第11回 とある豪華スイートルームにて/とある北の海にて
スーパーロボット・サンゴーグレートの持つ超越的な性能を、SNSでのいいね!稼ぎに全ブッコミする甲太。
それによって甲太こと【CODE三五九】の影響が、徐々に日本社会に現れ始めていた。
何事につけ人数が増えれば自然とヒエラルキーが生まれ、自他ともに上位と認められる人物が出てくる。
【CODE三五九】の支持者の中でも、そういう存在が押し上げられてきていた。
その者は《359頁の翻訳者》というアカウント名で、大手SNSにおいて最近とみにフォロワー数を増やしている人物だ。
アカウント開設はかなり以前からのようだが、アカウント名を何度も変えており、名を変える前の投稿は全て消してしまっているので、どういう人間なのかはSNS上からは窺い知れなかった。
彼のアカウントのホームは、【CODE三五九】を賛辞する書き込みか【CODE三五九】を賛辞する書き込みの転載ばかりが占めており、さらに【CODE三五九】についての情報の収集量やスピードだったり、転載する書き込みのチョイスの上手さであったりで、【CODE三五九】のファンにとってはこの上なく居心地の良いスペースとなっていた。
甲太も《359頁の翻訳者》のアカウントを頻繫に覗くようになった、ご神体の身でありながら。
ひたすら自身 (のアカウント)が褒められ持ち上げられる場に来ると、何ともこそばゆくて、ふわふわした愉快な心持ちになるのだった。
また、そこを見れば支持者たちが、今なにを求めているかも分かりやすい。
甲太はこれまで人気取りの為に。
【CODE三五九:これよりアンケートをとる! 私に何かやって欲しい事があればハッシュタグを付けて書き込んでくれ!】
という書き込みをしようかと何度も考えたのであるが、それではただの御用聞きになり、威厳もくそもあったもんじゃないなと取りやめてきたのだった。
それが《359頁の翻訳者》のとこを見れば、自分が聞かずとも色んな意見や要望を聞けるというので、とても重宝していた。
さて、甲太が今日も【CODE三五九】に対する下々の希望を読んでやっていると。
「コード359の中の人が本当に超能力者だったらぜひ不審船を沈めてもらいたいなあ」
というものを目にした。【CODE三五九】を何らかの能力者だと思う支持者は多く、甲太も悪い気はしなかったので放っておいてるのであるが。
「不審船」というワード。そういえばどっかで見た覚えがあるなと、SNS内を検索する。
昨今、甲太においては、考えるよりも先にSNS内に答えを求めることが多くなっている。
検索の結果。近年日本の近海に国籍不明の不審船が出没しており、海上保安庁の巡視船が追跡しても高速で振り切り逃走してしまうということであった。度々領海を侵犯するので漁船が怖がって漁に影響が出てしまっている。とのことだった。
SNSを検索した結果、不審船に対する不安や不満の声がかなり多いというのが分かった。これは要望に応えるチャンスだ。
早速大海原に飛んで行って悪の船を沈めよう! と意気込む甲太だったが。
『いつ不審船が現れるか分からない。監視に相当時間がかかるが甲太は付き合えるか?』
というサンゴーグレートの当たり前の答えに、意気消沈してしまう。
主人をガッカリさせるのを望まないサンゴーは。
『私だけで調査に出よう。だがその間、身の回りの警護をしてあげられなくなる。何かあったら連絡してもらえば駆けつけるが、1時間以上かかってしまう恐れがある。だから甲太は安全な場所に留まっていてくれ』
と言い残し出かけていった。
なので甲太は、海外のVIPが泊まることもある、セキュリティーが厳重な高級ホテルの一室を借りてサンゴーの帰りを待つことにした。
普通ならサンゴーグレートの本体に作業をやらせる時は、分離したコックピットであるサンゴーゼロに甲太の護衛を任せるという方法をとるのだが、今回は何やら複雑なミッションを行うらしく、その場合は本体とコックピットが合体した状態でないと能力を発揮できないらしい。(それでもパイロット搭乗時より能力が格段に落ちる)
つーわけで、高級ホテルでくつろぎながら、サンゴーからの知らせを待つ甲太。
流石は高級ホテル、場に不釣り合いな甲太が一人で利用していても、金さえ払えば最高のサービスを提供してくれる。
暇になった甲太だったが、広い庭園だの豪奢なロビーやエントランスだの食堂のバイキングだのを堪能し、高層階にとった部屋の窓からの眺めや、そのバカ広い部屋と設備を見て回るだけで、あっという間に一日が過ぎてしまう。
(母さん父ちゃんは怒ってるだろうな……)
一泊三桁万円近い部屋の広大な面積のベッドに身を沈め、甲太は想う。無断外泊になってしまった。
しかし仕方がない。サンゴーがいないのだから。
自分は何よりも、身の安全に気を付けなければならない人間なのだ。もし自分の身に何かあったら人類全体の損失だ。
一応家には、花咲の家に泊まるというメールだけしておこう。電話にすると怒られるだろうからやめておいた。
翌朝になってもサンゴーグレートは帰ってこない。
連絡を待ちながら豪華絢爛たるブレイク・ファーストを頂いているとサンゴーから『昼すぎに帰還する』というメールが届く。親からも何通もメールが来ていたが今は読むのはよそう。爽やかな朝の気分を壊したくない。
昼まで、部屋に届けてもらったマンガ読んだり動画見たりとダラダラ過ごしたが、最高に贅沢な時間に関わらず何とも落ち着かない。心細い。
何時の間にかサンゴーグレートがいないと安心できない身体になってしまったようだ。
「もうすぐ一年か……」
デカベッドの上で豪華天井を見ながら呟く。
あのロボットが来てから、気がつけばそんなに経ってしまったか。
たかが一年、されど物心ついて十年ちょっとの甲太にとっては、とても長い期間をあいつと共有してきたのだ。
それゆえの寂しさだった。
気を紛らわすためにホテル地下の駐車場を散策してみる。
2年後に最高級の車を購入予定の甲太としては、ここの駐車場はこの上なく参考となるものだった。
フンフンとながら見しつつ歩いていた甲太は、一台の車を目に留める。
「こいつはいいな…」
正直そんなに車の違いが判らない甲太でも、素直にカッコいいと思える一台。
これは外車なのだろうか。思わず手を伸ばした。
「オイお前! なにやってんだよ!」
突然の声に、甲太は飛び上りそうになる。
そちらを見ると、色付き眼鏡に色付きワイシャツの男がこちらに歩いてきていた。若作りした中年という感じ。
男はオドオドする甲太の近くまできて。
「何さわってんだよ。この車いくらすんのか知ってんの? 傷つけたらシャレじゃ済まねえんだよ?」
高圧的な物言い。
「…触ってませんよ」
甲太は反論する。
ただ、なんとなくおかしい。不良の群れには立ち向かえた甲太なのに、何故かこの男一人には強気で出られない。サンゴーがいないのもあるが…
「ハァ…。お前一人? 親はいねぇのか?」
何だろうこれは? 相手が社会人で、社会の常識でもって詰めてきてるからかもしれない。不良を相手にするのは、所詮子供のケンカというか社会のルールの外でのことで。
目の前のオッサンはこんな車を乗り回すぐらいだから、それなりの収入とステータスを持っているのだろう。そんな大人を相手にすると、スパロボなしの甲太は腰が引けてしまって。
「どうしました?」
男の声を聞きつけ、駐車場の警備員が駆け付けてきた。
少しホッとする甲太だった。が。
警備員は来るなり、男の方を向いて、その一方的な話ばかり聞いている。そして。
「君。親御さんはどうしたの? ここには一人で?」
聞いてきた。穏やかな言い方だが明らかに、困った子だなあ、というニュアンス。
「・・・!」
これだ。この子供扱いこそが、さっきから甲太の気を削いでいる原因だ。
『選ばれた人間』なのに。甲太はそうなのに、ここでは子供扱いされて、まともに意見も聞いてもらえない。
もう高2だから大人だよなあ、という感覚でいたが、世間にしてみればそんなことはなく。
ネットの外では、コックピットの外では、ここまで自分は小さいのか。言い返す言葉一つ浮かばないなんて。
「あっ。おい!」
男の声を背に、甲太は駐車場の外に走り出した。
ホテルの外に出たところで着信がくる。
それを読んだ甲太は、表情を明るくし、空を見上げた。
「あれか!」
メールに書かれていた通りシンボルタワーの上を見ると、チカッチカッと何もないはずの空間に光が点滅していた。帰って来たのだ。
嬉しくなった甲太は現ナマでホテルの支払いを済ませると、光に向かい駆け出した。
とてつもない安心が戻ってきた。そんな感覚に包まれ、甲太はこの上なく満ち足りていた。
再会の喜びはあまりに大きく、今日起きた嫌な事など一発で吹っ飛んだ。
だから駐車場のオジさんも、車をぺっちゃんこにするだけで許してあげることにした。
サンゴーグレート曰く。不審船の大本らしき国に目星をつけ、その領海に侵入して不審船の出航計画を入手したとの事。
不審船のデータはその国の軍事施設のみで使われる組織内回線、懐かしい言い方で言えばイントラネットに置かれているので、地上からは立ち入れない。
なので海中を探査し、離島の基地まで張られた海底ケーブルを見つけ、そこからアクセスして不審船データを入手するという、スーパーロボットにしては遠回りな方法をとっていたため時間がかかったそうだ。
まあ、説明されても甲太はよく分らんのだが、とにかく目的を遂げて戻ってきてくれて良かった。
合流した一人と一機は早速「予告」と題した書き込みを行った。
【CODE三五九:明日○○島近海で私の力の片鱗をお見せしよう。楽しみに待っているがいい! 刮目して見よ!!】
当日。
日本の領海周辺を航行する不審船の姿があった。スピードに全振りしたそれに接近されるのは相当な恐怖だ。たちまち付近の漁船は逃げていく。
海上保安庁の船が駆けつけてきたが、海の平穏を攪乱するためだけに造られたそれは、保安庁の巡視船と一定の距離を保ち近づかせない。
まるでからかう様な追いかけっこが続いた後、いよいよフルスロットルを掛け逃げ去る構えを見せた不審船。
突然。海中から突き上げられた。
傍から見ると富岳三十六景のお馴染みの大波の絵、その天辺に乗っかっているような状態。
高々と波に持ち上げられた後、海面に叩きつけられた船は、無数の破片を撒き散らしつつ真っ二つになった。
後に救出された船員が語るには、海底火山の噴火に巻き込まれたかと思ったそうだ。
次の日、甲太は珍しくというか初めてコンビニで、新聞というモノを買った。
その一面に大きく載った写真には、船の欠片が散乱する海上で救助活動が行われている空撮の情景が写っている。
「いや~~~日本の警察は優しいな! あんなのでも助けちゃうかぁ」
教室で前の机に足を乗せながら新聞を開き、感心したように言う。周りに社会派なところを見せたいのか。警察と海上保安庁の区別はついてないようだが。
甲太の取り巻きからは、新聞読むなんて流石っすね的な持ち上げを貰うが。
その他の生徒を見回しても、今回の海の一件は話題になっている様だ。
ほくそ笑む甲太。これを見にわざわざ登校してきたのだから。
それもそうだろう【CODE三五九】は全員のSNSに強制的に表示されるのだ。好むと好まざるとに関わらず身近な存在となっていた。それが今回、どんな方法を使ってかは不明だが、予告通りに目的を達成して見せた。
この事は日本だけではなく、世界情勢にも影響を与えかねない。その事実に、多くの人が関心を向けざる得なかった。
結果、【CODE三五九】の評価は大きく上昇した。初めて肯定の数が否定を上回ったのだ。不審船退治の効果は抜群だった。
【CODE三五九】に否定的な書き込みをした者がいても、たちまちコメント欄に支持者や肯定派が湧いてきて糾弾されてしまう。
今回の事で大手SNSの情勢は、大きく書き換えられてしまった。
「うれしいな・・・ ありがたいよ」
SNS上に限りなく生まれる【CODE三五九】を礼賛する書き込みを飽きることなく眺める甲太の口から、歓喜の呟きが零れる。
これまで【CODE三五九】の否定派を見つけ次第追放してきたが、今では自ら手を下すことなく勝手に肯定派が否定派を論破してくれる。
甲太にとっては議論の中身はどうだって良い。自分の味方が大多数となって書き込みの数で否定派を圧倒し、否定派が頑張って築いてきた倫理だったり論理だったりエビデンスだったりの積み重ねが、数の暴力によって押し流され上書きされ無かったことのように扱われる。
それこそが完全な論破であり勝利であると感じられる。
大手SNSは完全に【CODE三五九】の方向へ傾き、否定派にとって居づらい場所に成り果てた。
甲太の理想が一つ、ここに実現されたのだった。
されど世の中全体はSNSとは違う。SNSなんぞやっとらん、という人の方が多いのだ。
【CODE三五九】の否定派は圧倒的に不利なネットの戦場を捨て、現実世界で論陣を張った。
その代表が評論家の木根だった。
不審船撃沈によって、ネットのみならず世間の風向きが【CODE三五九】の追い風になっている現状において、木根はその向かい風に逆らって歩いた。
テレビのワイドショーや討論番組などで、一般的に大勢の意見にカウンターとなる役割として、木根が抜擢されることとなり。
【CODE三五九】がどれだけ危険な存在であるかを、世界情勢やインターネットセキュリティーや大衆心理の面などから、多角的に検証し主張した。
時にヒステリックな面を見せながらも、多勢に無勢な状況で他のコメンテーターから集中砲火を受けても、へこたれることなく反論する姿を番組で晒し、ある意味、面白いキャラクターとして世間に認知され始めていた。
著名なコメンテーターや有識者は皆【CODE三五九】の所業を訝しみながらも、その支持者(もはや信者という方が相応しい)に攻撃されるのを恐れ、今は様子見という姿勢を示していた。その中で一人気を吐いていたのが木根だったのである。
甲太の耳にも木根の奮闘が届き始めた。
「何が〈CODE三五九はインターネットの独裁者だ〉だよっ。こんな優しい独裁者なんているわけないだろっ!」
ネットにアップされた討論番組を見て怒りを露わにする甲太。自分が悪く言われている番組なんて見なきゃいいのに見ずにはいられない。
木根を論破しようとする識者にエールを送る甲太だったが、世界史からIT社会の情勢まで幅広いデータを使い反論する木根に、三五九派の識者もたじろいでしまい甲太を失望させた。
「このバカどうしてやろうか? 家の屋根でも吹っ飛ばすか? 海の向こうまでぶん投げてやろうか」
実力行使で黙らせる策を甲太が講じ始めたが、それより先に信者が動いた。
木根の自宅に【CODE三五九】の信者が大挙して押し寄せ、大量の投石を行い窓などが破壊されたというのだ。
結果、それまでもありとあらゆる嫌がらせを受けていた木根は体調を崩し、入院することとなった。
この件に深く関わっていたのが《359頁の翻訳者》であった。前からこのアカウントは木根に対する憎悪をむき出しにしており、彼のスペースは木根アンチのたまり場となっていた。
そして抗議デモと称して日時を決め人を集め、《359頁の翻訳者》当人も街宣車の上から集まった人々を煽った。そうして事件が起きたのである。
木根宅に押し掛けた者たちからは何人も逮捕者が出たが、《359頁の翻訳者》は木根の自宅までは行っていないということで罪を免れた。人々を焚きつけておいて自分は加わらない、そんな立ち回りを見せる男であった。
本件により《359頁の翻訳者》こそが【CODE三五九】の代弁者であり信者のまとめ役だ、という認識が界隈で共有されることとなる。
事件の報を聞き逮捕者が出たことを知った甲太は、自らの身を犠牲にしても【CODE三五九】の名誉を守ろうとした信者達の姿勢に感動した。
「ホント凄いよな。こんなに頼りになる味方がいっぱいいて嬉しいよ。最高だ」
『素晴らしいことだな。私も嬉しく思う』
心から楽しそうに笑う甲太を、優しく見つめるサンゴーグレートがいた。
無敵のロボットの力を使い、甲太は望むものの多くを手に入れた。
金も名声もそして頼もしい同志たちも。思いつくものの殆どを。
それでも立ち止まることはしない。更なる飛躍を求め甲太とサンゴーグレートは明日に向かって歩き続けるのだ!