めんどくさがり屋の侯爵令嬢は、さっさと婚約破棄をする。
誤字報告ありがとうございます! 大感謝‼
自分の婚約者が浮気をしていたらどうするか。
「貴族の義務を理解していないで、ご自分の感情……、いいえ、下半身の欲求に負けるクズなど、このわたくしには不要」
切り捨てるに決まっている。
だって、めんどうだ。
「わたくしという婚約者がありながら浮気をするなんてっ!」などと声を荒らげるのも。
「この婚約は国王陛下からのご命令によるものですよ」と相手に言うのも。
嫉妬なんて感情を抱くのも。
浮気者の心をつかもうと、こちらから相手に迎合するのも。
「ヴァージニア・バトーラ・プロウライト様、よろしいんですか⁉ あなた様の婚約者である王太子殿下が、平民の小娘と懇意にしていらっしゃるのですよっ!」
「そうですよっ! 学園内は平等とか言って、あの平民の小娘は、ウィルフレッド王太子殿下と腕を組んで歩いているんですよっ!」
そんなふうに、わたくしに忠告ぶって言ってくる相手に諭すのも。
すべてがめんどう。
ウィルフレッド王太子殿下と平民の小娘であるミザリーは、真実の愛で結ばれていると公言しては憚らない。
このわたくし、侯爵令嬢であるヴァージニアとの婚約は、国王陛下の御命令であるからしかたなく受け入れただけであって、真実愛しているのはミザリーだと。
平民では王妃にはなれないから、しかたがなく婚姻を結び、王妃にはしてやるけれど、わたくしと子を儲けるつもりはない。ミザリーの代わりに王妃としての仕事だけを行わせるために、婚約を結んでいるだけだ。
調子に乗って、カフェや学園の教室で、ウィルフレッド殿下はそんなことを大声で話し、そしてミザリーという平民の女と口づけを交わす。
王太子としての義務も、人としての常識もわきまえない王太子殿下に、どうしてこのわたくしが、わざわざ諭して差し上げねばならないのかしら?
ああ、めんどう。
不貞でも真実の愛でもどうでもいい。
そんなものは勝手にやればいい。
わたくしが、そんなものに付き合う道理はない。
というわけで。
国王陛下と王妃様とわたくしの父、それから学園の警備の者たち、ついでに噂話が好きなご令嬢や、わたくしの伝手がある方々にお願いして、ウィルフレッド殿下とミザリーという平民の女の素行調査をしてもらった。
わたくしはカフェでお茶を飲みながら、自室で優雅にくつろぎながら、それぞれの調査結果を待つだけ。
もちろん調査期間中は王太子妃教育などは休み、いっそ学園の授業も体調不良ということで登校すらしない。
めんどうから解き放たれて、ゆっくりと朝食をいただき、風呂では侍女からのマッサージを受ける。
風呂上がりには搾りたてのジュースを飲み、我がプロウライト侯爵家所有の楽団による演奏を聴く。
ゆったりと流れる時間。
控えめに言っても最高ね。
などと、のんびりしているうちに、調査結果も出たので。
それをすべて、我が家の使用人たちに書き写させる。
もちろん複数枚だ。
王都にあるすべての新聞社へ、その調査結果を送り付ける。
その調査結果をどう使おうと、自由にしてよいとの一筆も添えて。
新聞が発行され、ウィルフレッド殿下とミザリーという平民の女の身勝手な真実の愛が広まったところで、わたくしはお父様と国王陛下に婚約の破棄を申請する。
ウィルフレッド殿下やミザリーという平民の女と、直接やりあう気はない。
だってめんどうだもの。
王太子殿下と侯爵令嬢の婚約なんて。
お互いの希望による婚約などではないの。
国王陛下とわたくしのお父様である侯爵との間で結ばれたもの。
だったら、王太子殿下を無視して、国王陛下とお父様との間で婚約を破棄することだって可能なのよ。
さて、婚約破棄は無事になされた。
わたくしは登城することなく、学園に通うことなく、すべての手続きはお父様にお任せして、自室でくつろいでいた。
お父様が手にした婚約破棄の書類と、慰謝料としていただいた山のような金貨。
破棄の書類は大切だけど、金貨なんてもらってもねえ……。
わたくしの家は侯爵家。
お金なんていくらでもある。
お父様も「婚約破棄の慰謝料だ。ヴァージニアの好きに使え」と言って下さったので、ここは全額使い切ってしまいましょう。
というわけで。
競馬場で散財することにした。
と言っても、侯爵令嬢たるわたくしが、馬券を買って散財するのではない。
我が国は競馬が盛んで。
国王陛下や高位貴族も足繁く通う中央競馬場以外に、地方競馬場が十以上ある。
毎日どこかの競馬場でレースが行われているの。
そのレースでは「何々記念」とか「何々特別」などのレース名があって。
そして、そのレース名は有料だけど、自由につけることができるのよね。
有料と言っても、その値段は高くはない。
金貨一枚程度。
王都からかなり離れた地方の競馬場では、銀貨三枚でレース名が付けられるなんていうトコロもあるくらい。
うーん、お安い。
だから、わたくしはそのレース名にお金を出した。
つまり、レースの命名権を買ったのよ。
「ウィルフレッド殿下とヴァージニア・バトーラ・プロウライト侯爵令嬢、婚約破棄記念レース」
「ウィルフレッド殿下並びに平民娘ミザリーの真実の愛記念レース」
「ウィルフレッド殿下並びに平民娘ミザリーの不貞記念レース」
「『平民のミザリーでは王妃にはなれないから、しかたがなく侯爵令嬢と婚姻を結んでやろう』とウィルフレッド殿下は言ったが、そんな婚約など破棄となった記念レース」
「『不貞を真実の愛と言い換える、不実な婚約者と縁が切れて嬉しいわ』と侯爵令嬢は言った記念レース」
などなど。
競馬場によっては、レース名の文字数に制限があるところもあったから、長いレース名は無理な場合もあったけど。
逆に長くても大丈夫な競馬場もある。
その競馬場に合わせて、命名権を買って、レースを行ってもらった。
もちろん命名権の買取は、わたくしが競馬場に赴くことなく、我が家の使用人に行わせたけれど。あ、使用人には手間賃として金貨を十枚ずつプレゼント。
皆よろこんで、あちらこちらの地方競馬場へと向かってくれたわ。
でもまだお金が余ったから。
新聞の一面を買い取って、そこにドーンと大きく婚約破棄の書類を印刷してもらった。
見出しも大きくね。
『ウィルフレッド殿下 ヴァージニア・バトーラ・プロウライト侯爵令嬢と婚約破棄!』
『なんと殿下は、長年王太子妃教育に勤しんできたご令嬢を捨て、文字もまともに書けない平民女との愛を貫くっ!』
うっふっふ。
あっという間に王太子殿下の愚行は国中に、いや、他国まで広がった。
まあ、わたくしは、自室にいて、使用人たちに指示を出しただけ、ですけどね。
だって、自分で動くのはめんどうでしょう?
王太子殿下と平民女が文句を言ってきたけど、気にしない。
会う気もないし、文句はどうぞ陛下へ。
元々婚約を結べと命じてきたのは国王陛下。
その婚約を破棄してくださったのも国王陛下。
婚約者だったのだから、きちんとお互い向き合って、誤解を解こうですって?
時間の無駄よ。
王太子殿下がごちゃごちゃ言う前に、もう、すべての調査は終えて、そして、手続きは済んでいるの。
わたくしと王太子殿下はすでに他人です。
あなたが今後、王太子の地位をはく奪されようと。
他国に売りとばされるようにして、どこかに婿入りさせられようと。
わたくしの知ったことではない。
殿下がどうなろうと、その骨を拾って差し上げる義務などない。
さっさとわたくしの視界に入らないところに行って、そこの土の養分にでもなるといいわ。
わたくしは新たな婚約者の選定に忙しい。
国外からも婚約の申し出が来ている。
あまりにありすぎて、選ぶのも面倒だから。
お父様、条件が良くて、お人柄がよい方を、選定してくださいね。
願わくば、訳の分からない馬の骨ではなく、名高の骨高でもなく。
骨折り損のくたびれ儲けになることなく。
わたくしをしっかりとサポートしてくださる、骨のある方と出会えますように……。
終わり
・カクヨムコンに投稿するのに急いで書いたもの。お題は「骨」でした。
・[日間] 異世界〔恋愛〕ランキング - 短編
2025年1月29日 11位 、 30日 9位 ありがとうございます