からあげ
東京都赤坂
真夜中のネオンライトの鮮やかな色彩で騒がしい街、近年はデフレ、誤送金、裏金とかどれだけ国民を逆撫でさせるニュースを流すんだか。
まあアナウンサーの私が言うのはなんだがな。私、平山和夫(35歳)は決して眠ることのない世界に
毎夜、包まれていた。私には帰りを待つ妻がない独身だ。
都市の絶え間ないざわめきにもかかわらず、残念ながら私はここ最近、逃れられない孤独を感じていた。
30代後半のサラリーマンである和夫の日々は、スプレッドシート、メール、終わりのない会議のうんざりした日々を過ごしていた。新人アナから入社して十数年、テレビ局はかつての勢いを失い、コストカットにいつ私が巻き込まれるか? 時々眠れなくなってしまう。
その私の唯一の慰めは、夜19時に賑やかな通りを散歩して、
時代に取り残されたかのような小さな居酒屋へ向かうその時間だった。
創業25年、官邸キャップたちを支えた赤提灯の居酒屋は常に赤坂の隠れた名店として、
スタッフたちに愛されている。時には元総理も訪れると言われる店だが、値段は極めて庶民的だ。
私はカウンターに座り、今年50を過ぎる大将にビールと唐揚げを注文する。
大将の油っぽい手から熱油に投入されるからあげのじゅるりと、私の胃袋を鷲掴みにする音は、
まるでハワイの海のようなワクワクだった。それは私たちアナウンサーの疲れた魂に響き、企業からの束の間の逃避を約束する音だった。ここでは、グラスのカチリという音と、同じ局の客たちのつぶやく会話の中で、私はお通しのきゅうりと白菜の漬物を口に入れシャキシャキと音を鳴らす。
からあげを一通り揚げた大将は、カウンターの私にジョッキのビールを奉仕する。
シュボボボッ
その泡立つ白い頭は、苦いがそれでいて私を慰めるような抱擁を約束していた。
十数年働いて見つけた癒しがこのビールの泡のために、汗水垂らし働き納税していると思うと、時々悲しくなってしまう。
そして大将のとこのバイトの大学生が新鮮な揚げたてのからあげを置いた。
「ありがとう」
「っす」
私がバイトの彼にお礼を言うが、彼はいつにもなく無愛想に顔を下にして返事をする。
彼の対応にややイラっと感じる部分もあったが、それよりも今はこの唐揚げだ。
油でまだきらめく金色の一品は、カリカリとポップする音を発しており、
私の雑然とした心の音をかき消した。
中年の腹に優しくないどストレートな油っポリだが、外はカリカリで今日も私は第一印象にひとめぼれする。
一口ごとに、パリッとした外側が割れ、まるで口の中で溶けるかのような柔らかく、ジューシーな鶏肉が現れた。
そしてビールを胃に流し込むと、油の風味を洗い流し、一口ごとにからあげと調和し、
完璧な一体感の瞬間を生み出した。
そこにひとつまみのレモンをかけ加えると、これまたレモンの酸っぱさとからあげのジューシーでカリカリとした歯応えが絶妙なマッチングを醸し出し、私はふと野球部時代に汗水かいて球を拾っていた青春時代を思い出した。
帰りで高校の先輩とコンビニで待ち合わせする際に、食べた唐揚げ棒は今も懐かしいと感じる。
この瞬間に、私は期待や締め切りに押しつぶされたサラリーマンではなく、
無限の体力がある青春時代の野球部員に若返ったかのようだった。
夜が更けるにつれて、居酒屋の音は、安らぎの子守唄に溶け合い、
からあげの音が繰り返しのコーラスとなり私の疲れを癒す。
人生の喧騒の中にも、世界で戦争が起きようとも、このビールと唐揚げのハーモニーは
会社員の苦痛を和らげ、私の孤独を埋めるメロディだ。
やがて、会計を済ませてネオンに照らされた通りに戻る時間が来た。
からあげとビールを失い、5,000円を失った私の寂しい財布には
新人アナウンサーの頃に撮った財務省官僚とのツーショットがある。
リーマンショック後、数年で入社した私だが、今もなおあの居酒屋は
雰囲気が全く変わっておらず極めて庶民的だ。
来月、私の給料も上がるというが、果たしてこの唐揚げとビールを
財布を気にせず味わえる日は来るだろうか?と
悲しいサラリーマンは思った。