第13回 とある運命の岐路にて
人生にリセットをかけることにした赤井手甲太は、昨晩スマホの着信拒否に指定した家族に加え、学校やら親戚の連絡先も消して、外界との不要な接触を断つ。
これでもっと真剣にインターネットに取り組める。
考えてみればいい機会だった、学校や家庭での人間関係に気をつかう暇があったら、もっとネットに使うべき、そんな運命からの啓示だったのかもしれない。
早速、現在の状況を確認すべく、自らの最大シンパ《359頁の翻訳者》のアカウントに飛ぶ。
そこはメチャクチャ荒れていた。まれにみる大炎上。
「な、なんで?」
何事かと慌てた甲太は状況の把握に努めるが、なにしろ一揆の真っただ中のような有り様で、概要を掴むのに相当な時間を要した。
ようやく分かった限りでは、《359頁の翻訳者》なる人物は実はとある新興宗教の幹部であり、それを伏せて【CODE三五九】の信奉者達の代表面をして振舞っていたということ。
それに留まらず《359頁の翻訳者》の中の人は、【CODE三五九】に捧げるという名目で献金を募っていた、それも人によってはかなりの額。いわゆる高額献金。
さらにさらに【CODE三五九】のファンを自らの宗教に加わるように勧誘し、【CODE三五九】のファンの集い、として創設した団体も、新興宗教の下部組織として組み込まれていたのが発覚した。
新興宗教内からのタレコミで日の目に晒されたこの情報によって、《359頁の翻訳者》の周辺は、現実・ネット問わず嵐のような騒ぎに見舞われていたのだった。
そもそもこの騒ぎになる前から【CODE三五九】の支持者は、ミーハーなファンもいれば陰謀論者もおり、さらに宗教家にナショナリストなど、幾つもの勢力に別れていて、それらが常に反目しあっている状況だった。
今回、それらをまとめ上げていた《359頁の翻訳者》が失脚したもんだから、彼の責任追及だけに留まらず、勢力同士の激しい小競り合いに発展したのであった。
さて、全ての大本である【CODE三五九】の中身として甲太はどうするべきか?
【CODE三五九】の名をもって、この騒動を止めるべきであろうか。
「我が親愛なる同胞たちよ 無益な争いを止め世界の為に共に働こうではないか!」
なんて感じで。
う~む、どうだろうか。
今回の件では金銭トラブルも起こっている。無理に止めれば被害者は更に憤るだろう。
甲太が《359頁の翻訳者》を断罪し、被害者に補償してあげれば一旦は収まるかもしれないが。
だけどな~ 《359頁の翻訳者》もそれなりの数の信者を抱えている。それを切り捨てたら恨みを買いそうだ。また被害者の特定と確認にも、莫大な時間がかかりそうだし。
それに今【CODE三五九】が出て行ったら、まだこの騒動に気付いてない大部分のSNSユーザーに知らせることになる、それはとてもこっ恥ずかしい事態だろう。カッコ悪すぎる。
「ふ~~~む……」
サンゴーグレートの広くないコックピットの中を往復しながら、甲太は思案していた。
何とか良い策はないものか……。
ひとまずこの事が一般ユーザーの目に触れないよう、何らかの行動を大々的に起こし、そちらに注意を向けさせるか。
そんなことを考えてる甲太にサンゴーから進言が上がる。
『【CODE三五九】についての良からぬ噂が流れているようだ』
「なになになに・・・!」
慌てて調べると、今回の【CODE三五九】の信者同士の醜い争いが、より誇張されてネットにばら撒かれている。
検索をかけると大本は、とあるまとめサイトのようだ。
「またこいつらか・・・っ」
怒りを露わにする甲太、実は以前にも多くのまとめサイトに【CODE三五九】の悪い噂を書き立てられたことがあった。
その時にはサンゴーグレートに命じて、まとめサイトの運営者の実名や顔写真、住所をネット上に流出させた。多くのサイトはそれで手を引き。
それでも止めないサイトに対しては、運営者の性癖やら不倫とか脱税の証拠など、後ろ暗いところを暴きたてた。
その結果、今では【CODE三五九】に盾突くまとめサイトは全滅した、かに見えたのだったが。
甲太が吠える。
「こいつをどうにかしろ。直接本人を捕まえてもいい!」
完全に組織のボスの言い方だが、忠実な手下の如くサンゴーグレートは任務に取り掛かかる。が、
『一筋縄ではいかない人物のようだな』
サンゴーの報告によると、件のまとめサイトの管理人は現在海外に居て、そこからサイトを運営しているらしい。サーバーも海外のをレンタルしているようだ。
アジアの人口密集地帯を転々としながらサイトを更新している様で、回線から探知しても本人の居場所に行き当たらない。
「何とかならないの! スーパーロボットだろ!?」
『とれる方法としては、現地に行って探索するのが最も近道だろう』
「え! 海外行くしかないの!」
『私だけが行ってもいいが、甲太を置いていくのは、その身が心配だな』
「え~~・・・ それは……」
甲太は戸惑った。サンゴーグレートに乗っていたとしても、いきなり海外に行くというのは少し怖かった。
口では、次は世界進出! とか言っているが、いざその機会が訪れると尻込みしてしまう。
彼にとっての世界とはSNSのフィルターを通して見るものであって、自分がそこへ行って現地の空気を吸うという事態は想像の範囲外だった。
「こんな奴の為に、日本を空けるわけにはいかないよな。なにより俺は忙しいし! 俺レベルの人間がわざわざ出向くほどの問題じゃないというか… だいたい今は忙しいし!」
などと言って、まとめサイトの管理人追跡は立ち消えとなった。サンゴーグレートだけを派遣するというのも、以前の不審船調査の際の寂しさを思い出してやらせたくなかった。
それにしても、この分だと甲太は一生海外に行くこと無さそうである。
こうしてまごまごと優柔不断な対応している間に、甲太にとって最も恐れていた事態となった。
「あぇっ!!」
いつもの習慣でサンゴーの作ったグラフを覗いて驚愕した。
【CODE三五九】の支持率が激減しているのである。
金銭の問題が出たことで幻滅したファンが離れたのもあるが、やはり一般層に問題が知られたことで浮動票がゴッソリ剥がれたのが大きい。
なんにせよ、これだけの騒ぎになっているのに【CODE三五九】本人が沈黙しているというのが、一番支持を下げた原因かもしれない。
「やばいやばいやばい…………っ」
焦りで居ても立っても居られなくなる。
ただ、どんなものであれ支持率というのは上げ下げするものだ。一喜一憂せずに落ち着いて次の手を考えるのが最善であろうが、こと甲太にいたっては落ち着いてなどいられなかった。
自分は常に常勝でなければならない。
でなければ世界一の支持を集めることなど出来ない。世界中の支持を集めたうえで、その正体はスーパーロボットを操る天才パイロット赤井手甲太だ! として世に出たかったのだ。これでは人生計画が台無しだ。
一度下がってしまったら際限なく落ち続けるのではないか、という恐怖に近い感覚に囚われた甲太は、何とか挽回せねばと必死になった。
この逆境を一撃で逆転させる。それには相当なインパクトを世間に与えなければならない。
これまで支持がグッと上がったのは世間の嫌われ者を排除した時だ。
目立つためには何でもやる迷惑動画投稿者。
日本の近海を荒らしまわる不審船。
なら次は?
「よし。こいつを殺ろう」
甲太が目を付けたのは、ある事件の容疑者だった。
ここではAと呼ぶその人間は、半年前にストーカー殺人を起こして収監されていた。
被害者の女性の家に押し入り、被害者のみならずその家族まで殺害したとして当時世間を震撼させたものだった。
その上、この容疑者が注目されたのは事件後、一切反省の態度を見せなかった点だ。あまつさえマスコミのカメラに向かい、笑みを見せたり、手を振ろうとして警官に制止されたりした映像が、テレビで流されたのだ。
このため国内中の憎悪が容疑者の身に向けられていた。
普段は社会的ニュースが話題に上ることの少ない甲太の学校でも、当時この事件の話が出たりして、容疑者の振る舞いに怒る生徒が少なくなかった。それで甲太も印象に残っていたのである。
「どうせこいつは死刑だろうから。死刑までに裁判とか何年もかかって税金が大量に投入されるし、死刑までずっと税金で飲み食いさせるとか無駄すぎるでしょ。許されんよね」
ネットでよく見るような言説が甲太の口から流れ出す。影響されているのだろう。
早速サンゴーグレートに警察組織のネットワークに侵入してもらって、Aの情報を探り出す。
するとグッドタイミングで、近くAが別の拘置所に移送されることが判明した。
「よしっ」
ガッツポーズの甲太。
そうして。
【CODE三五九:近日 日本の善良な人々を苦しめる悪鬼Aの処刑を執り行う これをもって被害者の魂に安らぎが訪れることを切に祈る 刮目して見よ!!】
以上の予告が大手SNSのユーザー全員に流された。
無論世間は上へ下への大騒ぎになった。
予告に具体的な日にちを書かなかったのは、移送が取りやめになるのを恐れたサンゴーグレートの入れ知恵であった。
それでもマスコミはAの移送の件を嗅ぎ付け、警察がオフレコを要請してもそれはどこからとなく漏れ出し、世の中に周知されていく。
かくしてAの移送は日本中の注目するところとなったのだった。
移送当日。
警察が必死に日時の秘匿を図ったがマスコミの口に戸は建てられず、Aの移送の日は大々的に知れ渡り一種のイベントと化していた。
移送に使われると思われるルートには、マスコミの他大勢の野次馬が集まり、道の端に人だかりを作り、それは延々と長く連なっていた。
警察内では移送の延期も(何度となく)検討されたが、先延ばしにしても状況は変わらないだろう、という事で決行となった。延期や中止は警察の威信に関わるということもあった。
沿道に集まった人間の一番のお目当てはやはり【CODE三五九】で、彼が姿を現すかどうかという点に最大の関心が集まった。
不審船を沈めた時は海上だった為、【CODE三五九】の姿は見られなかったが。
それが今回、一体どういう方法でAを仕留めるのか。
集まった数多のギャラリーはその一点に注目し、内心早くAが贄として捧げられることを望んだ。彼の身を案じる人間は限りなく少なかった。
ついにAの移送が始まった。護送車の前後には警察車両が連なり、長い車列が出来ていた。
ここで簡単にAを打ち取られるようでは、日本の警察の沽券に関わるのだ。
その車列の行く先々で待ち受ける沿道の観衆たち。
中でも旗を振り回し鳴り物を打ち鳴らしているのは【CODE三五九】の熱狂的な信者たち。もしかしたら崇拝する対象の生の御本尊を拝めるかもしれないのだ、興奮もする。
そして車列は二つに分かれ、それぞれ目的地へ向かう。一つはダミー。
やはり何かあるとすればAが入る予定の拘置所前であろう。多くの人間がそう予想し集まったため、拘置所前は大変な混雑となった。
そこは、前の道が四車線で他の道路からの合流もあるため、かなり見通しの良い場所だった。そこが今回の移送のゴール地点という事で多くのマスコミや観衆が詰めかけていて、群衆と交通の整理・警備の為の警官も大量動員されており、人でごった返していた。
もし…… 本当に【CODE三五九】がコトを起こすとしたら、「ここ」なはず、集まった人々はそう思い。
期待した。
空にテレビ局の報道ヘリコプターが飛び、その下をAを乗せていると思われる車の列が目的地の拘置所に近づいてきた。
ここまでは取り合えず何事もなかった。
来る途中で、車列の前に飛び出た男が取り押さえられたり、誰かが飛ばしたドローンを警察のドローンが網で捕獲したりとあったが、それでもまあ何事もなかったとは言えるだろう。
二手に分かれた車列はそれぞれ10分ほどの時間差をもって、拘置所に到着する手筈になっている。どちらに容疑者が乗っているかは直前になって決められたので、関係者でも知る者は少ない。
ここまでやればどんな相手だろうが手は出せまい。見守る警察関係者も徐々に安堵の気分を高めていく。後ひと踏ん張りだ。
遠くに車列の姿が見えてきた。
拘置所付近で見守る群衆たちは、緊張の高まりと同時に、流石にもう何も起きまい、と安心する気持ちも持ち始めていた。
中には興奮して騒ぎ出す者もいたが、すぐに警備の警官につまみ出され、一帯には奇妙な静けさが漂っていた。
車列があと500mほどで拘置所前に到着というところで、破裂音が鳴り響き、護送車らしきワンボックスカーが一台、車列よりはみ出て迷走し始めた。
自動車に詳しい人間なら、今のはタイヤのバースト音だと気づけたかもしれないが、大抵の人はそれは分からない。銃声かと思った多数の見物人たちが、一斉に逃げ出そうとした。現場は一気にパニック状態と化す。
列からよろめき出た護送車はしばらく走ると、ガードレールにぶつかりようやく止まった。その周囲からは人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。
車列も止まり、大慌てで警察の人間が飛び出てくる。
車から降りた刑事たちは一瞬の躊躇を見せた後、急いで護送車に駆け寄ろうとした。
彼らの前方で断続的に乾いた音が鳴り響き、煙が上がった。仰天した刑事たちが後方へ飛びのき、音のした路面を見ると、そこには点々と連続した穴が開き煙が立ち昇っていた。
誰もが機関銃で撃たれた跡だと思うだろう。
けれどその穴は、銃弾が付けたにしては異様に深く。周りには溶けたアスファルトの匂いが立ち込めていた。
ここサンゴーグレートのコックピットから現場を望む赤井手甲太は、止まった護送車から10キロほど離れた地点の上空に居た。
ターゲットの間近で巨大ロボットを使うとなると、いくら気を付けたとしても、周囲に被害を与えてしまいかねない。
それゆえの遠距離ビーム狙撃であった。
だがそれは言い訳かもしれない。
甲太本人に自覚があるかどうかは分からないが、相手の近くまで行ってとどめをさすという行為に、ただの学生である彼が心理的抵抗を覚えていても不思議ではなかった。
遠距離からの狙撃だと感じ取った刑事たちは、急いで後退し車の陰に身を隠す。
どこから撃ってきた? どんな銃器で? しかしそれが分かったところで…
そんな逡巡の警察関係者らと、止まった護送車の間に再び煙が生じる。
光を放つ点が道路上にあり、そこから煙が出ているのだ。
その光点は煙をたなびかせたまま、護送車の方に向かって高速で移動し始める。その後には、道路に黒い切り裂かれたような細い溝が出来ていた。
光点が護送車に行きつくと、そのまま車体の上を走っていく。
白煙と輝きを車体の表面に生み出しながら、光点は車の上を一直線に通り過ぎ、再び路面に達すると消えた。
しばしの後。
護送車は前後に真っ二つになり、それぞれが倒れた。
レーザーだったのか。これまでどうにかせねばと、焦燥感にまみれていた刑事たちを、諦めが包み込む。
あんなモノ持ち出してくる相手に、徒歩の警察が何かを出来るわけない。
そんな感慨に浸る刑事たちの視線の先で、切断された護送車から運転手やAに付いてた刑務官たちが飛び出てきた。
逃げてくる護送車の刑務官たちを、慌てて迎え入れる刑事たち。
護送車の全員を避難させられたようだ。Aはまだ車の中みたいだが、しょうがない。警察の人間に被害が出なかっただけでも良しとしなくては。
破断された護送車を遠巻きに囲む警察関係者たちは、【CODE三五九】であろう存在が、Aを処刑するのを黙って見届けることしか出来なかった。