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第15回 とある都内某所にて


(!! ヤバいヤバいやばばばb……)


 発見された甲太は泡食って、回れ右して駆け出した。

 するとメディアの群れの中から、何人かがこちらへ向け走り出す。

 逃げる甲太。だがどこへ向かったらいいかも分からない。


 追いかける数人の記者たちも必死になっていた。コンプラ全盛の今日(こんにち)において、マスコミがお目当ての人物を走って追いかけ回すなどは、まずありえないことだ。まして相手は未成年。後で大問題になりかねない。

 だが、後で何かを言われるリスクを負ってでも、今は【CODE三五九】の正体を見つけスッパ抜くことが優先される。

 それほどまでに、世間の重大事項となっていた【CODE三五九】の正体は。

 ある意味、記者生命を懸けて追跡してくる追手に、行く先も分からず混乱している甲太はドンドン距離を詰められていく。


 もう駄目だ。追いつかれる──

 その時、道路に凄まじい突風が吹きつけ。甲太を追い抜かす寸前だった記者が真横にすっ飛んで行った。

 前にも見た光景。

 それが何なのか分かり、少し安心した甲太は、河川敷を目標に走り続ける。

 河川敷まで追ってきた記者たちだったが、そこでターゲットの少年の姿を見失ってしまった。



「うっあっあああぁぁ・・・・・・」


 サンゴーグレートのコックピットで、甲太は細い悲鳴を漏らしていた。


『大丈夫か? 甲太』


 いつものごとく心配するロボット。

 労わるように声をかける。


『すまない。言いつけを破り付いてきてしまった』


「うんうんうんうんうん………」


 操縦席のシートを抱きしめるように身を預ける甲太。

 もはや頼れるものは、この異世界の機械しかない。

 

「どうしよう…… これからどう……」



 これまでは。

 何をやっても、全てどこか遊びのような感覚を持っていた。

 人々にお金をばら撒いても、外国船を沈没させても、殺人犯を私刑にしようとしても。

 心の奥底には嫌になったら止めてしまえばいい、リセットすればいい、という思いがあった。

 困ったことは全てロボットが肩代わりしてくれて、自分はまた普通の学生に戻ればいいと。

 けれどもここへ来て、もう元には戻れない場所まで漕ぎ出してしまったことに気づく。

 家など無くてもいい。大金とそれを稼ぐロボットがあれば。ついさっきまでそう思っていたのに。いざ帰る場所を失うとそんな浅知恵は簡単に消し飛び、絶海の孤島に取り残されたような絶望感に打ちひしがれる。

 

「もう終わりだよ終わり! 完全に終わったね(笑)」


 甲太は自棄(やけ)になったような台詞を吐く。しかし本当にそうなのだろうか。


『甲太。終わってなんかいないよ。大丈夫、私がいる』


 ご希望通り優しく慰めてくれる相手がいるのだ。

 先程受けた冷たい態度を、いささかも気にする様子は無く、どこまでも少年に温かい言葉をかけ、支えると言ってくれる。

 そして、この優しい保護者は、神話の戦神のような強さを持っている。


「本当に側に居てくれるの。最後まで、どんなことがあっても」


『ああ。私はその為に存在する。決して裏切るようなことはしない。甲太を悲しませるようなことはしない』


 どうなるのだろうか。


「ホントにホント? 信じるよ? 俺が世界の敵になっても?」


 どうなるのだろうか。この世で最も強力で万能な存在がいて。


『ああ。いつも一緒だ。甲太とだったらどこまででも行ける。たとえそれが宇宙の果てであったとしても』


 その存在に無償の愛とでも呼べるものをかけられたら。


「そうか…… そうだね。そうだよね!」


 少年の心はどうなるのだろうか。


『そうだとも。だから安心してやってくれ。自由に。君の心のおもむくままに』




 日が傾く頃。

 赤井手邸の前に屯するマスコミ陣。家の中から応答はないが誰かが残って見張らにゃならんだろうということで、当番を決めていた。

 突然その中の一人がスマホをかざし「コード359だ。また変なこと言ってるぞ」と言いだし、周りの者も一斉に手元へ視線を落とす。


【CODE三五九:親愛なる諸君へ これが私からの最後のメッセージとなる 今夜 大都会の中心で 君たちは奇跡を目の当たりにするだろう この日をもって時代は変革の時を迎える 刮目して見よ!!】


 これはどういう意味だ? それぞれがスマホを見つめる中。ふと顔を上げた記者が驚愕の表情を晒して固まった。それに気づいた周りの人間も、彼の視線の先へ目をやり、同じような顔となった。



 

 一時間後、夕方の都心。帰宅する人々で道路が混みあう頃合い。

 何時もなら、一刻も早く帰りたい一心でひたすら前進する人々も、この時ばかりは足を止めて彼方の方を凝視する。


 巨大なロボットが浮かんでいたからだ。

 地上から50mぐらいの高度を。立ったままの姿勢で。

 いや移動はしているから飛んでいた、と言った方がいいのか。

 そう表現するにはややスピードがゆったりとしていた。風任せの気球のような。

 まるで自らを誇示するような高さと速度をもって、その巨大ロボは都内を横断していくのだった。

 

 浮遊する巨大ロボは、幹線道路や線路の上という、わりと開けた場所を進路に選び進んでいた。

 高層ビルなど大型の建造物に差し掛かると、高度を上げて回避しているところを見るに、怪獣のように町を破壊する存在ではなさそうだが。

 そうであっても、見たもの誰しもが釘付けになってしまう存在が都心の空に浮かんでいるのだから、それが移動する前後の道路は人々で溢れかえり、交通はマヒし、事故が多発し、鉄道は止まり等々、都心に大パニックを引き起こしていた。


 巨大なロボットの立像自体は、今では日本のみならず世界のあちこちにあるが、目の前に浮かんでいるヤツは、その中でも一きわ大きくて、しかも大都会の真上を通過中だ。

 中に気球が入っているのだろうと思う人も多かった。もしくはロボットの張りぼてに直接ヘリウムなどのガスを入れているか。

 だが、それにしては動きがフレキシブル過ぎる。高度もスピードも自在に変えられて殆ど騒音を出していない。

 その上で、人々に向けて手を振る仕草を見せたり、目?を光らせたりとアピールまでしてくる。

 下手に知識のある人間程、これが何なのかわからなくて混乱した。それ故、警察も消防も、もちろん自衛隊もどうすればいいのか分からない。

 1体の巨大ロボットが浮かんでいるだけで、日本の首都はその機能を麻痺させたのだった。



 都心の中心地、商業ビルやビジネスビルが立ち並ぶ辺りに来ると、ロボットの進行速度が緩やかになる。

 やがてロボットは、大きな公園の上で静止した。

 よく大規模なイベントが開催される、都心の大型公園施設。

 そこにロボットを追いかけてきた人や待ち受けていた人が集まり、まるで野外の人気コンサート会場のような有り様となった。

 イベント用の照明がたかれ、夜の公園に、巨大ロボットの姿が浮かび上がる。


 ここで、浮かぶロボットは眼下の群衆を見回すような動きを見せ。

 音声を放った。


『このロボットの名前はサンゴーグレート。そのパイロットである私は、これまでコード359と名乗っていたものです!』


 音声は人々に動揺を与えながら広がっていく。


「今コードさんごうきゅうって言わなかった?」「やはり359は宇宙人だったか……」「何か声が若かったぞ」「大富豪の御曹司とか?」「ふざけんなっ俺のアカウント戻せ!」

 場にどよめきが轟く、人々は誰に言うでもなく口々に思ったことを叫んでいた。

 ロボットに乗っているのは【CODE三五九】だったのか! と、ただでさえ興奮していた聴衆は大騒ぎになる。

 嫌悪や恐怖を示してこの場から離れようとする者と、公園に入ろうとする者で大混雑が起き。【CODE三五九】を賛美する叫びを上げる者がいれば、ブーイングを浴びせる者もいて、両者の間で乱闘が始まる。 


「ちょっと違うな……」


 ロボット内から外の喧騒を眺めて、甲太はつぶやく。

 想像していたより騒がしい。

 集まった群衆を見るに、とても落ち着いてこちらの声を聴いて貰える環境にはないことが分かる。

 甲太にとっては、一世一代の大勝負ともいえる告白をしようというのだ。

 大衆が皆落ち着いて、こちらに注意を傾ける形になって欲しいのだが、現在はサンゴーグレートに向かって、スマホ片手に記念撮影する者、実況する者、伏し拝む者、罵声を浴びせる者、ただ興奮して騒いでいる者と、最盛期の渋谷ハロウィーンすら遥かに凌駕する喧騒ぐあいだった。


 こんな状況で甲太が「僕がこのロボットのパイロットです!!」と言ってハッチから出て行っても、観衆は騒ぎこそすれ歓迎ムードは起こりそうもない。

 特に【CODE三五九】の信者こそ、【CODE三五九】のことを神の使いか、はたまた高度な宇宙人だと信じこんでいるので。

 そこに冴えない学生の甲太が、薄ら笑いを浮かべながら登場しても、心底ガッカリさせるだけかもしれない。


 まあ、そうは言っても。

 ここまで来てしまったからには、やらねばならない。

 姿を晒して発表する、ということを。

 そうしないと帰る場所が無いのだから。

 しかし中々決心がつかない甲太は、アドバルーンのように浮く巨大ロボットの中で辺りを見回していた。


 そんな中、あるものが目に留まる。

 公園の入り口近くに停まった街宣車の屋根の上に、《359頁の翻訳者》と書かれたのぼりを立て、マイクを手にサンゴーグレートに向かって必死に語りかける人がいた。

 もしや、と思いその声を集音してみると。


「私はさんびゃくごじゅうきゅうようの翻訳者です! あなた様がこーどさんごうきゅう様であらせられたのですか! どうか! どうか私めをこーどさんごうきゅう様のお傍にお仕えさせて下さいませぇぇぇえ!!」


 「こいつか!」とむかっ腹を立てた甲太は、サンゴーグレートをふわふわと下降させ声の主へ近づけると。


「おおっ…… おおおぉぉぉ………!!」


 と感嘆と喜悦の声を漏らす《359頁の翻訳者》の中の男。

 そこで甲太は。


「てめえのせいでこうなったんだろうが!!」


 と罵りながら蹴り上げた。

 サンゴーグレートの足が街宣車に当たると、車はぐるんと引っくり返り、上に乗っていた《359頁の翻訳者》とやらはポーンと飛んでいき、停まっていたタクシーの上に落ちた。タクシーの天井がひしゃげ窓が蜘蛛の巣状になる。

 それを見た観衆の何割かは、驚き恐れ逃げ出していく。

 都心のビル群の狭間は、ロボットに押し寄せる人間と逃げていく人間とで、とんでもなくごった返した。


 サイレンの音がけたたましく鳴り響いた。あちこちから聞こえる。

 見たことないほどの数の警察車両が付近に集結し始めた。

 大混雑の群衆を整理しに来たのか。


「危険です! 近寄らないで下さい!! このロボットは危険です! 近寄らないで──」


  パトカーの拡声器や警官が持つメガホンが鳴り響き、ロボットの周りからの退去が群衆に呼びかけられた。


「え?」


 甲太の想定外の事態になった。

 ここに来るまでは、サンゴーグレートを慎重に飛ばして、建物や市民に被害が及ばないように気を配ってきたのだ(あちこちで事故が起きているがそれは甲太のあずかり知らぬことで)。

 それなのに勝手に危険なロボット扱いされて、折角集まった人々を引き剝がされてしまうとは。

 集まってた人々も、お目当てのロボットから遠ざけられるのは不満なようだ、なかなか立ち去らないし警官に食って掛かる人もいる。

 そこに大型のバスっぽい車が何台も到着した。中からは大勢の機動隊員が降りてくる。

 機動隊員らは号令の下に、市民をその場から立ち退かせにかかる。


「このロボットは危険だ!」「暴れ出すかもしれんぞ!」「武器を持ってるかもしれません!」


 機動隊員は口々に叫び、半ば強制的に群衆を押しやった。

 普段は市民の憩いの場であるこの公園に不釣り合いな、完全防備の集団によって、人々は戸惑いながらもロボットの下を離れていく。


「くそがっ」


 ここまでやってきたことが水泡に帰されそうで甲太は毒づいた。ロボットが危険とかいう物言いも気に食わない。


(俺たちは正義の味方なのに…!)


 しかしまあいい。

 場所を変えれば済む話だ。

 こちらは飛んで移動できるのだから、警察の動きよりも先んじて行動できる。

 また人々を集められる場所に向かおう。それにしてもここら辺の人は民度が低い。もう少し静かに落ち着いて、人の話を聞ける人々の住む町はないものか…


 そんなことを考えていた甲太の目の前のモニターに、警戒表示が現れ、初めて聞く警告音が鳴った。

 サンゴーグレートのコックピットのモニターに上空の様子が映し出され、警告の原因がフォーカスされていた。


「せんとうき……?」


 Fー15だ。在日米軍所属機。

 サンゴーグレートを中心として上空を大きく旋回している。

 旅客機と戦闘機の違いが辛うじて分かるぐらいの甲太にも、何やら不穏な事態だというのは伝わってくる。

 何よりサンゴーグレートが強く反応しているのが感じ取れた。


『あの形式は… アーカイブに照合無し。非公開の仕様か…』


 なんかブツブツ言ってる。

 モニターに上を飛んでいるF15の画像が表示され、さらにその翼下に懸吊してある空対空ミサイルが拡大された。

 

 上を飛び回る戦闘機に不気味なものを感じつつも、今のところは危険は無さそうだと思った甲太は、どこへ行こうか考えながらロボットをふわふわ移動させた。

 夜の都心をしばらく飛ぶと、大きな川の上に差し掛かる。季節になれば両岸に植えられた桜並木が綺麗なところだ。


『ロックオンされている! 注意を!』


 警告音が鳴り響いた、と同時に座席シートが対ショック態勢をとる。

 驚き戸惑う甲太がモニターを見ると、上空の戦闘機がこちらへ向かい迫りくる光景が目に飛び込んで来た。


「死ぬ死ぬっ、死ぬゥ!?」


『大丈夫。私が守る』


 冷静な音声でサンゴーは語り、機体の腕を持ち上げ防御体勢を作る。

 緊張の一瞬が過ぎ去り。

 F15は機首を上げ、旋回して去っていった。

 ホっと脱力する甲太に。

 サンゴーが助言する。


『あの戦闘機は無人機だ。透過を試みたが、パイロットの姿は認められなかった。撃ち落としてしまっても問題はないだろう』


 まるで誘導するかのように言う。


「そうなの・・・ だったら……」


 操縦桿のトリガーに指を当てる甲太。


「いや… だめだろ…」


 流石に撃たない。

 戦闘機を撃つなんてヤバイことこの上なさそうだし、なによりここで落としたら、どっかの家に墜落してしまうかもしれない。

 そこを誤りはしない。自分はこの国を守る正義の味方なのだから。

 息を吐き必死に動揺を堪える。


「はあああぁぁぁ…… クソっ」


『川の近くにいると、今度こそ撃たれるかもしれない。離れよう』


 サンゴーグレートの言う通りに移動しながら思う。

 

(戦闘機なんて偉い人の命令がなければ攻撃出来ないんだろう? だとしたら政治家とかが俺を敵だと思ってるってこと?)


 詳しい事情は分からないが、事態が深刻になってきたのは甲太も理解できた。

 焦りが募る。胃を掴まれるような不快感。

 こうなったら。


「総理大臣と話そう」


 サンゴーグレートは永田町へ進路を向けた。


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