21 逃げる元王女
異世界物です。
第1章で4年後の世界を書いたので、第2章でスーリア王国王女のルクレティアがなぜ男装しているラクシュマナになったのかを書きました。
次の第3章からゲンジ視点の旅しながらの生活の話が始まります。
書き始めていますが、私の好きな掛け合いのようなセリフがたくさん書けて楽しいっ!
これからもお付き合いいただけるとうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。
それからのことは早かった。
私はスーリア王国最後の王女として、第3皇子に託す形で国の領地と統治権を譲ることにした。
つまり、ここは帝国領に属するけれど、ダートの領地となる。
そしてダートはバハ大臣をここの領主に任命した。
これでスーリア王国の名は消えた。
あんなに残そうとこだわっていたのに、なくなってみたらあっけないな。
で、私は皇都に人質になりに向かう途中で逃げ出すわけだ。
「大丈夫なのかな?
逃げちゃって……」
「大丈夫、ルティの鬼姫の噂は帝国にも届いているし、武装して飛び出して行ったということ、信じてもらえると思う」
リュートの言葉に笑うしかない。
「そんなに怖がられてるなら、後宮でも大丈夫そうじゃない?」
「ダメだ。
絶対、後宮はダメ」
ダートが首を振る。
「そうだな。
ルティ、後宮に入ったら、自由はないよ。
皇帝にしてみれば、後宮の女性は自分の物だ。
面白そうな女性の話を聞けば、気まぐれに食指を動かしたりする……。
ルティは格好の獲物だ」
そんな恐ろしい所にアニエスをよく連れて行ったな……。
私はリュートを睨んだ。
「何?」
「アニエスをよくもそんな恐ろしい所に……」
「ごめん、アニエスなら穏やかに上級女官として過ごせそうだと思ったんだよ……。
ルティは違う。
すでに興味を持たれてるだろうから、いきなり寵姫に指名される可能性は高いよ」
うーん、そうなのか。
約10年ぐらい。
「私が逃げれば追手がかかる?」
「まあ、最初はね。
たぶん、最初の3年くらいは。
でも、そのうち情報として埋もれてしまえば……」
私は頷いた。
「それなら、逃げてみるかな……」
夜、ダートが部屋に来た。
「話がしたい」
「うん、私も」
ユーリが頷いて部屋を出て行ってくれる。
ダートが真剣な顔で言った。
「絶対、死なないで。
必ず迎えに行く」
「迎えに行くって、私がどこにいるかもわからないのに?!」
私が笑うと抱きしめられた。
「3年経ったら、俺もルティを探す」
「えっ?
私、帝国とダートから追われるの?」
「帝国に代わって俺が探すのを引継ぐ形で追うから。
絶対、俺のこと忘れるな……」
「えーっ?
ダートからも逃げなきゃなんだよね?」
「うん、逃げて」
「……わかった。
逃げる。
リュートかダートが皇太子か皇帝になるまで逃げればいいんだよね」
ダートが声を立てずに強く頷く。
私はダートを抱きしめ返す。
「それまで逃げて逃げて逃げまくるから。
ダートも生き抜いて。
絶対生き抜いてよ」
帝国で次期皇帝選び、継承権争いに巻き込まれる方がよっぽど命を危険に晒すことになるだろう。
「……不安だ。すごく不安」
ダートが低く唸るように言う。
「あ、そりゃ継承権争いは不安だよね……」
「ちがう、ルティが自由に味をしめて、戻ってこないんじゃないかって……」
あ、そっちの心配?!
「大丈夫。
私はもうダートのもの……。
あ、違うよ、物の物じゃないからね!
なんつーかな、物じゃなくて、その心を捧げたっていうかなんというか!」
慌てる私をさらに抱きしめてダートが言った。
「俺は、もうルティのものだよ。
もう、物でもものでもどっちでもいい。
ルティだけだから。
絶対、生き抜いて、ルティをこの手に取り戻す。
だから、ルティもその時は俺を取り戻してよ……」
「うん、約束する……。
どのタイミングで逃げ出そう……。
そうだ、ユーリにはどう言おう……」
「ユーリはきっと、後宮まで付いて行く気だよな……」
「ここで待っていてくれた方がいいよね……」
「そうだな。リュートと考える」
胸にメダルの感覚。
「あ、お守り返すよ」
「ううん、ルティが持ってて。
絶対返しに来るってしとけば、ルティは俺のこと忘れないだろ」
「どこまで信用無いんじゃ、私は」
苦笑してダートの胸や首に顔を埋めるように摺り寄せた。
ダートが頭を撫でてくれる。
「猫みたい……」
「猫じゃないニャン」
自分で言って大笑いしてしまう。
「ルティのそういうところ……。
せっかくいい感じだったのに」
「えっ?」
「もういい。
そういうルティが好きだから……」
◇ ◇ ◇
結局、逃亡計画を練ったところ、ここを出発する直前に逃げ出すということに決まった。
それなら、防具や武器も身につけて持ち出せるし、荷物も持って出られる。
ユーリもここに残れるし。
人質になりに皇都に送られると話をするとユーリは大泣きした。
私が逃げ出す直前に話をすることになっている、それまでは皇都への出発の準備を整えてもらわなきゃだから……、ユーリ、ごめん!
私はダートの部屋に荷物や武防具を置かせてもらっていた。
武防具が身に付けられるように、服は男性の物を用意した。
明日、皇都へ向け出立という夜、私はユーリを連れてダートの部屋に行った。
そこで服を着替える。
ユーリには着替えながら説明して、使いもしない準備をさせたことを謝った。
ユーリにはもうひとつ頼みたいことがあった。
「ユーリ、私の髪を切って」
ユーリが驚く。
「これじゃ、長すぎる。
ここぐらいで」
肩辺りを示す。
2カ所髪を縛ってもらい、その間を切ってもらった。
切った髪の束はダートに差し出す。
「持ってて」
ダートは受け取ってくれた。
リュートとバハ大臣が来て別れを告げる。
「これ、いざという時に」
リュートが袋を押し付けてくる。
お金の音がした。
「お金は持ってるよ」
私は笑うが、リュートが真剣な顔で突きつけてくるので受け取った。
鎧と防具を身に付け、剣を腰に差し、荷物を持った。
兜は邪魔なので、荷物の上にくくりつけることにした。
「ちょっと小柄な傭兵にしか見えないな」
リュートが笑った。
「リュートもダートも……、無事でいてね。
バハ大臣、ユーリ、この地のことは頼みました。
いつか、戻って来られると思う。
それまで、どうぞ、よろしくお願いします」
「姫様!」
ユーリが抱きついてくる。
「ユーリ!
今までありがとう!
この地で過ごして、この地が好きになれたのは、ユーリやバハ大臣やアリア達のおかげだよ。
ここが故郷だと思えるもん。
少しの間、逃げて来るね」
「待ってますから!」
「うん、帰ってくる」
ダートとバハ大臣と王城をこっそり出る。
湖の方へ行く、アリアの家の方だ。
「こっち?
こっちだと道が……」
「こっちでいいんだ……」
湖に灯りが浮かんでいる。
近づいて行くと船なのがわかった。
「オルト!」
船に乗っていたのはオルトだった。
「船で行ける所までなら、お供します」
「……ありがとう、オルト」
バハ大臣とダートに抱きついて最後の別れをした。
あ、最後じゃないか。
うん。
船に乗り込む。
オルトが船の櫂を操って湖に漕ぎ出した。
「姫様、灯りを消して」
「うん」
ランプの灯を消した。
少し行ってから「どこへ向かいますか?」とオルトが言った。
「南! 南に行ってみようと思う!」
「わかりました」
オルトが空の星を見ている。
「オルト、星で方角がわかるの?」
「はい、あの青白い明るい星、あの星はあそこから動きません。
ちょうど北になります。
そしてこの時期、この時間なら、ほら、あの赤い星が南の目印」
「そうなんだ。
あの青白い星、覚えておかなきゃ。
あれが北の星……」
明け方に湖の一番南側に到着した。
「ありがとう、オルト。
気をつけて帰ってね」
「……これ、母さんとマーサから」
小さな包みを渡された。
開けて見ると、パンと干した魚と傷薬が入っていた。
「食べ物は母から、薬はマーサから」
「ありがとうって伝えといて」
「……俺も、足がこうでなきゃ、姫様について行けたのに……」
「ううん、ここまで送ってくれただけでもうれしい。
オルトがちゃんと仕事をしてくれてるのが……、とてもうれしいよ。
私がいつか帰るまで、スーリアが平和でありますように……」
私は船から降りると、オルトに手を振った。
船が小さくなるまで見送る。
「よしっ!」
私は自分に掛け声をかけて歩き出した。
あれから1週間ぐらい南へ南へと進んでいる。
だんだん旅の途中でお金を稼ぐということがわかってきた。
まあ、騙されてタダ働きさせられたりということもあったけれど、ちょっとしたお手伝いで食事を御馳走してくれたりする人もいるし。
なんとなく仕事や仕事先を選ぶという勘が育ってきたように思う。
そして、私は男のふりをすることにした。
最初は曖昧にしてたんだけど、一度、一緒に仕事をした人に女だとわかったら付きまとわれたので、それからは最初から男だと名乗り用心することにした。
だいぶ顔も日に焼けて、なまっちろい感じではなくなってきた感じがする。
兜は街中で被るのは目立つので、布で額にだけ金属を縫い付けてある日除けにも髪隠しにもなる簡易的な防具を新たに買って身に付けている。
父似だと再認識した。
髪を隠すとより男の子っぽく見える。
このラーダという街はけっこう大きい。
市が大きくて賑やかだ。
ぼろぼろの服を着た子ども達が元気に駆け抜けていく。
怒鳴り声が聞こえた。
野次馬が集まっている。
「この掏り小僧め!
こういう奴は懲らしめないとな!
よし、ナイフを!」
真ん中では商人風の男が何やら喚いていて、そばに使用人らしいふたり組が私と同じくらいの少年を捕まえて跪かせている。
「こんな奴の指、斬るのも面倒だが!
そうだ!
指1本1000ディナリで売ろう!
1000ディナリでこいつの指を買い戻して与えるもよし、斬るもよし、どうだ!
買う奴はいないか?!」
少年は震えている。
この街で指を失ったら……、もう生きてはいけないだろう。
オルトの姿が少年に重なった。
1000ディナリ、指10本で10000ディナリ。
リュートがくれた袋の中身がその金額だった。
私は懐からその袋を取り出すと、その商人の前に行き、突きつけた。
「10000ディナリ入ってる。
その子の指は付けたままにしておいてくれないか」
商人は驚いて、口をパクパクさせた。
私は微笑んだ。
「言ったよな。売るって。
その子の指は、俺が買う!」
商人は袋を受け取り、中の金を数えると、使用人に「行くぞ」と短く不機嫌に声をかけた。
使用人は少年を突き飛ばすように転がして去って行った。
それを見送っていると、野次馬がサッと消えていった。
少年が立ち上がりこちらに来て「あ、ありがとう」と言った。
「お金は、少しずつ、返すっ!」
「いいよ、あれ……、いざという時にと渡されてた金だから。
本当に必要な時に使えて良かったよ。
気にするな!」
少年はびっくりした顔をして、話しかけてきた。
「これからどこへ行くんだ?
ラーダには長くいるのか?」
「うーん、もっと南へ行きたいんだよな。
半年前ぐらいに北で戦争があったろ。
そっちから逃げてきたんだ。
明日にはもうこの街を出るよ」
「俺、ゲンジって言うんだ!
お前は?」
「俺……。
俺は、ラクシュマナ」
「ラクシュマナ?
北から来たのに南の方の名前だな?」
「ああ、祖母が南の方の人で、そう名をつけてくれたんだ」
読んで下さりありがとうございます。
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これからもどうぞよろしくお願いします。




