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第16回 とある議事堂を見下ろす夜の空にて



 総理大臣に会うにはやはりアポが必要だろう。

 ということで、「自分はあの有名な【CODE三五九】の正体であり、宇宙からやってきたスーパーロボットのパイロットである。日本を守るヒーローとして認めてもらいたいから総理大臣と話させて」、といった内容のメールをサンゴーグレートにしたためさせ、政府の専用回線に送り込んだ。

 

 総理大臣に会うのは流石に緊張する。実はよく顔も知らないが。

 甲太はサンゴーグレートをゆっくり飛ばしながら心を落ち着け、何をどう話すのかシミュレーションする。



 そろそろ国会議事堂が見えてくる。といったところで前方に煌々とした光が、多数、焚かれているのが目に入ってきた。

 そこには多くの警察車両が集まり、サーチライトが焚かれ、道路が封鎖されていた。

 飛んでいるサンゴーグレートには関係ないとはいえ、何とも進みがたい雰囲気が醸成されている。

 サンゴーグレートを待ち構えていたと思われる一団、数百人はいるだろうか、の列の真ん中に、とある車両が停まっていた。

 それは群衆整理に使われる、DJポリス用の車に見える。

 その上に、堅苦しいスーツを着た真面目そうな人が、拡声器のマイクを握って立っていた。

 太目で貫禄があるその人は、甲太の目からはおじいちゃんぐらいの歳に見える。

 おじいちゃんっぽい人は、サンゴーに向けて語りかけてきた。


「え~~。そこのロボットに乗っている方。聞こえていますか? (わたくし)、防衛省UFO研究対策室で室長を務めさせてもらっております、越前と申すものであります。どうぞお見知りおきを」


 いわゆる高級官僚と云われる(たぐい)の人のようだ。

 続けて言う。


「私、以前は内閣官房参与を勤めていた経験もあります。今回この事態の対応を政府より、一応でありますが任されております」


 相当のキャリアだぞ、と匂わせてくる。

 ただ、甲太には全く通用しない。


「え。何この人… まずこの人と話さなきゃいけないの?」


 状況がよく分からない甲太に、越前は語りかける。

 

「いやぁ。そのロボット、格好いいねぇ。私も子供の頃はてつじん28ごうとか喜んで観ていたもんだよハハッ・・・ ……え~~。では… そこのロボットの乗員に告げます。今すぐロボットを降りて投降しなさい。繰り返します。ロボットに乗っている方は、今すぐ降りてきてください」


 甲太に衝撃が走る。

 慌ててサンゴーのスピーカーを使って反論した。


「投降しなさいってどういうことですか? 俺は何も悪いことしていないです! 俺は総理大臣に会いに来ただけです!」


 見上げるほどの巨大ロボットから、あまりに子供っぽい意見が返って来たので、面食らう越前だったが、気を取り直し重ねて呼びかける。官僚だけに融通はきかなそうだ。


「言いたいこともあるだろうが、それは(しか)るべき人間が聞くから、とにかく一度降りてきてほしいんだ。君はさっき自分のことをコード359と言ったね? 名乗ったよねえ?」


「それが何なんですか!? 俺はただ自分の──


「コード359とかいう者は、先ほど行われた審議でテロリストとすると閣議決定されている。つまり君はテロリストという扱いになっているんだよ」


「はぁ!? なにいってんの…… バカかよ……」


 相手の言ったことが信じられない。なんで自分がテロリストなんだ?

 何かの間違いかと思い、聞き返そうとしたところでサンゴーグレートが、


『現行の事態に関連する情報が流れている』


 とモニターにテレビの映像を映した。今流れているニュースのようだ。


《──われた閣僚会議において、コード359と名乗る人物組織を、自らの主義主張を喧伝する目的で日本国民の生命財産を脅かす存在と定義し、公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律第一条及び自衛隊法第81条の2第1項に基づいて、これを国家の取り締まり対象とする犯罪組織いわゆるテロリストと認定することを閣議決定しました。それではここからは──》


 普段はお天気の話題で一喜一憂しているキャスターの人が、本領発揮というような流暢さで訳の分からない言葉を垂れ流していた。

 言葉の意味はチンプンカンプンな甲太でも、偉い人たちが自分をテロリストだと一方的に決めつけたというのは理解した。


「そんな…… そんなのないよ…… それじゃあこれからどうすれば……」


 突然ゴールポストを取り上げられたかたちの甲太が惑う中、越前がまた呼び掛けてくる。

 先に「バカかよ……」と言ったのが聞こえてしまったようで、少し怒った口調で。


「私の言ったことが理解できたかな? 日本語は通じてるだろうねえ!? 日本人なら理解できるはずだよ。それに乗ってる君は日本人なのだろう? だったらそんな乱暴なことしちゃだめだよ。そんな訳の分からない機械で他人(ひと)を脅かすような行為は」


「うるせ…… うるせぇよ…… うるせえ」


 退路を断たれた少年の中に、少しずつ熱いものが沸き起こり。

 その温度上昇は加速を増す。


 越前は、ロボットの中の人間が相当若いと思い、叱りつけるような口調となる。


「何か言ったかね? 言いたいことがあるなら聞くから一度降りてきなさいと言ってるんだよ、こちらは。話し合いたいんだからこちらは。それが伝わらないか? 分からないかな? 君はそれでも日本人なのか? 日本人なら分る筈だ。日本人なら周りに迷惑を掛けずに早く降りてくるんだ」


「うるせえよ…… 何が日本人だ。 何回言ってんだよ日本人って……!」


 イラつく甲太の声を聞き、機嫌を損ねてしまったかと少々トーンダウンして。


「いや…… すまない、こちらが一方的に言うばかりになってしまったか。分かりました。もう少し時間を…… ゆっくりやりましょう。何かこちらに要望はあるかな? 叶えられるか分からないが、最大限努力はしよう」


 ご機嫌を伺うような変わり身の早さに、甲太の苛立ちはかえって増した。

 なんでこんな弱者どもに、ここまで舐められなければいけないのか?

 全て吹き飛ばしたくなる衝動をこらえて、要望を口にした。


「だからソウリダイジンだって言ってるだロ……」


 それを聞いた越前は呆れかえったような顔を見せた。こんなに言っても理解していない話が通じてないのかと。

 越前の傍らには、交渉の専門家であるネゴシエーターがついていて、助言を行っていたが、越前が全然聞いてくれない。

 甲太の要望について、ネゴシエーターは“分かった検討する”と伝えるよう言いたかったが。

 それより早く越前は返してしまった。


「そんなこと出来るわけないだろう。総理は日本国の代表だよ? 君のような人間は会えないんだ。だから言ってるだろう、君はもうテロリストなんだ! それが嫌だったら早く投降しなさい。君は… 赤井手君というのかね?」


「!!」


「マスコミが君がその赤井手甲太だと騒いでいるようだが、もしそれが本当ならご家族はどれだけ悲しむだろうねぇ… ただ、今ならまだ間に合う。君がその危険なロボットを我々に引き渡して大人しく降りてくるなら、我々も考えようじゃないか。まだ未成年ということもあるし、テロリストという扱いは取り消してあげてもいい。ご家族にも被害が及ばないように保護してあげてもいいのだよ?」


「そうですか。。分かりました」


 甲太の冷めきった声に、分かってくれたか、と越前はホッとし、ネゴシエーターは真っ青になった。


 次の瞬間。


「ふざけんな… ふざけんな…… ふざっけんなっ!!」 


 甲太は爆発した。

 もう沢山だうんざりだ。


「あ……あ…… 落ち着いて! いったん落ち着いて……!」


 仰天し慌ててとりなそうとした越前目掛けて、サンゴーグレートがブーストをかけ急速接近した。


「あ~~ああぁぁ~~」


 か細い悲鳴を上げ、頭を抱える越前の頭上をかすめ、巨大ロボットは凄まじい速度で上昇していった。

 助かった、ぶつからなかった…… 安堵する越前。が次の瞬間、何か巨大な壁のようなものが衝突してきて吹き飛ばされた。

 サンゴーグレートの高速移動によって生じた衝撃波だ。

 バリケードのように配置してあった何十台もの警察車両が、ミニカーみたいにいっぺんに弾き飛ばされ、ゴロンゴロンと転がっていく。

 


 上空まで昇っていったサンゴーグレート。


 国会議事堂をはるか下に見下ろす位置まで昇り、そこで静止した。


 サンゴーグレートのコックピット内は、慣性制御を行っているので、急な加速でも甲太が潰されることは無い。それでもこんな無謀な急加速をかければ、ある程度の加速Gがかかってくる。だが、今の甲太にとって、そんなもの些末なことでしかなかった。


(許せない……)


 ここまで誠心誠意やってきた自分の行いを無下にされたのだ。

 これほどの力を持ちながらも、自分は人々に気を遣ってきたのに。

 みんなが喜ぶであろうことを必死に考え、頑張って実行してきたのに。

 

 けれどもこの国の一番偉い人たちは、甲太の真心を少しばかりも推し量ろうとせず、何の考えもなしにテロリストだと犯罪者だと凶悪犯だと決めつけた。

 絶対おかしいこんなの。

 どう考えても総理大臣自ら甲太を手厚く歓迎して、「ヒーローとしてこれからもこの国を頼んだよ!」と言ってくれなくてはおかしい。

 絶対その方が国の為になる。そうなればきっと世界中から、驚きと羨望の眼差しを向けられるだろうに。


(なんなんだよ、この国は……)


 憤りと失望の極致にいる甲太の頭に、越前の言葉が反復する。


《──君はそれでも日本人なのか? 日本人なら分る筈だよ。日本人なら周りに迷惑を掛けずに────》


 日本人? そうだ自分は日本人な筈だ… それなのに何故こんなに非難される? 何故こんな……


(幸せになれなかったんだ……?)


 なぜサンゴーグレートと出会うまでの自分は、あんなに惨めだったんだ。

 今のジジイが、日本人ならって言ってたが、そんなに日本人が良いものなら、自分が独りぼっちだった時に、優しく話しかけてくれても良かったじゃないか。

 孤独だった高校生活。


(誰も話しかけてくれなかった。誰も…)


 いや、話しかけてくれた人はいた。

 楓の顔が浮かぶ。甲太は歯を食いしばり、その顔を振り払う。


(あいつは特別だ。幼なじみだし帰国子女だから出来たんだ。もしほかの…)


 他の人が話しかけてくれてたら。


(俺はこんなことしないで済ん……)


 こんなこと、ってなんだ?

 もしかして、今やってることを間違ってると思ってないか?

 

「ェ…」


 自分の中に浮かんできた、もう一つの意見に驚く甲太。そこに。


『警告! さっきの奴だ!』


 サンゴーの声が響き、我を取り戻す。


 見ればF15戦闘機が2機、遠くからサンゴーグレートを中心に挟み込むように、旋回しつつ近づいていた。

 サンゴーの言った様にこれは無人機。

 空戦用ドローンの研究の為に、既存の戦闘機を改修して製作されたテストベッド。米本国で作られた設計を基に、在日米軍内で秘かに組み上げられていた。日本に内密で。

 

 それが何故かここにいた。ミサイルを吊り下げた姿で。

 

 見下ろせば下には国会議事堂が見える。道路の向かいには国会図書館も。

 まさかこんな所で発砲など。


『来るぞ! オートガード発動!』


 一機のF15が20m機関砲を発射。

 同時にもう一機がミサイルを放った。


「え。そんな…」


 何が起こったか分かりかねる少年に向けて。


 サンゴーグレートは、とくに逃げることもなく。

 目の辺りからのビームでミサイルを迎撃・爆散させ、同時に左腕を動かし、機関砲を受け止めた。

 近距離からの爆圧と着弾の衝撃が、サンゴーグレートに響く。


「ぅわあぁあああぁあぁぁ」


 爆音はコックピットに伝わる前にカットされるが、鈍い衝撃は内部まで届き、甲太は小さな悲鳴を上げた。

 

 攻撃に失敗?した戦闘機2機は、すぐさま機影を翻し、この場から飛び去っていく。逃げるように。

 破壊し損ねた少年を置いたまま。


『敵機をロックした。何時でも撃つことが可能だ』


 装填(そうてん)した銃を手渡すみたいに、促すサンゴー。


「あ、あ、あ、あ…」


 甲太は、南の方向へ全速力で逃げていく戦闘機を、涙の滲んだ目で睨みつけ。


「ぃぃぃ死ねやあああぁぁぁあ!!」


 操縦桿のトリガーを引く。後先などどうでもいい。

 

 放たれたサンゴーグレートの光線は夜空を切り裂き、東京タワーからも水平に走る光の筋を目にすることが出来た。

 何とか海に出た無人機だったが、一機がビームに捕まった。海上で爆発したF15の燃える残骸が、ふ頭の公園に墜落する。


「撃ってきた… 撃ってきやがった…… こいつら……」


 震えながら俯く甲太。

 サンゴーグレートを撃ったのは、在日米軍保有の兵器であり、日本側の意思ではない。むしろこんな首都の中枢を、外国の武装無人機が飛び回るなど、聞かされてもいない。


 だが甲太は知らない。分らない。

 戦闘機を写真でしか見たことがない甲太には、今のヤツがアメリカのものか日本のものかなど見分けられる訳がない。

 日本の中心で撃ってきた以上、それは日本の意志だと受け取った。


「いいぜ… そっちがその気なら」


 夜空に浮かぶ巨大ロボットの胎内で、少年の顔に薄い笑みが浮かぶ。


「敵に回るって言うんじゃしょうがねえよなっ」


 祖国に裏切られたと思う彼は顔を上げる。何か吹っ切れたようだ。


「あのジジイ、日本人日本人とうるさく言ってたな……」


 言いながらサンゴーグレートの操縦機器を弄る。


「だったら、その日本人を、日本をぶっ壊したらどんな顔するかな?」


 操縦桿のいくつかあるボタンの一つを押しっぱなしにする。


『甲太、チャージを使うのか?』


「ああフルでやる。出来るか?」


『了解した。サポートに回る』


 澄んだミッドナイトブルーに染まった上空に佇む、サンゴーグレートと名付けられたロボットの様子に変化が生じる。

 人間で言えば目にあたる部分、それが、強く、激しく、輝き始めた。

 地上からもその輝きが見える。見るものに怪しい印象を与える煌めき。


「──サンゴーグレート…… 俺は何も間違ってないよね。俺はただ間違っているものを正したいだけなんだ」


『ああ、間違ってないよ。甲太の気持ちが理解できない者たちは、それだけで悪だと言っていい。正してやるのが後の世界の為でもある』


「………………」


 なにを言っても肯定しかしてくれないロボットとの毎度のやりとり。それに虚しさを覚えながらも、今進むべき先は、これしか見当たらない。


「──後悔しろ馬鹿ども…… この世で最も素晴らしいものを与えてやったのに、お前らは理解できずに踏みにじったんだからな。その罰としてお前らが一番大切にしているものを壊してやるよっ……」


『カウントダウン開始。チャージ完了まで残り30、29、28──』


 サンゴーグレートの額にある、飾りのような箇所が開く。

 そこから更に怪しい輝きが溢れ、空の闇を照らす。両眼の光と合わせ三つの眼光がますます強さを増していった。


 その光は地上の人々の目にも留まり。光が強まるにつれ、自分たちの未来が揺らいでいくかのような不安を感じさせていた。


『20、19、18、17』『地上ターゲット確認。異常なし』


 カウントダウンと同時に照準が定まる、それは眼下の国会議事堂に合わせてあった。


 甲太は虚ろな瞳で呟く。


「終わったな…… 何もかも」


『16、15、14』


「後悔するんだ… 俺をコケにしたことを後悔するんだっ」


『13,12、11』


 サンゴーグレートの顔の三つの光が激しく輝きだし、辺りを照らしだす程に眩さを増す。


『チャージビーム発射まで 10、9、8』


「後悔しろ! 馬鹿どもっ! 消えろお! 終わりだ全部終わらせろっ 全部終わらせちまえええぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!」


「やれやれ。こんなに月が綺麗なのにな」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 何か声がしたぞ(・・・・・・・)


 ──何かの聞き間違いだな。極度の緊張と興奮でコックピット内の雑音が人の声のように聞こえてしまったんだ、きっと。今のは。幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ幻聴だ───



「君は一生僕に感謝するだろうね」


 甲太は、まるで生身で虚空に放り出されたような感覚を憶えた。


 声のもとはこのコックピット内ではない。だとすると。

 おそるおそる。おそるおそる、ゆっくりと機体ごと振り向こうとする。

 だが、いち早く反応したサンゴーグレートが、一瞬で機体の向きを反転させてしまった。

 しょうがないので目をつぶった。そして。ゆっくり。そろりそろりと瞼を上げていく。そこには。


 月下にサンゴーグレートとよく似たロボットが浮かんでいた。






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