力がもう無いし、ここで待っていたら向こうから発見されかねない。

 詰みであった。

 

 大きく息をついてから空を見上げる。晴れた空。

 正直ホっとしたというのが大きかった。自分でも自分が何をしているのか分からない謎の行動が終わってくれて。もう見つかって警察行きの心配もない。

 もしかしたらスリルを味わっていたのかもしれない。そういえば昔も小さかった楓の後をこっそりつけて脅かしたりしていたような…

 

 さてこれからどうしよう。早く帰って家で買った雑誌を読むのが常道だろうが。

 それではもったいない、ここまで来たのに苦労して。

 そんな貧乏性から、甲太は河原の道へ行ってみることにした。他の道は登りなので対象外だったからである。

 歩きながら考える。今だったら楓にバッタリ出くわしても言い訳が立つんじゃないかと。


(俺も登山に来たんだよ奇遇だなあ。と言えばいいんじゃね。まさかこんなとこまで付いてきたとは思わないだろうし)

(休日にたまたまこんな場所で出会うなんて、気が合うと思われるかも)

(これがキッカケになって学校でも話ができるようになるかも)

(ここの川綺麗だよな。もう見た? まだだったら一緒に行こうか? とリードして……)

 

少年の妄想は膨らみ続けた。


 河原に降り立つ。

 時期ゆえか水の量が少なかった。

 川に沿って進んでみる。不揃いの石がゴロゴロしていて歩きにくい。

 しばらく行ったところで、これ以上疲れの上塗りをしてもしょうがあるまい、と帰宅を決意する。偶然あの娘と会って意気投合なんて夢物語と分かってるさと、淡い期待を水面(みなも)に投げ捨てながら。

 そこで目に飛び込んで来たもの。巨大な岩の一群。

 大昔に流れてきたものだろうか、大きいものは小型のバスぐらいある巨岩が連なっていた。

 それを目にした甲太は疲れも忘れ、そばまで近寄り見上げ、周りを歩いて観察する。

 やがて登りやすそうなルートを見出すと、荷物を置き一心不乱に取り掛かった。

 コミュ障に悩むネット中毒の少年にも、微かに残っていた童心の発露。

 そして少年は岩が形作る連峰の頂を制覇した。

 実に清々しい気分・眺め。今までの苦労が少しは報われた気がした。全くもって無駄だった今日の遠足、追跡が…

 ふと急に楓のことを思い出した。そしてどこからか彼女に見られているんじゃないかという感覚(錯覚)を覚えた。

 見回して確かめればいいものを、いや、ここは気づかないフリでいこう、などと脳内劇場が始まってしまう。(流石に本気で見られてるとは思ってない。が、誰しも見られてる前提で行動してしまうことがあるものなのだ。…あるものなのだ)

 岩登りは子供っぽく見えたかな? これはあくまでボルダリングなんかの競技としてプレイしていたんだよ。そう思わせなければ。

 こちらを楓が覗いている前提で動く甲太。姿勢を正し、どうすれば楓(脳内)にスゴイッと思ってもらえるかと辺りを見て。そして。


(ここから飛び降りれたらカッコよくないか?)


 という場所を見つける。今上に立っている岩の重なり、その一つから草地へ飛び降りることが出来そう(無茶すれば)な箇所があった。

 ざっと高さ2mちょっとか、賢い人なら絶対やらない冒険である。

 しかし、そこは甲太であった。

 正直やりたくない。しかし、楓が観てる(かもしれない)。

 振り返り彼女がいるか確かめることも許されない。見られているからやるでは意味がない。まるでカッコつけてるみたいじゃないか。

 再び始まった自縄自縛により、甲太は自らの手で己を突き落とすこととなった。

 覚悟を決める。草地に狙いを定め。

 飛んだ。


 空中に着地した。


 階段を降りていたら最後の一段の高さが低くて、足裏に衝撃をうけることがある。それの3倍増しぐらいのものを甲太は感じた。だが痛みは無い。

 甲太は今の自分の状態が解らなかった。

 空中に浮かんでいる。いや足裏に感覚があるので、空中に立っている? なにこれ?

 見間違い? いくら目を凝らしてもよく分からない。白昼夢? しかし夢だとしていつから? となると怪奇現象? はたまた自分の精神に異常が?


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッッ)


 考えが恐ろしい方向に向かいだし、あと十秒もすれば叫びだしそうな甲太の目の前、10メートルほど先の空間が光りだした。

 地上からも4メートルほどの高さ、何もない空間が光っていた。日の出を連想させる半円形の光。

 空中浮遊の次は謎の怪光と、さらなる脅威に見舞われている甲太だったが、その光を見た途端──なぜか落ち着きを取り戻していた。

 まず足元を確認する。歩ける、空中を。地上から3メートルほどの高さに見えない構造物がある。

 にじり歩きで、まず一歩、後ろへ足を乗せる。いけた。そのまま振り向きゆっくり歩き出す。そうしてこの不可思議な体験のスタート地点たる岩の上に戻ってこれた。

 さて後は大至急もと来た道を急ぎ、誰かにこの異常事態を伝えるだけであるが。

 なぜか甲太は再び振り向き、光のもとへ向かって歩みだした。

 光に引き寄せられる虫に人の顔があれば、こんな表情だろうなという面持ちで。

 足に何かがぶつかる。段差がある、それもかなり高い。見えない階段やら坂やらが光のところまであるようだ。

 手間取る甲太。すると足元が動き出し立っていられずに這いつくばる。

 自分が空中を移動している。その光景にあっけにとられていると移動が止まった。

 顔を上げると光がそばまで近づいていた。いや、近づいたのは自分か。

 甲太は立ち上がり、怖々光に寄って行く。よく見ると光は空間を直線で区切った囲いの中から放たれている。


(入り口…?)


 異世界への入り口となると、いくら甲太でも軽々とは入れない。だがよく見ると(目が光に慣れてきた)入口から奥が見える。壁がある。部屋だ。光る部屋だ。どこか異次元へと通じてるわけではなさそうなので、少し安心した甲太は足を入口に差し込んでみる。

 足は光に照らされているだけで何も起きない。一歩踏み出すと中は固すぎず柔らかくはない、不思議な感触の床だった。とうとう顔を入口から中に突き出してみる。

 気のせいか光は薄まり見やすくなった。内部は2平方mぐらいの広さか、壁がやわらかく発光しているので正確な大きさは分かりづらい。見上げると照明器具はなく。これまで見てきた光の正体は、部屋全体が光っていることによるものだった

 そうするうちに部屋の天井の光が強くなり、光が直線や曲線を描き出す。色とりどりの光源によってシャボン玉や水の流れのような模様も現れ、まるで電子望遠鏡で撮った銀河の写真のようだ。

 その輝きに魅せられ部屋の真ん中まで歩み寄る甲太。

 そして入口がシャッターのように、だが静かに閉まり。

 甲太は普通に閉じ込められた。


 慌てて振り返り言葉にならない喚きを散らす甲太。

 面白いぐらい簡単に罠にかかってしまった、愚かな動物はとって食われるだけ。

 けどそうはならなかった。ここでは。

 入口があった辺りをドンドンやる甲太に対して。


『大丈夫かい。安心してほしい。大丈夫』


 天からの声、もとい天井から声が響く。

 びっくり仰天し、動きを止める甲太。何か人間の言葉だったようだが。


『驚かせて済まない。ここはある機械の内部。そして私はそのメインコンピューターだ』


 ポカンと、人に見せられないほどのアホ面下げてしまう甲太。言葉がでない。


『私の言葉が伝わっているだろうか? この言葉で合っているかな?』


 コクコクと頷く甲太。やっと落ち着いてきた。


「えっ…と、合ってるよ。あなたはコンピューター?」


 ようやく口がきけるようになった甲太にむけて。


『分かってくれたのか。ありがとう! そう私はメインコンピューター。この機体のパイロットをサポートする存在だ』


 コンピューターと名乗る割には、音声に喜色が混じっているように感じられた。

 ここまできて甲太は分かったような気がした。これは何かの装置だ。だとすると……


「え…え~~~~と。これはドッキリですかテレビかユーチューブの。オレがそこに紛れ込んだとか……」


『ドッキリ…… 映像における娯楽分野のジャンル… そうではないね』


 確かにこんなすごい装置を使ったものは見たことない。テレビならもうスタッフが駆けつけて来てる筈だし、YouTubeでもここまで大掛かりなのはまず無さそうだ。


「…とすると… 何かの実験ですか? 透明になるマシンを開発中の研究所とかの」


 それを聞いた天井からの声はしばし沈黙する。なんかすごい飲み込みの悪い奴だと思われた気がして、甲太に焦りが出る。

 気まずい時間は長く思われたが実際には三秒ほどで。

 天の声は、


『そうだな。見てもらえば分かりやすいだろう。これが私を内包するこの機体の姿だ』


 壁面が映像を映した。そこにはロボットの姿があった。


「は・・・?」


 甲太から息がこぼれる。

 そこにあるのは、まるでアニメかゲームに出てくるようなロボットの立ち姿だ。これがなんだというのだろう。少し混乱する。


『現在の外観は光学技術によって人には目視できないようになっているんだ。その効果を解除するとこういう形状になっている』


 天声はそう言う。


(はあ?)


 だとすると自分はロボットの中にいるというのか? しかもこんないかにも自分ロボットでござい、といったベタな形のロボットに。

 海外の企業で開発されているロボットの映像を見たことあるが、頭は無く手足は細くて人間以上にシャキシャキ歩く(それが少し気味が悪かった)ものだったが。

 ここに表示されたロボは全体的に角い感じで、胸とか肩がでっかく、とても海外のロボットほどは素早く動けそうにない。そしてなにより人っぽいマスク顔が鎮座していて(端正ではある)、額と呼ぶべき場所には実用性の薄そうな飾りが輝いていた。


「え~~~と…」


 つい三十秒前までの狂騒がすっかり冷め、やはりこれは夢なのではないかという思いが強くなってきた。


『どうしたんだい。何か問題があったかな』


 なんか引いてる甲太を気にする様子の声。


「いや… これホントかなって…」


 今が現実かすらも疑い始めている甲太に。


『もっともな疑問だ。君を巻き込んだ責任がある。思う存分見てもらおう』


 そう言うと、先ほど閉まった入口が上に開いた。

 甲太が振り向くと、外の透明な床に色が着き始めていた。

 さっき甲太が歩いてきた姿が見えない構造物、それが日が暮れだしたように黒ずんでいき、暗いグレーに染まった。

 そのグレーの床が向こうから起き上がってくる、大きいタイルが幾つも動いて柱のように上に伸び…


(あれっ! これってまさか!!)


 大発見したように目を見張る甲太を前に、グレーの構造物は見えやすくするためか、少し離れていく。

 それは巨大な手だった。

 柱かと思ったのは指であり、タイルに見えたのは指の腹にあたる箇所だった。


 再び近づいてくる巨大でグレーの角ばった手。まるでここに乗れと待ち構えているような手つき(?)になった。


『パイロットがいない今の状態で、あまり多くの生命体に視認されたくはない。だが、君の希望とあらば少しだけこの姿を現そう』


(こう言うってことは乗っていいんだよな)


 そう察して甲太は、さっき閉じ込められたかと肝を冷やした入口を出て、差し出された掌と思わしきメカメカしい構造体にそっと体重を預ける。

 するとそのデッカい手はゆっくりと左右に往復する。この大きさの機械なのに自動車やエレベーターより滑らかで優しい挙動に感じられた。

 ふと甲太の上に影がさす。振り返って仰ぐと今出てきた光る入り口の周りはメカニックの建造物に囲まれていて、その上… 最上部にはモニターに映されていた、だが遥かにデッカい顔がこちらを見ているのだった。


 デカ顔の目(どう見てもこれは目だろう)は光る多角形の部位となっていて、目玉のようなものはない。けれどもそこからは、明らかにこちらへの視線を感じ取れた。

 甲太は驚き・思考停止し・それから感動を覚え始めた。岩を登った時のように、純粋な童心が湧き上がってきたのだ。

 もうこうなったら夢だろうが何だろうが、どうでも良かった。

 だってそうだろう、アニメのようなロボットが目の前に現れ、すごい友好的で、君にだけと言ってサービスしてくれるのだから。

 惜しむらくは甲太にロボットアニメの知識が殆どない、ということ。


(中学の時そういうのが好きなヤツがいたな。もっと付き合っておけばよかった)


 まだコミュ障ではなかった頃を回想し悔やむ甲太。だがこうしてる場合ではない。ロボット相手では好奇心がコミュ障を凌駕する。というかロボット(しかも巨大な)相手だとコミュ障ってどうなるのだろう?

 ロボットの顔や体が宙に薄まり消えていく。

 まだ色を残しているロボ手の動きに合わせて、甲太は再びロボットの中に戻った。

 

『機体を見せるのはここまでにしよう。周囲に知的生命体の反応はないが、パイロットがいない現状では用心に越したことはない。パイロットがいれば別だが……』


 何か含みを持たせるようなことを天井の声は言ってる。

 パイロットという部分に反応した甲太。


「パイロット… 自動で動くんじゃないのか。じゃあ、もしかしてここは操縦席?」


『その通り。ここから機体全体のオペレートを行う』


「でも椅子無いんじゃん」


 相手がメカだからか、だんだんくだけた口調になってる甲太。


『足元に注意して』


 下を見ると部屋の中央の床が光っている。その上に置かれた甲太の足の下から振動、スマホのバイブレーションみたいの、が伝わってきた。足をどけると光りの下から光る椅子、ゲーミングチェアのようなのが上昇してくる。泉から浮上するように。


「おーーー すげえ」


 そろそろ驚くのに慣れてきた少年は馴れ馴れしく座席を撫でまわす。コックピットと判明したこの部屋全体と同じく光っていたが、目が疲れることはない不思議な静かさをもった輝きだった。


「座っていい?」


肯定が返ってくることしか予想せず、もう座りかけている甲太。


『いいとも』


予想通りの答え。


 巨大ロボットの操縦席に座ってみた。

 素晴らしい座り心地。椅子に拘るタイプの人間だったら感涙にむせぶ程。でもまだ若い甲太は。


「ほ~~~ いいねえ」


こんなところだ。

 

「これは?」


 手をワキワキさせてなにかを催促する。


『操縦桿か。この機体の本来の仕様には無いが。用意しよう』


 察しのいいロボットさんが言うと、操縦席の肘置きの部分から光る棒がせり出てきて、先端がもにょっと形を変え光が消えると、いかにもな操縦桿になっていた。

 両サイドに出来た操縦桿を握り、顔を上げると前面の壁、入口があったところに外の風景が映し出された。もはや口に出さなくてもこちらの望むことを叶えてくれる。

 それにしてもこの眼前に映る光景は、コックピット(胸部カメラ)からの視点なのか、ロボットの眼から見た視点なのか。そこは甲太には分からないし気にもしなかった。


「…よし… 発進!」


 厳かな声を作って甲太が操縦桿を前に倒す。操縦方法など知りもしないのに、このシチュに酔っぱらってしまっていた。


「? あれっ 動かない」


 当然だ。どこの誰がこんな危なっかしいガキに巨大ロボを操縦させるだろうか。

 ただ、ロボが指摘したのはそこではなかった。


『それはできない。現在この機体は偽装のための行動以外は、行えないようになっている』


「えー、せっかくロボットに乗ったのに動かせないなんて!ありえね~」


 まるでテーマパークに来たのにアトラクションが休みだったようなノリで言う。


『動かしたいなら君をパイロットと認証しなければならない。それを行えば自在に動かせるし、この機体の能力をフルに利用できるようになる。…君が望むならば』


「え……」


 突然の申し出に甲太は戸惑った。


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