血筋って面倒ね
誤字報告ありがとうございます。
大変助かります(*^^*)
イチョウ並木が黄色に色づく季節。
落ちた葉の黄色い絨毯で秋を感じる。
アフギョ子爵邸ではそこに住む夫婦が、悪い顔をして高笑いしている。まるで悪代官のようである。
「丁度王子と同級生よ。このまま彼の理想に仕立てて売れば、私達大儲けね。おーほほほっ」
「おいおいマリーカ。売るなんて下品だぞ、まったく。婚約者だろうが ! わーはははっ」
「あら、ごめんなさい。旦那様。おほほほっ」
「はぁーはぁはぁはぁ」
そう言いながら、その後も愉快そうに大声で笑う夫婦。
その理由は、子爵の姪のマーゴット・ユキエラ。
亡き姉の残した1人娘だ。
少女の父は由緒正しき侯爵家の次男だったが、戦地へ遠征中に死亡。その後母と2人暮らしだったが、14才になる前日その母も流行り病で儚くなり、叔父のバイス・アフギョ子爵に引き取られた。
父方の侯爵家では、爵位が違うと結婚に反対していた次男の娘を持て余していた為、それならばとアフギョ子爵が預かり親になった。
マーゴットの父は戦果を挙げ、その上有力貴族の子息を庇い死したことで陞爵し、騎士爵から男爵となっていた。亡くなった時はひどく悲しんだ母子だが、母は娘を守ろうとしたくさんの愛情を注いだ。父の遺族年金が報奨で上乗せの支給をされるようになっても手を着けず、母がレース編み等の内職で得た賃金で倹しく暮らし、年金はマーゴットのお嫁に行く時にと言って使おうとしなかった。
アフギョ子爵家に住居は移しても、マーゴットには男爵位が保持され遺族年金も継続して支給された。
そして降って湧いたのが、元侯爵家で素晴らしい戦果を持つ者の娘を、この国の第二王子ユウリの婚約者候補にする話だった。
その夜・・・・・・・
マーゴットはいつも隣で眠っていた母がいなくなり、寂しくて眠れなかった。そしてこっそり、階下にいる叔父に会いに行こうと思ってしまった。この家に来た時、「会いたかったよ、大丈夫かい ?」と心配してくれていたから、少し心を許していたのだ。
だがまさかの売却宣言を聞き、幼い心は衝撃を受けた。
「私、売られてしまうの ? そんなの嫌だよ。怖いよ、お母さん !」
そして唐突に脳内に『ドナドナ』が鳴り響き、市場へ売られていく子牛が見えた。……泣いている、子牛泣いてるよ !
そして彼女から滂沱の涙が溢れ出し、前世の記憶を思い出したのだ。
冴えない喪女で、ミシンで洋服を仕立てていた日本人で『あかり』と言う名であったことを。有名ブランド製品ではなく庶民服の担当だったけどね。
この世界が乙女ゲームの世界かどうかは解らないけど、現代の地球ではないことは解る。だってこんなロココなドレープドレスを普段着る国ないしね。
そして、自分の状況に眩暈がする。両親が死んでて叔父さんに政略結婚させられそうな状態の上、他に頼れる人が近くに見つからない。外にも居るかも解らない。結婚相手だって、王子なんて普通に無理でしょ ? ダメなら成金親父に売られるとかもあるよね。詰んだー !
どうせなら解りやすく、公爵家の悪役令嬢であれ !
「取りあえず、遺族年金の保護と手に職つけなきゃ!」
そのままなら、叔父夫婦に散財される未来しかない。
必死に考え、取りあえずこの国の財政トップである宰相に手紙を認め自分でギルドへ出向き届けてもらうように依頼した。この家の者は最早信じられない。子供の戯れ言と一蹴されるかもしれない。でも、差出名にお父様の娘と書けば、気に留めて貰えるかもしれない。
手紙の内容はこんな感じで、幼さなど投げ捨て大人口調で書ききった。人生かかってるから真剣にやったよ。
『初めまして、偉大なる宰相ジェラルド閣下へ
私は亡き父キアラン・ユキエラが娘、マーゴット・ユキエラと申します
両親の生前中はお世話になりました
そしていつもこの国の為に、お仕事ご苦労様です
今日はお願いがあり、お手紙送らせて頂きました
母の生前より遺族年金は有事に使う物なので、決して手を出さないように言われておりました
その意思を汲む為、使用開始日を私の成人となる18才にし積み立てて欲しいのです
幸いにして、現在は父が死亡時に頂いた報奨があります
それを叔父様に渡し、暫くお世話になる予定です
尚出来るなら、叔父様に遺族年金のことは伏せておいて欲しいのです
勝手なお願いですが、どうかよろしくお願いいたします
マーゴット・ユキエラより」
たかが子供の願いを、忙しい宰相が実行してくれるだろうか ?
だが私は信じたい。
お父様の守ろうとしたこの国の要、ジェラルド宰相を。
ほぼ神頼みのようだけど、遣れることはやろうと思う。
その後ジェラルド宰相はアフギョ子爵家に訪問してくれて、私に直接了解だと伝えてくれた。学園ではお父様と交流があったことも教えてくれ、頭を撫でて帰られたのだ。
アフギョ子爵には訪問を知らせていたようだが、私に会うと挨拶もそこそこに帰ってしまった。
「旧友の娘が心配で様子を見に来ただけだから」と、応接室にいる時間も長くはなかったが、宰相の麗しい美形を見られたと言って、夫人や女性の使用人達は嬉しそうだった。
アフギョ子爵だけが面白くない様子だったが。
なんとなく、イケメンを嫌悪しているのが解った。
私も前世にイケメン・イケジョ・ビジョに苦手意識があったので、そこだけは気持ちが解る。
そこから私は特に贅沢もせず、叔父も私が持っていた持参金が思ったよりあったせいか、粗雑に扱われることもなかった。
亡き母と生前作成したレースを、時間が許す限りいろいろな素材で編み始め、時々は商業ギルドに買い取って貰いお小遣いにしていた。母からの付き合いのあるギルド店員は小物類の依頼もしてくれたので、時間が掛かるレース以外の収入も得られて助かっていた。子供の持ち込み等、伝がなければ安く買い叩かれていただろう。
将来の為に、マナー教育を身に付けさせようとバイスは考えた。マリーカには作法を習っていたが、下級貴族のマナーでは高位貴族や王族に嫁げないとバイスが言い始め、女性の家庭教師を頼むことにした。本来なら来て貰うのだが高くつく為、こちらから通うことになった。50代の優秀な教師のアメリ・ブリントは、講義中は厳しいが休憩中の世間話はことのほか朗らかで、マーゴットの心は和らいだ。
そんなバイス夫妻には娘がいた。生まれて間もなく痘そうに罹り、腕や背中に水泡後の痕が残った。夫妻は心底落胆し、日当たりの悪い奥部屋に娘を閉じ込めた。娘を遣い成り上がろうと思っていた2人には打撃だったのだ。体に痕の残る傷物の娘は、足元を見られるだけで嫁の貰い手さえ無いかもしれないと、興味さえ無くしてしまった。それからは顔を会わせることも殆どないまま、乳母と侍女にその娘は育てられた。類稀な頭脳を持つカリナは特に親を恨むこともなく、知的な侍女から学問を学び視野を広げていく。
奇遇なことに侍女サリーの祖母は、アメリ・ブリント元侯爵夫人。
マーゴットの家庭教師であった。
15才になる年―――――――
貴族は、王立の学園に通わねばならない。
マーゴットとカリナも年齢で言えば15才になり、学園に通う年齢である。
マーゴットは14才になる少し前に子爵の元に来たが、父母と過ごしていた家は市井にあり、暮らしも平民と同様のものだった。
父が騎士爵を持っていても、それほど裕福に暮らせることもない。半ば反対を押しきった形の婚姻で、実家からの援助等もなかった。
父は元侯爵令息、母は一代限りの男爵の令嬢だった。
母は迷惑にならないよう、他の弟妹の為に実家と縁を切っていて会いに行くことも出来ずにいた。
父は実家と縁切りはしていないが、離婚しなければ敷居を跨がせないと祖父に言われていたそうだ。
子爵家のおしゃべりメイドは社交界ゴシップに明るい。
聞けば竹を割るように、スパッと教えてくれる。
どうやらメイドネットワークの様なものがあるそう。
お父様やお母様の知らなかった過去が、白日に晒されていく。
……………私も気を付けないと、と思ったよ。
そんな状態であるも、父も母も穏やかな生活に満足していた。戦争等なければ、いつまでも幸せは続いただろう。
と言う環境で生きていたマーゴットには、圧倒的に貴族のマナーが備わっていなかった。1年学んだ実績はあるが、それは付け焼き刃である。そして父の爵位を持つ彼女は平民とは見なされず、継承の儀を経れば女男爵となれるのだ。
………………胃が痛むマーゴット。
そっと、胃の付近を手で擦った。
そしてカリナ。
子爵は学園に入学させないことも出来るが、余程のことがなければ調査が入るので悪手だ。
過去に年齢に達しても学園に通わない令息・令嬢が、当主や愛人母娘に虐待され幽閉されていた案件が5件程明らかとなった。水面下ではまだあるかもしれない。
いつからか、学園入学は子供を守る役割も果たしていたのだ。
無論金銭面での理由も考えられる為、奨学金制度や優秀者学費免除等の政策も整っている。
子爵家令嬢が健康上の問題もなく、金銭面での懸念もないのに、親が人目に出したくないと言う理由だけで拒否するのは、許されるとは思えない。
不正が判明すればペナルティは大きく醜聞も明るみになる。その為、恥としか思っていないカリナを学園に入学させることを決意したバイス。
カリナとしては、別にどちらでも良かった。
何れはこの家を出て、女官でも侍女でも家庭教師にでもなり、1人で暮らそうと思っていたから。
学園で顔を知られようと、社交を一切していない彼女には敵も味方もない。家の部屋から出ることもほぼなかったので、学園は外に出る為のリハビリのようなものである。
マーゴットは入学早々、青い顔で机に突っ伏し呟いた。
(終わった学生生活、授業についてけないよ)
確かに前世は思い出してはいるが、授業とか違いすぎる。座学の多さ、歴史の長さ、領地経営学、帝王学、天文学等など………これって大学とかで専門分野毎に学んだり、経営者の知識なんじゃないの ?
こんな内容全員理解しているの ?
貴族すごいね !
やさぐれてふて腐れていると、カリナが声を掛けてきた。
「ちょっと貴女酷い顔よ。そんなんじゃ良い結婚相手を見つけられないわよ」
子爵家では顔を会わせたことのない従姉妹だったが、家庭教師経由で何となく生い立ちを聞いていた。痘そうの痕のせいで、幽閉された長女だということと、とても勉強ができる聡い子だと言うことを。
そして今朝、同じ馬車内で出会った時直感した。
(この人に頼るほかないと)
だって、すんごく大人っぽくて頼りがいあるの←見た目がね。
煙草なんて持ってないのに、プファーってふかしてそうだし。
それでいて、流し目のように此方を見てくるのよ。
そう例えるなら、必◯仕事◯の組◯屋の竜さんみたいな。
あれ ? 男の人かあれ ?
でも、そんな雰囲気なのよ、格好良いお姉様(同い年だけど)♡
肩までの赤い髪はミツ編みで、碧瞳は切れ長で少し上がりぎみの迫力美人。黒縁眼鏡はきっと伊達ね、瞳が歪んでないもの。
即一目惚れ ?して、友達にして貰いました。もう膝に頭が突くくらいな姿勢でね、頼みましたよ。
顔をひきつらせてOKしてくれたの。
初日から幸先良いね、一緒に登校出来て良かったよ。
まあそこからは、一緒に学んで遊んで帰宅してを繰り返したの。
「マーゴット。貴女レース編みの講師してみない ?」
家庭教師のアメリは彼女の作品を見て、たくさん作成して商業化すべきだと考えていた。そして流行に乗せるには数がいるのと広告塔が必要だと考えていた。
既に核となる2人、マーゴットとカリナは共に通っていた。アメリが、学園の帰りに寄るならカリナの授業料はいらないと伝えたからだ。タダならとバイスは承諾した。
ノックの音で入ってきたのは、長身の甘い美形の紳士。跪きアメリの掌にキスを落とす。そして此方を見て微笑み、私達に頭を下げた。アメリは小声で何かを囁き笑うも、こちらには聞こえなかった。
「アメリ先生から事業計画を伺いましたが、明日からでも大丈夫ですか?」
「え ? アメリ先生、さっきの話って明日からってこと ?」
そりゃあ、驚くよね。世間話しかしてないのに。
アメリ先生に作品を見せたら、「これ頂くわね」と何点かは購入して貰ってはいたのだけど。
「これから女が生きていくのに、チャンスを逃せば碌なことにならないわ。私が生きている内に安心させて頂戴」
謎の理論に、顔を見合わせる私とカリナ。
「悩むなら、断るけど ?」
「………やります。やらせてください ! 」
「まあ、良い度胸ね。気に入ったわ ! 」
「こんなに即断なんて、気持ち良いですね。マーゴット様ありがとうございます。これからよろしくお願いします。えーと、紹介が遅れましたが、僕はジュリアン・マークスと申します」
やたら優しげなイケメンは、青い前髪を後ろに撫で付けて私にも解る質の良い背広を着ていた。そして爽やかな微笑みを浮かべ握手を求めてきた。
私はおずおずと手を出して握手したが、緊張で汗ばんでいた。
「さあ。明日から遣るだけやんなさい。若いうちは全力出したって倒れやしないんだから。土日は泊まりがけでおいで、子爵にはもう伝えてあるからね。勿論2人でよ、仕事の合間に淑女教育しないとバレる可能性あるから。死ぬ気でやれば両立できるわ」
私とカリナは、何が起きるのかドキドキした。
でも夫が存命中から教師として数多の人を教えてきたアメリ先生なら、何か面白いことを見せてくれるんじゃないかと思った。
夫の侯爵が亡くなってから、息子さんに家を任せて別に暮らしているという。教師の賃金で生活しているそうだ。アメリ先生は本来仕事なんてせずとも、優雅にお茶を飲んでいる身分。息子さんだって評判が良くてお嫁さんも優しいと聞く。隣国出身のお嫁さんを、お嫁さんになる前から教育したのも先生なのだそう。お付き合いもそこから始まったと言うから、みんな頭が上がらない。
でも先生は言う。
「邸にいても退屈過ぎて。なんか楽しくて嬉しいことって生きてる実感するでしょ ?」
白銀の髪をアップにして優雅に笑う先生は、お茶目で可愛らしい。けど授業中は無表情で鬼教師へ変化する。所謂飴と鞭である。時々扇がバシンと、テーブルに音をたてる。
「眠い時は外走っておいで!」
ごめんなさいと、しゃっきり覚醒。
子供扱いしないどころか、対等に見られ過ぎて辛いこともある。
「昨日教えたよね、今日も同じとこやりますか ? お嬢様 ?」って。
もしかすると、カリナなら助けてくれるかもと横を向くけど、目を思いきり逸らされた。でも泣きそうになると、口の動きで答えを伝えてくれた。とりあえずセーフだったみたいで、怒られなかった。カリナは既に学園での3年間の教育を自宅で終えているとのこと。天才だよね。学園いらないじゃない。
そんなこんなで授業は何とか進んでいき、毎日学園終わりでここに来て、10数名の寡婦、独身、若い女性達にレース編みを教えることになった。皆真剣に質問してくれて、様子を見ながらこちらも声かけして作品を完成させていく。円、四角、花柄と、縦横の長さを指定したレースを、アメリ先生に評価して貰う。上手に出来たものは、その場でアメリ先生が買取りしていく。ここに通うにもお金がかかり、この時間も仕事の時間を削っている者が多いので、応援の意味なのかもしれない。初めて習う人もいるが、毛糸編みが出来る人は上達が早いようだ。数日すると辿々しさが減り、編む速度が速くなる。少しずつ合格者も現れてここを去っていく。ここを卒業すれば、アメリ先生の知り合いの店に勤めたり仕事を依頼して貰えるそうだ。マーゴットと同じように講師をしても良いのだとか。習う人数が減ればいつの間にかアメリ先生が補充していた。
残念ながら適性がない人には、希望があれば服飾関係やビーズや毛糸編みの仕事を斡旋していた。何れも最初は研修をするようだが、みんなやる気のある人ばかりなので、自分に合う仕事を見つけられたようだ。
レース編みもここを合格した人がまた教え、その人がまた教えを繰り返して編める人が増えていく。
レース編みは時間が掛かるけれど、買い取り金が高めなので、今まではあまり教える人が居なかったようだ。家族には教えても他人に教えれば受注が減るかもしれないからだ。
「機械編みがない内はレースの需要は多いと思うので、たくさん作ってこの国を服飾の流行の先端にしたいわよね」
ぽそっと、アメリ先生が野望を語る。
お役に立てるか解らないけど、私の前世知識をアメリ先生に伝えてみた。あくまでも母とこういう物があると良いなと話し合ったということで。
すると先生は、「すごいわね、良いわ、良いわ。特にウエディングドレスやケープなら、直ぐに活用できるわ。まあ、まあ、まあ。是非作ってみましょう ! ジュリアンに連絡するわね ! 」
アメリ先生は走り出して手紙を書き、メイドに出してくるように伝えていた。さすが行動が早いわ、楽しい原動力が刺激されたのね。
「ちょっとマーゴット、ここ教えてよ。あ、ここ押さえていて、あ、ええっと、(編み)目がとんだ、待って。指はずれたわ。ああ、もう………」
何でも出来るカリナだけど、どうやら欠点を見つけてしまったようだ。悔しそうな顔が可愛くてニヤニヤしちゃうけど、バレると怒られるので笑わないわよ。
真面目な顔をして続きを教える。
いつも勉強を教えて貰うので、これはお返しなのだ。
「大丈夫よ。最初より進んでいるわ、頑張って」
アメリ先生がこちらに戻り、カリナの作品をみて憐れみの表情を浮かべていた。
カリナは恥ずかしげに俯くが、アメリ先生は適性があるから落ち込まないでと耳元で囁いて、「それよりもね」と、カリナの両肩に手をバンと乗せて叫んだ。
「貴女向きの仕事があるの。いいえ、貴女しか出来ない仕事だわね」
「…………私だけ」
「ええ。そうよ」
「…………断りませんよ、先生の依頼なら。でも私だけしかってなんですか ?」
先生は徐にメジャーを取りだし、ニヤリと笑った。
「先に体のサイズを測らせて貰うわね。カリナ、貴女に着て貰いたい服があるのよ。これは超絶美形で甘すぎない貴女の顔が必要なのよ。皆が見とれるようなの作るから、楽しみにしてて !」
「お相手もイケメンなのよ」と、小さく呟くアメリだがその声はカリナには聞こえなかった。
「すごいわ、カリナ。私も頑張ってレース編むから」
「ええ、………頑張るわ」
それからアメリはドレスのレースを数人に発注し、自らも小物のデザインをして懸命に縫い合わせていく。マーゴットもレースの手袋を懸命に編んでいた。指の部分が難しくて何度もやり直しをしたが、ほぼ完成した物は満足がいく出来だった。
最終的にアメリと相談し、色付きの小花の位置を調整して完成。
たくさんの人の手を借りて、女性の夢の服が完成した。
それを初めて見たカリナは、魂が抜けたように呆然としていた。
「素敵ね」
「うん、うん」
「このドレスラインはね、マーメイドというの。この国では体のラインを出すことはタブーでしょ。でも、この細いレースでラインを微妙にぼかし、川のようなドレープにして、背中を出す部分も太いレースで重ねれば、透け感のある素敵なウエディングドレスの完成よ」
「ウエディングドレスなんですか?」
「そうよ。ケープは私が作って、手袋はマーゴットよ。貴女の痘そう痕も見えないように、工夫しながら作ったの。もう痘そう痕なんて目立たないけど、貴女の御両親への説得の時に絶対見えないと言える方が良いでしょ ? 貴女の境遇はサリーから聞いてるわ。貴女を部屋に押し込めて妹のアマリリスだけを可愛がってるって。私はずっと頭にきてたのよ。こんな賢くて美人な娘を蔑ろにするなんてと。ああ、誤解しないで、もし貴女が美人じゃなくても可愛い所いっぱい知ってるし、努力して知識を身に付けたことも知ってる。サリーは私が教育したの。サリーは過去一番の優等生なのよ。内緒なんだけど、教え子にはいろんな情報を貰ってるの、主に人材のね。貴女の家は残念ながら人気がなくて、サリーに行って貰ってたのよ。私からすればラッキーだったけどね。ダイヤの原石に手付かずで出会えたんだもの」
そう言うと、アメリはカリナを抱き締めた。
「っう、うっく」
ずっと見ていてくれた人がいた。
評価をしてくれた人が。
カリナは人を信じていなかった。
侍女サリーも、友人のマーゴットも、アメリ先生も。
「信じたかった、でも裏切られることが怖かった。
だから信じないようにしたの………」
解ってたよと、更に強くカリナを抱き締めた。
忘れていた筈の涙が溢れ、傍にいたマーゴットも泣いていた。いつも凛としていた彼女は、今ここにはいなかった。
「さあ、行くわよ」と、アメリがカリナに声を掛けた。
今日は王宮舞踏会、最新のウエディングドレスの発表会もアメリ・ブリント元侯爵夫人の主催で行われる。
「さあ、みなさん。
新しいデザインのウエディングドレスは、たくさんのレース編みで包んだ最高傑作ですわ。
モデルは家の孫ジュリアンと、アフギョ子爵の隠された令嬢カリナさんです。あくまでモデルですからね。どちらもフリーな2人ですが、このドレスを見ていれば幸せになれますわよ」
その声で2人は手を組んで、ホールにゆっくりと現れた。
オーケストラが結婚行進曲を演奏する。
青い髪を後ろに撫で付けた高身長イケメンは、楽しそうにカリナに微笑む。白い燕尾服がカリナのドレスと同色で、二人は1つになっているように見えた。カリナの赤い髪はハーフアップで、白のレースケープにピンクや黄色、水色の小花がレースで編まれていた。レースの手袋も見事で、指は白が濃く、腕に行くほど薄いグラデーションになっている。痘そう痕を隠す為、そこにもレースの小花があしらわれていた。体の線を見せるマーメイドドレスも、レースがぼかすことで、上品に仕上がっていた。ハイヒールの足の甲もレースで編まれ、妖精のようである。
これには会場中のほぼ全員が目を細め、見とれている。
ジュリアンの顔は知れているが、カリナが社交に出るのはほぼ初めてである。どこの令嬢だ ? 今まで何故来なかったんだと注目の的であった。一番多く言われたのは、すごい美人がこの国に居たんだ ! と言う好意的なものだった。ウエディングドレスのせいか、女性の否定的な声もない。
編み込まれた赤い髪、切れ長の碧眼が顔を向ければ歓声があがる。
アフギョ子爵夫妻や妹も人を押し除けて、カリナを見ていた。
「え ? 何でお姉様なんかが、あの素敵なドレスを着てるの ? 私の方が似合うわよ ! 」
「あれがカリナか ? 昔と別人じゃないか ! 良くやった」
「ああ、何て素敵なドレスなの。あれを着れば誰でも綺麗に見えるわ」
バイス叔父さんは誉めてるけど、叔母さんもアマリリスも何か酷いわね。晴れ舞台を祝福しなさいよと、怒る私。
盛況の内に、舞踏会と衣装のお披露目会は終了した。
アメリ先生はドレスのオーダーを依頼してきた王妃と話す際、カリナの環境を国王夫妻に話し保護を求めた。これ程有名になったカリナを、注目されているうちに嫁に出そうとするに決まっているから。今まではほぼ監禁して放置していたようなものなのに。
そしてマーゴットが引き取られた際に、バイス達に言われたことも伝えた(王子に売り払うとかの話です)。いくら泥酔しても、マーゴットに聞かれたのは最悪であった。
結局子爵には、マーゴットからは最初に家に入れたお金で教育費等を相殺するよう言い渡し、アメリと同居するように。そしてカリナも養育環境が悪いと判断され、アメリと同居することが王命で告げられた。
バイスは「手駒が……………」と、たいそう目論見が外れたようであるが、愛情は感じられない悔しがり方だった。その為、アメリは気がねなく2人を引き取れたそうだ。
私はどの道、金髪碧眼ではあるが普通の顔である。バイス叔父さんの希望は叶わなかっただろう。お金持ちだってもっと可愛い子を選ぶわ。それは前世の目を持った客観的な思考からである。男爵位だって土地もないし、それほど旨味はない。ただ貴族と言う証明書である。
まあ安心した私は、これからもレース編みや服飾、たまにアメリ先生に付き合って人材確保もするんだろう。
カリナは自由に勉強したいそうだ。
やっぱり女官とかが目標だそう。
でも王宮に入れば、私とは別のスカウトも出来そうだ。
アメリ先生に乞われればこれからもモデルはするが、それだけで専属ではしないみたい。すでにモテモテのカリナだが、今のところ結婚に興味はないそうだ。
アメリ先生のお孫さんもフラれたらしい。
でも私もカリナも、今やっと落ち着いてきた。そして夢に向かえる自信もついてきた。
「さあ、ご飯はみんなで作るわよ、手伝って」
「はーい。私皮むきします」
「えーと、私は………」
「あー、貴女は野菜を洗って、お皿を用意して、味見係よ」
「はい、すみません」
「適材適所よ」
「そう、そう」
苦笑いするカリナ。何度か料理するも、壊滅的に不器用なカリナはいろいろ諦めたよう。
そんなところも可愛いと思う私と、アメリだった。
よくウエディングドレスのモデルをすると、婚期が遅れるって前世聞いたけど…………………どうやら嘘ではないようだ。
今日も3人で楽しく夕食です。
アマリリスは、1人悔しがっていた。
あれからお姉さん紹介して、と言われてばかりいるからだ。
「ぐやじい~ 私の方が可愛いのに ! 」
甘やかされた彼女は、マナーも悪く頭も悪かった。
アマリリスが継ぐことになる、アフギョ子爵家の未来は暗い。
アフギョ子爵夫妻が本当の小悪党か、冒頭のことが冗談なのかはぼかしておきます。 もっと、妹活躍させれば良かった。修正するかもしれません。
バイス叔父さんは、アフギョ子爵家の婿養子です。
よっぽど過去の貧乏が嫌で、守銭奴になったのかな?と。
記憶を思い出してから、バイス叔父様からバイス叔父さんにしたのはわざとです。 バイスのキャラはどう見てもおっちゃんなので、様づけは止めたそう。
11/8 日間ヒューマン部門 23位でした。
ありがとうございます(*^^*)
11/9 日間ヒューマン部門 16位でした。
ありがとうございます(*^^*)
おお、20時に見たら13位に!
ありがとうございます(*^^*)
11/10 日間ヒューマン部門 11位でした。
ありがとうございます(*^^*)
11/11 日間ヒューマン部門 9位でした。
ありがとうございます(*^^*)