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第1回 とある高校にて ──姫と百姓──




(はぁ……)


 赤井手甲太(あかいでこうた)は憂鬱だった。  


 友人がいないという現在の状態は、彼にうっすらとした不安と淋しさ、娯楽の欠如、そして膨大なる退屈さをもたらしていた。

 何が悪かったのかは分からない。

 高校入学して直ちに自分から周囲に話しかけ、友達を作る。それがやけに子供っぽい行動に思えて、向こうから話しかけてくるのを待った。それだけなのだが。ただ普通にカッコつけただけ、この年ならよくあるスタンス。

 それでも大抵の場合、気が付けば話す相手は出来ているもの。後になって何がキッカケだったか思い出せないぐらいに自然に。

 だが今回に限っては、一日経ち一週間過ぎ、さらにひと月が経過してもそうはならなかった。タイミングが悪かったのか、運が悪かったのか。つまるところ何が悪かったのか分からないのだ。

 こういう場合において、頼みの綱となるだろう中学からの同級生であるが、彼のいた中学は今の高校からさして離れていないにも関わらず、友人といえた者たちは皆、別の高校に進学していた。


(お前らそんなに勉強熱心だったか?)


 後に残ったのは、中学三年間で碌に口もきかなかった、全く馬が合わないであろう元同級生が数名。今となっては、彼らに孤立した己を見られるのが恥ずかしく、何の罪もない彼らの存在の消滅を願うほどだった。



 そんな「話しかけてくれる待ち」という空虚な状態のまま3ヵ月が過ぎたある日、甲太にとってこれ以上ない絶好の機会が訪れる。


 黒板に書かれた《沢 楓》という名前を見て、びっくり仰天した。


 転校生が来るという話は、クラスの会話が自然と聞こえてきて知っていたが、なにぶん話し相手がいないので、新しいクラスメイトが男か女かも存じなかった(そういうことを早く知りたがるのもダサいと思っていた)。

 しかしその人物が沢楓(さわかえで)だとしたら話は別だ。何しろ楓は甲太の幼なじみの名前なのだ。


 家が近所だったので小学校に上がる前に、よく遊んだ子だった。

 仲良かったのだが、甲太がインフルエンザで寝込んで、一週間ぶりに外出できるようになった頃、姿を消していた。転勤で。

 幼い心には、いつもいる楓がいなくなるということが、よく理解できなかったのか、とくに悲しかった覚えがない。お別れが書かれた折り紙も親を通して貰っていたのだが、いつのまにか無くしていた。

 楓は甲太にとってまさに「古き良き思い出」だったのだ。


 それがこうして眼前に現れるとなって、甲太は激しく狼狽してしまう。

 何となく失望されそうな気がして。少なくとも自分はカッコよくも頭がよくも運動がよくもならなかったし。

 まあ。それらがないのはしょうがないとしても、友人もない、これは凄く恥ずかしく感じた。一般人よりとても劣った存在に自分がなった気がした。えらい負い目に感じられた。



 自己紹介をする楓を教室の端から眺めると、やはり間違いなく想い出のあの子だと分かる。

 成長していてもあの時の雰囲気は残っていた。賢くて元気だがバカ騒ぎしない分別を持ち、優しく思いやりにあふれていた(親からしたら理想の子だろう)あの子が、大きくなってそこにいた。


 教師の紹介によると、幼いころに親の仕事の都合でアメリカに引っ越していたらしい。

 なんと海外に行っていたとは。初めて知って甲太は驚く。

 子供のころの楓がアメリカで暮らしている、という光景を思い浮かべても不思議な感じがしたし、それがこうして戻ってきたというのも……

 そうだ。海外に行ってたというのに、パッと見、印象があんまり変わってないのにも驚いたというか、不思議というか。

 10年近くもアメリカにいたのだから、もうちょっと派手になってるもんなんじゃねーの、そんな勝手なことを思いつつ伏し目がちに窺う甲太の視線の先で、楓は控えめながらも意識高そうな印象を周りに感じさせ、挨拶を終えた。


 教室のあちこちから聞こえる、帰国子女という単語に、(男はどうなんだよ?)という、ありきたりな疑問の甲太をよそに授業は進んだ。

 休み時間になると楓の周りを多くの女子たちが取り囲み、そこから距離をとりつつ会話を盗み聞きしようという2、3人の男子による塊があったりして、とても近寄れる雰囲気ではなかった。

 ましてや、もとより会話相手がクラスにいない甲太などにとっては、今の沢楓というものは幾重もの堀に囲まれた巨大な城の天守に住まう姫のように遠く感じられる。

 沢が姫なら甲太は百姓の子倅(こせがれ)といったところか。そこまでは思わなくても自分の存在がとても小さく感じられるのだった。


(このまま幼なじみと一生話せないなんてことあるんだろうか?)

 

 軽く絶望を感じてしまう甲太。ただでさえ自分からは話しかけないという、誰から頼まれたわけでもない縛りプレイでガチガチに自縛されているというのに。


 そんな百姓の子に姫が語りかけるという奇跡が訪れる。

 昼休みも終わりに近いころ。

 沢楓が甲太に話しかけてきたのである。いや、下さったのである。

 周りに侍女のように付き従う三人の女子を引き連れ。


「赤井手… 甲太くんだよね…?」


 所在なげに教室の後ろでうろうろしていた甲太に、近づきながら声をかける楓。

 慎重に聞いてきてはいるが、どこか確信をもっているようにみえる。


 姫から賜ったこのチャンス。さあ甲太はどう答えるのか。


「…ん? …ああ…」


 答え:実に興味なさそうに返答した。


「私楓だよ。昔よく一緒に遊んだよね。憶えてる?」


 想定外の相手の温度に戸惑いつつも、再会の喜びを分かち合おうとする楓姫。


「ああ、久しぶり元気そうじゃん。……でなにか用…?」


 あくまで冷淡に返す甲太。既にこの時、感情がグッシャグシャになっていて、それだけを悟られまいと鉄面皮の維持に全エネルギーを集中していた。


「え、用っていうか… 久しぶりだから嬉しかったんだけど……」


 あまりの予想外に軽く動揺をみせる楓。

 つい三十秒前まで、感動の再開の立会人を務めようとしていた楓の周囲の女子たちから、一気に楓への同情と甲太への敵対の色が揺らめき立つ。


「用が無いなら俺いくわ。じゃね。」


 そう言って背を向ける甲太と、それを見送り今何が起こったのか考え込む楓。もう行こうと声をかける女子たち。

 甲太の背中が号泣しているのを分かってやるには彼女たちは若すぎたし、それをしてやる義理もなかった。


 こうしてクラスメイト(特に女子)から見て甲太は、それまでの「無口でよく分からないキャラ」という評価から、話しかけてもつまらなく、意味もなく、無駄でしかない人物としてカテゴライズしなおされることとなった。


 結局のところ今の甲太にとって沢楓は眩しすぎたのである。正視できないほどに。



 傷心で自宅に帰った甲太は(自傷とはいえ傷は傷だ)、家族との挨拶もそこそこに自室に籠りパソコンと向かい合う。

 将来の為と買ってもらった自分用のパソコンだったが、今の用途はもっぱらインターネットである。調子よくネットサーフィンを乗りこなすには、やっぱスマホよりもPCのほうが秀でている、そこんとこ判っている少年であった。


 学校に友人がいない。そんな人間がとれる道は、昔だったら読書にふけるなり、趣味に打ち込むなり等だったが。

 時は現在。甲太が進む先は当然インターネットの中であった。

 他者との交流と自己顕示に飢えた甲太は、いくつかのSNSでそっと自己主張をがんばっていた。

 だがこれといって特技もなく、ドはまりするほどの趣味もなく声高に訴えるほどの主張もなく財産を傾けるほどの推しもいなかったので、コメント欄で似たような意見のひとと二つ三つ言葉(書き込み)を交わす程度。


 一たびネット上の炎上や社会的な事件があれば、正義に燃えてその場所へ駆けつけ(画面の中で)、怒りの声を上げるのであるが。とくに対象についての知識や情報を持ち合わせていないので、なんとなく多数派だったりノリがいい方へ味方して、反対側へ罵倒のタイピングを打ち込むのであった。(流石に訴えられるのは怖いので前に出すぎることはなかったが)

 当然、そんなやり方で彼の鬱屈が解消されることはなく、何かネット世間の耳目を集めるような才能が自分に出現しないかと願っていた。さりとて今から沢山「いいね」を貰えるほどの技術を身につけようとしても、習得するのは遥か遠い未来のことだし、これをやれば!というものも思い浮かばなかった。


 自分に何かスゴいものがあれば幸せになれるのに…… 人類が創り出した素晴らしき電子コミュニケーション技術は、少年の心に強い願望を植え付けていたのだった。



 そうして楓に汚名挽回(この言葉も間違いではないそう)を果せぬまま、一月ほどが経った。

 楓はなんだか甲太の機嫌を損ねてしまったのかと思い、距離をとるようになったし、甲太の方はかつての親友をダッサいカッコつけで裏切ってしまったあの瞬間が恥ずかしすぎて、そばに近づけなくなってしまった。

 楓の顔を見るとフラッシュバックしてしまい、自分の顔が赤くなってるんじゃないかと恐れて、こっそり立ち去る始末だった。




 そんな相変わらずの甲太だったが、とある休日その姿は郊外の駅にあった。

 贔屓にしているVTuberを特集している雑誌が発売されたのだが、近くの本屋やネットショップでは軒並み売り切れてしまった。

 電子書籍版もあるのだが、そこは実物を手元に置いておきたいのがファン心理。

 以前ハイキングでこの郊外の町を訪れた際、小さな本屋で当時完売が続出していた付録付き週刊少年漫画雑誌が残っているのを目撃し、この店なら今回の本もまだあるんじゃないかと考えたのである。

 ネットでその店がまだ(かろうじて)現存しているのを確認した。

 電話で在庫確認すればいいのだが、歳のいった店主にVTuberの本ありますか?と言うのがすごく恥ずかしく感じて(ぶい… あんだって?と聞き返されそう)、休日だし、えいやっと、小旅行がてらちょっと懐かしい町を再訪することにしたのである。


 こうして訪れた町でまんまとお目当てのものを手に入れ駅へ戻ってきた甲太。パンデミックの名残りのマスクも、人見知りの彼が行きつけない店で買い物する際の恥ずかしさ低減に役立ってくれた。

 田舎の駅ゆえ人が少なく売店もない、ホームの端から端まで見渡せる。

 この駅で折り返す帰りの電車が到着したが、発車まで結構時間がかかるのですぐに乗りはせず、構内にある木彫りの変なオブジェとか古いポスターなどをプラプラ見て回っていた。

 ふと。甲太の目に電車から降りてくる乗客の一人が引っ掛かった。


 「あれは……」


 楓じゃないのか?

 反射的に近くの掃除用具入れの陰に隠れる。

 学校の赤いジャージにリュックサックといういでたちの、その沢楓らしき人物は周りを見回したあと、十人ほどの降車客に混じって改札に歩いていった。甲太に気づいた様子はない。だがマスクをしていて本当に楓なのかどうか確認できない。


 「絶対そうだよな……」


 そうは思う甲太だったが、街中でどう見ても母だろうと近寄ってみたら違ったという経験が何回かあるので、人を見る目の自信はない。

 こうなるとなんとしても確かめたい。

 変なオブジェが楓の気を逸らしてくれてるので、身を隠しつつ観察する。

 だが、とうとう楓?は改札を通過してしまった。駅の窓からその姿を追おうとしたところで、甲太は逡巡してしまう。


 (俺は一体なにをやってるんだ?・・・)


 あの人物が本当に楓だとして、ここでこんなことしてる自分の姿を見られたらどうなる?

 地元の駅からここまで、ずっと付いてきたと思われるんじゃないか?

 そうなったらヤバい。完全にストーカーだ。言い訳するのに買った本を見せるのも恥ずかしいし、見せたところで半信半疑まで漕ぎつけるのがやっとかも。

 後を付けてきたと学校で言いふらされたら…… 今が最低の境遇だと思っていたが、それよりも悪くなるかもしれない。

 学校のみんなと会話がないという現状から、更に完全に無視されるようになり、中には直接罵ってきたり暴力ふるう奴が現れるかも、やがて教師に呼び出され親の知るところとなり、そして警察へ……


(…これはダメだ)


 想像が駆け巡りじわっと汗が出る。

 ここにいるのはリスクが大きすぎる。

 そう考えが至り、この場を離れようとしたその時。

 駅の外に出た楓がマスクを外し息を大きく吸い込む。その横顔が離れたこの場所から観えた。

 

 ほんとに楓だ・・・


 それを見て取った甲太は、マスクを付け直し歩き出した楓の後を再び追いはじめた。


 当人が思い描いたとおり結構危ないヤツなのかもしれない彼は。



 尾行は困難を極めた。

 楓は町中からも見える山に向かって一直線に歩き出した。麓までバスで5分ほどで行けるが、バスは30分に一本なので歩いたほうが早いという判断だろう。

 流石に一緒のバスには乗れないので甲太にはありがたいが、ただでさえ速足で歩いていく彼女に身を隠しながら付いていくのは、かなりの重労働となった。

 なにしろ田舎なので通行人が少ない。人が多ければ一人一人の印象が薄れるが、ここでは冴えない甲太でさえ、おっ若いヤツだ珍しいな、ってことで目立ってしまう。

 普通に歩いて付いてったら、振り向かれただけで絶対ばれてしまう。甲太は見失う寸前まで距離をとりつつ、立ち止まるときは必ず物陰と涙ぐましい努力を見せていた。そして苦労の結果得たものがある。


(俺何やってるんだろ)


 当然の感想。本日二度目。

 そしてこの感想をこれから何度も漏らすこととなるのである。



 山に着く。ガンガン登っていく楓。

 追う方には山道を登りつつ、身を隠す場所を探すという、更なる労苦が科せられた。

 帰宅部の甲太は、山道を歩いているだけで体力が削られていく状態。

 今日は登山客が少ないようだ。多ければそこに紛れ込めるが、代わりに行動を怪しまれるだろう。どちらにせよだった。

 楓はときおり景色を眺めたり、立ち止まって今まで登ってきた道のりを振り返ったりする。登山を楽しむ若人(わこうど)の爽やかな光景。

 甲太はその度に心臓が跳ね上がり、慌てふためき近くの藪の陰へしゃがみ込む無様な様相。

 もはや限界が近かった、マスクが汗で濡れ呼吸すら怪しくなる。


(なんで楓は平気なんだよ……)


 遠くの楓の背を追うことすら難しくなってくる。一々隠れるのも難しい。 

 お互いマスク姿だから多少は見られても平気か、でもこちらがあちらを判るんだから向こうもこっちを分かるかも・・・ 分かってくれなかったら寂しい… あれ俺は何を言ってるんだ。あ~~~もう無理。

 などと頭が混乱してくる甲太。

 初めからリスクが大きいうえに全く無意味な行動なのだから、嫌になるのは当然なのだ。それでもここまでの苦行に彼にしては耐えられたのは他でもない。


(楓はどこに行くんだろ?)


 それを知りたいという好奇心ゆえだった。




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