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プロローグ 自由の翼


 木々が鬱蒼と生い茂る森の中で、籠を抱えた赤髪の女が息を切らしながら走る。足場が木の根や岩で乱されているので、息を切らしながら全力で走っているのにも関わらず、後ろから追ってきている足音は段々と距離が近くなってきている。


「動いて、私の足!もっと、もっとはやく。目的地まであと少し、もうすぐそこなんだから」


「残念ながらそうはいきません。”絶剣一の太刀 疾風殺”」


 けたたましい風切り音が鳴ったかと思うと、身を隠してくれていた木々が一気に取り除かれる。聞き覚えのあるハスキー寄りの可愛い声と起用にこちらだけを避けて、木々だけを取り除く技の冴え。


 これだけの腕前を持つ追っ手を私は知っている。私の"元"直属護衛騎士ルーナ・フィックスだ。今は兄様の護衛騎士へと取り立ててもらったと風の噂で聞いた事がある。


「姫様、お戻り下さい。私に補足されている以上、逃げきれない事は良くお分かりでしょう。大人しく戻っていただけるのでしたら、姫様の命だけは助けるとレオン様から申しつかっておりますので」


「それはこの子も助けてくれるって事で良いのかしら?違うわよね。あなた達は根拠のない理由を並べて、私の子供を殺そうとした。そんな人達の元へ私が大人しく戻ると思う?」


「それは……ですが、姫様()()は助けていただけるとレオン様が」


「そんな提案、私が飲む訳ないでしょ」


 左手を自分の元騎士へと向ける。相手の実力はそう簡単に引き下がる程の実力じゃない事はよく分かっている。だからこそ、躊躇なく反撃ができるというものだ。


「”守護領域バリアー”」


 人1人覆えるくらい大きい紫色の薄い膜のようなものが手の先から現れる。名前の通りならこれは敵から身を守る為の力だが、1対1の戦いなら別の使い方ができる。


 そのまま自分の目の前で待機させるのではなく、ルーナの方へ飛ばす。しかし、所詮は目で追える速度。避けられる可能性は大いにある。


 じゃあ何故、自分の身を守る為に使わなかったのか。それは自分の良く知る彼女なら、絶対に避けず斬り伏せようとする。彼女ならそうするという確信があったからだ。


 そして彼女は信じた通り、レイピアを真っ直ぐ立てて反撃の構えを取っている。レイピアはその武器の特性状、斬る事よりも刺す事に特化している。


 先刻、ルーナが見せた数多の木々を倒す斬撃よりも武器に合った強い()()が来たらどうなるか。知らぬ存ぜぬではすまされない。


「”絶剣五の太刀 貫突”」


 レイピアに迸る白く強い光りと紫色の薄い膜、2つの力がぶつかり合う。散る火花とひび割れていく薄い膜。どちらの力が今勝っているのかは一目見ただけでわかる。


 流石の威力、そして技の冴えだ。彼女の頭さえ良ければ、戦いの素人である自分では打つ手がなかったかもしれない。


「姫様、どうやら私の技はとうとう姫様の力を超えたようですね!この割れ具合なら持って後10秒。もう姫様お得意の悪知恵ではどうにもならないでしょう。観念して下さい」


「ルーナ、あなたの持つ戦闘におけるセンスはとても素晴らしいです。ですが、いつも熱くなりすぎで周りを見るのを忘れるから、戦いの心得すらない私なんかに出し抜かれるのですよ」


 今にも割れそうな膜へ向かってレイピアを突き刺し続けるルーナに向けて、これ見よがしに指を鳴らす。すると紫色の膜は忽然と消失し、膜を刺し続けていた彼女は急に解放された。


「姫様ー!それはあんまりですー!」


 貴重な身を守る手段である盾を消されるなどと思っていなかったルーナは、そこへ使っていた力を制御しきれず、情けない声を上げながら横を掠めて前方へと飛んでいく。数秒後、飛んでいった先で爆発が起こったので、全てが上手くいった事を悟る。


 ならばこのまま後少しで辿り着く事ができるあの場所へ、神が宿るとされるあの川へ走りきるだけだ。しかし、ここで致命的な問題が1つ発生した。


 それは普段から運動してこなかったことで生まれた弊害、そう簡潔に言うのなら疲れて動けなくなってきたのである。


「私ってこんなに運動できなかったのね。足の裏も痛いし、もう全身が汗びっしょり。質の悪い布きれでできた服だから、汗も吸わないしもう嫌」


 言い訳をできるところがあるとすれば、体への負担が大きい術を簡易的にでも使ったのでその反動が少なからず返ってきている。それでも理由の大部分を占めているのは運動音痴と運動不足が体にキているのが原因だ。


 自分は姫であると胡座をかいていた昔の自分を殴りたい。そうすれば自分の子供を今よりも簡単に守れたというのに。


「でも、凄いわ私!なんだかんだと言っても、目的地の川はもう見えているもの。ここまでくれば誰もいない……はずだったんだけどな」


「悪いね、こちらも仕事なんでな。あんたの行きそうな所を全て先回りさせてもらったよ。そして1番可能性の高いここを俺が直接張ってた訳だ」


「その腕に入っている羽の刺青、見覚えがあります。地上世界と天空世界を股にかけて犯罪を請け負う闇の組織『堕天』。まさか、兄様があなた達のような素性のわからない組織と手を組んでいるなんて」


「ああ、奴には良くしてもらっているさ。態度に横柄な部分は感じるが、腐っても奴は王族で金払いは良いからな。良い顧客だよ」


 見えているのは筋骨隆々の大男ただ1人。しかし、彼と彼が属する組織の事は、刺青を含めて噂程度にだが聞いたことがある。


『堕天』は利益になるのならどんな非合法な依頼だって受ける。例え火の中、水の中、場所は何処だろうと問わずにこなす何でも屋。その上、秘匿組織という訳ではなく、どのようなメンバーがいるかを開示しているので、世界で永久指名手配となっている。


「あなたは”剛腕”の二つ名を持つライオネルですね。確か、近接戦闘に長けているとか。あなたは連れ戻しに来た、という訳ではなさそうですね」


「だーいせいかい。あの脳筋王子の妹とは思えない見識と観察眼だな。俺はライオネル、刹那の間だがよろしくな。そしてお前の読み通り、俺はお前を殺しにきたんだ。深く事情は聞いていないが、よくある権力争いってところだろ?」


「私はとっくに王位継承権を放棄しているわ。狙いは別にあるんでしょうけど、聞かされていないなんて信用されてないのね」


「言ってくれるじゃねえか。俺達は依頼者の素性は調べても、余計な事には足を突っ込まないようにしてんだよ。だから、お前達にどんな理由があろうと、殺しの依頼を受けたんだから俺はお前を殺すぜ」


 ライオネルがガントレットをつけた拳を握ると、そこにつけられていた赤い宝石が光り出す。すると10秒もしない内にライオネルの拳は真っ赤な炎に包まれる。


 見ているだけでも熱気を感じられるあの炎で殴られれば、火傷では済まされないだろう。さっきまでとは違う明確な殺意のこもった目に頬を汗が伝う。あったまっている体の中で肝が冷えるような殺意を受けて、冷や汗がダラダラと止まらない。


 けれど、こちらは1人じゃない。命よりも大事な息子をこの手に抱いているのだ。ただの刺客如きに今更ビビってはいられない。


 覚悟は既に決めている。後は全て行動に移すのみ。


「けれどやっぱり怖いな。神よ、私に勇気をお与え下さい」


「ハハッ!今更、神頼みなんて流石は天使の末裔と言ったところだ。だが、神なんてのは既にこの世にはいねぇんだよ!」


 身の丈ほどに炎を纏いし拳が、こちらを喰う勢いで迫り来る。流石の二つ名持ち、並大抵の防御術では防ぐ事ができない技を使ってくる。


 ライオネルは当然の如く、ルーナ相手に使った守護領域を使うと思っているのだろう。だからこそ、そこを突く他ない。


「そんな事は神の使いでもないお前にはわからない!”守護領域バリアー”」


 手をかざし、炎を纏うライオネルの方へ領域を展開しているように見せる。そこに紫の膜はないにも関わらず。


 防ぐものがなければ、二つ名を馳せる彼が狙いを外す事はない。炎の拳が体に触れて、そこから全身へと炎が広がる。当然、炎だけで終わらず、体に拳が当たった事で見えている目的地()()()川を飛び越し、木にぶつかるところまで吹き飛ばされる。


 燃える痛みと体を抉られた痛みが一変に襲ってくる。いつもならば転んだだけで叫ぶくらいだが、喉元まで出かかった叫ぶ声は手を握る事で捻り潰す。


 そう、ここまできて痛みで術を乱される訳にはいかない。最初から目的は1つなのだから。


「おいおい、お得意の結界はどうしたってんだ。弱すぎて貫いた感触もなかったぜ」


「……えぇ、そうでしょうね。流石に天才の私でも、戦闘のプロであり、一切の躊躇がないあなた相手では……小手先だけの策じゃ通じない」


「よくわかってんじゃないか。姫様って割に傷を負っても叫ばなかったのは褒めるに値するな。だが、もうお前は燃えるか出血で死ぬぞ?策とやらがあるなら見せてみろよ」


 誘い文句を買ってやろうと血の味がする口を動かそうとする。しかし、出てきたのは声ではなく血の塊。木の幹に倒れこんでいる所から立ちあがろうにも、腕に力が入らない。


 つまりは既に体の方は限界を迎えていたという事だ。幸い、発動した領域はまだ閉じていない。体に力が入らずとも、領域を維持できたのは不幸中の幸いだ。


「そういえば、ガキはどうした。いつのまにか籠がなくなってるじゃねえか」


「フフフフフ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。今更になって気づいたの。二つ名を持っている割に案外、目は悪いのね。ほら、あそこを見れば良いんじゃない?」


 間抜けさを表してくれたライオネルを見て、辛うじて震えながらも動く腕で、目的地()()()神の川を指差す。


 そこにはそこそこ速い川の流れに乗って動く、さっきまで手元にあった籠があった。


 そう、これがここに来た目的。神が宿ると言われるこの川は、天空世界と地上世界を結ぶ架け橋とも言われている。その理由はこの川で流されていると、いつのまにか地上世界にある何処かの川へ飛ばされてしまう。つまりは人の意志を介した神隠しを行う事ができる場所。


 追手がいなければ自分も子供と入ることで逃げようとしていたが、追手を引き受け子供だけでも逃す事ができたのならワースだ。


「そんな所へ逃しても、すぐに追いついてしまうなあ。そう、お前の努力は今、無駄になるんだよ」


「あなたは天空世界(ここ)の人間じゃない。どうせ、もう追いつかないんだからあなたも私と一緒に見送れば良い」


 声をかけるもライオネルは炎の拳をまた呼び出し、完全に無視して殺しにかかっている。完璧に安全を取るのなら殺気を放ちまくる彼を止めるべきなのだろう。止める元気があればそうしたが、今は急に光出した籠へ手を伸ばして祈るので精一杯だ。


「カナタ、あなたは破壊の子なんて言われているけれど、私はそうは思わないわ。あなたが選ぶ未来がどんな結末を迎えるかはわからない。けれど、それはあなた自身が選んだ道。どんな道を選ぼうと、あなたは自由に生きて……ね」


 言い切ると同時に、籠は跡形もなく姿を消す。こうなった以上、もうここにいる誰にしても追う事は不可能だ。


 ああ、私は普通に生きたかっただけなのに。せめて、息子には平凡で普通な世界で、予言なんかに惑わされずに平和な生活を送ってほしい。


 そう願いながら失いかけていた意識は、そこで完全に失われた。

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