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【短編】異世界恋愛!

死に戻り悪役令嬢は、死の記憶に耐えられず、死にました。

作者: ぽんぽこ狸





 ブレント第二王子の元婚約者セイディの処刑は、見せしめのために大衆の前で行われることになった。


 うつくしいプラチナブロンドの髪を乱雑に切られ、腰縄を回されて歩く姿は、まさしく罪人そのものでうつろな瞳には生気はない。


 しかしそれでも、悔しそうに涙を流していて罪を認めている様子ではなかった。


 処刑台に上がると、セイディが見ていたのは、婚約者であったブレントではなく、またその隣にいる憎き異世界からの召喚された聖女であるハルカでもなく、ただ恐ろしくて目が離せないという様子で顔をゆがめて泣きながらギロチンの刃を見つめていた。


 よっぽど死が恐ろしくなったのだろう。真下までくるとセイディは暴れだし、周りに集まったやじ馬から、罵倒を浴びせられて怯えたような目を民衆にも向ける。


 ゆとりの多くない退屈な平民の社会で処刑というのは一種の感情を高ぶらせる娯楽だ。


 仕事でうまくいかないうっぷん、嫌いなあいつを殴れないフラストレーション、そういうどうしようもないイラつきを発散するのに悪い事をした人間が殺されるのを見るのは都合がいい。


 わめきたてる民衆の声に気を取られたセイディは、兵士に両肩を押さえられて、ギロチンに固定され、泣こうが喚こうが後の祭りだ。セイディは痛々しい悲鳴を上げ続けた。


 こんなことになるなら、聖女に対する嫉妬心など持たなかった、と心のどこかで思ったが、実際問題そんなこともできなかったと思う。


 彼女はあまりにも非常識に、セイディの婚約者に迫って関係を持った。それがプライドの高いセイディに許せただろうか。


 熱狂した人々の声が聞こえる。その民衆の中、見覚えのある人がこちらに手を伸ばしているような気がした。しかし、死という恐怖が目前に迫って、頭が痛いぐらいの耳鳴りがして、ガツンッと大きな音がする。


 それは処刑人が大きく斧をふりかぶり、ギロチンの刃を高く釣り上げていた麻縄をたたき切る音だった。


 鈍い音、それから、熟れた果実が地面に激突する音が微かに聞こえた気がした。


「っ、はぁっ」


 そんなさなか、目を開くとなんの変哲もない自室にいて、掛け布団を押し上げて起き上がった。


「はっ、あっ、はぁっ、ひっ」


 荒く、呼吸をして違和感しかない両掌を持ち上げる。それからゆっくりと自分の頭に触れる。


 ぐっと押さえて、ああ自分は死んだと思い出すと胸の奥がはじけるように痛くて、自然と涙が出てくる。


 視界がぐるんと回転して、いくら呼吸をしても呼吸をしても苦しくて仕方がない。酷い耳鳴りの音と、目が回るような感覚そして、またガツンと頭の中で音が鳴る。


 それは、麻縄を断ち切る音、処刑人がセイディを殺す音だ。


「ア゛?」


 そのままセイディは意識を手放した。もはや意味が分からない。


 何も考えられずに、体は糸の切れた操り人形のようになってふらりとベッドへと突っ伏した。


 それから何度目が覚めたのか覚えていない、しかし、そのたびにぷつんと意識が途切れて、死の記憶を繰り返す。


 落ち着いて考える時間がいったんほしいと思うのだが、落ち着いて考えたところで死んだという記憶は、何よりも恐ろしくそれだけで死んでしまうぐらいつらい記憶だった。


 死んでる記憶で死んでしまうのだからそれはもう仕方がない。セイディは今こそ健康な令嬢だけれども昔は病弱で心臓も弱かった、今更自分が死んでいることに驚きは特にないのだ。


 そうして生死を繰り返して、何度もとぎれとぎれの死を繰り返しているとふと、目が覚めた時にさっきまではいなかった男がいた。


 その男は処刑台から見た見覚えのある男だ。


 その時よりもだいぶ若い姿だったが、その時よりも見覚えがあると言えばあるような、そうでもないような。そんな相手だった。


 目が覚めるような赤髪が特徴の彼は、起き上がるセイディの肩をおもむろにひっつかんだ。


「っ、」

「お前っ、何回死んでんだよっ!!」


 唐突にそういわれ、死の記憶にまたストレスで死んでしまいそうだったセイディは一瞬考えた。


 そんな風に責められたらまるで、セイディは仕方なく死んでいるのではなく、自分から死んでいるようではないかと思う。


 ……そんなわけないでしょう? だってわたくしは死にたくありませんのよ?


「何回やり直しても、勝手に死にやがって! なんだ、心臓発作ってふざけんなっつの!」

「っ、は、ちょっ、離して」

「いいや離さないっ! 数えてた限りもう二十回は死んでるんだぞ、それをせっかく時間ずらして助けに来てやったのに棒に振るわけないだろっ!」


 ……二、二十回?


 言われてセイディはまたさぁっと血の気が引いて、ひいっと小さな悲鳴を漏らした。


 それに目の前にいる彼はハッとして、そのまま勢いに任せて思い切りセイディを抱きしめた。


「待て待てまてっ死ぬなって、頼むよ。俺、お前を生かしたくてここまでしてんだぞ? 頼むから! なあ、もう一人にしないし苦しい事は起こさないようにするから、俺の為に生きてくれっセイディ!」


 随分大層なことを言う彼に抱きしめられて、その力強さと一肌の暖かさに子供ながらに安心して、呼吸は落ち着く。それでもやっぱりセイディはグイッと肩を押し返して彼を見た。


「……とにかく、離してくださいませ。アイザック」

 

 随分と久しぶりに彼の名を呼んでぎろりと見つめる。すると彼は、押しのけられたにもかかわらずに、満面の笑みを浮かべてセイディに言うのだった。


「やっと俺の名前を呼んでくれた。覚えてたんだなセイディ」

「それは……印象的な人物ですから。時の女神の聖者アイザック」

「やめてくれって、まだ今はただの伯爵家の次男坊だし」

「……それはそうとして俺の為に生きてくれって……さらっとプロポーズなんてしてるんですの?」


 思わずツッコミを入れて、そんな風に言えば、自然と気持ちも落ち着いてくる。それにたしかに昔から彼はこんなだったような気もしてくるのだ。


「だめか? だってどうせお前は、第二王子の妻にはなれないし、俺の事はこれから好きになってくればいい、な?」


 気軽にそういう彼にセイディは確かにその通りだと思う。


 というか、そもそも、よくよく考えると何なのだろうこの状況は。


 勢いに任せて、すんなり受け入れて、それが時の女神の加護なのだとわかるが、常識的に考えて、死んだ後に時間が巻き戻って幼少期に戻るなどありえない事態だ。


「……そんなことより、今更ですけれど、この状況は何ですの?」

「この状況っていうと、時間のやり直しの話か?」


 セイディが怪訝そうな顔のままそう聞くと、彼は当たり前のようにそういってベッドに座り、セイディの長くてうつくしいプラチナブロンドの髪に触れる。


「時間の……やり直し?」

「ああ。昔から俺たちは幼なじみで仲良かっただろ? でも俺が時の女神の聖者として戦場に出されることになって、それからずっと、別れたままだった」


 くるくると指先に彼は髪を巻き付けて、機嫌よさそうにセイディに言う。おおむね間違っていないので頷いた。彼とセイディは幼なじみだ。お互いにまだ自分の運命の行く先を知らないまま、仲良くなって、幼少期を共に過ごした。


 しかし、大きな戦争があって、アイザックは聖者としての役目を果たすために若くして戦場に赴くことになった。


 そしてセイディも第二王子との婚約が成立した。


「やっと戦況が落ち着いて戻ってきたら、お前は罪人として処刑される寸前で、止める間もなくて処刑場に向かえば、お前は断頭台の上にいた」

「……」

「助けようとしたけど間に合わなくて本当に悪かった。だからこそ、女神に無理言って、俺もお前もまだ、行く末が決まってない時まで戻してもらったんだ」


 彼の話を聞いて、処刑場でのことを思い出しまた死にそうになったが、アイザックの言い分に引っかかるところがあってすぐに首をかしげる。


「無理言ってって、アイザックは女神様を何だと思ってるんですの、罰当たりですわ」

「……いや、でも、女神も俺の事可哀想って言ってくれたし」

「意味が分かりませんわ」


 意味不明な言い訳をされて、セイディはまったくこの人には相変わらず信仰心というものが足りないと思う。そんな適当な信仰心しかない癖に、どうして彼が聖者なのか未だに謎だ。


「とにかく、死に戻って上手くこれからやろうってなってな。それでお前が未来の為に動き出すだろ?」

「……まぁ、普通はそうなっていたかもしれませんわね」

「ただ、お前ひとりの力では、及ばない事もある。そんなときに俺が出てきて、この力を使って何度でもお前のサポートをして、それで最終的には惚れてくれるって、予定だったんだけど……」

「……なんですの。わたくしが勝手に死んでたのが悪いみたいな、顔じゃありませんの」

「い~や? 想定外っつうかなんていうかな」


 そんな風に言ってアイザックは、ぴょんとベッドを降りる。それからくるりと身を翻した。


「まぁ、色々と釈然としねぇけど、殺されたセイディを助けに来たんだ。俺に惚れるかどうか云々は後でいい。とにかく手を取ってくれよセイディ」


 そういって、セイディに手を差し出す。その手は、まだ成長途中の青年の手で少しだけ頼りない、しかし、セイディの手はもっと小さく幼かった。


 昔から見知った相手だ、それに、王宮ではセイディに味方はいなかった。アイザックは久しぶりに会った、セイディの味方。


 王宮では、皆が可愛く優しい聖女の方へと味方をして、セイディは常に気を張って、怒りっぽくなっていた。あんな結末になったのは誰も味方がいなかったせいもあっただろう。


 しかし、本当はそれだけではない。セイディ自身の問題もあった。


 ……わたくし自身、あまり体の強い方ではない、けれどもいつも他人にうまく頼ることが出来ずにイラついていた。


 そうして聖女にもきつい言葉を浴びせたこともある。だからこそ、セイディと聖女は対立して、最終的に王子の心を射止めた彼女に軍配が上がり、最終的には完全に妬みで、彼女を悪く言っていた。


 そういう性格の悪い所がたたったのだと思う。


 ある日、王族主催の晩餐会で第二王子のブレントの皿に毒が盛られた。それについて、どこからともなくうわさが流れた。婚約破棄を迫られていたセイディが腹いせにブレントに手を出したのではと。


 それからはどうしてかセイディの部屋から毒薬が見つかったり、他にもブレントの暗殺について書かれている手紙が見つかって、何者かにはめられたと気がついたときには既に捕らえられて立場を失っていた。


 それが聖女の手のものかはわからない、もしかしたら別の派閥の勢力がセイディを失墜させるために仕組んだのかもしれない。


「……」


 けれども、それがわからないほどセイディは敵が多い。そのせいで殺されたのだともいえるし。この性格は治しようがない。無実を訴えても誰も信じてはくれなかった。


 今からあがいたところで、何が変わるというのだろう。また同じ道筋を辿るなんて耐えられない。


 ……所詮はわたくしですもの。聖女にも言われましたわ、性格の悪い悪役令嬢なのだって。


 何も言えずに固まるセイディに、アイザックは首を傾けて「まだ体調悪いのか?」と聞いてくる。


 そうではない。セイディには端からやり直す気力もない。どうせ自業自得だと見えていてそれは覆せないだろう。


「……やり直すなんて、バカげてますわ。わたくしは負けたのよ。誰にも味方をしてもらえずに処刑された。所詮はそれだけの女だったのですわ」

「セイディ……」


 思ったままに口にした。負けず嫌いで、そのくせ特別優秀でもなく、他人を頼ってうまくやる方法もわからない愚かな女。セイディだってそんな自分が好きではない。


 それなのにどうにかして死を回避するだけの味方を集めたり、ブレントの心を射止めたりできるわけもない。


 自分自身が一番、嫌いで、誰よりも愚かしい。


「きっとどれほどやり直しても、わたくしはわたくしのまま一人ぼっちで何も変えられませんわ。……だからどうか、ほっといてくださいな。アイザック」


 プイッと顔を背けて、彼から視線を逸らす。せめてこういう時にぐらい、彼の協力を仰ぐために何か、もっと可愛らしく言うべきことがあるのではないかと思うのに、プライドが邪魔をしてそんな風には頼れない。


 拒絶してしまっては、助けようにも助けられないだろうと思うのに、助けてとは、言えない。


「……」


 ……呆れてものも言えないといったところかしら。


 沈黙して部屋は静寂に包まれる。その状況に、セイディはそう思ってちらりと彼を盗み見た。しかし、ガシッと両頬を包み込むように掴まれてじっと目線を合わされる。


 もう何年も会っていなかったので忘れていたが、彼はすこし……大分強引なところがあるのだという事をセイディは失念していた。


「何がほっといてくださいな。だ。今更ほっとけるぐらいなら、時をさかのぼって助けようとするかっての」


 呆れているということは合っているらしいけれども、ニュアンスが違う。アイザックはそれでもやっぱりうれしそうに笑みを浮かべて、セイディに言う。


「いいか、セイディ。お前にいくら味方がいなくたって、お前がどんなことしてたって俺はお前を見捨てないし、お前の事しか信じない」


 当たり前の事のようにすんなりとそういってアイザックは、ぱっと手を離し、セイディの手を取った。


 それからベッドから降りるように導いて随分と小さくなった身長でセイディはアイザックを見上げる。


 ぽんぽんと頭を撫でられて、懐かしい感触に涙が滲んで鼻の奥がつんとした。


「だから、どんな証拠があっても王族の暗殺未遂なんてお前はやってないって信じてるし、これから先、何があってもセイディを信じてる」


 ぽたぽたと頬を伝って涙が零れ落ちた。実家から出て、見知らぬ王都という土地でずっと一人ぼっちで奮闘してきた。誰からも、厳しい目を向けられて、必死に自分の悪い所が目立たないように取り繕ってきた。


 そうすればそうするほど窮屈に感じて自分に他人が厳しいように、自分もいつしか他人に厳しく常に怒りっぽくなっていた。


「! ……なんだ、泣き虫なのもまだ直ってなかったのかよ」

「うるさいですわ」


 茶化すように言う彼に、つんとした態度で返してもウリウリと頭を撫でられて、不安な気持ちが薄れていく。


 たった一人でいい、あの時に味方がいてくれたら、何か変わっただろうかと、疑問を持てる。変えられるのならば変えたいと思う。これから先の未来を。


「……でも、そこまでアイザックが言ってくれるなら……少しだけ信じてもいいかしら」


 つぶやくように口にする。それから彼の手を取った。相変わらず涙は止まらないし、こんな自分なんて何をしても意味なんかないのではないかと思う気持ちもある。


「やっとその気になったかよ。……じゃあ、お前をはめたやつを痛い目に合わせに行くとするか」

「?……もうわかっているんですの」

「あったりまえだろ。何回やり直したと思ってんだよ」

「あら、それなら。わたくしの手間が省けて、嬉しい限りですわ」


 セイディは自分が死んでいたせいで何回もやり直したらしい彼に、つんとした態度で返す。するとアイザックは、それにもニマーッと笑みを浮かべながら頭を撫でて「可愛くねぇ~」と嬉しそうに言うのだった。


 その表情にものすごくほっとしつつも、手を引かれるままに自室を出て、セイディは改めてやり直しの日々を始めるのだった。






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