31 アニエスとアリス
異世界物です。
第1章でハルキを助けたラクシュの話。
第2章でスーリア王国王女のルクレティアがなぜ逃げることになったかを。
第3章でゲンジとラクシュの旅の始まりを。
第4章で第2皇子リュドラシオンの視点で書いています。
お付き合いいただけたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。
あー、もう面倒くさい。
なんで私がこんなに神経をすり減らさなきゃならないんだ。
屋敷に帰り、思いっきりベッドに突っ伏して脱力していると、執事が部屋にやって来た。
「お寛ぎのところ、大変申し訳ありませんが、怪しい男がリュート様との面会を申し込んで来ています」
「来ているって、この屋敷に?」
私はベッドの上に起き上がる。
「この手紙……と言うか切れ端というかお持ちだったので、一応、待たせてはいますが……」
渡された紙きれを読んで驚く。
これが本物だったら、ルティからの手紙だからだ。
私の名前とその下にルクレティアの名前。
アニエスとこの手紙を持参した男を会わせてやって欲しいと書かれていた。
「……アーサー?」
私はひとりの男のことを思い出して呟いた。
元レイクール王国の王子でアニエスの婚約者。
戦争前夜にルティとアニエスの間を引っ掻き回し、スーリア王とともに新バルカニア王国との戦いに赴いたが姿を消した。
レイクールとバルカニアがスーリアに対して行っていた侵略的工作の裏にアーサーがいたとされている。
そのアーサーならば、なぜルティはアニエスに会わせよというのか?!
「会うが、アニ、いや、アリスは隣の部屋に待機させよう。
私が先に会って話を聞く」
「護衛はどのように?」
「……お前が同席してくれるか? 頼む」
「承知しました」
執事と部屋に入ると、男が座っていたソファから立ち上がったが、どうしていいかわからないという感じで立ちすくんだ。
「私がこの国の第2皇子リュドラシオンだ。
まず、お前の名を聞こうか?」
男は頷いて「アーサーです」と答えた。
「……やはりアーサーか。
まあ、かけたまえ。
君は今回のことで罪人とはされておらず、帝国からも追われてはいない。
それは君のやったことがあまりにもはっきりしないからだ。
レイクール領は君に全ての責任を被せて、領内に戻ってきたら断罪すると言っていたが……。
北部に戻らなければ、まあ普通の平民としてなら暮していけるだろう。
それが、今更、何を?」
アーサーは俯いていたが顔を上げて答えた。
「アニエスに謝りたくて」
「アニエスに?」
「ああ、私の希望はそれだけだ。
ルティには思いがけないところで再会でき、短い時間だったが話をして謝れた。
ルティがアニエスは皇都にいると……」
「……遅かったな。
アニエスは後宮に入り、その後この屋敷に来て亡くなった」
「亡くなった?!」
「君が逃亡した後、そしてルティが逃げた後もいろいろあったのだ。
まず君の話が聞きたい。
何故、スーリアに対してあんな行動を?」
「……レイクールとしては、私がアニエスと結婚してスーリアの王となることを希望していた。
ただ、そこに帝国からの北部への介入とバルカニア王国のクーデターが同時期に起こり……。
スーリアが帝国に恭順の意を示し領地は安堵されるだろうということがわかってはいたが、新バルカニアがこの勢いに乗りスーリアを攻めることを知り、このままだとスーリアを奪われてしまうと……、バルカニアと密約を結び、帝国を援護する形に戦を仕掛け、スーリアを分割するということに……」
「それをお前が考えたのか?」
「違う!
俺はスーリアを、あの国を、アニエスとルティを守りたかった……」
「しかし、君がレイクールにスーリアの返書を運ぶ兵の存在を教え、妨害したのだろう?」
「……どうすればよかったのか、未だに考えてもわからない。
そうだ、俺は……、スーリアを……」
「そうだ、君の本心ではなかったとはいえ、結果、スーリア王国は帝国と新バルカニアの軍勢に挟まれ……」
「ああ、俺は逃げた。
でも、本当は戦争前夜にどちらかの王女を連れてレイクールに逃げるように言われていたんだ。
王女がこちらにいれば分割分を多く請求できる権利があるからと。
ルティに一緒に来てくれるように頼んだが断られた。
そこで俺を愛してくれていたアニエスに頼んだが……、それも断られた」
「アニエスとルティの間を引裂こうと?」
「それはない!
ただルティのことは以前から好ましいと思っていた……。
まだ子どもだとは思っていたが、どちらかを選べと言われた時、最初にルティに声をかけてしまっていた……。
それは何故だか聞かれても、そうだったとしか言えない……。
ルティなら断るだろうとも思っていた。
最後に自分の気持ちを伝えたいと思ったのかもしれない……」
「なるほど。
で、ルティに振られ、アニエスにもバカ正直にルティに告白したことを打ち明けてから一緒に逃げようと……。
バカかお前?」
「最後に嘘はつきたくなかった。
でも、アニエスは……、私を愛してくれ、そして、王女として最後までスーリアに留まることを選んだ。
俺は迷いに迷った。
アニエスをルティを、そしてスーリアを守りたい気持ちと……、故郷のレイクールが俺に求めていることと……。
結局、どちらにも中途半端な対応をして、俺は逃げた訳だ……。
レイクールにもスーリアにも戻れず、ひたすら北部から離れようと逃げた……」
私はため息をついた。
「そこで暮らしていて、ルティにばったり会ったのか?」
「いや、人とできるだけ関わらず、森に隠れて生活していた。
帝国から追われているかもしれないし、スーリアがどうなったか知るのが怖かったから……。
最初、ルティとは思わなかった。
男の格好をしていたからだ。
ルティは俺にすぐ気が付いたようで『仲間が隠れているから静かに話を聞け』と言い出して、自分がルティであることを教えてくれた。
言われてよく見てみれば、本当にルティで……。
ルティはスーリア王が亡くなり、アニエスが人質として皇都に行ったこと、次に自分も人質にということになり、結局、スーリア王国をスーリア領として自分は逃げてしまったと短く教えてくれた。
アニエスは後宮から第2皇子の屋敷に移っていること。
もし、アニエスにも謝りたいならと手紙を書いてくれた……。
どちらも裏切れず、迷って中途半端なことをしたと謝ると『だと思った。でも、私も一時期アーサーのことを疑ったから……』と」
「まあ、君の行動の一貫性の無さに……、そんなことじゃないかとは思ってはいたが……」
私はため息をついた。
「アニエスに本当に謝りたかったのか?」
頷くアーサー。
「そうか……、アニエスの最期をよく知る女性がいるんだが、彼女が話してもいいと言えば会えるが……、どうする?」
「……アニエスがどのような最期を迎えたのか……、自分は知らなければならないと思う」
私は手を挙げて執事にアリスの意志を確認してもらうことにした。
執事がアリスを連れて部屋に入ってきた。
「うちの使用人のアリスだ。
アニエスとはずっと一緒にいてね。
そう、一心同体というぐらいにね。
彼女からアニエスに起きたことを聞くと言い、そして彼女に謝ればアニエスにもきっと届く」
アリスは硬い表情をアーサーに向けた。
「お久しぶりです、アーサー」
アーサーの目に涙が溢れた。
「アニエス、申し訳なかった。
ずっとずっと謝りたかった……」
「私もずっと後悔してました……。
もっと自分の気持ちを伝えるべきだったと……。
私はアーサー、あなたが本当に好きで愛していました。
だから、あなたがルティに、心があったことを知って……。
あなたはもういないのに、その後、ルティにひどいことを……」
「どうするアリス?
彼といたければ、この屋敷から出ても構わないよ」
私の問いにアリスは硬いままの表情で答えた。
「それは……、アーサーと話し合ってからお返事してもいいですか?」
私は頷いて、部屋を出た。
執事も一緒に部屋を出た。
「何も起こらないと思うけど、万一のために隣室に警護の者を」
「はい、すでに配備しています。
もし、ふたりが一緒にいることを希望したら、どうされるのですか?
この屋敷ではこれ以上匿うことは……」
「うん、わかっている……。
そうなったら、頼ろうと思う人がいるから」
読んで下さりありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




