第10回 とあるネットと現実の狭間にて
「甲太を狙う者たちがいる」
そんな花咲からの忠告をガン無視した甲太は、学校を出たところで、あっさりと取り囲まれてしまった。
辺りには一目でガラが悪いと分かる若者たちが、見渡す限り十数人集まっていた。
皆、学ラン的なものこそ着ているが、殆どのものが髪を鮮やかに染めていて(でなければスキンヘッドで)。
ある者は首からびっしりと入ったタトゥーが覗き、ある者はメリケンサック紛いの指輪をはめていた。今時こんな分かりやすい人たちがいるとは… つーかホントに学生さん?
その中の一人が甲太の方へ近づいてくるのを合図に、全員が寄ってきた。
「お前、赤井手やな?」
群れのボスらしき輩が近づきつつ言う。
巨漢の上に肥満、ちょっとした力士感ある。
葦原たちでも校門から結構離れたとこで待ち伏せしたのに、こんな大人数で校門前に押し寄せるなど、本当にそれ専門の方々らしい。
「そうだけど何か?」
甲太は一瞬驚いたが、流石に葦原らを退けた経験が生きて尻込みはしない。
「マジか~。葦原をボコした奴がおるいうから大した奴やオモロそうやな~思うて来たのに。こんなシケた面した童貞君なんて~、泣きそ~」
群れのボスは開口一番こちらを貶めにかかる。後ろに控える仲間たちが一斉にドッと大笑する。
バカにしておきながらもボスのその目は、甲太がどういう反応をするのか油断なく動いていた。下手な関西弁だが下手な関西弁使いというキャラなのだろう。
「何か用か。いま忙しいんだよエグいぐらいに」
「まあ葦原をやった時の武勇伝でも聞かしてもろか。ここじゃ周りが騒がしいきに付き合ってもらうで」
そう言いながらボスと仲間の二人が甲太を取り囲む。
「葦原の敵討ち、つー訳か」
「冗談ゆうなや。あのボケがボコされたゆう話聞いてメチャ笑ったわ。ただ腕だけはあるあいつをやったちゅー奴を俺らが落とせば…… 分かるやろ?」
大きな溜息をついた甲太はポケットを探りながら。
「わかったわかった。付き合ってやるから家に電話だけかけさせてくれ」
とスマホを取り出そうとした。その腕をボスが素早く掴む。
「おっとー。させるわけないやろボケ。葦原も集団でやられた聞いてるで。仲間呼び出そうとしてもそうはいかんて」
大きい手で甲太の腕を握り引き寄せる。固太りしたその体には甲太がいくら抵抗しても振りほどけないだろう、圧倒的な力があった。
あの山に登る前の甲太だったら、こんな状況では号泣していただろう。漏らしていたかもしれない。
だが今ここにいる甲太は激怒していた。
こんなゴミに侮辱され触れられるなど。
自尊心のカンストしたその心から僅かな怯えも消し飛ぶ、凄まじい怒りのみが滾り、そして噴出する。
「サンゴーーーーーつぶせえぇぇぇえ!!!」
絶叫した。
「!! なんやこいつ……」
眼前での雄叫びに少し驚くボス。しかしある程度の抵抗は想定内、握った手を緩めることはない…… だったのだが、その背後で悲鳴が轟いた。
何事や── ボスが振り向くと、そこには目を疑うような光景が繰り広げられていた。
一緒に来た仲間たちに恐ろしい厄災、正体は分からないが、が降りかかっている。
数人が見えない振子に跳ね飛ばされるように左右に弾き飛ばされる。勢いで民家の塀を越えて庭に落ちていく者や、越えられず塀に叩きつけられる者もいる。
ある者は上から潰されるように地面に倒れこみ、ある者は空中高く浮き上がり落ちてくる。地面にへばりつくまで悲鳴をあげ続けていた。
慌てて逃げようと走っていった者が、ビデオを逆再生したみたいに背を向けたまま戻ってきて、両足を上にして大きくジャンプし、逆立ちの姿勢から足を中心に回転し始め、そのまま民家の屋根に衝突する。
まるで透明の巨人に足を掴まれ、振り回された挙句叩きつけられたかのようだ。
「なんだよこれぇぇ……」
「なんやこれ」という言い方も忘れボスは呆然となった。
その振り向いたまま固まったボスの横顔に、甲太は拳を叩きこむ。
初めて人を殴った。固い感触。
次いで思いっきり足でボスの胴体を押し出した。甲太の腕からボスの手が離れる。
「こいつっ」向き直ったボスが反撃に出る。甲太の顔目掛けて正拳を繰り出す。
飛んでくる握りこぶしを甲太は真正面から見据える。そこには圧倒的な信頼があった。
信頼に応えるかの如く、ボスの身体が真横にフッ飛び電柱にぶち当たった。
以前は海底に停めてあったサンゴーグレートの機体だが、現在は甲太の町の上空に待機させていた。
上空に常駐させると急な天候の変化、雷光だったり霧や急に立ち込める雲などによって、光学処理で姿を隠しているサンゴーグレートのシルエットが浮き出てしまう恐れがある。今は天気をスマホで撮る人があちこちにいるし。
だが甲太は気にしなかった。もうすぐだ、もうすぐサンゴーグレートを世に晒す日が来る。むしろ多少見られといた方が予告みたいな感じでいいだろう。
結果、不良たちが潰されるのが僅かばかり早まった。
校門で起きた地獄絵図に、遠巻きで見ていたギャラリーの生徒たちは必死に逃げ惑った。中には卒倒するものもいた。
砂煙が舞い上がり阿鼻叫喚がこだまし現場はパニック状態、その場で何が起こったのか把握できた者は誰もいない。
そんな狂乱の場面から、甲太はさっさと抜け出し帰路についた。
留まれば関与を疑われるというのもあったが、それ以上に早くネット対策という、この世で最も大事な任務に戻らなければならないからだ。
この一部始終を校舎の窓から見てしまった花咲。
恐怖に足が萎え涙が零れそうになる。
河川敷での一件や教師の家の屋根が飛ばされた時に感じた、赤井手甲太にはこの世ならざる力があるのではという疑惑。
それが、誤魔化しようもないほど現実として目の前で繰り広げられてしまった。
もはや赤井手に対しては恐れの感情しかない。この日以来、花咲は学校に来なくなった。
自宅に帰ってくつろぐ甲太のもとにスマホの着信がある。サンゴーグレートからだ。
『大丈夫だったか甲太。上手く助けられただろうか』
「あ~~ダイジョブダイジョブ。そっちはどうなった?」
『命を取らない程度にダメージを与えた。死なせてしまって甲太に迷惑がかかるといけないからな』
「別に殺っちゃってもよかったけどなあんなゴミども。また来られてもヤダし」
『彼らが再び甲太に近づくことはないだろう。当分の間、歩行も困難になるように肉体を損傷させた』
「おっご苦労さん」
『再びこのような事態が起こらないよう、甲太に近づく人間はネット上のデータを参照し、好ましくない履歴を持つ人物は甲太に接触する前に排除しようと考える』
「うん頼むわ、一々相手してらんないわあんなの、無限に湧いてきそう」
『了解した。──甲太の方は本当に大丈夫なのだな? 見たところケガはなかったみたいだが』
あの修羅場の中でもチェックしていた。
「うんダイジョブ。ただ今日は疲れたからネット対策の作業はまた明日で」
『ああ了解した。甲太の周囲はちゃんと見守っているから、ゆっくり休んでくれ』
「うん、ありがと、それじゃ」
そして甲太は一日の残りをゴロゴロ過ごし、さっさと床についた。
が、なかなか寝付くことは出来ない。
昼間の暴力で少し興奮しているのかもしれない。そう思い寝返りをうっては入眠を試みるが、ウトウトしたところで起きてしまう。
眠りに入りかけたところで甦ってくるのだ。顔を殴りつけた感触。人が地面に落ちた光景。骨がへし折れる音。悲鳴、絶叫が。
結局、朝サンゴーのコックピットにノソノソと乗り込み、そこで昼までダラダラ寝続けた。
学校には行かない。てか何で行く必要があるの?
午後になって起きてきた甲太は河川敷に降りて、近くの店でメシを買って戻ってくる。散歩中の犬がサンゴーゼロに乗り込む甲太を見て吠えていた。うるせーな殺すぞ。
そして今日もスーパーロボットのパイロットの責務として、インターネットに首ったけの生活が始まる。
このころ大手SNSにおいてはユーザーの平穏が戻りつつあった。
前代未聞の騒動に見舞われた件のSNSだったが、その大本であるCODE三五九の存在にユーザーたちは早くも慣れ始めた。
仕方がない、それはそこにいるのだから。
大手SNSの運営は口にこそ出さないが、CODE三五九を自らのテリトリーから追い出すのを断念していた。
アメリカにある本社のCEOは、サーバーを調査したチーフエンジニアに状況を説明させる。
「どうなっているんだ! 何故あのイレギュラーを排除できない!」
「…報告します。調査しましたところ、かのハッカーがコードを書き換えたと思しき領域は、本部のシステム根幹にまで及び、その影響を完全に取り除くにはサーバー全機を交換した上、新たに基幹システムを構築する必要があります…!」
「は……? バカなそんなこと…… それじゃサービスを中断する必要があると……?」
「システム再構築には早くても三ヶ月ほどかかるかと……」
「! そんなこと出来るわけがない! その間収入がストップしたらこの会社は持たない。ただでさえ自転車操業なんだぞ!」
という訳で無理だった。
運営は【CODE三五九】対策は目下進行中と発表しつつも、その実、放置黙認していた。それ以外、方がなかった。
こうした状況が日常になり、大部分のユーザーが【CODE三五九】を見ないように努める中、その存在を考察研究する一派も当然現れる。
「普通に北朝鮮かロシア辺りの仕業でしょ。ネットを通して混乱させるの、得意じゃん」
「日本政府によるストレステストなのでは。突然の状況に国民が動揺しないように慣れさせる為の」
「大手企業がやってるなんかのキャンペーンやろ、滑ったのに引っ込みつかなくなってんよ。その内ネタばらしするじゃろ」
「SNSのCEOの子供が日本に留学中でそいつの仕業らしいぞ。めっちゃ親バカだから止めないみたい」
「…ふむ三五九。これすなわち三国志を意味すると読むのが必然。つまり今こそ呉の良さを語る時が来た! という訳ですなあ。これぞ小生にとっての僥倖!」
いろいろ正体を考察して楽しんでいるようだ。最後のは中国の古典由来というトコは合っているのだが。
だが考察中にエキサイトして【CODE三五九】をディスるような書き込みをしてしまい、SNSから消滅したユーザーもいた。ただ語るだけでもハイリスク、やはり厳然として畏怖の対象であった【CODE三五九】は。
そんな中、人々が触れないようにしているタブーに魅入られ、それに近づきたいと思うものが出てくるのもまた当然のことで。
【CODE三五九】には熱狂的なファンが付き始めていた。
「いや~(笑) だいぶ人気でてきたな~」
サンゴーが表示する【CODE三五九】の支持グラフを見ながら甲太が言う。ニヤけている。
「結構固定ファンが出来始めてんだよね。これが大事なんだよ(ウンウン)」
売り出し中の動画配信者のようなノリで語ってる甲太だった。
そしてまた動画配信者と同じような壁に突き当たる、固定ファンはいるのだがそれ以上に広がっていかないのだ。
どうにか固定ファンの支持を得つつ、新規のファンも獲得するには──
「お札をばら撒こう空から! 映えるしみんな喜ぶ」
昔から映画とかで見る手口ではある。けれど大怪盗が大金持ちから盗んできた金でやるならともかく、この国で行うとなると──
『すぐに実行するのは困難だ。現金を大量に用意できない』
となる。
「そんぐらいここで印刷できないの? もーー、駄目なロボットだなあ!」
『すまない甲太。代わりの案を用意する』
駄々をこねる甲太に平謝りのサンゴーグレート。
ということで実行されたのが、サンゴーが用意した(盗ってきた)巨大なバルーンに暗号化された模様を張り付けて飛ばし(地方都市の中心部などで)、その写真を撮りSNSに載せたアカウントには、ネット口座にお金を振り込むよ、という通知が送られるものだった。
【CODE三五九】のファン向けサービスとしては、【CODE三五九】を称賛する書き込みをしていた者には、事前にバルーンが上がる場所が通知されるようにしておいた。
直接お金あげればいいじゃんという感じもするが、それでは買収になるので良くないと、純朴な若者である甲太が言うので今の形となり。
バルーンの表面の模様はサンゴーグレートが特殊な波長のレーザーで焼き付けたもので、一見QRコードっぽくもあるが、よく見ると違う禍々しく奇妙な紋様であった。
さて実際にやってみると「なんかキモいバルーンが飛んでる!」というので、その場にいた多くの人がその写真を上げた。
その後彼らの多くが「何かお金貰えるってマジ?」「詐欺じゃないの?」って感じの書き込みを次々にしたもんだから、SNS上は大盛り上がりとなった。
さらに実際に写真を上げた人のところに、1万円が振り込まれたという書き込みが出始めると騒ぎが加速。
当然、本物のバルーンを撮った人の写真をコピペして、自分のアカウントに載せる人が現れる。
しかしバルーンの模様はその為にもあり、サンゴーグレートの画像解析により実際に現地で撮った写真だけを見分けて判別できるようになっている。
だがファンサービスとして【CODE三五九】のファンについてはコピペの写真を上げてても、3千円はプレゼントするようにした。
本当は写真上げた人には10万円ずつあげたかったのだが、予想以上に盛り上がったので額が小さくなってしまった。何せ原資はヤバい組織からくすねてきた暗号資産だ。
このイベントを日本各地で10件ほどやった。その結果は……
「うおおおーーーい! やったぜ!!」
甲太の叫びがしめす通り、評価が爆上がりした。現金なことだがバラマキは古今東西最も効果のある支持率アゲの手法だ。
この効果もあり、SNS上では【CODE三五九】のファンであることを臆面もなく明かせるような雰囲気が出来上がり、実際それを宣言するものも多かった。
日毎に増えていく自分のファンの書き込みを見てご満悦の赤井手甲太。
それにしても学校でも取り巻きを求め、ネットの世界でも取り巻きを求める、やることは場所を移しても変わらない。違うとすればネットにおいては限りなく取り巻きの数を増やしていける、そう思えてしまう事だろう。
今では一日の大半をネット鑑賞に費やすようになった甲太だったが、ちょっと気になるニュースを見た。【CODE三五九】にアカウントを完全消滅させられた有名なインフルエンサーの一人が、自殺未遂したというのである。
「えっ…… なにこれ知らんし……」
気にしないようにしようと思ったが、かえって気になり大手ニュースサイトに飛んで見てみる。
追随する者が出ないようにか、事件のあらましは簡潔にしか書いていなかった。モヤモヤしたものを抱えたまま画面をスクロールさせると、その件についてのコメント欄があって。
そこには自殺未遂を起こした当人を非難するコメントが充満していた。99対1ぐらいの圧倒的な断罪。
この手のコメントは運営側が直ぐに削除することになっているが、それが間に合わなかったらしい。コメントしてるユーザーを見ると【CODE三五九】の支持者が大多数のようだ。
それを見て甲太は胸がすくような感覚を覚えた。
「そうだよな…… 勝手に死ぬ方が悪いよな。失敗してやがるし」
彼は支持者に感謝したい思いだった。