6 朝の出来事
異世界物です。
ルクレティアという小国の王女が巻き込まれていく運命を書いてみたいなと思っています。
第1章で約5年後の世界を書きました。
第2章でスーリア王国王女だったルクレティアが、なぜ男装しているラクシュマナになったのかを書けたらいいなと思っています。
お付き合いいただけたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。
「姫様! おはよう!」
乳兄弟であるオルトが船から降りて手を振っている。
私は走りながら手を振り返した。
ここはスーリア王国の王城近くの湖のほとりだ。
私の乳母アリアはこの湖の漁師の妻であり、私は時々、挨拶がてら漁の様子を見に行っていたが、数日前からアリアが体調を崩し、城に魚を届ける役目をかって出ている。
「おはよ! オルト!
今日もたくさんだね!」
私は船に駆け寄り、陸に上げるのを押し手伝いながら、中を覗き込んで声をかけた。
オルトがうれしそうに微笑む。
「姫様!
おはようございます」
オルトの妹のマーサが家から出てきて、かわいらしくはにかむ。
「おはよう、マーサ!
アリアの様子はどう?」
「だいぶいいです。
姫様に貰った薬が効いたみたい。
痛みが良くなったって言ってます。
ありがとうございました。
父は少し前に上がって市へ魚を運んでますが、姫様にお礼を言っておいてくれ! と頼まれました」
「そうか、今日は朝市もある日だね!」
オルトが私が持ってきた籠に魚を選んで入れてくれる。
「どうぞ!」
「ありがとう!」
受け取るとかなり重い。
私が重みにびっくりした顔をするとと「重すぎた? 届けようか?」とオルトが心配そうに言った。
「ううん、大丈夫!
アリアのそばにいてあげて。
たくさんありがとう!
じゃあ、後で!」
オルトは手を挙げてくれ、私はマーサに手を振って走り出す。
城の裏門から入ってから、一度籠を置いて息を整えた。
「ふう、後もう少し!」
その時、「ルクレティア! その恰好は何ですか?!」と母の声がした。
私は籠から目を上げ前を見た。
城の中庭へ出る回廊に母と姉がいた。
「おはようございます。
魚を受け取ってきました!
汚れるといけないから、朝だけ着ている汚れてもいい服です!
届けたらすぐ着替えますから!」
私は母に見つかるといつもそう言い訳している。
でも、少しいい服を着ていると、今度は逆に「服が汚れる!」と怒られるんだけど、ね。
「一国の王女がそんな魚屋の真似事など!
あなたには誇りというものはないのですか?!」
「……乳母のアリアの体調が良くないので、その間だけでも」
「そう、そんなことが……。
お母様、アリアの家にお見舞いを届けましょう」
姉のアニエスが母に話しかける。
「そうね、アニエス。
本当に優しいわね。あなたって子は!
それに比べて、ルクレティアは乳母の体調も外へ遊びに行く口実にするのだから、全く!」
「お母様、こちらでお見舞いの品を相談しましょう」
アニエスは母に話しかけながら私に『早く行け』と目配せしてくれる。
私は籠を持ち走り出す。
「走りませんよ! ルクレティア!」
とたんに母の鋭い声。
「朝食の準備がありますので!!」
私は叫び返した。
厨房に魚を届け、井戸で手を洗い、自分の部屋に入ると服を脱ぎ、メイドのユーリが用意してくれているお湯と石鹸でざっと身体を洗う。
いつもなら朝風呂までは入らないんだけど、魚の籠を持って走っているので、ここ数日はそうしている。
ユーリに手伝ってもらって、シンプルなドレスに着替え、髪を結ってもらう。
さっきまで着ていた服はユーリが洗って干しておいてくれるという。
「ごめんね。時間があれば私がするんだけど」
「大丈夫です!
まもなく朝食ですよ。食堂へ!」
食堂前でまた母とばったり会ってしまう。
私は丁寧に礼をして、母に道を譲る。
「……ルクレティア、お風呂に入ったのね。
もしや、まさか、あなた、何かいかがわしいことをしてきたのではないわよね?」
私は何を言われているのかわからず、きょとんとする。
母の後ろでアニエスと腕を組んで立っているアニエスの婚約者、私達の従兄でもあるアーサーが笑った。
「ルティにはまだ早いでしょう。
ほら、全然意味がわかっていない」
母は私を睨んだ。
「あのアリアの息子もいたのでしょう。
ふしだらなことだけはしないようにね!」
やっと意味がわかった。
母は私がオルトと、その、ふしだらな、関係があるかのようなことを言っているんだ。
だから、食堂に来るために、身体を洗ったと?!
魚のニオイがしないようにです!!
アニエスが『気にしないでね』という表情をこちらに見せてから、母の後をアーサーと通って行った。
その後ろから食堂に入り、席に着く。
「おはよう。
今日の魚もおいしそうだな」
父が食卓を見てにっこりした。
食事が始まり、父が魚の味を褒めてくれたので「今日の魚はアリアの息子のオルトが獲った魚です」と伝える。
母は機嫌が悪くなり魚に手を付けない。
母は私が生まれた時、産後の身体の回復が悪く、その時に私に乳をやることができなくて乳母を雇ったこと、そして、私がその乳母アリアに懐いていること、さらにアリアが漁師の妻であることと、父と幼馴染であることもなにもかも気に入らないのだ。
アニエスに言わせると『ルティと父を取られた気がするのではないか?』とのことだが、だったらそんなに不機嫌に娘である私に当たらずにいて欲しいものだ。
いつも注意され、覚えもないことを言われるから……。
私は母が苦手だ。
母も私が苦手なのだろう。
母は私を産んだ後に、もう子どもはあきらめた方がいいと医師から告げられたそう。
女子しか産めなかったという辛さもあるのかもしれない。
でも、それは私のせいじゃないし、私が父に似て、男みたいな性格とよく言われるのも、私のせいじゃない。
アーサーが「そういえばドーワルトが近隣の国へ親書を送っていることについてですが……」と切り出した。
ドーワルト帝国はここ最近、北の方へ勢力を拡大しようとしている。
ちょうどこの辺りは親戚や友人関係で結ばれているような小国が多く集まっている地域でもある。
このスーリア王国も、国と呼ぶにはかなり小さな国だと思う。
母は隣国のバルカニア王国の王女であり、スーリア王国より大国なのが誇りなのだ。
現在の王の妹に当たるので、何かにつけて頼ろうとして、父はその度に少しだけ表情をピクッとさせる。
そりゃ、信用がないと言われてるみたいな気がしちゃうよね。
でも、父は母を大切にしている、と思う。
アーサーは父の姉が嫁いだレイクール王国の2番目の王子でもある。
こんな感じで、かなり国と国の距離も血縁も近いのだが……。
だからと言ってそこまで仲が良いわけではない。
お互いうまく見張りあって牽制し、協力できるところは協力し……という関係なんだと思う。
ドーワルト帝国はその一枚岩ではない小国群に対して、属国になるようにそれぞれに呼びかける手紙を送りつけてきている。
それぞれの国でも対応や受け取り方が違う。
属国になることを決めたのに、その後に王家が取り潰された国などもあり周囲の国々はかなり混乱していた。
「バルカニアと同じように動いたらいいのでは?」
母が言う。
父はため息をついた。
母がちょっとムッとする。
それを見て父が説明をしようと口を開いた。
「バルカニアも混乱しているようだ。
開戦派と降伏派に分かれているようだよ。
属国を受け入れても結局、王家が潰されたケースもある……。
ならばと思う王家と、王家が潰されても国として残るのならばという属国という名の降伏派と……」
「まあ、王家を守らないとは?!」
「それだけ、誰にも先が読めないのだ。
現に、レイクール王国は属国になると早めに決めたが、王ではなくて、帝国から爵位を与えられて地方領主という扱いになったしな……」
アーサーが不安げに頷いた。
「そんなっ! どうするのですか?!」
母が驚きの声を上げる。
「どうしようも……。
属国になれば、帝国の一地方ということだな。
国として残してもらえるか……、地方領主として残してもらえるだけでもいい方なのかもしれんぞ。
少しでも危険だと判断されれば、何か理由をこじつけられ断罪され、名が消えた国もある」
「でも、早く返事をしなくて討伐対象にされたら……」
アーサーが言った。
そうだよな。レイクールは地方領主扱いになったとはいえ、生存し、領地も安堵され、領地と領民は戦に巻き込まれずに済んだのだから……。
「国や民のことを考えたら、戦にならない方がいいのでは?」
私が言うと、母が睨んだ。
「お前が口を出していい問題ではありません」
母に叱責される。
「いや、アニエス、ルクレティア、お前達にも関わってくる話だから……。
どうあっても、その国の地方の王女や王子は皇都の後宮とやらに人質として行かなければならないらしい」
父の言葉に母とアニエスの表情が歪む。
いいじゃん、私が行けばいい。
「私が行きます」
父に言うとアーサーが悲しそうな顔をする。
アーサー、そんな誰にでも優しいと国を守れないぞ。
「アーサー、気にしないで。
あなたは姉と民を守ることを考えて」
「ルティの言う通りです!
アニエスとアーサーがこの国を守って行けるように動くべきです」
母の呼びかけに私は頷く。
いや、母と意見が合うことなんてあったんだな。
私はちょっと面白くなって、微笑んでしまった。
しかし、父は頷かない。
アーサーが声を潜めた。
「帝国軍は戦いになると傭兵集団を先に投入するため、戦場になった国では略奪や凌辱が起きているようです。
どちらにしても早めの英断が必要かと」
「バルカニアと足並みを揃えましょう!
バルカニアはこの辺りでは大国です。
帝国も無視できないでしょう!」
母がまたバルカニアの名を持ち出す。
「そのバルカニアが混乱しているのだ。
待っていては足元を一緒に掬われるかもしれない……」
「そんな、バルカニアを見捨てると?!」
母が叫んで食堂から出て行ってしまった。
父がため息をついて後を追おうとするがアニエスが声をかけた。
「お父様、お母様は私がお慰めしておきます。
どうぞ、アーサーや大臣達とのお話を優先して下さい」
「ありがとう、アニエス。
ルティもこちらの話に参加できるか?」
「はい、人質には喜んでなりますから、気にしないで下さい」
「そう言われても、我が子を人質にと言われて気にしない親はいないよ」
父がため息をついた。
大変そうだな。
でも、誇りとか人質を出したくないとか、そんなことにこだわらず、生き残る道を取らなくては。
民を守る道を。
読んで下さりありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。