1 脱出
異世界物です。
どうぞよろしくお願いします。
『跳べっ!!』
頭の中で僕は僕に号令をかけているのだけれど、僕の身体は躊躇して、後ろを振り返る。
高い塀の上。
下の方で大人の人達がこちらを見上げたり、指差している。
塀の上にある監視所から人が出てくるのが見えた。
「やめろ!
逃げても死ぬだけだ!
戻ってこい!」
下の人達からの声。
確かに、初めて塀の上から見た向こう側は、一面の砂の世界。
ただ、こちら側より、砂が堆くなっているようで、たぶん僕の身体の重さならたいしてケガもしないでいけそうな気もする。
塀の向こう側を見てしまった僕は、もし戻ったとしてもどうなるかわからない。
とたんに病気になってどこかへ連れて行かれ、戻って来なかった友達の顔が数人浮かびぞわっとした。
親がいない子はいなくなっても、誰も何も言わない。
人知れず殺されるなら、自分自身でしたいことをして死んだ方がマシだ!
弾かれたように身体が動き、僕は衝撃とともに砂の上に転がった。
砂は柔らかく、衝撃をかなり和らげてくれ、受けた衝撃もうまく受け身を取れ分散できたよう。
足にも身体にもそこまでのダメージはない。
今まで向こう側の世界にいた高い塀を見上げてから、小走りで遠ざかる。
戻るすべはないから追いかけてきたりはしない、はず。
◇ ◇ ◇
一応、隠して溜めいてた乾パンと水を入れた瓶を持ってはいたが、行けども行けども砂の世界。
夜は冷えてくる。
月が出ていたので周囲はぼんやりとだが見え、歩くことができた。
岩山のような影を見つけ、そちらに歩いて行く。
日が昇る頃、辿り着いたのは洞穴のような穴がある岩山で、穴に入ってみる。
日陰になりありがたい。日中はここで過ごそう。
僕は乾パンをひとつ食べ、水を少し飲んで寝ることにした。
穴は奥まで続いているが、何の気配もなく、また他の動物がいるような痕跡も気配もなかったが、奥へ行くのは少し怖かったので、出入り口付近で外がうかがえる位置で過ごすことにした。
目が覚めると陽は傾き、午後遅くなっていた。
洞穴から出ようとして、考える。
ここにいた方がいいかもしれない。
でも、食べ物と水のことを考えたら、移動しないと新しいものは手に入らないか?
でも移動しても……、どうなるかわからない。
僕はもう一晩、そこで過ごすことにし、唯一の上着である防水フードに足を引っ込めて包まるようにして過ごした。
朝になり、乾パンをひとつ、最後の水を飲んでしまう。
しばらくすると雨の音が聞こえてきた。
外に出ると雨が降っていた。
僕は防水フードを脱いで広げて水を受けると水を瓶に受けるために少し砂を掘り、うまく瓶を固定して、防水地に溜まった水を誘導して瓶に流し込む。
雨が止むまで、瓶の三分の一くらいには溜めることができた。
防水フードをよくはらって、また着こむ。
寒くなってきた。
雨水を一口飲んで、じっと蹲る。
少し雨に濡れたのが良くなかったのか?
でも、水を溜めるためにはしょうがなかったし……。
僕はうつらうつらし始めた。
母さんがいる。
これは夢だ。
母さんが微笑んで抱きしめてくれた。
あたたかい。
ぼくを迎えに来てくれたの?
いつの間にかぼくは、母が死んだ6歳の時のぼくになっていた。
あたたかい……。
目を開けると火が見えた。
そして、僕の手は6歳にしては大きく……。
焚火?
「目が覚めたか?」
焚火のそばにいた若い人が言った。
落ち着いた声だけど、少し高い、女性とも男性とも取れるような不思議な声。
「何日、食っていない?」
「……何も食べていないのは1日くらい」
僕の声が掠れている。
慌てて水の瓶を出して飲んだ。
「水は飲めていたんだな。
それなら大丈夫か……。
ほら、よく噛んでから飲み込めよ」
その人が普通の柔らかそうなパンを差し出した。
僕は「ありがとうございます。いただきます」と受け取った。
その人は頷いて「どう致しまして」とだけ言うと、僕をそっとしておいてくれた。
ゆっくりとパンを嚙みしめて食べることができた。
「落ち着いたか?
その様子だと近隣の村とかじゃなく、もしかしてシェルターからか?」
その人は焚火の薪を足しながら話しかけてきた。
僕は首を傾げる。
その人は微笑んだ。
頭に布を巻いて髪は見えない。
顔立ちははっきりしていて、目は濃い青かな?
焚火の明かりだとちょっとよくわからない。
唇も肌との差がしっかりあって、くっきりしているように見える。
赤いんだろう。
でも、女がしている化粧をして赤いんじゃない。
自然な色で赤いみたいだ。
女? 男?
身体をすべて覆うようなあまり見たことのない服を着ているので、身体つきがわかりにくい。
でも、剣を持っているし……。
「俺はラクシュ。
お前は?」
「……僕はハルキです」
「……シェルターがわかんないか?
中にいたのならなおさらだな。
高い塀のある建物からか?」
「……はい」
ラクシュは頷いた。
「いくつだ?」
「10歳……」
「俺は19だ。ハルキの約2倍だな」
ラクシュは少し笑った。
「もう少し食べるか?」
干した木の実を差し出される。
受け取り、口に入れた。
デーツだ。食べたことある。
「その様子だと食べたことありそうだな。
そのシェルター、外部とのやり取りがあるのに……という感じか?」
独り言のようにラクシュが呟いた。
それから僕を見て言った。
「村ではシェルターから逃げてきた者を保護してくれるから大丈夫だ。
明日、連れて行ってやる、と言いたいところなんだが……。
ちょっと、今、トラブルに巻き込まれてて。
悪いけど、村に着くまでは俺の言うことを聞いて従うか、もしそれが嫌なら、パンと水を置いていくからここにいてくれ。
俺を探している奴らが見つけてくれるかも。
どうする?」
「ラクシュといたい」
僕は考える間もなくそう答えていた。
自分でもびっくりした。
僕の答えが即答だったのに驚いたらしく、ラクシュもびっくりした表情をしてからまた笑って言った。
「わかった。
じゃあ、明日の朝、早めに……」
言いかけて口をつぐむ。
荷物も持つと「立ち上がって」と言って火のついた薪を1本取ると焚火の方には砂をかけて消してしまう。
「ランプ持ってくれ」
荷物を背負って、周辺を足でならしていたラクシュにランプを渡され、受け取るとぐっと抱き上げられた。
「悪い、ハルキもつかまって」
僕は左手でランプを持つと右手でラクシュの首に手を回してつかまる。
「ちょっと我慢な」
穴をさらに奥に進むと立ち止まり、僕を降ろしてくれた。
壁を調べ岩を押すと、横穴が現れる。
「中へ」僕はランプを持ってその穴に入った。
ラクシュは振り返り、砂の上の足跡を確認して、いくつかならすと手に持っていた焚き木を奥へ放り投げた。
それから横穴に引っ込み、動かした石を内側から押して横穴に蓋したみたいにした。
「暗くするけど、静かにしててくれ」
ランプの灯も消した。
真っ暗になる前に僕はラクシュのそばで服をつかんでいたので、くっつくみたいに横穴の中にふたりで座った。
ラクシュが腕を回して僕を抱き寄せるようにしてくれた。
「寝てていいぞ」
小さく囁かれた。
僕はドキドキして寝るどころじゃない。
足音のような振動が感じられた。
ラクシュは壁の岩に耳を押し当てて、じっとしているようだ。
僕も壁の岩に耳を押し当ててみた。
岩の前を数人の人が行ったり来たりしているみたいだ。
やがて、奥の方に進む人と戻る人の二手に分かれて出て行った様子。
ラクシュは「もう少しここにいるよ」と小さな囁き声で言った。
「少し話しても大丈夫?」
僕も囁き返した。
「ああ」
囁き声が返ってくる。
「僕をずっと抱えてたのは足跡をつけないため?」
ラクシュが頷いた気配がした。
「奥はどこへ続いているの?」
「奥は少し細くなるが抜け穴になって外に出れる。
さっき、一度通って、足跡は付けてある。
この横穴の所からね。だから……」
「うん、わかった。
この先がラクシュの足跡しかないのに、僕の足跡があったら変だからだ。
火の消えたばかりの薪の燃えさしと繋がった足跡で、ラクシュだけが奥から逃げたように……」
「そう、見せかけた。
ハルキ、頭いいな」
ラクシュが闇の中で僕の頭をぐしぐし撫でてくれた。
「少し寝よう」
ラクシュの言葉に頷いて、僕は目を閉じた。
読んで下さりありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。