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第14回 とある路上にて

 凶悪犯をスーパーロボットのビームで抹殺しようとする甲太だったが。



 10キロ先の光景を、コックピットのモニターで拡大して確認する甲太。

 絞ったビームで護送車を切断したが照準は正確、警察に被害は出なかったはず。

 このために事前に熱探知を行い、護送車内の搭乗者の位置を割り出していた。

 警察の無線を傍受し、二つの車列のどっちにAが乗っているかも確かめ済み。まあ違っててもまた同じ事すればいい。

 さてこの後、Aがどう動くか。


「どうせこいつは死刑になる……」


 自分に言い聞かせる甲太。

 どうせ死にゆく人間なら有効利用させてもらう。

 常識人ぶった人の中には、Aを()ったら怒る者もいるかもしれない、だけど内心では絶対ホッとするはずだ。

 甲太の、いいね!を伸ばすために死んでもらう。ただ死ぬよりは意味のある死だろう。


 その肝心のAはどうなっただろう。

 両断され横たわる車からはAの姿が見えてこない。

 とっくに這い出して来てもいい頃だろうに。気絶でもしているのか?

 この位置からはAがどうなっているか確認できない。サンゴーグレートを移動させるか。

 そう甲太が思い始めたころ、現場に変化があった。

 Aが座席の隅から顔を出し、切断された側から出ようとしている。

 表情が読み取れない。何を考えているんだか。

 ようやく車から抜け出て、歩き出した。


「よし…… さあどうする」


 甲太としては見苦しくあがいて欲しかった。大声で悪態を喚き散らしながら、必死こいて人ごみの中に逃げ込もうとしてくれたら。

 そしたらその手前でヘッドショットにて終わらせる。

 それが最も絵になる最後だろうと。


 Aは護送車を後に道路の真ん中へ進んでいく。状況を理解してないのか、焦った様子が見られない。

 警察車両の後ろに身を隠す刑事たちが、Aに向かい「伏せろ!」と叫ぶが、ここで伏せたところで何の意味もない。

 Aは道の真ん中で止まった。


「…………」


 これからどう行動するのか。天を仰いで見えない刺客に必死に命乞いをするのか。はたまた警察の方か観衆の方に全力疾走で逃げようとするか。

 そのどちらでもなく。

 Aは膝を抱えるようにしゃがみ込んだ。

 そのまま横にごろんと倒れる。



「???」


 甲太は何が起こったのか分からなかった。甲太だけではなく、そこにいる誰も分からない。

 Aは片側2車線のセンターラインで横向きに転がったまま、体を丸めた。顔を膝と腕で覆う。

 何か胎児を連想させるようなポーズだった。

 現実を拒否するように。周りの声も、煙を上げ傾く車も、どこかから自分を狙う銃口も、自分が犯した罪さえも遮断し。

 ただ自分の中に閉じこもった。



「これは……」


 甲太は戸惑った。頭の中で幾度となく繰り返した予行演習と、全く違う動きだったから。


『甲太、大丈夫か?』


 動揺を見てサンゴーグレートが声を掛ける。


「ああ勿論」


 そう言ったものの、戸惑いは続く。そもそも今の体勢だとどこを撃ったらいいかも。

 何でこうなった? 狂ったのか恐怖のあまり? それほどの恐怖を与えてしまったのか? 

 いや、こいつは元から狂っていたのだ。普通の人間は人を殺したりしない。


「狂ったんだったら……」


 死なせてやった方がいい。その方が慈悲だし、世の為でもある。

 甲太は操縦桿のトリガーに指を掛けた。



 そのとき、遠巻きに現場を囲む人垣の中から飛び出してきた者がいた。

 群衆の警備のためにかり出された警官のようだった。若く見える。

 その警官は一気にAの所まで駆け寄る。


「なっ……!!」


 急なことで、甲太が牽制の機関銃ビームを撃つ間もなかった。

 刑事たちの制止の叫びをよそに、若い警官はぶつかるようにAの上へ飛び込み、Aを押し潰すように覆いかぶさる。

 そのままAを、捕えているようにも庇っているようにも見える体勢になった。



「何やってんだコイツ!!」


 甲太は叫んだ。

 警官の身体で隠れて、Aが見えなくなった。

 浮遊するサンゴーグレートの機体を、上下左右に微調整して隙間を狙うが、上手くいかない。

 まさかこんな事態になるとは、狙われていると分かったこの状況で、こいつを助ける人間がいるなんて。


『甲太。これ以上時間をかけると不確定要素が増す。早くした方がいい」


「わかってる!」


 サンゴーグレートの忠告も今の甲太には耳障りだ。これ以上焦らすな。


「何でだ……」


 警官に念をぶつけるように甲太はつぶやく。


「何で邪魔するんだ…? そいつは悪だぞ… 消さなきゃいけないんだ…! それが正義なんだ…… そうだろ?」


 何とか射撃の隙間を見つけようとカーソルを動かす甲太に、サンゴーグレートが告げる。


『警官の身体ごと撃つことを勧める。それが現状最善手だ』


「えっ?」


 動きが止まる甲太。


『ターゲットを覆い隠す人間があの位置にいる限り、ターゲットだけを撃ち即死させることは困難だ。覆っている人間ごと撃ち抜くのが、結果的に最も被害の少ない方法だ』


 淡々と述べるサンゴーグレート。


「いやぁ…… それは……」


 混乱する甲太にサンゴーグレートは重ねて告げる。


『甲太が難しいと感じるのだったら私が代わりに行おう。命令をしてくれ』


「そんな……!? いや…… まて」


『甲太が、厳然たる意志で、命令さえしてくれれば、私も、人間を撃つことができる』


「え… なんでそんな… ええ……っ」


 甲太の混乱を和らげようと言ったのかもしれないが、逆にますますその度を深めてしまった。

 そうしているうちにも事態は構わず動いていく。



 警備の警官の中から、また一人がAに向かって駆け出した。

 それはかなり年を食った警官で、そろそろ中年を通り越しそうな風体だが。

 その警官はAのもとに辿り着くと、Aをというより若い警官を守るような形で、両手を広げ立ちふさがった。

 それを合図とするように、これまで傍観していた警察関係者たちが一斉にAに押し寄せ、スクラムを組むかの勢いでその姿を押し隠した。



「あっ…… ああ……」


 甲太はその光景をただ見届ける事しかできない、先ほどとは立場が逆になる。


『これまでだな。行こう甲太。君は良くやった。疲れが見える、しばらく休んだ方が良い』


 サンゴーグレートに促されるまま、この場を離れるのであった。





 キャンプ場のある山にサンゴーグレートは戻ってきた。

 甲太は疲れ果てて、その日一日は何もできなかった。

 そして…… 甲太を見守るサンゴーグレートも、普段より沈黙の度を増しているかに見えた。



 次の日、起きた甲太はネットを見るのが怖かった。

 あの後世の中がどうなったか、全く予想できなかったから。(とは言え人は無意識のうちに予想してしまうもので)

 意を決して画面を覗き込むと、悪い予想が当たっていた。いや予想より悪かった。


 世論は、容疑者Aを命を張って助けた警官たちに熱い称賛を送り、反対に命を狙った【CODE三五九】に対しては圧倒的な非難を浴びせたのだ。


 白昼に、開けた場で繰り広げられた事件の有り様が、マスコミのカメラによって一部始終流されていて。

 その劇場的効果によって世論は形作られてしまった。


 本来なら、百遍殺しても飽き足らないほど憎まれているAなのだから、【CODE三五九】が仕留めるのに成功していれば、それなりに喝采が起きたはずなのだが。

 テレビやネットに流れた映像には、無抵抗の人間を圧倒的な力で一方的に殺害しようとする者と、微力ながらも身を挺して自らの使命を全うしようという者が映り。

 その結末は守る者たちの勝利。

 これを観た人々は、そこにドラマを感じ取り、勝者である法の番人としての警察の行動を讃えた。

 もしAが撃たれていたら、逆に警察は、無能な税金ドロボーとして嘲られていただろう。

 それだけ、どちらに転んでもおかしくない程の、せめぎ合いであった。

 (まさ)に勝ったものが正義となる状況。そしてそこに賭けた、絶対の自信を持ってBetした甲太は負けたのだ。

 当然敗北の代償は大きい。

 テレビではAを救った警官が大きく取り上げられる一方、ネットでは【CODE三五九】と、それに(くみ)してきた者たちへの断罪が行われていた。



 完全に立場が逆転した。

 有利だった時には、数の力でもって反対意見を圧殺していた【CODE三五九】側が、今度は反対側から迫りくる圧倒的な大きさの津波によって、押し流され沈んでいく。

 一方的なそれは狩りのような有り様で。

 必死に抵抗する【CODE三五九】の信者たちだが、その声は聞いてもらえず、からかわれ、嘲笑され、人格を否定され、“社会人として失格”という烙印を押される。

 信者ほどではない軽いファン、以前一回だけ【CODE三五九】を応援するコメントしたぐらいの者さえも、そのことを掘り起こされ、あげつらわれ、勤務先にチクられるなどの嫌がらせを受けた。


 その光景には。

 自分の側の人間が押し流されていく様には。見ている甲太の精神も削られていくような感覚を覚えてしまう。

 

 振り返ればそれもこれも【CODE三五九】が、これまで稼いできたヘイトによるものだ。

 ヘイトの大水を蓄えていたダムは、いつ決壊してもおかしくなかったが、今回の一件によって一気に破れ、これまで彼が培ってきたものを悉く(ことごとく)押し流した。


 他に類を見ない様々な力を見せつけ、力によってネット上の権勢を築いた【CODE三五九】だったが、その力をもってしても地に落ちた名声は取り返せないようだった。



 甲太はモニターの電源を落とした。

 自分の分身である【CODE三五九】が、これ以上ないほどに叩かれているネット世界は、辛すぎてもういられなかった。

 さりとて、この状況を一挙に挽回するアイディアも浮かばない。だいたい挽回しようとして、この状況になってしまったのだから。

 心は鉛のように重かったが、体の方は健康なのでネットを閉じてしまうとやることが無くなる。暇さが込み上げてきて、そろそろパン以外のものも食いたくなる。

 一度下山するか。そう思い腰を上げる甲太にサンゴーグレートが話しかけてくる。


『甲太。どこかへ出かけるのかい?』


「ん… まあね」


 つれない返事の甲太。


『今は外出を控えた方が良い。現在の情勢を分析するとそう思える』


「は!? なんだよそれ」


 藪から棒に変なこと言われ、反射的に語気が荒くなる。


『何かがおかしい。私の情報収集や分析を妨げる何かが有るような。それが何かは分からないが。現状を正しく確認できるまでは、無闇に動かないで欲しいのだが』


「それはそっちで解決してよね。無敵のロボットなんだからさ、地球人が作ったネットを攻略するぐらい朝飯前だろ? ・・・じゃ頑張ってね」


『甲太……』


「言っとくけど付いてくんなよ」


 そう言い残し、甲太は山道を脇目もふらず下り始めた。



(今のサンゴーグレート、何かおかしかったな)


 歩きながら思う甲太。

 機械であり表情のないロボットの様子がおかしい、というのも変な話だが、これだけの間一緒にいると、不思議と感情が伝わってくるような瞬間がある。

 だが甲太は、そんなサンゴーの些細な異変を無視した。

 甲太にはサンゴーグレートに対する不信感というか、不満みたいなものが生まれ始めていたのだ。


 甲太がAを撃つのを躊躇った時、庇う警官ごと撃てと勧めてきたサンゴーグレート。

 そこにはマシンゆえの冷徹さというか、人間というものを下に見ているような向きが感じられた。

 あのせいで、サンゴーグレートに時折軽い嫌悪感を感じるようになってしまった。そもそも甲太が始めた殺害計画なのだが。


(なんであいつに指図されなきゃいけないんだ! 俺があいつを拾ってやったんだぞ。ただの置き物だったあいつを!)


 サンゴーグレートに外出を制止されたのもあって、苛立ちが収まらなかった。



八足峠(はちそくとうげ)駅… ここそんな名前だったんか」


 駅名を見て、今までいた場所の名を初めて知った。

 山から下りて駅に着き、これからの行き先を考える。

 今はスマホ決済があるので当面不自由はないが、しばらくサンゴーのもとに帰らないとなると、もうちょっと現金を補充したくなる。

 銀行にも預金はあるが、自分の部屋には札が数百万積んであるんだよな。

 そんな考えがよぎると、無性に家が恋しくなってきた。

 つい数日前まで、もう家には永久に帰らん! と誓っていたのにサンゴーグレートとの関係が悪くなると、途端に寂しくてたまらなくなった。

 家族のことを想う。


(考えてみれば… 全く説明してなかったのも良くなかったかもしれない…)


 自分の家族はこれから超偉人の身内として、世間に取り上げられる運命なのだ。

 そんな、これから大変な苦労するかもしれない彼らに、もう少し優しくして上げても良かったかもしれないな。

 電車に揺られながら思う甲太。家までは相当距離があった。

 だけれど、この間あんなにケンカして出ていったからには、このまま帰るというのはバツが悪すぎる。そもそもケンカの原因は、傷ついていた自分に気を使わず、無神経にも説教しようとした向こうにあるのだから。

 ふと、傷ついた原因を思い出しそうになり、必死に思考をそらす。


(しょうがない、ちょっと家を見てきてやるか)


 外から眺めるだけだ、あまりに心配している様子だったらポストに書置きでも入れてやるとしよう。

 そう考えがまとまり、自宅の最寄り駅に降りた。




 家の近所まで来ると、何やら喧騒が聞こえてくる。


(? この時期に祭りなんてあったっけ)


 不思議に思いつつ角を曲がると我が家が見える。筈であったが。

 そこには大勢の人間が集まっていて、我が家の玄関が人ごみで見えなかった。恰好から見て、集まってるのはマスコミ関係者だと思われた。


(ええっ どうなってんの……!?)


 激しく戸惑う甲太。

 まさか自分がスーパーロボットのパイロットだというのがばれた?

 しかし。


「赤井手さん!! お宅にこーどさんごーきゅーに関係する人物が居るという話が出ているのですが! お話しをお聞かせ願えませんかー!」


 玄関ドアに向かって叫ぶ記者らしき人間の声を聞いて、甲太は引っくり返りそうになった。


(なんでなんでなんで!! バレるはずないのにバレるは── どこからどこからど…… 漏れたのか!? 漏)


 混乱した甲太は、しばしその場に立ち尽くす。その時。


「あれ、この家の子じゃね?」


 今時見ない規模のメディアスクラムの中から、一人の記者がこちらを見ていた。



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