18 見送ることだけ
異世界物です。
ルクレティアという小国の王女が巻き込まれていく運命を書いてみたいなと思っています。
第1章で4年後の世界を書いたので、第2章でスーリア王国王女のルクレティアがなぜ男装しているラクシュマナになったのかを書けたらいいなと思っています。
お付き合いいただけたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。
バハ大臣から本が届けられ、それに花と手紙が添えられてた。
ダートからだ。
あの、父に手向けるためにくれた青い花。
私はユーリに頼んで花を生ける瓶を持って来てもらい部屋に飾った。
手紙を開く。
『ルティ、どうか、話を聞いてくれ。
何もかもが初めてで、自分でもあの時、何に怒りを感じて、ルティにぶつけてしまったのか、ルティの言葉を信じられなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。
話がしたい。
許してくれとは手紙では書けない。
直接、会って伝えないといけないことだから。
会いたい。 ダシュケント』
うん、わかってないんだな。
私が何に絶望したのか。
何を許せないのか。
ダートのことは、嫌いになれない……。
あんなにひどいことをされたのに、まだ、ダートのことを……。
ああ、私の心もわからないことだらけだ。
でも、このまま、簡単に許して、ダートと結婚して幸せに暮らしました……ということはおかしい。
そんなことをしたら、たぶん、私の心は壊れる。
◇ ◇ ◇
母が修道院へ出立する日になった。
私は窓から母が中庭を出て城門を出て行くのを窓を移動しながら見送った。
たぶん、もう会うこともないだろう。
私を一生恨んで文句を言ってればいい。
私は母の男児を産むという希望のために望まれた子どもで、産まれて娘だとわかった時には、呪いの様に感じられたのだろう。
ただ私にも心があり、それを聞かされる日々は辛かった。
ただそれだけ。
私に聞こえないところでなら、いくら言っても構わない。
それが本当の救いにならないことを私は知っているから。
修道院でご自分が本当に救われる道を見つけられるといいね。
私は微笑んだ。
塔の中の狭い部屋は、新しい風は入って来ないからどんよりとはしているけれど、暖かい光に満ち、外の世界と時間の流れが違うみたい。私を守ってくれているようだ。
その日の夜、第2皇子が訪ねてきた。
私は会うことにした。
「元気そうだな。
気持ちは落ち着いたか」
「落ち着いていますよ。
もうこれ以上、落ち着くことはないくらい……」
「それはそれは……。
でも、まだダートには手紙すら返せないか?」
「……手紙をもらいましたが、ダートは何もわかっていない」
「それは、教えないと無理だろう。
ダートも苦しんでいる。
教えてやってはくれないか」
私はため息をついた。
「どうして、私が……」
「まだ、怒りが治まらないか?」
「なら、私を帝国に送ってください。
そうすれば私の望みは叶うので、私は怒りを治められます」
「それはできない」
「何故?
アニエスと私を入れ替えるだけです。
皇子の手のついた者など、詭弁ですよね。
後宮には他国の王の妻だったものや、息子の妃だった者もいたと歴史にある」
「……アニエスはここにいない方が幸せになれると思わないか?」
確かに、それはあるかもしれない……。
私の表情に動揺を感じ取ったのか、畳み掛けてくる第2皇子。
「アーサーが悪者のここではアニエスは生きにくいだろう。
なら皇宮の後宮の方がまだ生きやすい。
たぶん、ルティより、な」
「でも、アニエスはこの国を……」
「聞いたことがあるのか?
アニエスの気持ちを?」
……確かに、直接聞いたことはない。
母の希望というか気持ちだったか、私が見ていたのは。
「でも、アニエスは第1王女で……」
「アニエスは平凡でおとなしい、やさしい女性だ。
アーサーがいたから、この国の女王となって、アーサーを王としてなら生きられたかもしれないが……。
アーサーを失った今、彼女には無理だ。
それを母親に無理強いされて、自分を見失ってた」
確かに、そうかもしれない。
「何故か、自分を犠牲にしたがるかわいい妹もいたしね」
「犠牲にしたがるって……」
私は苦笑した。
まあ、違う視点で見ればそうなのかもしれない。
「それは、私のせいだと?」
第2皇子は首を振る。
「いや、それがルティの悪い癖だ。
まあ、あんな母親にいつもそう責められていたら、おかしくもなるか……。
アニエスは自分が帝国の後宮に行くことは納得している。
もう気にするな。
君が怒っているのは、ダートが怒りと嫉妬にかられ、君を欲するあまりに何もかもぶち壊したことだろ。
ルティとダートが感じていた惹かれ合う気持ちとか、このまま育てば恋にも愛にもなりえるものを、怒りと焦りでダートがぶち壊した。
しかも、君を意のままにするために、できもしない……、考えてすらいないことを、できると、嘘をついて、ふたりの間の今までの心の交流をぶち壊した。
そしてその望みさえ反故にした。
本当にそれについてはすまない。
まさかそこまでのことをしでかすとは思ってなくてね……」
私は驚いて第2皇子を見た。
第2皇子は微笑んだ。
「何? ダートじゃなくて、私にするか?
そっちの変更なら、できなくはない」
私は少し怖くなって、首を振った。
第2皇子は笑った。
「うん、その方がいい。
そうなったら、私はダートに殺されるかもしれないしな」
「さすがにそんなことは?!」
「いや、奴ならわからないよ。
今回も私の考えから外れた動きをしたわけで」
部屋の中を見回して青い花に目を留める。
「君の中にも、まだダートはいるみたいだな……」
私は目を伏せた。
「アニエスは、私が皇都まで送る。
その間に、じっくり考えてと言いたいが、ダートが何をするか未知数だから、ルティから少しは歩み寄ってやって欲しい」
そう言って、第2皇子は立ち上がった。
「そうそう、これ、預かってきたよ」
片手を突き出すので、両手を受けるように差し出すと、じゃらっと黒い石のメダルのペンダントが手の上に落ちてきた。
「君に持っていて欲しいそうだ」
「でも、これはダートのお守りなんでしょ?」
「ダートの母が彼に残したものだ。
今まで何があってもそれだけは身体から離さなかった。
今は、それぐらい君を大切に思っているということ、わかってやって欲しい」
驚く私を残して出て行くリュート。
ユーリがドアの所まで見送り、付き添いの兵と次のドアを出て行くところまで見送って、ドアを閉めた。
「そんなに大切な物だったのですね」
ユーリの言葉が響いた。
私は頷いて、そのメダルをぎゅっと握ってから、首にかけた。
服の中に入れる。
ヒヤッとしたが、すぐに私の体温に馴染んだ。
カール先生が診察にきて、薬草学の本をくれた。
それとヴェーダ草の乾燥させた花と小さなすり潰し器。
確かに、ヴェーダ草の花粉末を作るのは時間がかかる作業だ。
「ありがとうございます。
有意義に時間を使えそうです」
そう言うと、カール先生は笑ってた。
その2日後、窓から見送ったのはアニエスとリュートだ。
アニエスはさっぱりした顔をしていた。
元のアニエスに戻ったみたい。
リュートが何かアニエスに言ったと思うと、ふたりで塔の窓を見上げてきた。
アニエスが躊躇しながらこちらに手を振ったのが見えた。
私も手を振り返した。
アニエスの手を振りが大きくなる。
大好きな姉様だった。
これで最後かもしれない。
……こんな最後にしてしまったのは私か?!
私は服の上からメダルを胸に押しつけた。
ダートに会いたい。
ダートとはこれで最後になりたくない。
心からそう思った。
遠ざかる行軍を見送ると、私はテーブルに紙をペンを用意して、手紙を書き始めた。
何を書いていいか悩み、一言だけ書いた。
言いたいことは会ってから言えばいい。
『ダートに会いたい。 ルティ』
読んで下さりありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




