第18回 とある首都上空にて
「綺麗な月だ…… この地では古来より、多くの月を詠った詩が創られたと聞くが、それも頷ける」
サンゴーグレートの前に浮く未知のロボット。
マスクを大きな満月の方に向け、呑気そうに上記の台詞を述べている。
一方の甲太。
今この瞬間のあまりにも現実感の感じられない状況に、必死に付いていくのがやっとだった。
(これは…… まさか…… ほんとに……)
そんな錯乱状態の少年に、目の前のロボットは顔を向ける。
「こんにちは! いや……こんばんはだったかな。サンゴーグレートとそのパイロットの君!」
朗らかな声を掛けられてますます現実感を失う。なんだこれは。なんだこいつは。なんだこの状況は。
これは、こいつはやはり……
(本当にそうなのか……? こいつはホントに「それ」なのか……!? もし「それ」だとしたら… もう… どうしたら……)
目の前のロボは、本当に甲太の考えるところの「それ」なのか。
その事実を確かめる術はない。こちらから声を掛けるわけにはいかない。そんなこと出来るわけがない。
そんな迷える甲太に、あちらのロボがいとも簡単に答えを与えてくれる。
「挨拶しなきゃな。コホン。え~僕の名前は降りてから明かすとして、今君の前に立っている…… 立っているってのも可笑しいけど。ま、ともかく君の前にいるこのロボットの名は『イダルトゥ』。サンゴーグレートと同じタイプのロボットさ。いやー、それにしてもカッコいいねサンゴーグレートって名前は。こいつもそんな感じのロボっぽいのにすればよかったよ」
サラリと告げられた。「それ」について。
それは、甲太が一番恐れていた事態。
サンゴーグレート と同じ タイプの ロボットが 他にも 存在する
甲太はこれまで内心、こんな事態が来るのを、ずっとずっとず~っと怖がっていたのだ。
(なんで…… なんであの時もっとちゃんと聞いておかなかったんだ……)
後悔の海に沈む甲太。
あの山中の河原で。
サンゴーグレートがまだサンゴーグレートでなかった時。
甲太が色々質問攻めにしていた時。
あの時、絶対に聞いておくべきだったのだ。
「君には仲間はいないの?」と。
けれど、あの時はどんなスゴイ能力が有るのかの質問に夢中になってしまって、“それ”を聞くのを忘れてしまって。
その後、何度か聞こうかと迷う時はあった。でもサンゴーグレートとどんどん関係が深くなるにつれ、だんだん“それ”を聞くのが怖くなってしまっていた。
相手は機械なんだから、何も臆せずに聞けばよかったのに。
こんなにも自分を慕ってくれているロボットなのだから、もし仲間がいるんだったら聞かずとも向こうから教えてくれるはずだ。
そんな考えでこの質問は心の奥底に封印してしまって、最近では思い出すこともなかったのに。
(なんで今! このタイミングで!)
だったら他のタイミングだったらよかったのか。それは分からないが。
朝から、自分の正体が世間にバレて、みんなにカミングアウトしようと思ったらテロリスト扱いされて、しまいに戦闘機にミサイルで撃たれて、もう訳が分からなくなって、眼下の国会議事堂を撃とうとしていた。
そんな滅茶苦茶な状況で、更に新しく現れた未知なるファクターに、甲太の混乱の度は深まっていくばかりだった。
そんな甲太を前にして、向こうはサンゴーグレートからの反応を待っているようだ。
待ちながらも、また何か語っている。
「折角日本に来たんだから観光もしたかったなあ。友人に日本人がいてね、結構日本通なんだよ僕は。行くとしたらまずは…… やっぱり栃、ん? なんだ? 分かってるよ、さっさと済ませるさ」
向こうのロボットからの声を聞いて、甲太に緊張が走る。
今の言葉。今のは自分のロボットと会話していたのだ。
甲太とサンゴーのように。
あのロボット、イダ何とかが自分のパイロットに助言した、いつもサンゴーグレートがやるみたいに。
甲太には経験上分かる。ロボットが自らのパイロットにアドバイスした。ということは。
何かしてくる。
緊張の大波に呑みこまれそうな甲太は、震える声で。
「サンゴー…… あれはいったい… どうすればいいんだ… こんなとき……」
するとサンゴーグレートは。
『……一度退避することを推奨する。戦うのは危険だ。絶対に避けるべきだ』
なんかすごい棒読みというか、ロボットっぽい言い方で言ってきた。
「いや… 逃げられるのか? あれから……」
『絶対戦ってはいけない。戦うのは危険。危険だ』
なんか壊れたテープだかレコードだかみたいに、同じような事しか言わなくなる。
「ちッ」
この、ホントの本気で一番大事な場面で使えない奴だ。
(でも…)
それだけヤバい状況だということか、これは。
その間に。
あちらのロボットが近づいてきた。ゆっくりと。
「こちらとしては話し合いたいんだ。とくに僕は。君はどうしたい?」
静かに迫ってくる知らないロボットを前に、混乱した甲太の脳内の一部でシミュレーションが始まる。
(こんな凄いロボットを手に入れたんだ……)
この凄いロボットが、自分のものの他にも存在するんだと知ったら。
普通はどうする?
独占したい。誰だってそう思う。こんなロボットが何体もいたなら、それこそ世界征服だって夢じゃない。
だけど操縦する人間が必要だ。甲太が乗る前のサンゴーグレートは、フワフワ浮くことしかできない代物だった。
ロボットのパイロット達が、お互いを信用して仲間になる。それが理想だろう。だけど…… そんなに上手くいくだろうか?
見ず知らずの人間がパイロットだったら信頼できるだろうか。事実、今目の前にいるロボットに対して、自分は警戒している、最大限に。相手もそれは同じだろう。
信頼していない者同士が集まっても、やがて意見の相違や利益相反で仲間割れを起こす。そして───
他のパイロットを排除して、自分の身内や友人に置き換えようとするんじゃないか?
自分がやらなくても相手がやるかもしれない。パイロットは他のパイロットに狙われる……
(そもそも一体何体のロボットがいるんだ? それが分からないならどうしようも……)
いやまて…… 解決する方法が一つ。自分以外のロボットを全て破壊してしまえばいい。
そうすれば不安も心配もなくなり、大手を振って世界と向き合える、自分が唯一のスーパーロボットのパイロットなんだと。
たった一つの存在となれば、よりその価値は高まり、世界の祝福を一身に受けられるだろう。
(その可能性が一番高い…… 誰だってそうする……)
そう、つまり目の前の相手は。サンゴーグレートを破壊する為。もしくは捕獲してパイロットを入れ替える為に、ここに来たのだ!
その相手は近づきつつ、訴えかけてくる。
「僕たちはロボットを保護するための、世界的な枠組みの組織だ。だから安心してほしい、君の身の安全は保障する。──話し合いに応じてくれるなら」
だめだ。口車に乗ってサンゴーグレートから降りれば、すぐに射殺されるか捕まって実験台にされる。それだけは出来ない。
ここはサンゴーの言う様に…
(逃げ……!)
一瞬よぎったが、その考えは直ぐに捨てる。
同じタイプのロボットだったら、目からビームを撃てるはず。背を向けたら良い的になるだけだ。
残された手段はただ一つ……
相手のロボット、イダルトゥはさらに近づいてくる。
「話し合いに応じてくれる…… ということでいいのかな?」
その呼びかけを口火として、甲太は動き出した。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
操縦桿を目一杯倒し攻撃に打って出た。
『…了解、敵を撃破する』
サンゴーグレートがそれに応える。渋々といった感じだが。
とんでもない加速からのパンチで相手に飛び掛かる。
凄まじい加速Gに甲太も潰されそうになる。
慣性制御しててもこれだけのGを伴う加速。その速さのままに、サンゴーグレートの拳がイダルトゥに迫る。
ヒラリとかわした。間一髪。
(!ッ …だけど、相当な衝撃をパイロットに与えたはず……)
甲太は願うが。
「ま…… そうなるか」
敵となったパイロットの声が聞こえる。動揺の気配は感じられない。あまり堪えてないようだ。
逆に甲太の方が浮足立ってしまった。次にどうするかと判断にまごつく。
そんな甲太に対して、向こうのパイロットは。
「では制圧にかかる。覚悟してくれ」
その台詞に甲太は縮み上がった。
サンゴーグレートに乗ることになった際、勉強として動画サイトでロボットアニメの名場面集なんかを観て、いつか自分もこんなロボット同士のバトルを演じてみたいと思ったものだが。
実際にやってみると、全然楽しくないというのが分かった。
頭は痛むし、お腹も痛むし、手は震え思った通りに動かせない。気分は親知らずを抜く直前よりも追い詰められている。
汗が流れ過ぎて気持ちが悪いし、吐き気もしてきた、動悸が激しく胸を破りそうで怖い。その上で一番厄介なのが「もう全部投げ出そうぜw」という自分の内からの誘惑であった。
それでも戦わなくては、自分は間違ってないと証明するために。
反転して敵、イダルトゥと向き合う。
イダルトゥが向かってくる。対応して構えながら。甲太は気づく。
相手の動きがフラフラして定まってない。自分ならあんな動きしない。もっとキビキビ動かせる。
ふと、楽観論が浮かび上がる。
(もしかして、俺の方が上手い?)
サンゴーグレートと出会ってからの練習の日々が頭をよぎる。
無人島で、時間を忘れ、技術の向上に励んだ。
そうだ。自分は相当な腕前なのだ。ロボットの操縦に関して。
練習中にも我ながら才能あるかもと、幾度も思ったものだ。
その思いは自惚れではなかった。
一欠けらだった楽観がたちまち頭を埋め尽くして、甲太は攻勢に出ることにした。
「くらえっ!! おれの力!!」
叫びながら相手に急接近する。こんどは逃がさない。
イダルトゥは急に近づかれ面食らったのか、ゆらゆら揺れるばかり。
「これで終わりだあっ!!」
渾身の力で、サンゴーグレートは敵の胴体目掛け正拳突きを繰り出した。
(???えっ???)
なんでかわされてるんだ?
解らない。
これだけデカいロボットのボディーに、これだけデカいロボットがパンチしているのだ。フツーはかわせない。
だが目の前は空であり手ごたえもない。
(まぐれかっ!)
そう必死に祈りながら、続けて回し蹴りを喰らわす。パンチを避けた反動か、敵機はフラついている、これなら当たる。
(…もしこれが当たらなかったら)
それはもう。
回し蹴りという最も当たりやすいであろう攻撃を、イダルトゥは深くお辞儀してかわした。そしてすかさず体勢を立て直す。
これで解った。もう答えは出た。
敵の、イダルトゥの性能は、サンゴーグレートより上だと。
わかってしまった。
それなのに甲太は、続けて攻撃を繰り返した。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを実践するが、もう本人にも解ってる。
難解な数学の問題に、当てずっぽうに答えを書いて正解しようとしているのだと。
サンゴーグレートは打撃を続けた。パイロットの甲太はもうべそをかいている。
避け続けるイダルトゥだったが頃合いを見計らったように、サンゴーグレートの繰り出した拳を掴んだ。
夜空の下、相手のパンチを受け止め、宙で静止する巨大ロボット。
正にロボットアニメかの光景。甲太の夢は叶ったのだ。悪夢だとしても。
「大したものだ、独学でよくこれだけの技術を習得したものだよ。まあ、うちも独学みたいなもんだけど」
涙目の甲太を慰めるように、イダルトゥのパイロットは褒めてくれる。
「くっ!くぅっ!クソッ!」
甲太はサンゴーグレートの拳を掴んだイダルトゥを振り払おうとするが、相手が上手く力加減をコントロールしているので叶わない。
一見サンゴーグレートと似たような姿の機体に見えたが。
(こんなにも性能が違うものなのか!?)
そんな甲太の疑問に。
「こちらの、イダルトゥの性能が上回っていると思ってるかい? 実はそうじゃない、サンゴーグレートの性能が落ちているんだよ」
(!!!)
相手の意外な言葉に驚く、どういうことだ。
イダルトゥが掴んでいた手を離す。
振りほどこうとしていたサンゴーグレートは勢い余って、仰け反りながら後退した。
その様を静かに見つめながら、イダルトゥの中から声が続く。
「さっきサンゴーグレートはビームをチャージして撃とうとしていただろ? その発射直前で僕に呼び止められて中断し、そのまま戦闘に突入した。結果、集められたエネルギーが急激にリバースして、エネルギー回路に異常が生じているという訳なんだな」
(そうだったのか…… くそっ)
種明かししてもらったが、それで事態が変わるわけでもない。なんで敵が、こんなアドバイスのようなことを言うのかも分からない。
「性能が落ちてると言っても僅かな差なんだ。だけどお互いの力が拮抗している為に大きく感じるのさ。……まあ実はそれを狙ってたんだけどね。 ビームをチャージするのを見て、しめた! と思って撃つギリギリまで待っていたんだ。いや~~冷や冷やもんだったよホント!」
「こいつ…………っ」
平然と言い放つ敵パイロットの言葉を聞いて、甲太は慄然とする。
こいつは…… 残酷だ……
甲太が下界に向けてビームを放とうとしているのを、直前まで止めずに傍観していたと言う。もし何かミスでもあったら、眼下にクレーターが広がっていたかも知れないのに。
賭けたのだ。
人命を種銭として賭けに出た。
負けたら取り返しがつかない賭けに。
平然とそんな行いが出来る人物が、今目の前に居る相手だという。
ビームを撃とうとしたのは甲太自身なのに、直ぐに止めてくれなかったイダルトゥのパイロットに恐怖を感じているという、傍目には滑稽にも見える心境ではあった。
こんな恐ろしい人間に捕まったら、悲惨な運命が待っているのは間違いない。
恐怖におののく甲太だったが、その中でふと閃きを得る。
戦いに入る前の、敵パイロットの言葉。それはイダルトゥとの会話だったと想像するが、それは何か急かす感じのやりとりだったように聞こえた。
(そうか────)
黒雲に覆われていた甲太の心中に、一筋の光が差しこんだ。
サンゴーグレートが、エネルギーの逆流で性能の低下を起こしているというのは一時的なものなのだ。
だから向こうのロボットはパイロットを急かした。それが分かっているから。
ならば…… だったら…… いや────
(よし……!)
作戦を固めた甲太。生き延びるために、迷いを捨て決心する。
という訳で、サンゴーグレートは少しずつゆっくりと、イダルトゥとの距離を広げ始めた。
「そうするよね。少しでも時間を稼いで、回復を待つ。それは判るんだが、だったら僕とお喋りでもして時間稼ぎすればいいのに。寂しいなあ」
甲太の目論見に気づいた敵パイロットだったが、注文をつけてくる。
確かにそれも道理なのだ、会話しながら時間稼ぎするのが、最も実行しやすい手だろう。
だが、それはできない。
話してこちらの状態を、ちょっとでも向こうに漏らすわけにはいかない。
今の甲太の覚悟と緊張が、相手に伝わることだけは絶対に避けなければ。
(わざわざサンゴーの異常を教えてくれたのは余裕を見せつけるためだろ…… 後悔させる…… そのふざけた余裕ぶりを後悔させてやる!!)
感情を高ぶらせていく甲太。賽は投げられた、後はやるのみ。
空中でサンゴーグレートの後退りが加速する。
「さて…… こちらも真剣にならなきゃな。残された時間は少ないか」
じりじりと距離を詰めていたイダルトゥのスピードも上がる。
一秒後、ロボット同士の高速追いかけっこが始まった。示し合わせたように両者スロットをぶち上げる。
逃げるサンゴーグレートは、身体を一直線にし、敵のビームに備える。
追いかけるイダルトゥも空気抵抗を減らすため同じ姿勢をとる。
サンゴーグレートとイダルトゥは同じ性能らしい、ならばお互いが本気で飛べば、差が詰まることはない筈。
だが。
徐々に2機の距離が縮まっていく。まだサンゴーグレートの不調が治っていないのか。
「それもあるけど先行の方が空気抵抗を受けやすい、所謂スリップストリームだね。加えてこちらは、機体の表面の力場をコントロールする研究してたからね。さらに空気抵抗を少なくできる」
甲太の思考を読むように先回りして答えてくる敵パイロット。
(まだ余裕を見せてやがる──)
2機は遥か上空を飛んでいたが、それでも空気を無理やり切り裂く轟音は地表まで届き、人々に脅威を与えた。
距離が縮まる。追いつかれる。相手のビームが当たる距離だ。
──それが甲太の計算だった。敵はビームを当てられるが撃ってはこない。
これだけのスピードで、狙ったとこだけを撃ち抜けるものか。
あいつは、イダルトゥのパイロットは。
サンゴーグレートを破壊する気はない。
破壊する気なら、さっきのビームをチャージしていた時にもう撃ってる筈。
ということはあのロボのパイロットは、サンゴーグレートのパイロット・甲太だけを取り出したいのだ。でなければあんなにベラベラと話しかけてこないだろう。油断させて降ろすため、そう考えなければおかしい、この状況であんなに喋る人間がいるはずない。
だからこちらも油断させる。
サンゴーグレートが追い付かれているのは、向こうが速いから、だけじゃない。
(こっちが遅くしてやってるんだよ!)
読心術きどりの間抜けなパイロットめ! 今の思いを読んでみろってんだ!
そしてサンゴーグレートは機体を翻した。
『今だ! 甲太!!』
「ああっ!! サンゴォォーーーーービィーーーーーーームッ!!!」